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立憲主義

『「罪と罰」の受容と「立憲主義」の危機』のご感想(憲法学者・樋口陽一氏)

これまで上梓した拙著に対しては幸い多くの方から温かいご感想やご意見を頂いており、それらはその後の私の研究や考察に活かさせ頂きました。

ただ、法律関係の専門でもない私が青春時代に「憲法」を獲得した明治の文学者たちの視点で「憲法」のない帝政ロシアで書かれ、権力と自由の問題に肉薄した『罪と罰』を読み解いたのは、は安倍政権の「壊憲」的な手法による「憲法改正」の問題がきわめて切実な問題になってきたからです。

「罪と罰」の受容と「立憲主義」の危機 高橋 誠一郎(著/文) - 成文社 

 また、内田魯庵の『罪と罰』観を調べる中で『罪と罰』訳の第二巻には、前巻の代表的な批評が18も掲載されていたことを再確認しました。むろん、雑誌などに掲載されたものと個人宛の私信に記された批評や感想は異なりますが、頂いたなかには個人で所蔵しておくだけではもったいないような貴重な意見も含まれています。

 それゆえ、今回は著者の方から了解を得られたご感想などに関しては、固有名詞を省くなどの処置をした上でご披露させて頂き、その後に拙著での試みやその後で考えたことなどを記すようにします。

 最初に憲法学者・樋口陽一先生のお葉書をご快諾頂いた事に深く感謝しつつ以下に引用させて頂きます。

  *   *   *

 内外の作品と登場人物と書き手を縦横に配置した座標の中にとりわけ藤村像を浮き彫りにして下さり、「時代」への文学のかかわり方について私なりの認識を研ぎ加えるための貴重な示唆をいただいております。全編を通して著書の藤村に対する畏敬を愛情のまなざし、それと決して矛盾することのない明澄な観察を読み、を感じ取りました。

 小林秀雄については、かねてから、他の点では信頼するもの書きの人達がなぜ敬意の対象としているか理解しかねていたところ、ご論旨に全く蒙を啓かれました(p.188第四段落は痛快!!)

 前後しますが司馬作品の誤読を匡し、「立憲」への近代の日本の知識人の感受性の系譜に読者の眼を向けて下さったことに、感謝しております。

             樋口陽一
  *  *   *

 拙著を高く評価して頂いた文章を私が引用させて頂くのは、自画自賛のようで恥ずかしいとの思いもありましたが、小林秀雄や司馬遼太郎の歴史認識は、現在の「改憲」問題にも深く関わっています。、

 それゆえ、今も「評論の神様」と称されている小林秀雄について記した箇所に対するご感想はたいへん励みになりました。また、ご贈呈頂いた「歴史・歴史学・歴史小説――『坂の上の雲』を議論する方法」(『現代史二講――日露戦争と朝鮮戦争をめぐって和田春樹さんに聴く』(関記念財団、2012年所収)は、「記述の方法」を考える上で、たいへん参考になりました。拙著ではその議論を踏まえて「神国思想」の批判者としての司馬遼太郎氏に焦点をあてて記すようにしました。

なお、『現代史二講――日露戦争と朝鮮戦争をめぐって和田春樹さんに聴く』(関記念財団)に記された該当箇所については、『日本国紀』の問題にも言及しながら稿を改めて紹介・考察したいと考えています。

 

樋口陽一・小林節著『「憲法改正」の真実』(集英社新書)を読む(改訂版)

樋口・小林対談(図版はアマゾンより)

 樋口陽一氏の井上ひさし論と井上ひさし氏の『貧しき人々』論

「日本国憲法」を読み直す 岩波現代文庫 (書影は「紀伊國屋書店」ウェブ・サイトより) 

明治維新の「祭政一致」の理念と安倍政権が目指す「改憲」の危険性

安倍晋三首相は六日放送のNHK番組で、「憲法は国の未来、理想を語るもの。日本をどういう国にするかという骨太の議論が国会で求められている」と語り、「改憲」の議論が進む事への期待を改めて表明しました(「東京新聞」)。

しかし、問題は防衛大臣をPKO日報隠蔽問題の責任により辞任した稲田朋美元防衛相が安倍首相とともにハワイの真珠湾を訪問して戦没者慰霊式典に出席して帰国すると靖国神社に参拝して「神武天皇の偉業に立ち戻り」、「未来志向に立って」参拝したと語っていたことです。

安倍首相に重用された稲田氏は、内閣府特命担当大臣(規制改革担当)、初代国家公務員制度担当大臣、第56代自由民主党政務調査会長などを歴任し、防衛大臣を辞任した後も、改めて自民党総裁特別補佐・筆頭副幹事長に任命されているのです。

 その彼女が語った「神武天皇の偉業」に立ち戻るという理念は、安倍首相が賛美している「明治維新」の初期に「古代復帰を夢見る」平田派の国学者たちが主導した「祭政一致」の政策を支えるものでした。

彼らの行ったキリスト教の弾圧や「廃仏毀釈」運動などは強い反発にあい挫折しましたが、安倍首相が重用している稲田氏はそのような理念の信奉者なのです。

(破壊された石仏。川崎市麻生区黒川。「ウィキペディア」)

昨日は、安倍氏との共著『日本よ、世界の真ん中で咲き誇れ』』(ワック株式会社、2013年)などで安倍政権の宣伝相的な役割を果たしている百田氏の問題を振り返りました。今回は主に稲田氏関わる関連記事へのリンク先を記しておきます。

*   *  *

ヒトラーの思想と安倍政権――稲田朋美氏の戦争観をめぐって

安倍首相の年頭所感「日本を、世界の真ん中で輝かせる」と「森友学園」問題

「日本会議」の歴史観と『生命の實相』神道篇「古事記講義」

稲田朋美・防衛相と作家・百田尚樹氏の憲法観――「森友学園」問題をとおして(増補版)

菅野完著『日本会議の研究』と百田尚樹著『殉愛』と『永遠の0(ゼロ)』

重大な選挙の年を迎えて――「立憲主義」の確立を!

明けましておめでとうございます。

堀田善衛の生誕100周年を迎えた昨年も

日本はまだ「夜明け前」の暗さが続きました。

安倍政権はいまだにアメリカ第一主義に追随した政策を行っているばかりか、

被爆国でありながら「核兵器禁止条約」に反対し、

国際捕鯨委員会(IWC)からの脱退を発表するなど、

国際的な孤立を深めています。

核兵器禁止条約

©共同通信社、「拍手にこたえる被爆者・サーロー節子さん」

 

しかし、「立憲民主党」が創設され、立憲野党の共闘が進んだことで、

なんとか「立憲主義」の崩壊がくい止められました。

ようやく安倍政権の危険性の認識も世界に拡がり、

日本でもそれを自覚してきた人々が増えてきています。

Enforcement_of_new_Constitution_stamp(←画像をクリックで拡大できます)

今年こそ民衆の英知を結集して

なんとか未来への希望の持てる年になることを念願しています。

本年もよろしくお願いします。

明治時代の「立憲主義」から現代の「立憲民主党」へ――立憲野党との共闘で政権の交代を!

戦前の価値観と国家神道の再建を目指す「日本会議」に対抗するために、立憲野党と仏教、キリスト教と日本古来の神道も共闘を!

→核の危険性には無知で好戦的な安倍政権から日本人の生命と国土を守ろう

→国際社会で「孤立」を深める好戦的なトランプ政権と安倍政権
 
 

追記: 

ここ数年の懸案であった『「罪と罰」の受容と「立憲主義」の危機――北村透谷から島崎藤村へ』が2月に刊行されました。

「罪と罰」の受容と「立憲主義」の危機 高橋 誠一郎(著/文) - 成文社

ここでは青春時代に「憲法」を獲得した明治の文学者たちの視点で、「憲法」のない帝政ロシアで書かれ、権力と自由の問題に肉薄した『罪と罰』を読み解くことで、徳富蘇峰の英雄観を受け継いだ小林秀雄の『罪と罰』論の危険性を明らかにし、現代の「立憲主義」の危機に迫っています。

→はじめに 危機の時代と文学――『罪と罰』の受容と解釈の変容  

→あとがきに代えて   「明治維新」一五〇年と「立憲主義」の危機

明治維新の「祭政一致」の理念と安倍政権が目指す「改憲」の危険性

 
 
(2019年6月1日、加筆)

「明治維新」を讃美する安倍政権の危険性を指摘した枝野演説

緊急出版! 枝野幸男、魂の3時間大演説「安倍政権が不信任に足る7つの理由」(書影は「アマゾン」より)

『緊急出版! 枝野幸男、魂の3時間大演説「安倍政権が不信任に足る7つの理由」 』が8月9日に刊行された。

格調高い日本語で「安倍政権が不信任に足る7つの理由」が明確に述べられており、「解説」も丁寧で分かり易い。(→https://twitter.com/stakaha5/status/1030785554604937216

7世紀末の持統天皇の時代に「すごろく禁止令が発令」されてから日本では「賭博は違法」であったことに注意を促すことで、「カジノ法案」を強行した安倍政権が強調する「歴史と伝統」の欺瞞を指摘し得ている(24頁)。

そのことにより「立憲主義」の大切さを理解し得ない安倍政権が、「大政奉還」のあとで武力による革命で権力を握った「藩閥政府」に連なっていることを明らかにし、「明治維新」賛美の危険性も浮かび上がらせている。

さらに、「聞かれたことに答えずに聞かれていないことを答えている」総理の政治姿勢に対する批判は、きわめて鋭い(77~78頁)。ヤジがきわめて激しかったのは、これらの指摘が問題の核心を突いていたからだと思える。

第196回国会を「民主主義と立憲主義の見地から、憲政史上最悪の国会」と呼ぶ一方で(110頁)、良識ある与党議員に「立憲主義」の大切さを真正面から訴えかけたこの演説は、多くの国民の熱い共感を呼んだ。

この演説ばかりでなく、これまでも問題点を浮き彫りにして話題となった国会での質問はたくさんある。本書が端緒となって、多くの名演説が政府の答弁や「解説」とともに単行本化されることを望みたい。

本書の「もくじ」

本書の刊行理由
不信任決議案を提出した7つの理由
災害対応よりカジノ法案を優先した安倍政権は信任に値せず!
不信任の理由その1 高度プロフェッショナル制度の強行
不信任の理由その2 カジノ法案の強行
不信任の理由その3 アベノミクスの失敗
不信任の理由その4 政治と社会のモラルを低下させるモリカケ問題
不信任の理由その5 ごまかしだらけの答弁。そして民主主義を無視した強行採決
不信任の理由その6 行き詰まる外構と混乱する安全保障政策
不信任の理由その7 官僚システムの崩壊
未来と過去に対して謙虚な姿勢を

解説「国会研究の視点から枝野演説を読む」 田中信一郎
解説「働き方改革法案の審議にみる騙しと開き直りの常態化」 上西 充子

(追記1)

「東京新聞」も8月19日 朝刊の第一面で「明治150年賛美は危険」と題して、「明治期につくられた民間の憲法草案『五日市憲法』」の「発見のきっかけとなったのは」、戦争を繰り返してきた「明治以降百年間の日本の歩みを賛美する政府の歴史観への疑問」であることを伝えている。(図版は「東京新聞TOKYO Web」より)

写真

(追記2)

安倍首相は「明治維新」が「これまでの身分制を廃し、すべての日本人を従来の制度や慣習から」解き放ったと語ったが、評論家の半藤一利氏は夏目漱石における「維新」の用法などを踏まえて、実態はむしろその反対であったことを明らかにしている。

島崎藤村も日露戦争後に自費出版した『破戒』において、「教育勅語」の「忠孝」の理念を説く校長や教員たちの言動をとおして、現代のヘイトスピーチに近い用語により差別が広まっていたことを描いていた。

夏目漱石の明治観と「明治維新」という用語

(2019年2月9日、ツイッターのリンク先を掲示)

権力者の横暴と「憲法」と「良心」の意義

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 (内田魯庵(1907年頃)、図版は「ウィキペディア」より)

「天皇機関説」事件で日本の「立憲主義」が崩壊する前年の昭和九年に書いた「『罪と罰』についてⅠ」で文芸評論家の小林秀雄は、「惟ふに超人主義の破滅とかキリスト教的愛への復帰とかいふ人口に膾炙したラスコオリニコフ解釈では到底明瞭にとき難い謎がある」と記し、「罪の意識も罰の意識も遂に彼には現れぬ」と断言していました(太字は引用者)。

しかし、「大改革の時代」に発表された長編小説『罪と罰』で注目したいのは、裁判制度の改革に関連して創設された司法取調官のポルフィーリイが、ラスコーリニコフに対して、「その他人を殺す権利を持っている人間、つまり《非凡人》というやつはたくさんいるのですかね」と問い質していたことです。

そして、「悪人」と見なした者を殺した人物の「良心はどうなりますか」という問いに「あなたには関係のないことでしょう」といらだたしげに返事したラスコーリニコフに対しては、「いや、なに、人道問題として」と続けて、「良心を持っている人間は、誤りを悟ったら、苦しめばいい。これがその男への罰ですよ」という答えを得ていました(三・五)。

 この返事に留意しながら読んでいくと本編の終わり近くには、「弱肉強食の思想」などの近代科学に影響されたラスコーリニコフの誤った過激な「良心」理解の問題を示唆するかのような、「良心の呵責が突然うずきだしたような具合だった」(六・一)と書かれている文章と出会うのです。

『罪と罰』では司法取調官のポルフィーリイとの白熱した議論や地主のスヴィドリガイロフとラスコーリニコフの妹・ドゥーニャとの会話だけでなく、他の登場人物たちの会話でもギリシャ語の「共知」に由来する「良心」という単語がしばしば語られています。

近代的な法制度を持つ国家や社会においては絶対的な権力を持つ王や皇帝の無法な命令や行為に対抗するためにも、権力者からの自立や言論の自由などでも重要な働きをしている「個人の良心」が重要視されているのです。

日本語には「恥」よりも強い語感を持つ「良心」という単語は日常語にはなっていませんが、この単語は近代の西欧だけでなくロシアでは名詞から派生した形容詞や副詞も用いられるなど、裁判の場だけでなく日常生活においても用いられています。

そして、「日本国憲法」では「すべて裁判官は、その良心に従い独立してその職権を行い、この憲法及び法律にのみ拘束される」と定められていますが、薩長藩閥政府との長い戦いを経て「憲法」が発布されるようになる時代を体験した内田魯庵も、この長編小説における「良心」の問題の重要性に気付いており、この長編小説の大きな筋の一つは「主人公ラスコーリニコフが人殺しの罪を犯して、それがだんだん良心を責められて自首するに到る経路」であると指摘していました。(「『罪と罰』を読める最初の感銘」、明治四五年)。

そして島崎藤村もドストエフスキーについて「その憐みの心があの宗教観ともなり、忍苦の生涯ともなり、貧しく虐げられたものの描写ともなり、『民衆の良心』への最後の道ともなったのだろう」と記していたのです(かな遣いは現代表記に改めた。『春を待ちつつ』、大正一四年)。

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(島崎藤村、出典は「ウィキペディア」。書影は「アマゾン」より)

この言葉も藤村の深い『罪と罰』理解の一端を示していると思えます。なぜならば、ラスコーリニコフを自首に導いた女性にソフィア(英知)という名前が与えられているからです。ドストエフスキーが自分の監獄体験を元に書いた『死の家の記録』において、「賢人たちのほうこそまだまだ民衆に学ばなければならないことが多い」と書いていたことを思い起こすとき、「教育らしい教育」を受けたことがないソフィア(愛称はソーニャ)が果たした役割はきわめて大きかったのです。

一方、正宗白鳥は「『破戒』と『罪と罰』とは表面に似てゐるところがあるだけで、本質は似ても似つかぬものである」と『自然主義文学盛衰史』で断言していました。しかし、「民衆の良心」という用語に注目して長編小説『破戒』を読み直すとき、使用される回数は多くないものの「良心」という単語を用いながら主人公の「良心の呵責」が描かれているこの長編小説が、表面的なレベルだけでなく、深い内面的なレベルでも『罪と罰』の内容を深く理解し受け継いでいることが感じられます。

すなわち、「非凡人の理論」を考え出して「高利貸しの老婆」の殺害を正当化していたラスコーリニコフの「良心」理解の誤りを多くの登場人物との対話だけでなく、彼の「夢」をとおして視覚的な形で示したドストエフスキーは、ソーニャの説得を受け入れたラスコーリニコフに広場で大地に接吻した後で自首をさせ、シベリアでは彼に「人類滅亡の悪夢」を見させていました。

 『破戒』において帝政ロシアで起きたユダヤ人に対する虐殺に言及していた島崎藤村も、自分の出自を隠してでも「立身出世」せよという父親の「戒め」に従っていた主人公の瀬川丑松が、「差別」の問題をなくそうと活動していた先輩・猪子蓮太郎の教えに背くことに「良心の呵責」を覚えて、猪子が暗殺されたあとで新たな道を歩み始めるまでを描き出したのです。

(2018年7月14日、改題と更新)

 

「立憲主義」の重要性が確認された2017年の総選挙

安倍政権の政治手法の危険性と「立憲主義」の重要性が確認された総選挙

「モリカケ」問題にたいして丁寧に答えると語っていた安倍首相が、北朝鮮情勢などを理由に突然の解散に踏み切った今回も異様な総選挙だった。

私自身は政治学が専門ではないが、日本の未来を左右することになる2017年の今回の選挙について、安倍政権下で行われた以前の選挙も簡単に振り返ることでその問題点と成果を確認しておきたい。

*   *   *

安倍政権における政治家・官僚・財界の癒着の問題が国政を揺るがすようになってきた段階で、民進党の党首を選ぶための選挙が行われるという野党の乱れを突くかのように、安倍首相は何の説明責任も果たさないままに奇襲攻撃のような形で国会での冒頭で解散を宣言した。

このような首相の小手先の選挙戦術の裏をかくように小池百合子都知事が自ら代表となって「希望の党」を旗揚げすると、さらに驚かされる事態が起きた。

野党第一党の党首となったばかりの前原代表が「民進党」を解体して「希望の党」に合流すると発表したのである。 東京都銃剣道連盟の現会長でもある小池氏は、かつて「日本会議国会議員懇談会」の副会長を務めていたこともあるので、今度の選挙で日本の社会は戦前の価値観へと回帰してしまうのかと暗澹たる気持ちに襲われた。しかし、この奇策は当初は成功したかに見えたが、この党の実態が徐々に明らかになるにつれて、「希望の党」への追い風は止み、むしろ風当たりが強くなった。

銃剣道2(「ウィキペディア」より)。

このような日本の民主主義の危機に際して、人々の深く熱い思いを受けて枝野氏が一人で呼びかけ、「たった6人」で旗揚げしたのが、薩長藩閥政府の横暴や汚職に対抗するために設立された明治の伝統を受け継いだ立憲民主党であった。すなわち、自由民権運動の盛り上がりの中で立ち上げられた立憲改進党(1882~1896)や立憲自由党(1890~1898)などは、明治憲法の発布や国会の開設など「立憲主義」の重要性を深く理解していたのである。

そして、安倍自公政権の横暴などを批判する人々の期待を真正面から受け止めた「立憲民主党」は、前原・民進党代表がそれまで協議してきたプランをひっくり返したにもかかわらず、野党共闘に前向きに取り組んだ共産党や社民党の協力もあり野党の統一候補を出すことで、時代の風をつかみ上昇気流に乗って55名もの当選者をだすことができた。

立憲民主党

一方、2014年の12月に行われた総選挙について書いた記事では、〔総選挙と「争点」の隠蔽〕の問題を取り上げていたが、選挙中のテレビや新聞を使った大宣伝により議席を減らしながらも全体的には多くの議席数を確保したあとでは、今回も安倍首相は自分の考えが選挙民に受け入れられたと主張して、「改憲」の問題を早速、声高に主張し始めている。

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しかし、「立憲民主党」のあまりの勢いにおびえたように選挙の終盤には、今後の「改憲」の流れや政局にも大きくかかわるような事態が自公両党で起きた。

その一つは山口公明党代表が、「叩き潰せ、立民、共産。敵に渡すな、大事な議席」と仏教徒とは思えないような「鉄人28号」の替え歌を歌ったことである。しかも、三木鶏郎氏の歌詞では「あるときは 正義の味方/あるときは 悪魔のてさき」とも記されており、「正義の味方」だった者が「悪魔の手先」に「変節」する危険性もこの歌は示唆している。このような替え歌は仲間内では受けるだろうが、強い批判を浴びた小池都知事の「排除します」という言葉と同じように山口代表の視野の狭さを暴露してしまっている。

一方、批判を怖れてなるべく少ない聴衆を相手に語っていた安倍首相が、前回の「リベンジ」を謳って選挙戦の最終日に秋葉原で演説会を行ったことで自民党はそれを上回るような失態を犯した。

ものものしい警護の中で行われた秋葉原に集まったのは、「おとなの塚本幼稚園」や「おとなの森友学園」というハッシュタグが立つような聴衆の応援と乱立する「日の丸」であり、文字ではなく写真や映像で示されたこの事実は、「百聞は一見にしかず」のことわざのように、徐々に国民に深く認識されるようになるだろう。

あきはばら(出典blogimg.goo.ne.jp)

総選挙、秋葉原 つまり、翌日の産経新聞でさえこの写真を用いることをためらったように、「日本会議国会議員懇談会」の特別顧問を安倍首相と麻生副首相が務める安倍政権が、これまでの自由民主党とはまったく異なる極右的な政権であることを、多くの写真や映像は全国民の前に明らかにしてしまったのである。

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私自身の専門は比較文学なので、インパクトのある主張は難しいが、専制政治を国是としていた帝政ロシアで書かれたドストエフスキーやトルストイの作品と比較しながら日本の近代文学を考察することにより、日本では軽視されてきた「立憲主義」の重要性を明らかにしていきたい。

それとともに『我が闘争』の解釈などをとおして、ヒトラー的な見方を日本に広めてきた評論家・小林秀雄のキリスト教観の危険性を分析することで、「復古神道」の流れを汲む「日本会議」の問題点にも迫り、学問としての文学の意義をも明らかにすることができるだろう。

(2017年10月25日、改訂)

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なお、今回の総選挙が終わったので、これまでトップ・ページに掲載していた「総選挙に向けて――東アジアの人々の生命を守り、世界を放射能汚染から防ぐために」の欄を、「総選挙に向けて(2017年)」と改題して「文明論(地球環境・戦争・憲法)」に移動した。

総選挙に向けて(2017年)

 

「核の時代」と「改憲」の危険性

昨年9月に政府と自民・公明の与党は、日本国憲法の立憲主義をくつがえして、戦後の日本が培ってきた平和主義を破壊する戦争法(安保関連法)案を強行採決しました。

この強行採決が「無効」であったとの見解を法律家だけでなく多くの野党議員や「安全保障関連法に反対する学者の会」や学生組織・シールズ、そしてさまざまの市民団体が示してきました。

それにもかかわらず、「大義なきイラク戦争」を主導したラムズフェルド元国防長官とアーミテージ元国務副長官に「旭日大綬章」を贈るなど好戦的な姿勢をアメリカに示した安倍晋三首相は、その一方で現憲法を「占領時代につくられた憲法で、時代にそぐわない」と断罪し、衆議院予算委員会の審議においては連日のように「改憲」を明言しています。

しかし、広島・長崎の悲劇を踏まえて1947年5月3日に施行され、「第五福竜丸」の悲劇を経て深化した「日本国憲法」は、1962年のキューバ危機に現れたような「人類滅亡の危機」を救うすぐれた理念を明文化したものであり、世界の憲法の模範となるような性質のものと思われるのです。

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(「キャッスル作戦・ブラボー(ビキニ環礁)」の写真。図版は「ウィキペディア」より)

(製作: Toho Company Ltd. (東宝株式会社) © 1954。図版は露語版「ウィキペディア」より)

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原爆や原発の危険性に眼をつぶって安保関連法案を強行採決した安倍氏の歴史観が、日本とその隣国を悲劇に巻き込んだ東条英機内閣の閣僚を務めながらも、その問題を深く反省しないままに首相として復権した祖父・岸信介氏に近い危険なものであることについては、このブログでもたびたび言及してきました。

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(作成:Toho Company, © 1955、図版は「ウィキペディア」より)

戦争法によって、これまでの政策を一変して武器や原発を売ることができるようにした安倍政権の政策は、世界を破滅寸前まで追い込んだ19世紀の「富国強兵」政策ときわめて似ているのです。

日本の報道機関や経済界は、このような危険性に気づきつつも目先の利益を優先して、「東京オリンピック」が終わるまでは安倍政権に権力を委ねることを選んでいるように見えます。

しかし、麻生副総理が「ドイツのワイマール憲法はいつの間にか変わっていた。誰も気がつかない間に変わった。あの手口を学んだらどうか」と述べた発言は内外に強い波紋を呼びましたが、ヒトラーがユダヤ人や第一次世界大戦の戦勝国への憎しみを煽りつつ戦争への具体的な準備を進めたのは、1936年のベルリン・オリンピックの時だったのです。

フクシマの被災地の現実を隠すようにして行われる「東京オリンピック」には強い疑問もありますが、せめて「平和なオリンピック」とするためには好戦的な本音を隠しつつ、「神社本庁」などの力を借りて「改憲」を目論む安倍政権を早期退陣に追い込むことが必要でしょう。

このHPでは「文学・映画・演劇」を中心的なテーマとして、あまり政治的なテーマは扱いたくはなかったのですが、安倍政権による「改憲」の危険性が差し迫ってきましたので、国民の生命を戦争や原発事故から守るために、「文明(地球環境・戦争・憲法)」(「書評・図書紹介」より変更)のページを設けて、原水爆や原発など原子力エネルギーの問題や戦争や憲法を決定する政治の問題を考察するようにしました。

また、〈「核の時代」と「日本国憲法」の重要性〉のペーともリンクしました。

リンク→「文明論(地球環境・戦争・憲法)」

リンク→〈「核の時代」と「日本国憲法の重要性〉

(2016年2月17日。図版を追加。3月9日、リンク先を追加)

リメンバー、9.17(2)――「法案審議の再開を求める申し入れ」への署名が32、000筆を超える

〈「安保関連法案の採決不存在の確認と法案審議の再開を求める申し入れ」への賛同のお願い〉を転載した9月22日のブログには多くの閲覧者がありました。

「東京新聞」は2015年9月26日の朝刊で、署名が開始から5日間で3万2千筆を超えたことを詳しく伝える記事を載せていましたので、ご報告に代えてその記事の一部を掲載します

*   *   *

与野党議員がもみ合いになる混乱状態の下、参院特別委員会が十七日に可決を決めた安全保障関連法案は、「参院規則の表決の要件を満たしていない」などとして、議決がなかったことの確認と審議続行を求める賛同署名が二十五日締め切られ、署名開始から五日間で三万二千筆を超えた。この日、呼び掛け人の醍醐聡(だいごさとし)東京大名誉教授(会計学)らが、山崎正昭参院議長と鴻池祥肇(よしただ)特別委員長に申し入れた。

二十七日の会期末まで時間が切迫しているため署名はインターネットのみで受け付けていたのに対し、「ネットは使えないが、参加したい」という市民が独自に国会前などで九百四十筆余の紙の署名も集めた。

山崎、鴻池両氏とも議員会館で秘書が対応。山崎氏側には三万二千筆のうち整理済みの二万九千筆余の賛同署名と申し入れ書を手渡した。締め切り後に届いた署名を含め今月末をめどに追加提出する。鴻池氏の秘書は「議員が内容を確認してからでないと受け取れない」として署名簿は受け取らず、週明けに可否を回答するとした。

(中略)

参院規則や委員会先例録には、採決するときに委員長は議題を宣告した上で、賛成議員の挙手か起立で多数か少数かを認定し、結果を宣告するなどと規定されている。十八日に出された未定稿の速記録では「発言する者多く、議場騒然、聴取不能」としか記載されていない。

醍醐氏は「ネット中継などをみる限り、委員長の議事進行の声を委員が聞き取れる状況になかったことは一目瞭然。委員長も動議提出の声を聞き取り各委員の起立を確認できる状況になかったことは明らか」と批判。二十五日の会見で「何らかの形でさらにしつこく追及していくことが必要ではないか」と訴えた。

*   *   *

 国民の意思に反して国会で「戦争法案」の「強行採決」に踏み切った安倍晋三氏は、「国際社会」でもこのことが高く評価されると勘違いして国連の会議に臨んだようですが安倍演説に会場はまばらで、せめてオバマに直接報告したいと切望していたものの実現しなかったとも伝えられています。

こうして国連の会議は、安倍氏の「個人的な思い込み」と「国際社会の懸念」とのギャップを浮き彫りにしたように思えます。

立憲主義と平和主義と民主主義を瀕死の状態に追い込んだ安倍政権の問題点をさらに掘り下げていくことが必要でしょう。

リメンバー、9.17 ――「忘れる文化」と記憶の力

参院特別委員会で「自公両党」により行われたことを批判的に考察した9月19日のブログ記事では、「鴻池委員長を『人間かまくら』に囲い込み、外部から何も見えない、聞こえない情況にして、「聴取不能」(速記録)の無効採決が行われた。…中略…委員席にいた議員は、自分が起立したとき、何を採決したかを知っている者はいないはずだ」と記した有田芳生議員のツイートを紹介しました。

説明からはその構造がよく分かりましたが、テレビ映像を見ながら「民主主義」と「立憲主義」が今、葬られようとする場面を目撃しているという強い衝撃を受けていた私には、少し甘い表現だとも感じられました。それゆえ、映像を何度も繰り返して見ているうちに、それは単なる「人間かまくら」ではなく、与党議員による「立憲主義」の「円墳」のようだと感じるようになりました。

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「強制採決」が行われた前後に伝えられたのは、支持率は10%近く下がるかも知れないが、来年になれば忘れるので、来年の選挙は別なスローガンを掲げればよいという与党議員の言葉でした。

実際、「集団的自衛権」を閣議決定して強い批判を浴びた安倍政権は、昨年末の衆院選を「アベノミクス」を前面に掲げ、「集団的自衛権」についてはほとんど沈黙を守るという選挙戦術をとることで大勝していました。

このブログでは「臭い物には蓋(ふた)」、「人の噂も75日」、さらには過去のことは「水に流す」ということわざなどがある日本では、「見たくない事実は、眼をつぶれば見えなくなる」かのごとき感覚や、「過去の出来事にこだわるのは、見苦しい」という感覚が強く残っていることを指摘しました。

政治家たちの先の発言からも感じられるのは、「忘れる」ことを格好良いとする価値観です。

しかし、いくら眼をつぶっても、事実は厳然としてそこにあり、眼をふたたび開ければ、その重たい事実と直面することになります。また、放射能は「水に流す」ことはできないのです。

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「戦争法案」が強行採決された後でも、立憲主義と平和主義と民主主義を瀕死の状態に追い込んだ安倍政権に対する批判は衰えず、むしろ高まっています。

日本が再び悲劇を起こさないためにも、国会という場で暴力的な形で「強行採決」が行われた9.17という日を、深く記憶に刻み込むことが必要だと思います。

(2016年9月19日。最後の2行を削除して、ツイッターにも掲載)。

〈「安保関連法案の採決不存在の確認と法案審議の再開を求める申し入れ」への賛同のお願い〉を転載

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(図版は「『議場騒然、聴取不能』と記されるのみで、議事進行を促す委員長の発言も質疑打ち切り動議の提案も記されていない」「未定稿の速記録」)

 

至急!拡散・ご協力をお願いします! (締め切りは9月25日午前10時)

「安保関連法案の採決不存在の確認と法案審議の再開を求める申し入れ」への賛同のお願い

http://netsy.cocolog-nifty.com/blog/2015/09/post-6f5b.html …

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「安保関連法案の採決不存在の確認と法案審議の続行を求める申し入れ」の署名が求められていることが分かりましたので、そのサイトへのリンク先を上記にアップしました。

NHKで中継された「採決」の場面を何度見直しても成立したとは思えず、また国会からあのような光景が中継されたことに呆然として「小学校のホームルームで何かを決めるための採決でそんなことをしたら、先生に厳しくしかられるでしょう」などの記載を先日の記事で書きました。

このような形での暴力的な「採決」が国会の場で認められるならば、権力者はどのような法律でも可決することができることになる危険性があります。

立憲主義、平和主義、民主主義が危機にさらされている今、「安保関連法案の採決不存在の確認と法案審議の続行を求める申し入れ」がなされることは、きわめて有意義だと思われます。

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今朝(9月22日)の「東京新聞」には、この署名運動についての記事が載っていましたので、下にリンク先を追記しておきます。

リンク→安保法案 どさくさ採決は認めない 東大名誉教授ら賛同呼び掛け(朝刊)