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『若き日の詩人たちの肖像』の重要性――『堀田善衞を読む――世界を知り抜くための羅針盤』(集英社)を読んで

(「立憲主義」が崩壊した暗い昭和初期を描いた自伝的な長編小説『若き日の詩人たちの肖像』など堀田作品の魅力と意義がさまざまな視点から分かり易く記されている。→ https://twitter.com/stakaha5/status/1093318649853575168 )

堀田善衞を読む: 世界を知り抜くための羅針盤 (集英社新書)(書影はアマゾンより)

作家・堀田善衞(一九一八~一九九八)の生誕100周年、没後20年に当たっていた昨年、『堀田善衞を読む――世界を知り抜くための羅針盤』が集英社から刊行された。

この本の帯には「お前の映画は何に影響されたかと言われたら、堀田善衞とこたえるしかありません」という執筆者の一人・宮崎駿監督の言葉が載っている。その言葉は共著者たちの堀田善衛への思いをも代弁しているだろう。

むろん、様々な分野の第一線で活躍する創作者たちの視点で記されている堀田善衞の人柄や作品への評価は一様ではない。たとえば、「ベ平連」の活動で堀田善衞と出会っていたノンフィクション作家の吉岡忍氏は、朝鮮戦争が勃発する緊迫した時期を描いて芥川賞を受賞した堀田の『広場の孤独』や妻子を殺された中国人の知識人を主人公として南京虐殺を描いた『時間』、『インドで考えたこと』など堀田善衞とアジアとの関りを中心に記している。

一方、堀田善衞が大作『ゴヤ』を書く時期にスペインでその資料収集や調査などに立ち会っていた美術史学者の大髙保二郎氏は、ゴヤの「戦争の惨禍」との出会いの意味など、堀田のスペイン時代を実証的に語っている。

そして宮崎駿氏は戦乱期の日本や大災害についての考察が記された『方丈記私記』から受けた強い印象についても触れつつ、その映像化への思いも記している。実は、その激しい揺れが観客席にまで伝わってくるような衝撃を受けた映画《風立ちぬ》における関東大震災の映像を見た後では、宮崎監督が『方丈記私記』の描写を思い浮かべながらこのシーンを描いたのではないかと感じた。

なぜならばその後では、高台に停車した列車から脱出した二郎と菜穂子の眼をとおして観客は、大地震の直後に発生した火事が風に乗って瞬く間に広がり、東京が一面の火の海と化す光景を見ることになるからである。しかも、菜穂子を実家に連れて行こうと歩き出した二郎の歩みとともに逃げ惑う民衆の姿がアニメ映画とは思えない克明さで描かれている。

私的なことになるが、大学に入ってからドストエフスキーの初期作品の重要性だけでなく、日露の近代化の比較というテーマを研究することの必要性を強く感じたのは、昭和初期の暗い時代を描いた堀田善衞の自伝的な長編小説『若き日の詩人たちの肖像』と出会ったことが大きな一因となっていた。

その意味でことに興味を持ったのが、作家の池澤夏樹氏とフランス文学者の鹿島茂氏がともにこの長編小説の面白さと重要性を指摘していたことであった。たとえば、この長編小説に登場する「詩人たち」のモデルの一人である作家の福永武彦を父に持つ池澤夏樹氏は、この小説が「文字通りの自伝ではなく」、「時代相を明らかにするために登場人物をつくっただろう」とし指摘している。そして、「書き方に工夫もあれば、フィクションと言うか、仕掛けもある」、この作品が「自分のものの考え方、思想を支えてくれる大きな柱となっています」と続けている。

『若き日の詩人たちの肖像』上、アマゾン『若き日の詩人たちの肖像』下、アマゾン(書影は「アマゾン」より)

フランス文学者の鹿島氏も、「自伝小説『若き日の詩人たちの肖像』を読むのが堀田善衞という文学者を理解する近道です」とし、この作品の題名がジェイムズ・ジョイスの『若い芸術家の肖像』からとられてはいるが、「それをちょっと変えて、『詩人たち』という複数形にしてある」ことに注意を促している。

そしてここでは本来、接点のないはずの慶応仏文グループと「荒地」グループが描かれていることを指摘し、「自分と全く違うものを学ぶということは、比較が可能になるということです」と書き、「比較を進めることによって、逆に、自分とは何かが分かってくる。あるいは、自分たちと比較することによって、他者が分かってくる」と書いている。

鹿島氏は「『若き日の詩人たちの肖像』を書いたことによって、あらためて、なぜ自分はフランス文学をあの時期に選んだのかということを考え」、それが「ヨーロッパ的なものを見据えてみよう」という思いにつながったのだろうと書いているがそれは確実だろう。

昭和初期の暗い時代を題材に自伝的な形で長編小説を描いたことが、「評伝文学の傑作」である『ゴヤ』や「最大の作品」である『ミシュレ 城館の人』にもつながったのだと思える。

さらに、池澤氏は『方丈記私記』や『定家明月記私抄』にも言及しているが、『若き日の詩人たちの肖像』の記述によれば、これらの作品の価値を見出したのが徴兵される間近の頃であることに留意するならば、この自伝的な長編小説の重要性が分かるだろう。

憲法学者の小林節氏によれば、安倍首相が尊敬する岸元首相たちにとって「日本がもっとも素晴らしかった時期は、国家が一丸となった、終戦までの一〇年ほど」、すなわち「ファシズム」の時代であった(『「憲法改正」の真実』集英社新書)。

その時代への回帰を目指す「日本会議」に支援された安倍政権による「立憲主義」の崩壊を食い止めるためにも、題辞で引用されている『白夜』ばかりでなく、『罪と罰』や『白痴』、さらには『悪霊』ついての考察も記されているこの長編小説の現代的な意義について、ドストエフスキー研究者の視点からいずれきちんと読み解きたいと考えている。