はじめに
「戦争は人間の霊魂進化にとって最高の宗教的行事」という記述がある戦前版の『生命の實相』を「ずっと生き方の根本に置いてきた」と語っていた稲田朋美氏が故安倍首相によって防衛大臣に任命されていました。
それに対して安倍内閣で強い反論は出なかったことでそれ以降の自民党政権では、同じような戦争観を持つ防衛大臣が選ばれているようです。住民約9万4000人の犠牲者を出した沖縄戦を指揮した牛島満司令官の「秋待たで 枯れ行く島の 青草は 皇国の春に 甦(よみがえ)らなむ」という「辞世の句」が陸上自衛隊HPに掲載されていたことが発覚した際にも中谷防衛大臣はこの句を「平和を願う歌」と弁護しました。
しかし、牛島満司令官の「辞世の句」に現れている死生観は、上海事変の爆弾三勇士などに言及しながら、「戦場に於(お)ける兵士の如く死の刹那(せつな)に『天皇陛下万歳!』と唱えつつ死んで行く人が沢山あります」(205頁)が、「あれは死んだのではない、永遠に生きたのであります」と続けた谷口雅春の死生観に通じているように思えます。
しかも、本書の冒頭で「(『古事記』が)日本に於(お)ける最も古き正確なる歴史であるということになっているのであります」と書いた谷口は、「大宇宙に於(お)ける日本国の位置及びその将来性を知り、現在自分が国家構成の一員として及び個人として如何(いか)に生きて行くべきものであるか、将来この世界は如何に発展して行くべきものであるかということをはっきりさせるためのものが歴史の研究であります」と続けていました(4―5頁)。
注目したいのは、キリスト教シオニズムでは旧約聖書と黙示録の預言の記述を結びつけることで強引な歴史の解釈を行っているが、自分たちの歴史理解を正当化しているが、本書でも『古事記』の記述と黙示録の記述を組み合わせた歴史の解釈が行われていることです。
「編者はしがき」は、刊行の目的を「本書によって、一人でも多くの方が天皇国日本の実相と、その大いなる世界的使命について認識を新たにされるなら、編者として幸いこれに過ぐるものはない」と記しています(太字は引用者)。
この記述には編者たちの現在の憲法に対する批判が如実に表れていると思えますが、世界最終戦争を正当化しているキリスト教シオニストに支援されたトランプ氏が大統領に再選したことで、戦争が実際に起きる危険性は高まってきています。それゆえ、初出が2016年8月7日の記事を大幅に改訂して『古事記』と黙示録の解釈の問題を中心に考察することにします。
* * *
* * *
本書では神道の説く「八百万の神々」とは異なり、ここでは『古事記』の「三柱(みはしら)の神は並(みな)独神(ひとりがみ)」という表現を「その儘(まま)素直に、絶対の神様を知っていた」と読むべきであると記している(7頁)。
そして「天照大御神」を「高天原」という「大宇宙の主宰者」と規定した著者は、「太陽神は天地万物一切所に在(いま)すと考えるのが本当であります。これを物質科学では一切のエネルギーは太陽のエネルギーの変化したものであると云(い)っていることに当るのです」と記し(67頁)、さらに物理学をも視野に入れて教理を次のように説明している。
「『生長の家』の実相観を修(しゅう)していますと、生命の実相(ほんとうのすがた)は動(どう)であって静(せい)ではないという事が判(わか)って来るのであります」とし、「絶対は動(どう)である、ベルグソンの説いたように創造的進化の世界なのであります。」(86-87頁)。これらの箇所は小林秀雄のベルクソン観や本居宣長観の説明にもなっていると思われ、興味深いので機会があれば改めて考察したい。
その後、「夫唱婦和は日本が第一」から、「無限創造は日本が第一」、「一瞬に久遠を生きる金剛不壊の生活は日本が第一」、「無限包容の生活も日本が第一」「七德具足の至美至妙世界は日本が第一」と、ほほえましいようでナチスの「ドイツ民族優秀説」を思い起こさせるような章が続く。
そして「一切の善は天照大御神(あまてらすおおみかみ)を本源とす」とそれに続く「急ぐな、時節に逆らうな」の章で、「高天原というのは実在の大生命世界のこと」であるとした著者は、天岩屋戸のエピソードに言及して「地上を幸福に輝かすところの一切の御力というものはすべて天照大御神から来ていることが、かくのごとく『古事記』に明瞭にかかれている」と強調している(126―130頁)。
さらに、『古事記』に書かれている天照大御神(あまてらすおおみかみ)を「天岩屋戸」から再引き戻したという記載を引用しながら著者は、「暗黒苦痛の時が来たなら一層久遠の真理善き言葉の力を使って、その言葉の力によって光を招(よ)び出すようにしなければならない」(133頁)とし、「言霊」の働きを強調しながら、「どんなにわるい時にも、どんなに暗澹と暗い時にも愉快そうに笑っている…中略…そうして皇霊を遙拝し、祖先の霊魂を祀り、…中略…何でも『有難い、有難い』と感謝していますと、本当に有難くなって来る」と説いている(140頁)。
* * *
興味深いのは、「黙示録に顕れたる世界戦の予言」という章で著者が、「また天に大いなる徴(しるし)見えたり。日を著たる女ありて、その足の下に月あり」と書いた後で「また天に他の徴見えたり。視よ大(おおい)なる赤き龍(たつ)あり、これに七つの頭(かしら)と十本の角とありて頭には七つの冠冕(かんむり)あり。その尻は天の星の三分の一を引て之を地に落せり」と続く文章で始まる黙示録第12章を引用していることである。
「編者はしがき」によれば、本書は一九三五(昭和十)年の十回にわたる「古事記講義」を元に二・二六事件が起きた翌年の一九三六年に『生長の家』誌に連載されていた。そのことはを考慮するならばこの記述は、この頃には黙示録が日本でもかなり広まっていたことを物語っているだろう。
実際、内村鑑三とともにキリストの再臨運動を行ったキリスト教シオニストの中田重治は、一九三〇年代になると「原理主義的な聖書解釈と日本のナショナリズムと」を結び付けて満州への入植をこう呼びかけていた。
「日本は黙示録七章二節にある日出国の天使である。世界の平和を乱す事のみをして居る四人の天使(欧州四大民族)から離れて宜しく神よりの平和の使命を全うする為に突進すべきである。」
一方、谷口はこの後で須佐之男命(すさのおのみこと)の「八岐大蛇(やまたのおろち)退治」という神話と「黙示録」の「赤い龍」の話を比較して、「黙示録の『日を著たる女』というのは日本国のことであります。日は天照大御神で、『日を著たる』は天照大御神を御皇室の御祖先に頂いているということであります」と強引に解釈している(151頁)。
八岐大蛇(やまたのおろち)については、「その遠大な遠廻しの自由自在な計画を『八俣』(愈々(いよいよ)多くの俣(また)――戦術)のある遠大なる呂国(編註・ロシアを指している)の智慧であるとして『八俣遠呂智』で表現してあるなどは、古事記が予言書であると云い得る所以であります」(157頁)と記しています。黙示録と古事記の文章を結びつけるこの記述からは、旧約聖書の黙示文書の預言と黙示録の記述を結びつけることで強引な歴史の解釈を行うキリスト教シオニストと同じような強引な歴史の解釈が感じられる。
しかも、「殺人は普通悪いと考えていますが、戦争に出て敵兵を殲滅するのは善である。全ては地(ところ)を得た時にそれが初めて善となり、地(ところ)を得ない時にそれが悪となる」(118頁)と書いていた著者は、「皇国不敗」と「神州不滅」の考えをこう記している。
「如何(いか)なる時にもわが日本国は神に守られておるのでありますから、滅びるなどということはない、愈々(いよいよ)の時には元寇(げんこう)の役(えき)のようなことが起る、愈々の時には宇佐八幡(うさまちまん)の神勅(しんちょく)が下される。日本の国は永遠に如何(いか)なる敵国の精兵も如何なる奸物(かんぶつ)の妖牙(ようが)も到底犯すことは出来ないのであります。」(161頁)
その後で「世界戦」は「ユダヤ民族の守護神と日本民族の守護神との戦い」になると予言した著者は、「かく、世界各国互(たがい)に相(あい)戦って、さしも強大を誇った独逸(ドイツ)国の皇帝がなくなるとか、露西亜(ロシア)の皇帝がなくなるとか、或(あるい)は何処其処(どこそこ)の皇帝がなくなるという具合(ぐあい)に、唯物論は唯物論と相戦って自壊して総(すべ)て滅んでしまう」が、「最後に一つの国だけが滅びないのであります」と続け、その理由をこう説明している(172頁)。
「草那藝神剣(くさなぎのしんけん)は三種(さんしゅ)の神器(しんき)の一つでであって、日本の国土をあらわすと共に、日本の皇位(こうい)の金剛不壊、永遠性をあらわしている」。
ただ、この戦いが厳しいものになることも予想していた著者は、「『今の一瞬に久遠(くおん)の生命を生きる』という事が日本精神であります」とし、「上海事変の爆弾三勇士」などに言及しながら、「戦場に於(お)ける兵士の如く死の刹那(せつな)に『天皇陛下万歳!』と唱えつつ死んで行く人が沢山あります」(205頁)が、「あれは死んだのではない、永遠に生きたのであります」と続けている(211頁)。
その意味で重要と思われるのは、「榊(さかき)の枝や松の枝に白い御幣(ごへい)をつけて捧げる」、「玉串捧呈(たまぐしほうてい)」という神道の行事の解釈をとおして「特攻」を美化していると思われることである。「玉串捧呈というのは、自分の霊を串にさして神様に捧げるというので全我(ぜんが)の抛棄(ほうき)を意味しています。」(135頁)
最後に再び『古事記』によりながら、「日本の皇位(こうい)というものは久遠永遠の昔から続くところの金剛不壊(こんごうふえ)の存在」であり、「日本の国土が全世界に拡(ひろ)がって日本の天皇陛下が久遠(くおん)の昔からこの世界を統治し給(たま)うべき御位(みくらい)を持っていられる実相(じっそう)が明瞭になって来た」と記した著者は、こう強調している(219頁)。
「神武(じんむ)天皇御東征(ごとうせい)の砌(みぎり)、東道(みちびき)として、御働き遊ばしたのも、盬椎の翁(しおつちのおきな)であります。この盬椎翁(しおつちのおきな)というのが生長の家の神様であります。」(221頁)
* * *
GHQの検閲によって出版停止処分を受けた『生命の實相』(第16巻)神道編(昭和16年9月1日発行)の復刻版『古事記と日本国の世界的使命――甦る『生命の實相』神道篇』の内容を大急ぎで概観しました。
全体を読み終えて感じたのは、翌年には満州事変がおき、1933年にはナチスが政権を握るなど、日本が大戦争の危機に直面していた1930年に創立された当時の「生長の家」の性格をこの書がよく反映しているだろうということです。(なお、2008年にこの著書を刊行した光明思想社と現在の「生長の家」は別の組織です。宗教学者の島薗進氏によれば、宗教団体「生長の家」はエコロジー路線への転換をしており、旧生長の家の政治勢力とは対立しており、安倍政権に対しても「日本を再び間違った道へ進ませないために、明確に『反対』の意思を表明」しています)。
* * *
「日本会議」の論客の主張に注意を促した山崎雅弘氏は、「もし『大東亜戦争』が『侵略ではなく自衛戦争』であるなら、自民党の憲法改正案が実現した時、理論的には、日本は再び『大東亜戦争』と同じことを『自衛権の発動』という名目で行うことが可能」になると指摘していました。
安倍政権の好戦性は「戦争法」の強行採決や稲田氏の防衛大臣任命に顕著に表れています。このような安倍政権によって復古的な価値観が賛美され、「改憲」に向けた政策が行われ、黙示録の影響を受けて第三次世界大戦を必要とする統一教会との癒着も明らかになりました。
ウクライナ戦争とガザ危機には驚愕させられましたが、イスラエルを強力に支援し、世界最終戦争の必要性を主張するキリスト教シオニストに支援されたトランプ氏が大統領に再選したことで、黙示録の危険性の考察はより重要になってきていると思われます。
* * *
以下に、関連記事へのリンク先を記す。
→稲田朋美・防衛相と作家・百田尚樹氏の憲法観――「森友学園」問題をとおして(増補版)
→安倍首相の年頭所感「日本を、世界の真ん中で輝かせる」と「安倍晋三記念小学校」問題――「日本会議」の危険性
→菅野完著『日本会議の研究』と百田尚樹著『殉愛』と『永遠の0(ゼロ)』
→ オーウェルの『1984年』で『カエルの楽園』を読み解く――「特定秘密保護法」と監視社会の危険性
(2016年8月15日、2017年3月19日、加筆改訂。2023年10月25日、改訂。2025年4月20日、4月23日改題と加筆改訂)
コメントを残す