高橋誠一郎 公式ホームページ

04月

宮崎駿アニメに見る堀田善衞の世界

拙著 終章の構成

一、映画《モスラ》から《風の谷のナウシカ》へ

アニメ映画《風の谷のナウシカ》の冒頭では、「人口五〇〇人足らずの平和な農業共同体」である「風の谷」を吹く清浄な風が、大国トラキアの巨大な飛行機が運んできた腐海からの胞子や巨大な昆虫によって乱されるシーンが描かれている。

「火の七日間」と「巨神兵」による「最終戦争」によって科学文明が終わってから一〇〇〇年後の世界が描かれているこの映画と映画《モスラ》との映像的な類似性について、研究者の小野俊太郎は次のように指摘している。

「この二つの作品には、すぐに目につく類似点が多い。幼虫モスラと王蟲(オーム)の形状の類似だけではなく、成虫モスラとウシアブのふんわりとした飛行、腐海(ふかい)の毒と放射能の働きの類比は明白だし、暴走するイモ虫、巨大な繭と熱による孵化、巨大な胞子植物、怪異と意思疎通する少女、といった点も似ている。タイトルバックで神話が碑文や絵巻といった映像でされるのも共通している」*1。

そして、「風」の流れに注意を促して「問題となるのは、ナウシカが住んでいる『風の谷』で、ここには『モスラ』における日本とインファント島問題そのものが拡大して投影されている」と指摘した小野は、「ここに接合されているのは、黒澤明が『生きものの記録』(一九五五)で突きつけた、気流の関係で死の灰が寄ってくる風の谷間に暮らす日本である」と続けている*2。

実際、《風の谷のナウシカ》は核戦争後に発生した「腐海の森」から発生する有毒ガスで、生き残った人々の生存も危うくなる中で、「土壌の汚れ」の原因を突き止めようとする少女ナウシカの活躍を描いている。

《風の谷のナウシカ》のタイトルバックで示される絵巻では「その者青き衣(ころも)をまといて金色(こんじき)の野におりたつべし。失われた大地との絆(きずな)を結び、遂に人々を青き清浄の地に導かん」との言い伝えが織られていた。

さらに、ナウシカが見た「王蟲」の子供が殺される夢も自分の危険もかえりみずに傷ついた「王蟲」の子供を守るという感動的なラストシーンへとつながっていることもたしかだろう。

二、 卒論のランボオと映画《紅の豚》  より

画像
画像


三、映画《風立ちぬ》と『若き日の詩人たちの肖像』の時代

《風立ちぬ》論のスレッド(Ⅰ~Ⅲ)と【書評】  アニメ映画《紅の豚》から《風立ちぬ》へ(Ⅰ) 《風立ちぬ》Ⅱ――大地の激震と「轟々と」吹く風 《風立ちぬ》論Ⅲ――『魔の山』とヒトラーの影

2024/03/19、改題と改訂

ウクライナ危機と1986年以降のロシア危機(2)――   「民族的憤激」の危険性

今回の再掲にあたって副題に付けた「民族的憤激」という用語は、週刊朝日の1967年8月11日号に書いた三島由紀夫の「民族的憤激を思ひ起せ-私の中のヒロシマ」から引用したもので、三島はそこで原爆投下のニュースを知ったときの衝撃についてこう記していました。

「広島に〝新型爆弾″が投下されたとき、私は東大法学部の学生であつた。神奈川県の高座(かうざ)にある海軍の工場に勤労動員中だつたが、ひどく虚無的な気分になつてゐて、「新型爆弾に白い衣類は危険だ」といふので、わざと自シャツ姿で町を歩いたりした。/ それが原爆だと知つたのは数日後のこと、たしか教授の口を通じてだつた。世界の終りだ、と思つた。この世界終末観は、その後の私の文学の唯一の母体をなすものでもある。」 (447)

だが、その前年に 2・26事件の指導者の一人であった将校 ・磯部浅一の霊に憑かれたような作品 『英霊の聲』を発表していた三島は、そのあとこう続けて
核武装」を正当化していたのです 。

「われわれは新しい核時代に、輝かしい特権をもつて対処すべきではないのか。そのための新しい政治的論理を確立すべきではないのか。日本人は、ここで民族的憤激を思ひ起こすべきではないのか」 。

三島由紀夫作品でウクライナ危機を考える――「民族的憤激」の危険性

 一方、 堀田善衞は『小国の運命と大国の運命』の終わり終章でヨーロッパと比較しつつ、「われわれの日本、中国、ヴェトナム、南北朝鮮、インドネシアなどの、相互にまったく不均衡かつ共通項を欠いた情況をもつアジアの方が、実はずっと危険でもあり深刻な様相にあるものである、と私は思う」(314)と書いています。  

極東の諸国は日本に侵略されたり併合されたりして民族的な自尊心を著しく傷つけられた過去を持っています。 右派の政治家が三島が敬愛する2・26事件の将校たちと同じような「民族的憤激」を煽って、軍拡や核武装に踏み切ることになれば、極東から核戦争が始まる危険性が高まると思われます。

冷静に国家の未来を創造すべき政治家が「民族的憤激」を煽ることは、地震大国でありながら54基もの原発を建設した日本だけでなく、極東を滅亡の危機にさらすことにつながるでしょう。

ウクライナ危機にロシア危機を振り返る――「民族的憤激」の危険性

『「罪と罰」を読む―「正義」の犯罪と文明の危機』(刀水書房、1996年) の「あとがき」より。

 本書に推理小説的な手法を持ち込むきっかけとなったことが他にもありました。それは現代ロシアの犯罪状況が、『罪と罰』当時のロシアの状況ときわめて似ていることを実感したことです。ラズミーヒンはラスコーリニコフの母と妹にサンクト・ペテルブルクの危険性を指摘していますが、この言葉は現在のロシアの大都市にもそのままあてはまります。

つまり、新たに市場経済を採用したロシアでは、まだ経済のルールが確立されておらず、「儲ける」ためには「あらゆることが許されている」と考える者も少なくなく、そのような中、最も手っ取り早い儲けの手段として強盗や泥棒などの犯罪が多発しているのです。実はこの年(九三年)の夏に学生を引率してモスクワを訪れた際、私自身が強盗にあって殺されかけるという経験をしました。ピストルをこめかみに当てられながら、私を殺しても彼らはラスコーリニコフのように後悔することはないだろうとふと思い、『罪と罰』の世界がとても身近なものに感じられたのです。

 また、この時期に、モスクワ大学の本屋などに英語で書かれたビジネス書や様々な英語の雑誌が急に増えていたことに驚かされましたが、本論で見たように、農奴解放がなされる一八六一年の前後にもロシアには西欧の様々な思想がどっと入り、それらをめぐって鋭い論戦が行われていたのです。さらに、既存の思想やモラルが根底から揺れ動き、激しいインフレと失業率の増大、犯罪の多発に苦しむ現在のロシアや旧ユーゴスラヴィアの状況は、オーストリア・ハンガリー帝国が崩壊して第一次世界大戦へと至った頃や、その戦いに破れたドイツ帝国の社会的状況とも似ているように思えます。

一九九二年の夏に、私はロシアのいくつもの本屋でヒトラーの『わが闘争』のロシア語訳を見かけ、なぜドイツとの戦いであれほどの犠牲者を出した国で、この本が売れているのか不思議に思いました。しかし、その後に行われたロシアの総選挙で過激な民族主義者のジリノーフスキイが率いる党が勝利をおさめたのを見るとき、その理由の一端が分かったように思いました。チェチェン紛争に際しては、彼の主張にきわめて近い政策が取られて四万人以上とも言われる死者を出していますが、政治的・経済的混乱の中では、自国民の優秀さを訴えるとともに、闘争の必然性とその勝利を説く者が、民衆の傷ついた自尊心を強く刺激するようです。この意味において、わかりやすい言葉でドイツ民族の優秀さと権力への意志を訴えた『わが闘争』は、論理の一貫した説得力のある書物と言わねばならないのです。

一方、戦後めざましい経済復興を遂げ、繁栄を謳歌しているかに見える日本も、環境破壊やバブル経済の破綻、さらには「地下鉄サリン」事件や頻発するいじめ問題など、社会の抱える問題の根は深いように思われます。

 こうして、本書では殺人を引き起こすことになったラスコーリニコフの考えが現代の問題ともつながっていることも視野に入れながら、彼の思索や行動、さらに他者との議論の考察などを通して、彼の理論と当時のヨーロッパ思想との深い係わりを文明論的な視点から検証しました。文学作品『罪と罰』には様々な読み方が可能だと思われますが、本書がより広い視野と百年単位の長い視点から自分や社会について考察するきっかけとなれば幸いです。またこれを機会に『罪と罰』やその研究書だけでなく、ここで言及した多くの文学作品や思想書にも挑戦してもらえればと思っています。

 (2022/04/15、改訂)

 

ウクライナ危機と1986年以降のロシア危機(1)

ロシア軍によるウクライナ侵攻と蛮行が未だに収まらない状況を知らせるニュース報道を見、新聞記事を読みながら、なにも出来ないことに苛立ちながら、「チェコスロヴァキア事件とウクライナ危機」という論考を書いていました。

その中で鮮明に思い起こしたのは、学生を引率していた際に経験した1986年のチェルノブイリ原発事故や1990年初頭に学会や引率で度々モスクワを訪れていた時のロシア危機のことでした。

今回のロシア軍のウクライナ侵攻では、 1986年に史上最悪の原発事故を起こした チェルノブイリ原発も一時、占領されるという事態も発生しました。この事故については、 ホームページのグラースノスチ(情報公開)とチェルノブイリ原発事故(1988年)」、「劇《石棺》から映画《夢》へ」でも言及しました、

 また、ドストエフスキーにこだわり続けた 黒澤明と小林秀雄が 1956年12月に対談をっていたことに注目して、二人の原爆観や核エネルギー観の問題に迫った 『黒澤明と小林秀雄――「罪と罰」をめぐる静かなる決闘』(成文社、2014年)でも映画《生きものの記録》や映画《夢》の分析を通して行いました。

 1990年初頭の体験は、私のドストエフスキー観や文明観とも深く結びついているので、教養科目「現代文明論」の授業のために編んだ『「罪と罰」を読む―「正義」の犯罪と文明の危機』(刀水書房、1996年)の「あとがき」に記していました。

 以前にこのブログではエリツィンが急激な市場経済を導入したために、一時はモスクワのスーパーの棚にはロシア産の商品がないような状態も生じて、「エリツィンは共産党政権ができなかったアメリカ型の資本主義の怖さを短期間で味わわせた」との小話も流行ったことを紹介しました。

急激な市場化によってスーパーインフレに襲われ一般庶民が塗炭の苦しみを味わったこの時期に、ロシア人の多くが反欧米の感情を持つことになったと思えるので、まだホームページには掲載していなかった 「あとがき」 の該当部分をブログに、全文を「著書・共著と書評・図書紹介」のページにアップすることにしました。

ウクライナ危機にロシア危機を振り返る――「民族的憤激」の危険性

(2022年4月15日、改稿)

「群像社通信」130号、「図書紹介」より

愛媛新聞、下野新聞 2021年12月19日/ 信濃毎日新聞 2021年12月25日 ほか

生誕200年のドストエフスキーの「日本での受容を語る上で欠かせないのが堀田善衞である。終戦直前の東京大空襲と広島、長崎へ原爆投下という事態に出合って彼は、ドストエフスキーの現代的理解を深めていくからだ。」「原爆投下に関わった米国人パイロットの苦悩を通して、核戦争が起これば人類滅亡の可能性があることを示し、登場人物たちの「罪」と「罰」を描き出」した作品『審判』はじめ堀田作品を読み解き、「黙示録的時代と向き合った2人の作家の共鳴の軌跡を追う。」(共同通信配信)。