高橋誠一郎 公式ホームページ

「ドストエーフスキイの会」

堀田善衞のドストエフスキー観――『若き日の詩人たちの肖像』を中心に

『若き日の詩人たちの肖像』上、アマゾン『若き日の詩人たちの肖像』下、アマゾン(書影は「アマゾン」より)

先ほど、「ドストエーフスキイの会」の例会発表が終わりましたので、配布したレジュメの一部をアップします。

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発表の流れ

序に代えて 島崎藤村から堀田善衞へ

a.島崎藤村の『破戒』と『罪と罰』

b.堀田善衞の島崎藤村観と長編小説『若き日の詩人たちの肖像』

c.『若き日の詩人たちの肖像』と島崎藤村の長編小説の類似点

 1、長編小説『春』における主人公と同人たちとの交友、自殺の考察

 2、明治20年代の高い評価

 3、『破戒』と同様の被差別部落出身の登場人物

 4、「復古神道」についての考察

d.「日本浪曼派」と小林秀雄

 

Ⅰ.「祝典的な時空」と「日本浪曼派」

a.「祝典的な時空」

b.「死の美学」と「西行」

c.大空襲と18日の出来事

d.『方丈記』の再認識

e.『若き日の詩人たちの肖像』の続編の可能性

 

Ⅱ.『若き日の詩人たちの肖像』の構造と題辞という手法

a. 卒業論文と「文学の立場」

b.『広場の孤独』と二つの長編『零から数えて』と『審判』

c.「扼殺者の序章」の題辞

「語れや君、若き日に何をかなせしや?」(ヴェルレーヌ)

 

Ⅲ、二・二六事件の考察と『白夜』

a. 第一部の題辞

「驚くべき夜であつた。親愛なる読者よ、それはわれわれが若いときにのみ在り得るやうな夜であつた。空は一面星に飾られ非常に輝かしかつたので、それを見ると、こんな空の下に種々の不機嫌な、片意地な人間が果して生存し得られるものだらうかと、思はず自問せざるをえなかつたほどである。これもしかし、やはり若々しい質問である。親愛なる読者よ、甚だ若々しいものだが、読者の魂へ、神がより一層しばしばこれを御送り下さるやうに……。」(米川正夫訳)

b. 河合栄治郎「二・二六事件の批判」

c.主人公の「生涯にとってある区分けとなる影響を及ぼす筈の、一つの事件」

d.「成宗の先生」の家の近くで『白夜』の文章を暗唱した後の考え

e.ナチス・ドイツへの言及

 

Ⅳ.アランの翻訳と小林秀雄訳の『地獄の季節』の問題

a. 第二部の題辞

「人を信ずべき理由は百千あり、信ずべからざる理由もまた百千とあるのである。人はその二つのあいだに生きねばならぬ」(アラン)。

「資本主義は、地上の人口の圧倒的多数に対する、ひとにぎりの先進諸国による植民地的抑圧と金融的絞殺とのための、世界体制へとまで成長し転化した。そしてこの獲物の分配は、世界的に強大な、足の先から頭のてつぺんまで武装した二、三の強盗ども(アメリカ、イギリス、日本)の間で行なはれてゐるが、彼らは自分たちの獲物を分配するための、自分たちの戦争に、全世界をひきずりこまうとしてゐるのだ。」(レーニン)

b. レーニンへの関心の理由

c.留置所での時間と警察の拷問

d.ほんとうの御詠歌と映画《馬》

e.アランの『裁かれた戦争』の訳と小林秀雄の戦争観

f.詩人プラーテンの「甘美な詩句」と小林秀雄訳のランボオの詩句

g.小林秀雄訳のランボオ『地獄の季節』の問題点

h.「人生斫断家」という定義と二・二六の将校たちへの共感

 

Ⅴ、繰り上げ卒業と遺書としての卒業論文――ムィシキンとランボー

a.第三部の題辞

「むかし、をとこありけり。そのをとこ、身をえうなき物に思ひなして、京にはあらじ」(『伊勢物語』作者不詳)。

「かくて誰もいなくなった」(アガサ・クリスティ)

b.時代を象徴するような題名と推理小説への関心

c.美しい『夢の浮橋』への憧れ

d.遺書としての卒業論文

e.真珠湾攻撃の成果と悲哀

f.小林秀雄の耽美的な感想

g.「謎」のような言葉

h.ムィシキンとランボーの比較の意味

i.長編小説における『悪霊』についての言及と小林秀雄の「ヒットラーと悪魔」

 

Ⅵ.『方丈記』の考察と「日本浪曼派」の克服

a.第四部の題辞

「羽なければ空をもとぶべからず。龍ならば雲にも登らむ。世にしたがへば、身くるし。いかなるわざをしてか、しばしもこの身をやどし、たまゆらも、こころをやすむべき。」(鴨長明、『方丈記』)

「陛下が愛信して股肱とする陸海軍及び警視の勢力を左右にひつさげ、凛然と下に臨み、身に寸兵尺鉄を帯びざる人民を戦慄せしむべきである。」(公爵岩倉具視)

b.アリャーシャの『カラマーゾフの兄弟』論と「イエス・キリスト」論

c.国際文化振興会調査部での読書と国学の隆盛

d.「復古神道」とキリスト教

e.小林秀雄の『夜明け前』観と「近代の超克」の批判

f. 出陣学徒壮行大会での東条首相の演説と荘厳な「海行かば」の合唱

g.国民歌謡「海行かば」と保田與重郎の『萬葉集の精神-その成立と大伴家持』

h.審美的な「死の美学」からの脱出と『方丈記』の再認識

 

終わりに・「オンブお化け」と予言者ドストエフスキー

a.ドストエフスキーとランボーへの関心

b.『若き日の詩人たちの肖像』における「オンブお化け」という表現

「死が、近しい親戚か、あるいはオンブお化けのようにして背中にとりついている」

「未来は背後にある? 眼前の過去と現在を見抜いてこそ、未来は見出される」(『未来からの挨拶』の帯)。

c.過去と現在を直視する勇気

 

主な参考文献と資料

高橋誠一郎『「罪と罰」の受容と「立憲主義」の危機――北村透谷から島崎藤村へ』

――「堀田善衞の『白痴』観――『若き日の詩人たちの肖像』をめぐって」『広場』

 ――狂人にされた原爆パイロット――堀田善衛の『零から数えて』と『審判』をめぐって(『世界文学』第122号、2015年12月)

――小林秀雄のヒトラー観、「書評『我が闘争』と「ヒットラーと悪魔」をめぐって〕など。

『堀田善衛全集』全16巻、筑摩書房、1974年

堀田善衞・司馬遼太郎・宮崎駿『時代の風音』

竹内栄美子・丸山桂一編『中野重治・堀田善衞 往復書簡1953-1979』影書房

池澤夏樹, 吉岡忍, 宮崎駿他著,『堀田善衞を読む――世界を知り抜くための羅針盤』集英社

橋川文三『日本浪曼派批判序説』、講談社文芸文庫、2017年。

福井勝也「堀田善衞のドストエフスキー、未来からの挨拶(Back to the Future)」他。

山城むつみ「万葉集の「精神」について」など、『文学のプログラム』講談社文芸文庫、2009年。

ケヴィン・マイケル・ドーク著/小林宜子訳『日本浪曼派とナショナリズム』柏書房, 1999

松田道雄編集・解説『昭和思想集 2』 (近代日本思想大系36) 筑摩書房, 1974

鹿島茂『ドーダの人、小林秀雄――わからなさの理由を求めて』

鈴木昭一「堀田善衛諭――「審判」を中心として」『日本文学』16巻2号、1967

黒田俊太郎「二つの近代化論――島崎藤村「海へ」・保田與重郎「明治の精神」、鳴門教育大学紀要、『語文と教育』30観、2016年

中野重治「文学における新官僚主義」『昭和思想集』

井川理〈詩人〉と〈知性人〉の相克 ―萩原朔太郎「日本への回帰」と保田與重郎の初期批評との思想的交錯をめぐって」、『言語情報科学』(14)

ドストエーフスキイの会、第250回例会(報告者:福井勝也氏)のご案内

第250例会のご案内を「ニュースレター」(No.151)より転載します。

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第250回例会のご案内

    下記の要領で例会を開催いたします。皆様のご参加をお待ちしています。

日 時2019年3月16日(土)午後2時~5時

場 所千駄ヶ谷区民会館(JR原宿駅下車徒歩7分) 和室

                         ℡:03-3402-7854

報告者:福井勝也 氏

題 目: 堀田善衞のドストエフスキー、未来からの挨拶(Back to the Future

          *会員無料・一般参加者=会場費500円

 

報告者紹介:福井勝也 (ふくい・かつや)

1954年東京都出身。1978年「ドストエーフスキイの会」入会、運営編集委員。

「全作品を読む会」世話人。「読書会著莪」会員(小森陽一講師)。「日本ドストエフスキー協会(DSJ)」研究会員。著書:ドストエフスキーとポストモダン』(2001)、『日本近代文学の<終焉>とドストエフスキー』(2008)主要論考対象:ドストエフスキー、ベルクソン(前田英樹氏に師事)、小林秀雄、大岡昇平、三島由紀夫、安岡章太郎など

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第250回例会報告要旨

堀田善衞のドストエフスキー、未来からの挨拶(Back to the Future

 廻り合わせから、次回例会でお話をすることになった。会発足50周年(2019.2.12)を経て最初の、そして30年続いた「平成」最後の例会ということになる。だからといって特別な内容ではないが、自分なりの感慨も重なって発表を引き受けさせて頂いた。

今回論じようと思うのは、作家堀田善衞(1918~98年、大正7~平成10年)の文学、そのドストエフスキー文学との関連である。当方はこの4年程、多摩の読書会で堀田の主要作品を仲間と読み合って来た。ちなみに、2014~15年には『上海にて』(1959)『方丈記私記』(1971)『定家明月記私抄 (正・続)』(1986-88)、2016年には『若き日の詩人たちの肖像 (上・下)』(1968)、2017年には『ゴヤ(第1~4部)』(1974-77)、2018年には『ミシェル 城館の人(第1~3部)』(1991-94)というざっとそんな順であったと思う。そして昨年の堀田生誕100年・没後20年という記念の年を経て、今年の初めに、最初に読んだ『上海にて』に戻るかのように南京事件を扱った長編小説『時間』(1955)を読み始めている。

この多摩の読書会とのお付き合いは、かれこれ四半世紀余になる。講師は当会でもご講演頂いた近代文学研究者の小森陽一氏であるが、小規模な市民サークルで月一度の読書会にずっと参加させてもらって来た。その対象作品は、その時々の選択によるが、漱石から村上春樹までかなりの数になる。

そしてこの4年程は堀田作品を読み合って来た。はじめに断っておけば、当方は堀田善衞のそれ程良い読者ではないかもしれない。しかしここ数年間仲間と読んで来て、作家としてのスケールという点で、われらがドストエフスキーの系譜に連なる文学者であると確信するようになった。その点で、堀田は日本では珍しい世界文学者のタイプであって、これから評価が高まる作家だと感じる。その傍証になるかは不明だが、アニメーション作家の世界的巨匠、宮崎駿氏が堀田文学の愛読者であるということがある。氏は、そのwebサイト(堀田善衞「時代と人間」)の連載欄でこんな風に語っている。

この連載では、堀田氏の考え方たとえば「歴史は直線的に進むのではなく、多層的に存在している」というようなことを、既にあるもの、既に完成したものとして書き、それによって堀田氏を説明するというスタンスをとってきました。しかし、第8回のスペインの項でもわかる通り、堀田氏も最初から、そうした思想へと到達していたわけではありません。戦後、本格的に小説執筆を初め、そこにおいて、いかに自分の体験を消化(昇華)していくかという挑戦の果てに、自分なりの思想を掴み取ったのです。そしてその思想も年齢や時代を経るごとに、深化し、さまざまな側面を見せるようになります。

片や、最近号の「読書会通信」で当方は次の様に書いた。「これらの堀田の生涯をかけた文学作品を貫く「キイワード」を二つだけあげろと言われたら、当方今回の前置きで触れた、「天皇(制)」と「中国」と答えたいと思う。確かに『ゴヤ』のスペイ

ンが、『ミシェル』のフランスもあるわけだが、堀田にアジアからヨーロッパに向かわせる起点になったのは中国の「上海・南京」であり、そのさらに前提となった東京大空襲下で堀田が偶然に見かけた「昭和天皇」とそれを取り巻く戦火で家を焼かれた「日本民衆」の姿であった。」(「通信」No.172、web版もご参照ください。)

堀田文学の全体像を理解するためには、当方の「キイワード」ではおそらく<内向き>に過ぎるだろう。しかしこの間自分が堀田に絡めて、ドストエフスキーを再考するきっかけになったのが堀田の「天皇(制)」と「中国」であった。「通信(連載欄)」の「前書き」にも書いたが、「平成」が終わろうとしている時代の狭間にあって、現在日本人が直面する課題が、この「キイワード」と深く関係してくると思う。今回の発表は、堀田文学の視点から見た「ドストエフスキーと現代」であればとも思っている。

そして多摩の読書会(「著莪」)で考えたことを、その都度話題にして「感想」を書かせてもらって来たのが、われらが読書会「全作品を読む会」ということになる。今回例会でお話しする内容も、その辺からのもので「読書会」の成果だと考えている。

例えば、『若き日の詩人たちの肖像』(1968)の中で語られるドストエフスキー作品への言及、とりわけ当方が関心を抱いた「愛国者」に変貌してゆく一人の「若き詩人」が「アリョーシャ」と愛称されたこと。『ゴヤ』の描くスペイン戦争(対ナポレオン)での民衆をキリストに擬えて語る『五月の三日』の(宗教)絵画評。スペインとロシアをヨーロッパの西と東の「辺境」として語る堀田の地政学的知見。ミッシェル(モンテーニュ)の生きた宗教戦争の時代をドストエフスキーの言葉から見返す歴史的視線。さらに、作品に注目する契機にもなった堀田論考の、安岡章太郎の『果てもない道中記』(1995)に関連して読んだ「大菩薩峠とその周辺」(1959)の机龍之介論。これは日中戦争の時代まで書き継がれた中里介山作『大菩薩峠』(1913~1941)を、ドストエフスキーの作品(『罪と罰』『白痴』他)に言及し、その日本人の罪障観を天皇(制)の問題まで含めて論じようとした問題作だ。

さらには、宮崎氏指摘の堀田の「歴史を重層的なものとして見る見方」、さらにその視線を支えていると考えられる「時間論」「過去と現在が眼前にあって、未来が背後にあるもの」「未来からの挨拶」、今回新たな興味を抱かされたことなどもある‥‥。

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前回の「傍聴記」と「事務局便り」は、「ドストエーフスキイの会」のHP(http://www.ne.jp/asahi/dost/jds)でご確認ください。

ドストエーフスキイの会、第249例会(報告者:熊谷のぶよし氏)のご案内

第249例会のご案内を「ニュースレター」(No.150)より転載します。

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第249回例会のご案内

下記の要領で例会を開催いたします。皆様のご参加をお待ちしています。

                                          

日 時2019年1月12日(土)午後2時~5時           

場 所千駄ヶ谷区民会館(JR原宿駅下車徒歩7分)  

             ℡:03-3402-7854

報告者:熊谷のぶよし 氏

題 目: 「認知的共感」による『カラマーゾフの兄弟』の読解                       

*会員無料・一般参加者=会場費500円

 

報告者紹介:熊谷のぶよし (くまがい・のぶよし)

61歳、妻有、子供二人 40歳の時にドストエーフスキイの会に参加。

過去に例会で発表した題目は次のとおり。

「ドミートリイ・カラマーゾフの二重性」「『永遠の夫』を読む」「戦士アリョーシャの誕生」「イワンの論理と感情」「「ネヴァ河の幻」出現の経緯」「ラスコーリニコフの深き欲望」 

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 第249回例会報告要旨

「認知的共感」による『カラマーゾフの兄弟』の読解

 共感は人が文学に接する上でもっとも重要な心の働きです。心理学では「共感」は一般的に「情動的共感」(emotional empathy)と「認知的共感」(cognitive empathy)に分けられます。「情動的共感」は他者との感情の共有のことで、普通に「共感」と言えば、こちらの意味で使われることが多いでしょう。一方「認知的共感」は、他者の心の知的な把握のことで、むしろ洞察や推論として理解される内容です。

 『カラマーゾフの兄弟』のなかで、共感という言葉にもっともふさわしい人物はアリョーシャでしょう。彼は、人の苦しみを自分の苦しみのように感じる能力を持つ「情動的共感」に優れた人物と思われがちです。しかし、改めてアリョーシャの共感能力が発揮される場面を見ると、彼がむしろ優れた「認知的共感」の持ち主であることが分かります。一例を挙げれば、イリョーシャの父、スネギリョフとのやりとりをリーザに説明する場面です。アリョーシャはスネギリョフに対して最善の対応をしましたが、それはスネギリョフの感情を自分のものとして共に苦しんだ結果ではありませんでした。アリョーシャの対応は、彼が、かつてゾシマから聞いた虐げられた人の心のあり方についての知識にもとづくものでした。ここで彼の行動を主導しているのは「認知的共感」の能力です。アリョーシャは「認知的共感」に基づいて「情動的共感」を働かせる人物といえるでしょう。この「認知的共感」に焦点を当ててこの小説を読んでみたいと思います。

 小説において「認知的共感」は二つのレベルで働きます。第一のレベルは、各登場人物が他の登場人物に対してどのように「認知的共感」を働かせているかということです。第二のレベルは、読者が各登場人物に対してどのように「認知的共感」を働かせるかということです。第二のレベルにおける視点がないと、第一のレベルでの各登場人物間の「認知的共感」を認知することはできません。第二のレベルの視点の獲得は、読者が小説にどのように向き合うかということにつながります。

 小説の向き合い方として、ある強烈な場面を全体の繋がりから切り離して深掘りしていく読み方や、統一的テーマを設定してその説明としてそれぞれの場面を解釈していく読み方がまずあるでしょう。こうした読み方は、読者の主観が投影されていて「情動的共感」にちかいところがあります。

 一方、登場人物を、小説の各場面の中だけに生きる者ではなく、描かれていない時空においても継続した人格を持って生きる者として捉える読み方もあります。その時登場人物は、読者が投影する主観とは異なる視野と内面を持つことになり、その理解のためには読者の「情動的共感」を保留した認知が必要となります。ドストエフスキーの小説は、そのような登場人物の人格の継続性と他者性を読者に認知させる手法によって書かれています。「認知的共感」はドストエフスキーの小説を読む上で適合性の高い観点といえるでしょう。

 今回の発表では、この観点によって作品の場面を検討するに当たって、「認知的共感」の一部をなす「心の理論」において、幼児の心理的発達を判定するために使用される「誤信念課題」<アンとサリー課題>をまず検討します。この<アンとサリー課題>は、ドストエフスキーの上述の手法を端的に表しているように私には思えます。

 その上で、『カラマーゾフの兄弟』の中での、前述のスネギリョフへの対応、「一本の葱」、スメルジャコフの遺書の意味、リーザの変心、ニーノチカとコーリャ、「あなたではない」のアリョーシャの発言、等々を「認知的共感」の観点から検討していきたいと思います。

 また、『反共感論―社会はいかに判断を誤るか』ポール・ブルームも紹介したいと思います。この本は「情動的共感」に対する批判の書であると同時に、実行的愛と共感のあり方について新しい観点を提示しています。「認知的共感」と『カラマーゾフの兄弟』が結び付いたのはこの本によります。

 以前より、ドストエフスキーの小説における、描かれていない事実の系列と登場人物の内面の実在性に惹かれてきました。それを洞察や推論という言葉を使って考えてきました。「認知的共感」の概念を知ることによって、洞察や推論が共感の概念に取り込まれる可能性を見出しました。その上で「情動的共感」との関係性が主題化できることが分かりました。共感については、検討すべきことが山のようにあり、まだ暗中模索の状態です。発表プランが当日までに変わる可能性もあります。今回の発表は結論に落とし込むと言うより、仮説を提示する問題提起の場としたいと思います。

 

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前回の「傍聴記」と「事務局便り」は、「ドストエーフスキイの会」のHP(http://www.ne.jp/asahi/dost/jds)でご確認ください。

ドストエーフスキイの会、第248例会(報告者:長縄光男氏)のご案内

第248例会のご案内を「ニュースレター」(No.149)より転載します。

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248回例会のご案内

   下記の要領で例会を開催いたします。皆様のご参加をお待ちしています。

 今回も前回同様に会場が変わります。要ご注意!                                          

20181117日(土)午後2時~5

場 所早稲田大学文学部戸山キャンパス31号館2階208教室

             地下鉄東西線・「早稲田」下車

報告者:長縄光男氏

題 目: ゲルツェンとドストエフスキー(序論)

    会場費無料

報告者紹介:長縄光男(ながなわ みつお)

1941年生。横浜国立大学名誉教授。専門は19世紀ロシア社会思想史。著書に『評伝ゲルツェン』(成文社、2012年)、『ゲルツェンと1848年革命の人びと』(平凡社、2015年)など。訳書にゲルツェン『過去と思索』(全3巻)(筑摩書房、1998-1999年)(金子幸彦との共訳)、ゲルツェン『向こう岸から』(平凡社、2013年)、最近の論文に「若いブルガーコフの回心の物語‐自伝的エッセーに即して」(科研費研究プロジェクト「競争的国際関係を与件とした広域共生の政治思想に関する研究」研究代表・大矢温、札幌大学、2014年、83-96pp.)、「若いゲルツェンと自然科学」(『ロシア思想史研究』第8号、2017年、19-30pp.)などがある。

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248回例会報告要旨

ゲルツェンとドストエフスキー(序論)

ドストエフスキーについてはすでに様々なことが書かれ、また語られ、今では書き尽くされ、語り尽されているといった感があるが、管見する限り、我が国ではドストエフスキーをゲルツェンとの関わりで論ずるという試みは、いまだなされていないように思われる。本日の報告がこの空白を埋めることになるならば幸いである。

ゲルツェン(1812年-1870年)とドストエフスキー(1821年-1881年)という十九世紀ロシアの思想界を代表する二人の知的巨人を併置して対論させるということの面白さは、二人が人間的にも、思想的にも、社会的にも、つまりは、あらゆる点で対照的な位置にありながら、しかしその立ち位置は微妙に交錯し、しかし、さらに精緻に見て行くと、その交錯の背後にやはり大きな隔たりを認めざるを得ない、という点にある。しかも、両者のロシアのロシア思想の歴史の中で果たす役割に大きさからして、この対立と交錯と離反という経緯には、思想史的に見ても極めて興味深いものがあるのである。

しかるに、我が国における両者の知名度には著しい差があり、ドストエフスキーに比べればゲルツェンはいまだ無名の域を出ていないようにすら見える。このことには、我が国の知的権威ともいうべきマルクスとドストエフスキーによる芳しからぬゲルツェン評が少なからざる役割を演じているのだろう。例えばマルクスは同じ時期(1850年代)にロンドンで亡命生活を送っていたにもかかわらず、一度としてゲルツェンと顔を合わせることはなく、亡命者たちの集会においてもゲルツェンと同席することを頑なに拒み続けていた。マルクスから見れば、ゲルツェンは「時代遅れのロマン主義者」「パン・スラヴ主義者」「ロシア政府の回し者」だったのである。又、ドストエフスキーから見ると、ゲルツェンは亡命することによって祖国を失った根無し草で、従って、神をも失った憐れな存在であった。ゲルツェンが我が国で無名を、あるいは不評を託ってきたのは、おそらく、そうした先入的知識のせいではないかと思うのである。しかし、ゲルツェンに親炙し、長年ゲルツェン研究に携わってきた者の目から見れば、これらの評価は著しい誤解と偏見に基づいていると言わざるを得ない。今日はドストエフスキーとの関係を論ずることを通じて、ゲルツェンの「汚名」をいささかなりとも雪ぐことができればうれしく思う。

そうした理由から、今日の報告はゲルツェンに軸足が置かれることになるだろう。標題が「ドストエフスキーとゲルツェン」ではなく、「ゲルツェンとドストエフスキー」となっていることに、その趣旨を読み取っていただきたい。

概して言えば、ゲルツェンとドストエフスキーという二人の大きさからして、両者の知的交流の跡を一時間半という短時間の中で十全に論じきることはほとんど不可能である。このテーマは今後とも深めて行くとして、今回の報告では、①両者の生きた19世紀中葉という時代がヨーロッパとロシアにとっていかなる時代であったか、そして、その中で両者はいかなる思想的課題を担っていたか、②両者の人間性にはどのような違いがあったか、③両者の出自にはどのような違いがあったのかなどを論じ、⓸両者の関係史をたどりながら論点を提示するにとどめ、両者の思想性の違いについては、その大まかな方向性を示すことで終わらざるを得ないことをご了承願いたい。標題に言う「序論」とはその謂いである。

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前回の「傍聴記」と「事務局便り」は、「ドストエーフスキイの会」のHP(http://www.ne.jp/asahi/dost/jds)でご確認ください。

ドストエーフスキイの会、第236回例会(報告者:熊谷のぶよし氏)のご案内

ドストエーフスキイの会、第236回例会のご案内を「ニュースレター」(No.137)より転載します。

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第236回例会のご案内

下記の要領で総会と例会を開催いたします。皆様のご参加をお待ちしています。

日 時2016年11月19日(土)午後2時~5時         

場 所場 所千駄ヶ谷区民会館(JR原宿駅下車7分)

       ℡:03-3402-7854

報告者:熊谷のぶよし 氏

題 目: ラスコーリニコフの深き欲望

*会員無料・一般参加者=会場費500円

 

報告者紹介:熊谷のぶよし (くまがい・のぶよし)

 59歳、妻有、子供二人 40歳の時にドストエーフスキイの会に参加。

過去に例会で発表した題目は次のとおり。

「ドミートリイ・カラマーゾフの二重性」「『永遠の夫』を読む」「戦士アリョーシャの誕生」「イワンの論理と感情」「「ネヴァ河の幻」出現の経緯」

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第236回例会報告要旨

ラスコーリニコフの深き欲望

三年前に『罪と罰』を再読したとき、センナヤ広場で身を投げ出すラスコーリニコフに圧倒的な解放感を体験した。彼のこの行為は、欲望に突き動かされたもので、その欲望と私は一体となり、自分もこの時このように身を投げ出すだろうと思った。この感想を人に話すと、「それではエピローグについてもわかったんですね」といわれて絶句してしまった。それ以来このつながりが気になっていて、今回の発表はこの宿題の回答である。ラスコーリニコフの深いところにある、人々とつながりたいという欲望を中心に小説を読んでいこうというものである。話す内容は以下の5章となる予定である。

1 最後の独白

『罪と罰』のエピローグにおける「彼女の信念がおれの信念となっていいはずではないのか?」というラスコーリニコフの独白は、ふつうソーニャの愛によってラスコーリニコフが信仰を得ることになったと解される。しかし、ラスコーリニコフの信念はソーニャの信念とはかけ離れたもので、それが容易に入れ替わるものとは思えない。この独白の中では、彼の信念とソーニャの信念は並立することになる。

こうした信念の持ち方は自己のあり方を不純なものにする。それは、独立した自己に重きを置く文学的な人間像からは受け入れがたいものであろう。しかし、この不純な自己のあり方を肯定的にとらえてみたい。囚人たちとの和解の契機ともなるこの信念の並立を、ラスコーリニコフが世界を肯定的に受け入れるあり方として考える。その結果、ラスコーリニコフの人々と繋がりたいという欲望が見えてくる。その欲望は、孤独や実存よりも深いものとしてある。その欲望にたどり着くために、その欲望の反転したものとしての彼の孤独について、以下の章で検討する。

2 ネワ川で体験したこと

ラスコーリニコフが犯行後に体験する孤独は、ロマン主義的な孤独とはまったく別物である。犯行前の孤独は彼が自ら選んだものであり、犯行後の孤独は人々の側から切りはなされたものだ。ラスコーリニコフのネワ川の体験の要諦は、犯行前に彼が体験した「唖、聾の鬼気」の異様な印象を、この時彼が体験していないということにある。かつて彼にとって貴重だったテーマはもはや意味を持たない。このことがふたつの孤独の断裂を示している。

3 警察署での孤独の体験

犯行後のラスコーリニコフの孤独とはどのようなものかを考える。

警察署でラスコーリニコフが体験した「せつない、無限の孤独と疎外の暗い感覚」は、人殺しによって、彼が人々とつながりたいという深い欲望を持つことができなくなったことに由来する。この感覚の発生の描写を引用し、下記の4点を中心に、ラスコーリニコフの人々と繋がりたいという欲望を探る。

①自意識の苦痛が消滅したこと、②嫌疑から解放されたことによる歓喜の体験を直前にし、それを忘れてしまっていること、③彼にとってどうでもいい人間達が貴重な存在となっていること、④そして彼らに話しかける理由を失ってしまったこと。

ラスコーリニコフの人々と繋がりたいという欲望は俗念にまみれたものであり、文学が避けてきたものでもある。あるべき自己イメージとかけ離れていて、この自覚は彼の自我を危うくする。この欲望はラスコーリニコフによって無意識に追いやられる。

4 センナヤ広場にて

ラスコーリニコフの深い欲望はセンナヤ広場で解放される。彼がセンナヤ広場で身を投げ出す時の感情の推移は、警察署で彼が経験した歓喜の感情から孤独という筋道の逆をたどる。ラスコーリニコフは、人々と繋がりたいという、深い欲望に突き動かされて身を投げ出した。しかし、この時においても、彼はその欲望が何かを自覚していない。

5 ソーニャの発見

流刑地において、ソーニャはラスコーリニコフに取ってどのような存在であったか。

彼は、病中に見た悪夢によって、すでに彼の側らにいるソーニャを再発見することになる。

悪夢の中心テーマは、前面に描かれている殺し合う人々ではなく姿の見えない「数人の清い、選ばれた人たち」である。彼らのあり方とソーニャとの関連性を明らかにする。

夢を覆う殺し合う者達は信念を持ちかつその信念を他者に押しつけようとしている。一方、「数人の清い、選ばれた人たち」が夢に姿を顕さないのは、彼らが殺し合う者達の持つ出現の要件を欠いているからだ。彼らは信念を持ちしかしその信念を他者に押しつけない。そのために夢に出現しないのだ。そう思えるのは、ラスコーリニコフが信仰を奨めないソーニャを驚きを持って見ているからだ。ソーニャがラスコーリニコフに信仰をすすめなかったのは、ラスコーリニコフが信仰を持つようになることを信じて疑わなかったからだ。あるいはもうすでに信仰を持っていると信じていたからであろう。そのことに気づいたラスコーリニコフは、「彼女の信念がおれの信念となっていいはずではないのか?」と思ったのだ。