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ドストエーフスキイの会、254回例会(報告者:高柳聡子氏)のご案内

ドストエーフスキイの会、254回例会(報告者:高柳聡子氏)のご案内

「第254回例会のご案内」を「ニュースレター」(No.155)より転載します。

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第254回例会のご案内

        下記の要領で例会を開催いたします。皆様のご参加をお待ちしています。

                 会場変更にご注意ください !

20191116日(土)午後2時~5時

場 所早稲田大学文学部戸山キャンパス32号館2階228教室

               (最寄り駅は地下鉄丸ノ内線「早稲田」)

報告者:高柳 聡子 氏

題 目: タチヤーナ・ゴーリチェヴァの思想におけるドストエフスキイ

               会場費無料

 

報告者紹介:高柳 聡子(たかやなぎ さとこ

早稲田大学、東京外国語大学、専修大学非常勤講師。専門はロシア文学、おもに現代女性文学、フェミニズム史、女性誌研究など。著書に『ロシアの女性誌 時代を映す女たち』(群像社、2018年)、訳書に『集中治療室の手紙』(イリヤー・チラーキ著、群像社、2019年)他。

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254回例会報告要旨

タチヤーナ・ゴーリチェヴァの思想におけるドストエフスキイ

「ドストエフスキイは希望の作家である。このことは、希望のための場所が残されていないかのように見える現代では、とりわけ重要だ。20世紀は、いくつものユートピアが生まれ、その正体が暴かれるという百年だった。あらゆるイデオロギーが暴かれていった。現代の知識人たちは、不可能なものを求めるリスクを、もはや負おうとはしない」(タチヤーナ・ゴーリチェヴァ『聖なる狂気について 現代世界のキリスト教 О священном безумии. Христианство в современном мире』2015年、503頁)。

宗教哲学者タチヤーナ・ミハイロヴナ・ゴーリチェヴァТатьяна Михайловна Горичева(1947-)は、レニングラードに生まれ、ドイツ語の技術翻訳を学んだ後にレニングラード大学哲学科に進み、ドイツやフランスの現代思想をほぼ独学で学びました。1974年にモスクワで開催された世界ヘーゲル学会をきっかけに、晩年のハイデッガーと文通をしていたことでも知られています。

また、1960年代には、夫で詩人のヴィクトル・クリヴーリン(1944-2001)とともに、文学や宗教学のセミナールを開催し、サミズダートで雑誌『37』を発行、二人の住まいはレニングラードの非公式文化の中心のひとつとなっていました。ゴーリチェヴァの名は、この「第二の文化」と呼ばれる非公式芸術の担い手のひとりとして、そしてソ連時代唯一のフェミニズム運動のリーダーとして語られてきました。

彼女は、1979年に、詩人のユーリヤ・ヴォズネセンスカヤらと、やはりサミズダートでフェミニズム雑誌『女性とロシア』を、その後『マリア』を発行します。これは、ロシアの女性たちが、正教思想に基づき、工場労働ではなく、神が与えた女性の役割に生きることを主張するもので、ソ連社会で仕事と家庭の二重負担に疲弊した女性たちの労働からの解放と信仰の自由を求める民主化運動となりますが、ただちに逮捕され国外追放になりました。

追放を機に、ドイツやフランスで神学や哲学を学びながら思想を深め、ソ連崩壊後は、ペテルブルクとパリを拠点にして、執筆や世界各地でのロシア正教についてのレクチャーを精力的に行ってきました。最近は、環境問題、とりわけ、動物保護運動に力を入れています。

半世紀以上にわたって、さまざまな活動を行ってきたゴーリチェヴァの思想の基盤となっているのは一貫して、神の教えです。そして、正教とロシアをめぐる彼女の言説には、ドストエフスキイへの非常に力強い信頼を見ることができます。

ゴーリチェヴァが、とりわけ強い関心をもって着目するのは、ドストエフスキイの主人公たちの多くが、ユロージヴイか、あるいはユロージヴイ的な人物である点です。彼女は、ユロージヴイ的な人物をいくつかの種類に分けて考察していますが、そのなかでもっとも高い評価がくだされるのが、フョードル・カラマーゾフです。いったいなぜ彼が重要なのでしょうか?

さらに、おもに『地下室の手記』を取り上げながら、地下室(孤独・皮肉・苦悩)の人間のもつ聖性について指摘します。地下室の人が裸で叫ぶのは、「偽りの世界に対する偽りの庇護がない」からであり、これこそがユロージヴイの理想的な姿であると述べるのです。

こうした主張を展開する際、ルネ・ジラール(『ドストエフスキー:二重性から単一性へ』)やレフ・シェストフ(『悲劇の哲学 ドストエフスキーとニーチェ』)のドストエフスキイ論が引用され、共感が示されます。

ゴーリチェヴァのドストエフスキイ観は、全体的には新しいものとは言えませんが、フェミニズムやジェンダーの問題にまで言及している今現在の思想家が、ドストエフスキイを介して、伝統的なロシア思想につながっていることを証明できる興味深い事象となっているのです。

今回の発表では、今のところ日本ではまったく知られていないゴーリチェヴァのドストエフスキイ論をご紹介したいと思います。ゴーリチェヴァの思想を通してドストエフスキイの現代性を見いだし、同時に、ドストエフスキイを通して、精神的な人間を称揚するゴーリチェヴァが伝統的なロシア思想史の延長線上にいることを明らかにしたいと考えています。

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合評会の「傍聴記」や「事務局便り」などは、「ドストエーフスキイの会」のHP(http://www.ne.jp/asahi/dost/jds)でご確認ください。

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