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商品

『堀田善衞とドストエフスキー 大審問官の現代性』(群像社、2021年)

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【「ヨーロッパの東端から アジアの東端から 混迷をきわめる時代と向き合った二人の作家。 共鳴するその思索の核心を明らかにしていく比較文学の試み。」】

詳細目次 gunzosha.com/books/ISBN4-91

書評と紹

(ご執筆頂いた方々に深く御礼申し上げます。)

書評

『ユーラシア研究』第66号(竹内栄美子氏)

『世界文学』第135号(平山令二氏)

『ドストエーフスキイ広場』第31号(小森陽一氏)

松枝佳奈氏『比較文学』第65巻

紹介

「愛媛新聞、下野新聞、信濃毎日新聞他、2021年」(「群像社通信」、130号、2022年)

レビュー

「アマゾン・レビュー」三好常雄氏(2022/09/20)

「読書メーター」かふ氏(2022/09/22)

「読書メーター」川越読書旅団氏(2023/09/10)

 

関連書・関連論文など)

論文・「堀田善衞のドストエフスキー観――堀田作品をカーニヴァル理論で読み解く」『ドストエフスキーとの対話』(水声社、2021年)/論文「「大審問官」のテーマと核兵器の廃絶――堀田善衞のドストエフスキー観」『現代思想 総特集 ドストエフスキー生誕二〇〇年』(青土社、2021年)/論文「黒澤明監督のドストエフスキー観――『罪と罰』と『白痴』のテーマの深まり」『ユーラシア研究』№65(特集Ⅱドストエフスキー生誕200年、ユーラシア研究所・編+群像社、2021年)/論説「ドストエフスキー生誕二〇〇年に寄せて 「異端審問」厳しく批判した気概」「しんぶん赤旗日曜版」(2021年11月14日号)/

論説「ドストエフスキー 生誕200年――深い心理描写 日本文学・映画界に強い影響」「民主青年新聞」(2021年12月13日号)/学会発表「堀田善衞の疫病観」(世界文学会、2021年12月18日)/エッセイ「堀田善衞の『悪霊』観――カミュの『ペスト』と戯曲『悪霊』を手掛かりに」『ドストエーフスキイ広場 作家生誕200年特集号』№31、2022年。

(2023/05/21、ツイートを追加)

(2024/05/17、加筆、追加)

 

『「罪と罰」を読む―「正義」の犯罪と文明の危機』(刀水書房、1996年)

「あとがき」より。

筆者は一九九三年の春に『絶望から共生へ――ドストエーフスキイの文明観』という題で教養の授業のための教科書を作りました。しかし、内容が哲学的であったうえに、扱った範囲も処女作『貧しき人々』から『罪と罰』までと広く、あまりロシア文学に親しんでいない多くの学生には少し難しかったようです。

それゆえ本書では、『罪と罰』 に焦点を絞るとともに、ラスコーリニコフとほぼ同時代を生きたシャーロック・ホームズを手がかりに、当時の歴史や哲学史の流れにも触れながら、著名な文学作品や思想書と比較する中でこの長編小説の面白さと深みを知ってもらえるように構成しました。試みが趣向倒れに終わっていなければ幸いです。

しかし、本書に推理小説的な手法を持ち込むきっかけとなったことが他にもありました。それは現代ロシアの犯罪状況が、『罪と罰』当時のロシアの状況ときわめて似ていることを実感したことです。ラズミーヒンはラスコーリニコフの母と妹にサンクト・ペテルブルクの危険性を指摘していますが、この言葉は現在のロシアの大都市にもそのままあてはまります。つまり、新たに市場経済を採用したロシアでは、まだ経済のルールが確立されておらず、「儲ける」ためには「あらゆることが許されている」と考える者も少なくなく、そのような中、最も手っ取り早い儲けの手段として強盗や泥棒などの犯罪が多発しているのです。実はこの年(九三年)の夏に学生を引率してモスクワを訪れた際、私自身が強盗にあって殺されかけるという経験をしました。ピストルをこめかみに当てられながら、私を殺しても彼らはラスコーリニコフのように後悔することはないだろうとふと思い、『罪と罰』の世界がとても身近なものに感じられたのです。

また、この時期に、モスクワ大学の本屋などに英語で書かれたビジネス書や様々な英語の雑誌が急に増えていたことに驚かされましたが、本論で見たように、農奴解放がなされる一八六一年の前後にもロシアには西欧の様々な思想がどっと入り、それらをめぐって鋭い論戦が行われていたのです。さらに、既存の思想やモラルが根底から揺れ動き、激しいインフレと失業率の増大、犯罪の多発に苦しむ現在のロシアや旧ユーゴスラヴィアの状況は、オーストリア・ハンガリー帝国が崩壊して第一次世界大戦へと至った頃や、その戦いに破れたドイツ帝国の社会的状況とも似ているように思えます。

一九九二年の夏に、私はロシアのいくつもの本屋でヒトラーの『わが闘争』のロシア語訳を見かけ、なぜドイツとの戦いであれほどの犠牲者を出した国で、この本が売れているのか不思議に思いました。しかし、その後に行われたロシアの総選挙で過激な民族主義者のジリノーフスキイが率いる党が勝利をおさめたのを見るとき、その理由の一端が分かったように思いました。チェチェン紛争に際しては、彼の主張にきわめて近い政策が取られて四万人以上とも言われる死者を出していますが、政治的・経済的混乱の中では、自国民の優秀さを訴えるとともに、闘争の必然性とその勝利を説く者が、民衆の傷ついた自尊心を強く刺激するようです。この意味において、わかりやすい言葉でドイツ民族の優秀さと権力への意志を訴えた『わが闘争』は、論理の一貫した説得力のある書物と言わねばならないのです。

一方、戦後めざましい経済復興を遂げ、繁栄を謳歌しているかに見える日本も、環境破壊やバブル経済の破綻、さらには「地下鉄サリン」事件や頻発するいじめ問題など、社会の抱える問題の根は深いように思われます。

こうして、本書では殺人を引き起こすことになったラスコーリニコフの考えが現代の問題ともつながっていることも視野に入れながら、彼の思索や行動、さらに他者との議論の考察などを通して、彼の理論と当時のヨーロッパ思想との深い係わりを文明論的な視点から検証しました。文学作品『罪と罰』には様々な読み方が可能だと思われますが、本書がより広い視野と百年単位の長い視点から自分や社会について考察するきっかけとなれば幸いです。またこれを機会に『罪と罰』やその研究書だけでなく、ここで言及した多くの文学作品や思想書にも挑戦してもらえればと思っています。

ただ、ドストエーフスキイによって提起された課題を考えるために、哲学、比較思想、比較文学など、自分の能力を越える様々な分野に言及しましたが、紙面の都合上デカルトやニーチェなどの肯定的な評価には、ほとんどふれることができませんでした。また、私の浅学による論じ足りなかったテーマや誤解などもあると思われます。忌憚のないご批判やご意見をいただければ幸いです。

小さな書物ですが難産でもあっただけに、書き終えてみると感慨深いものがあります。本書を書くにあたっては多くの日本の研究書や翻訳文献に言及しましたが、これらの書物を通して私自身が著者の方々との内的な対話を重ね、自分の考えを深めることができました。翻訳を引用させて頂いた諸先生や、著作からの引用や参考にさせていただいた多くの著者の方々に、その学恩にたいして深く感謝します。

この本の核となった論文は、「ラスコーリニコフの世界観における『時』の構造(一九八四)「ラスコーリニコフの自然観をめぐって――感情と身体の働きを中心に」(一九八五)、「『罪と罰』における良心の構造」(一九八七)、「『罪と罰』における都市の構造」(一九九〇)など、東海大学文明学会の機関誌『文明研究』に発表したものです。さらに東海大学文明研究所の論文集『文学と文明――現代文明論講義より』に掲載された「ドストエーフスキイの文明観――長編小説『罪と罰』を中心に」(一九九二)は、それまでの考察をまとめるよい契機となりました。

廣川洋一、玉川治の両先生はじめ文明学科の先生方には、文明論的な視点でドストエーフスキイの作品を読むという私の試みを、学生のころから暖かく見守って頂きました。ことに指導教官の齋藤博先生には「共感」の問題を哲学としても扱えるということやスピノザの一見、無機質的な形式のうちに芳醇な思考が波打っていることをお教え頂きました。また、前総長の松前重義先生には「現代文明論」の授業を通して現代文明への関心を開かされました。在学中にブルガリアやソ連への交換留学の機会を与えられ、さらに一昨年イギリスに研究留学することができたことは、文明の問題を広い視野から考えるよい機会となりました。また、モスクワ大学やブリストル大学では、ドストエーフスキイの研究ということで多くの大学関係者の方々から暖かい援助を得ることができました。

木下豊房先生はじめ「ドストエーフスキイの会」の会員の方々とは、ドストエーフスキイを介して様々な問題を率直に論議することができ、強い学的な刺激を受けました。この会を通じて国際ドストエフスキイ・シンポジウムに参加し、国外の多くの学者の方々と膝を交えて話合うこともできました。『罪と罰』における「良心」の問題を論じた一九八九年のユーゴスラヴィアでの私の発表が好評を得てロシアの論文集に掲載されることになったのも、その後の研究への大きな励みになりました。この折には、井桁貞義氏から「今度は比較文学ですね」と示唆されたのをなつかしく思い出します。

この本の構想をまとめるにあたっては、発表の場を与えられた同人誌「人間の場から」や故菊池靖先生をはじめとする同人の方々との合評会も貴重でした。この他、諸学会や研究会の方々、故石黒寛先生はじめ外国語教育センターの同僚、そして中学時代の恩師、故宮澤克治先生や多くの先輩や友人からの温かい助言が力強い励ましとなりました。また難しいテーマに真剣に取りくみ、熱い共感や率直な疑問をぶつけてくれた学生諸君のレポートは、この構想を発展させるヒントを与えてくれました。この場を借りて、これら多くの方々にお礼を申しあげます。

刀水書房の桑原迪也社長にはこの本の出版を快く引き受けて頂いただけではなく、様々な貴重なご助言も頂きました。氏との出会いがなければ、本書はこのような形では生まれ得なかったでしょう。深く感謝します。

よき読者であっただけでなく清書や校正を手伝ってくれた妻の春子にも礼を言います。彼女の助力がなければこの本は完成はずっと後になっていたはずです。

書評 三宅正樹著『近代ユーラシア外交史論集』(千倉書房、2015)

『近代ユーラシア』紀伊國屋書店ウェブ頁(書影は、紀伊國屋書店のWEBより)

 

はじめに 国際政治の混乱とユーラシア国際政治史

三宅正樹・明治大学名誉教授は前著『文明と時間』(東海大学出版会、2005年)で、国際政治学者ハンチントンの「文明の衝突?」(1993年)や大著『文明の衝突と世界秩序の再編成』と比較しながらトインビーの文明論を比較文明学の視点から再考察することにより、「攘夷主義」や「自国中心主義」の危険性を明らかにしていた*1。

しかし、ソ連崩壊後に唯一の超大国となったアメリカの大統領選挙で「アメリカ第一主義」を掲げるトランプ氏が当選し、地球温暖化対策の国際枠組みを定める「パリ協定」やユネスコからも米国が離脱すると発表しただけでなく、昨年の12月には「エルサレムをイスラエルの首都と認定する」と宣言し、さらに北朝鮮に対しても強硬な姿勢を続けていることで、世界情勢は再び大きく揺らいでいる。

このような状況において、外交文書や極東軍事裁判の供述調書などを詳細に分析するするとともに、「欧露中をまたぐユーラシアを俯瞰する視点」で描かれた三宅氏の『近代ユーラシア外交史論集』(千倉書房、2015年)も、緊迫した世界情勢や今後の日露関係を考える上でも重要な示唆に富んでいるといえよう。まず、目次を引用することで本書の全体像を示しておく。

第1章・ユーラシア国際政治史における帝国と民族/第2章・大正時代の日本――ユーラシア国際政治史の視点から/第3章・後藤新平の外交構想とユーラシア/第4章・世界経済危機から日本の国際連盟脱退まで/第5章・日独防共協定とその後/第6章・独ソ不可侵条約への道/第7章・日独伊三国同盟、日ソ中立条約と独ソ開戦/第8章・フルシチョフの経験した二つの戦争/第9章・ヤルタ密約をめぐる中ソ関係/第10章・スターリン批判から中ソ戦争へ/第11章・共産主義国家ソ連の崩壊

本書ではロシアを「引き裂かれた国家」と定義したハンチントンが注目しているロシアの「ユーラシア主義」とマッキンダーのハートランド理論との詳しい比較がなされている。亡命後にブルガリアのソフィア大学で教鞭をとっていた言語学者ニコライ・トルベツコイの「ユーラシア主義」は、広い視野を持っていた作家・司馬遼太郎の文明観とも近いと思われるので、その点にも注目しながら本書を紹介することにしたい。(以下、本書からの引用頁数は本文中のかっこ内にアラビア数字で示す)。

 

1.マッキンダーのハートランド理論と「ユーラシア主義」

著者によれば、地理学者でイギリス地政学の創始者でもあるマッキンダーは、日露戦争勃発の直前に行った演説で、世界の歴史をロシア側から見ることを提唱するとともに、ユーラシア大陸の中央の草原地帯こそが歴史の回転軸、ハートランドであると主張し、このハー卜ランドの中央に位置するロシア帝国とハー卜ランドの「内周の半月孤」の中に位置する、強力に武装したドイツ帝国が軍事同盟を結ぶことがあれば、それは英国及び世界全体の脅威になると警告していた(12-13)。

この視点から見ると重要なのが、結局挫折したものの1905年のドイツ皇帝ヴィルヘルム二世とロシア皇帝ニコライ二世との間でフィンランドのビヨルケで交わされた提携密約であり、それは1939年の独ソ不可侵条約ばかりでなく(13)、「日独接近のヒント」ともなっていた(125)。

さらに、ロシアの経済学者で地政学者のピョートル・サヴィツキーの思想が、「新たに人気を獲得していること」にハンチントンが注目していることに注意を促した著者は、中山治一が1944年に発表した論文「ロシア史の基本問題-ロシア史学史への一試論」で、「ユーラシア主義」の歴史学者ヴェルナツキーの見解を紹介するとともに、「中根練二によるサヴィツキーの『ロシア史の地政治学的覚書』の翻訳が、…中略…国立ハルビン学院『論叢』第三号に掲載されている」ことにも触れていたことを紹介している(19-25)。

著者によれば中山はこの著作で、ロシアの正統派史学とマルクス主義史学がともにヨーロッパ史の視野においてロシア史を構成しようとしていたのに対し、ヴェルナツキーがドイツとロシアの地理学者がロシアをまったく恣意的に「ヨーロッパ・ロシア」と「アジア・ロシア」に二分割してしまったと批判していたばかりでなく、「遊牧民族が文化的に劣っていると決めつけるのは大きな誤りであり、一二世紀から一三世紀にかけて、モンゴル民族が政治や社会の形態や組織に関して注目に値する進歩を遂げた事実に言及して」いたことを指摘している(23)。

ロシアにおいて「ユーラシア主義への関心の高まり」が見られるようになるのは、「グラースノスチ」(情報公開)を直接の契機にして1990年代であることに留意するならば、1944年にこのような論文が日本で発表されていたことは注目に値するだろう。

しかも、トルベツコイの『ヨーロッパと人類』の日本語訳が1926年には『西欧文明と人類の将来』と題して出版されていたことを紹介した浜由樹子氏は、満鉄の東亜経済調査局に勤務していた訳者の嶋野三郎がその「前書き」で、トルベツコイについてソフィア大学で歴史学を講じる老学者と権威付けしていたのは、「ユーラシア主義」が「『大東亜共栄圏』につながる発想を擁護しえる」を考えていたことを示していると記している*2。

そして、トルベツコイの生涯を詳しく紹介した浜氏は、1921年に亡命先のブルガリア・ソフィアで論文集『東方への旅立ち』をサヴィツキーなどとともに発刊することで「ユーラシア主義」を宣言したトルベツコイが、「ヨーロッパによる植民地支配に批判的であった」ばかりでなく、カフカス地域の言語と文化の研究をつうじて、「あらゆる民族と文化は、いずれも全て等しい価値を」持つという文化観を有しており、ウィーン大学に移った後では、「排他的ナショナリズム」に訴えるナチズムに対する批判を強めていたことをも明らかにしている*3。

このようなトルベツコイの文明観や先に見たヴェルナツキーのモンゴル観は、学生時代にモンゴル語を学び、学徒動員によって満州で兵役に就いていた作家の司馬遼太郎が後に、「文明的な行為」とされる「耕作」さえも、「草原」地帯では「砂漠」の発生につながることを比較文明論的な視野から指摘していたこととも重なっているように思える*4。

一方、マッキンダーのハートランド理論は、アメリカ・エール大学のニコラス・スパイクマンに影響を与えてリムランド論(日本・朝鮮半島など内周の半月孤の周辺地域をアメリカの提携地帯とすることにより独・露の拡大を防ぐことができるとする)を生み出し、それがまた冷戦初期における外交官ジョ-ジ・ケナンの「封じ込め」理論につながっていた(13)。

このことに注意を促した三宅氏は、ヴェルナツキーのいうユーラシアが、「マッキンダーがハートランドと呼んだ地域とほぼ一致して」ことも指摘して(21)、ユーラシア国際政治を学ぶことの意義を強調している。

 

2.司馬遼太郎の日露関係観とユーラシア外交史

第1次世界大戦の最中から諸帝国がつぎつぎと崩壊していく時期から始められている第2章では、1918年8月に日米が共同でシベリアに出兵するに到る流れが考察されている。

たとえば、「原敬日記」では「清帝国崩壊直後の中国についての言及が比較的少ないのにくらべて」、「ロシア帝国崩壊直後のロシアについては、しばしば詳細な記述が見られ、しかもこれらの記述はシベリア出兵論についての批判が大半を占めている」ことにも注意が促されている(43)。

日本ではシベリア出兵についてはあまり知られていないが、司馬は「執拗につづけられた」日本軍のシベリア出兵を、「前代未聞の涜武(とくぶ)といえる」と激しい言葉で批判していた*5。実際、連合国が1920年には相次いで撤兵したにもかかわらず、1922年まで単独で駐留を続行し、当初の約束に反してバイカル湖畔の都市イルクーツクまで占領したために、日本軍は連合国から領土的な野心を疑われることとなっていた。そのことを考慮するならば、シベリア出兵は、日ソ中立条約を破って満州に侵攻したソ連軍の行動などにも影響を及ぼしていると思える。

さらに、作家の司馬遼太郎は『翔ぶが如く』において、「日本に貴族をつくって維新を逆行せしめ、天皇を皇帝(ツァーリ)のごとく荘厳し、…中略…明治憲法を事実上破壊するにいたるのは、山県であった」と厳しく山県有朋を批判していた*6。本書でも元老山県有朋によって事実上の日露軍事同盟を意味する第四回日露協約が、第一次世界大戦のさなか、ロマノフ王朝崩壊のわずか九カ月前に締結されていたことが指摘されている(50)。

1933年に「相次いで国際連盟を脱退して孤立の道に進み出た日本とドイツは、やがて相互の提携を模索するように」なり、1936年には日独防共協定が結ばれることになったが、その時に提携を担当したドイツ駐在武官の大島浩にとって「日独接近のヒントとなった」のが、1905年にドイツ皇帝とロシア皇帝との間でフィンランドのビヨルケで交わされた提携密約であった(125)。

司馬遼太郎は1939年に満州国とモンゴル人民共和国の間で国境線をめぐる緊張が高まる中で、日本軍が起こしたノモンハン事件を厳しく批判しているが*7、三宅氏は同じ年の8月23日に独ソ不可侵条約を結んでいたドイツが2年後の9月に条約を破ってソ連への侵攻した理由を、ノモンハン事件にも言及しながら、1939年から40年にかけてソ連・フィンランド戦争でのソ連軍の苦戦が「ヒトラーを頂点とするドイツの上層部に、赤軍への誤った過小評価をもたらした」からだと説明している(253)。

一方、日独伊三国同盟がベルリンで調印されたのは1940年9月27日のことであったがその半年後に、松岡外相と会ったドイツ外相は独ソ戦争勃発の可能性を示唆するともに、その際には「日本の独ソ戦争への介入は必要ないと述べ、シンガポール攻撃を日独伊三国同盟の共通の目標に対する日本の最善の貢献である」と述べていた(203)。

一方、日ソ中立条約は1941年の4月13日にモスクワで調印されたが、この年の御前会議では「ソ連が崩壊した時にただちに介入してウラジオストックからバイカル湖までの、日本が渇望していた地域を占領できるようにしておくための軍事的準備は行う」ことが決定されていた(207)。

つまり、1945年の8月9日にソ連軍が日ソ中立条約を破って満州などに侵攻したことが強く批判されることが多いが、日本側が「中立を維持」していたのも、ソ連が強力な軍事力を保っていたために過ぎず、崩壊した際には条約を破る事が決められていたのである。このことは明らかになった事変や事件だけでなく、外交文書などをきちんと読み解くことの必要性を物語っていると思える。

 

おわりに

以上、「ユーラシア主義」について記されている第一章について考察し、多くの外交文書や極東軍事裁判の供述調書などをとおして帝政ロシアの崩壊からソ連の崩壊への流れが考察されている本書の第2章から第8章までをごく簡単に紹介した。

長編小説『坂の上の雲』を書き終えた後で、自分が数カ国語を学んだことが「よかったと思っています」と記した司馬は、「世界じゅうの事柄を、自分がすこしでもかじったコトバ(モンゴル語、中国語、ロシア語)の窓からみることができて、すこしは深く感ずることができるからです」と続けていた*8。

大国の「窓」を通して一つの価値をのみを学ぶだけでは、他の方向に向いた「窓」から見えるはずの多くの国々の文化や歴史の価値との出会いはなく、世界情勢の変化をきちんと認識することは難しいのである。

その意味で「日露独中の接近と抗争」ばかりでなく、英仏やアメリカなどの大国やモンゴル、フィンランドなどの動きにも注意を払って国際政治史が多角的に分析されている本書の意義はきわめて大きい。

日本の外交政策がアメリカのみを重視するようになって来たことが指摘されるようになってきている今こそ、日露関係に関心のある人だけでなく、世界史や政治に関心のある多くの方に本書を薦めたい。

 

――――――――――――――――――

1 高橋誠一郎「書評論文 三宅正樹著『文明と時間』」『文明研究』、第31号、2012年参照。リンク→三宅正樹著『文明と時間』(東海大学出版会、2005年)

2 浜由樹子『ユーラシア主義とは何か』成文社、2010年、236~242頁。

3 同上、75~77頁、121~123頁。なお、本書は序論と結論および次の各章から構成されている。第1章 ユーラシア主義をめぐる史料と研究史/第2章 N.S.トルベツコイのユーラシア主義/第3章 P.N.サヴィツキーのユーラシア主義/第4章 運動としてのユーラシア主義

4 高橋誠一郎「司馬遼太郎の文明観―-古代から未来への視野」(リンク→「司馬遼太郎の文明観―-古代から未来への視野」(レジュメ))、『文明の未来 いま、あらためて比較文明学の視点から』、東海大学出版部、2014年、268~282頁。

5 司馬遼太郎の山県有朋観と日露戦争観などについては、髙橋『新聞への思い――正岡子規と「坂の上の雲」』(人文書館、2015年)参照。

6 司馬遼太郎「あとがき」『ロシアについて』文春文庫、1989年、256~257頁。

7 司馬遼太郎『モンゴル紀行』、朝日文庫、1978年、119~122頁。

8 司馬遼太郎「同期生からの依頼」『司馬遼太郎が語る日本』第5巻、朝日新聞社、1999年、87頁。

〔なお、執筆に際しては筒井清忠氏の書評「ソ連・フィンランド戦争の世界的重要性に気付かせる」『週刊読書人』(2016年1月1日)及び、「明治大学広報」(2016年2月1日)に掲載された外池力氏の書評も参考にした。〕

〔東海大学文明学会『文明研究』第36号(219ー224頁)より転載。転載に際しては、ホームページのリンク先も示した。〕

『ゴジラの哀しみ――映画《ゴジラ》から映画《永遠の0(ゼロ)》へ』(のべる出版企画、2016)

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(↑ 画像をクリックで拡大できます ↑)

〔四六判上製 216頁/定価:1,944円(税込み)〕

 

目次

はじめに ゴジラの咆哮と悲劇の誕生

 

第一部 冷戦の時代とゴジラの変貌

   ――映画《ゴジラ》から《シン・ゴジラ》へ

序章 ゴジラの誕生まで

一、「不敗神話」と「放射能の隠蔽」

、「新たな神話」と「核エネルギーの批判」

第一章 「水爆大怪獣」ゴジラの誕生とその死

一,ゴジラの出現と「情報の隠蔽」

二、逃げ回る群衆と放射能の視覚化

三、ゴジラの死と「道義心」の勝利

四、映画《怪獣王ゴジラ》と「ゴジラ」の変貌

五、映画《ゴジラ》から《生きものの記録》へ

第二章 映画《モスラ》から映画《ゴジラ対ヘドラ》へ

一、映画《モスラ》と核実験場とされた島

二、経済至上主義の思想と「生命」の守護神モスラ

三、植民地統治の記憶と「日米地位協定」の影

四、映画《ゴジラ対ヘドラ》とテレビアニメ《宇宙戦艦ヤマト》

五、「原子力ムラ」の成立と使用済み核燃料の問題

第三章 映画《日本沈没》から一九八四年版・映画《ゴジラ》へ

一、大自然の脅威と映画《日本沈没》

二、一九八四年版・映画《ゴジラ》と冷戦構造の反映

三、映画《惑星ソラリス》からチェルノブイリの悲劇へ

四、ソ連の崩壊と「情報の隠蔽」

終章 映画《ゴジラvsビオランテ》から《シン・ゴジラ》へ

一、「凶悪な敵」との戦争と核兵器の使用

二、日本の「非核三原則」と映画《シン・ゴジラ》

 

第二部 ナショナリズムの台頭と「報復の連鎖」

  ――『永遠の0(ゼロ)』の構造と隠された「日本会議」の思想

序章 「約束」か「詐欺」か

一、「言葉も命も、現代(いま)よりずっと軽かった時代の物語」

二、義理の祖父・大石賢一郎の謎

第一章 孫が書き記す祖父の世代の戦争の物語――「オレオレ詐欺」的な小説の構造

一、取材者としての佐伯健太郎と姉の慶子

二、祖父・宮部久蔵の「命は大切という思想」

三、もう一つの祖父と孫の物語

四、巧妙に配置された証言者たちの順番

第二章 「徹底した人命軽視の思想」の批判と戦後の「道徳」批判

一、「使い捨てられた兵と下士官」と「情報の隠蔽」

二、学徒出陣の記述と司馬遼太郎の体験

三、映画《少年H》と戦時中の内地

四、戦後の「道徳」批判と隠された「日本会議」の思想

五、「エリート官僚」の批判と隠された「自由主義史観」

第三章 「巧みな『物語』制作者」徳富蘇峰と「忠君愛国」の思想

一、「テロ」と「特攻」の考察と新聞報道の問題

二、「自殺戦術」の正当化と徳富蘇峰の『大正の青年と帝国の前途』

三、沖縄戦の正当化とナチズムの考察の欠如

四、「国家滅亡の危機」と大石の「一億玉砕」の思想

終章 ナショナリズムの台頭と「報復の連鎖」

一、「英雄」の創出と「ゼロ」の神話化

二、「正義」の戦争と「報復の連鎖」の危険性

 

第三部 「人類滅亡の悪夢」の克服と自然の輝き

   ――映画《夢》と映画《風立ちぬ》を中心に

序章 水車と風車のある光景

一、《モスラ》から《風の谷のナウシカ》へ

二、「王蟲」の子供が殺される夢と「やせ馬が殺される夢」

第一章 映画《七人の侍》からアニメ映画《もののけ姫》へ

一、《七人の侍》における「水車小屋」のシーン

二、「大地主義」の理念と農民像への違和感

三、《もののけ姫》と映画《夢》の自然観

四、 映画《夢》第四話「トンネル」と「亡霊」としてのゴジラ

第二章 第二次世界大戦とアニメ映画《風立ちぬ》

序 『永遠の0(ゼロ)』の映画化と映画《風立ちぬ》

一、第一次世界大戦後のイタリアと映画《紅の豚》

二、映画《風立ちぬ》のカプローニおじさんと「夢の精」ルポイ

三、大地の激震と「轟々と」吹く風

四、『魔の山』とヒトラーの影

五、ノモンハンの「風」と司馬遼太郎の志

終章 「自然支配の思想」の克服と「聖なる大地」の回復

一、映画《ゴジラ》から映画《夢》の第六話「赤富士」へ

二、第七話「鬼哭」と「日本会議」の戦争観

三、最終話「水車のある村」と映画《風立ちぬ》

関連年表 『ゴジラの哀しみ』関連年表(「原水爆実験」と「原発事故」、それに関わる映画を中心に)

あとがき 

 

書評・紹介

(ご執筆とご紹介頂いた方々に、この場をお借りして深く御礼申し上げます。)

‘24.04.03 紹介 ツイッター (西山智則氏)

‘24.04.03 紹介 東京新聞夕刊「大波小波」(モスラ氏)

‘17.07.10   書評『世界文学』第125号(太田哲男氏)

‘17.02    紹介『出版ニュース』2月下旬号

‘16.12.24   紹介「デモクラTV」(横尾和博氏)

 

志村有弘編『司馬遼太郎事典』(勉誠出版、2007年)

司馬遼太郎事典・大

司馬遼太郎のすべてを知る大事典 『国盗り物語』『竜馬がゆく』『坂の上の雲』『街道をゆく』など主要173作品から関連人物・キーワードまでを詳細に解説、さらに巻末に「年譜」「主要参考文献」を付し、司馬遼太郎の世界を極める。

下記の項目を執筆

/「鬼謀の人」/ 「北斗の人」/ 「中国を考える」/ 「東と西」/「歴史の舞台 文明のさまざま」/

『新聞への思い――正岡子規と「坂の上の雲」』(人文書館、2015年)

ISBN978-4-903174-33-4_xl 

『新聞への思い――正岡子規と「坂の上の雲」』(人文書館のホームページより転載)

 

目次  

序章 木曽路の「白雲」と新聞記者・正岡子規

一、子規の「かけはしの記」と漱石の『草枕』

二、子規の時代と「写生」という方法

三、本書の構成  

第一章 春風や――伊予松山と「文明開化」

一、辺境から眺める

二、「あらたな仕官の道」――秋山好古の青春

三、「まげ升〔のぼ〕さん」

四、司法省法学校と士官学校のこと

五、一二歳の編集者「桜亭仙人」と「黒塊(コツクワイ)」演説

六、松山中学と小説『坊つちゃん』  

第二章 「天からのあずかりもの」――子規とその青春

一、「文明開化のシンボル」――鉄道馬車

二、「栄達をすててこの道を」――子規の決断

三、真之の「置き手紙」――海軍兵学校と英国式教育

四、ドイツ人を師として――好古と陸軍大学校

五、「笑止な猿まね」――日露の近代化の比較

六、露土戦争とロシア皇帝の暗殺

七、「泣かずに笑へ時鳥」――子規と畏友・漱石のこと

八、「時代の後ろ盾」――子規の退寮事件  

第三章 「文明」のモデルを求めて――「岩倉使節団」から「西南戦争」へ

一、『翔ぶが如く』――「明治国家の基礎」の考察

二、「征韓論」――「呪術性をもった」外交

三、「文明史の潮合」に立つ

四、ポーランドへの視線とロシア帝国と日本の比較

五、「新聞紙条例と讒謗律」から「神風連と萩の乱」へ

六、「乱臣賊子」という用語――ロシアと日本の「教育勅語」  

第四章  「その人の足あと」――子規と新聞『日本』

一、「書(ふみ)読む君の声近し」――陸羯南と子規

二、「国民主義」と「大地主義」

三、陸羯南と加藤拓川

四、獺祭書屋(だっさいしょおく)主人

五、羯南という号――「北のまほろば」への旅

六、新聞『小日本』と小説「月の都」

七、日清戦争と詩人の思想

八、子規の「従軍記事」

九、「愚陀仏庵」での句会――「写生」という方法  

第五章 「君を送りて思ふことあり」――子規の眼差し

一、「竹ノ里人」の和歌論と真之――「かきがら」を捨てる

二、「倫敦消息」――漱石からの手紙

三、「澄んだ眼をしている男」――広瀬武夫のピエール観

四、虫のように、埋め草になって――「国民」から「臣民」へ

五、奇跡的な「大航海」と夢枕に立つ「竜馬」

六、新聞の「叡智(えいち)と良心」

七、驀進(ばくしん)する「機関車」と新聞『日本』

八、「明治の香り」――秋山好古の見識  

終章 「秋の雲」――子規の面影

一、「雨に濡れる石碑」

二、「僕ハモーダメニナッテシマツタ」――子規からの手紙

三、「柿喰ヒの俳句好き」と広田先生

四、「写生の精神」  

参考文献

本書関連・正岡子規簡易年表

あとがき  

 

お詫びと訂正

カバー・そでに記載されている私の肩書きに間違いがありましたので、お詫びの上、訂正致します。

(誤)比較文明学会理事→(正)元比較文明学会理事  

 

書評・紹介

(ご執筆頂いた方々に、この場をお借りして深く御礼申し上げます。)

‘18.03.31   紹介『異文化交流』第18号(佐藤浩一氏)

‘17.03.31   書評『比較文学』第59巻(松井貴子氏)

‘17.03.13   書評『ユーラシア研究』第55号(木村敦夫氏)

 →新聞への思い 正岡子規と「坂の上の雲」人文書館のブックレビュー

‘16.11.15   書評 『比較文明』No.32(小倉紀蔵氏)  

 →新聞への思い――正岡子規と「坂の上の雲」』、人文書館のブックレビュー

‘16.07.10 書評 『世界文学』No.123(大木昭男氏)

  →『新聞への思い――正岡子規と「坂の上の雲」』、人文書館のブックレビュー

‘16.02.16 紹介 『読書会通信』154号(長瀬隆氏)

 →「『新聞への思い 正岡子規と「坂の上の雲」』を推挙する」  

 

リンク→新聞記者・正岡子規関連の記事一覧

リンク→年表Ⅲ、正岡子規・夏目漱石関連簡易年表(1857~1910)  

(2019年2月25日、加筆)

『黒澤明で「白痴」を読み解く』(成文社、2011年)

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「目次」

はじめに――混迷の時代と「本当に美しい人」の探求 

『白痴』とその時代/ 映画《白痴》/ 登場人物と主題――ボルトコ監督の《白痴》をとおして

序章 「謎」の主人公――方法としての文学と映

一、長編小説『白痴』の構想

絵画鑑賞と日本庭園の訪問/  死刑の批判とユゴーの『死刑囚最後の日』/ ウメツキー事件と『レ・ミゼラブル』/ ルナンの『イエス伝』/ イエスとその時代/『白痴』という題名と「人間の謎」

二、映画《白痴》の構造と特徴

「戦犯」とされた若者の帰還/ 陰謀と悲劇/  シナリオの重要性/ さまざまな〈三角形の関係〉/    《羅生門》の方法/ 黒澤明のドストエフスキー理解/ 本書の構成

第一章 「ナポレオン風顎ひげ」の若者――ムィシキンとガヴリーラ

一、外国帰りの若者

エパンチン将軍とその秘書/ 『知恵の悲しみ』のテーマ

二、「仮面」のテーマ

二つの家族/ 上司の娘への野心/  《悪い奴ほどよく眠る》

三、「神様の遣い」のような若者

能書の能力とロバの話 /「幸福になる方法」とマリーの話/ 美しさの謎/ 二人の遺産相続人

四、「謎の下宿人」

「虚栄心から出た愛」/  下宿屋という職業/  「商品」としてのナスターシヤ

五、「非凡人」への憧れ

平手打ち事件/   ナポレオン三世の経済政策 /  フランスのメロドラマの批判

第二章 ロシアの「椿姫」――ナスターシヤとトーツキー

一,『白痴』と『椿姫』

「名の日」の夜会/長編小説『椿姫』とオペラ『椿姫』/トーツキーの『椿姫』理解/  「医師」としてのムィシキン/《酔いどれ天使》と《静かなる決闘》

二、黒澤映画における『椿姫』のテーマ

壊された花瓶/死刑囚の目/ 《赤ひげ》/ 「生と死に対する敬意」

三、ナスターシヤの「新しい」解釈

「冷静な」トーツキー/ナスターシヤと鞭身派/ 体罰の問題 / 「領主夫人」なみの扱い

四、「報復」の衝動

「病的な発作」/ 「所有の欲望」/ 「白い手」の紳士/ 「本当の人間」

第三章  ロシアの「イアーゴー」――レーベジェフとロゴージン

一、噂とスキャンダルの手法

空白の半年とさまざまな噂/ ロゴージンの悲劇 /レーベジェフとその甥/ ロシアのニヒリストたち/ 《野良犬》と《天国と地獄》

二、「混乱した社会」と「力の権利」

ゴシップ記事/ 「私生児」というテーマ/ 権利と良心/ 中傷への抗議

三、映画《醜聞(スキャンダル)》

「ゴシップ記事」と裁判 /蛭田の娘とヴェーラ/ 「イエロー・ジャーナリズム」と現代

四、「大地主義」の理念とロゴージン

ロゴージンの「新しい」解釈/ 歴史書を読むロゴージン/ 『けちな騎士』/殺人者と酔っぱらいの話/ 乳飲み子を抱えた百姓女/ 迷える「闘士」/ 《七人の侍》/菊千代とロゴージン

 第四章 「貧しき騎士」の謎――アグラーヤとラドームスキー

一、『貧しき騎士』とムィシキン

物語の展開と「語り手」の問題/ 謎の「貧しき騎士」/  『ドン・キホーテ』と『貧しき騎士』/ 『貧しき騎士』と『貧しき人々』

二、アグラーヤの花婿候補

ニヒリストと「美」の否定/ エヴゲーニーと言う名の若者/ ナスターシヤの告発/ ラドームスキーの苦悩/ 「公金横領」と伯父の自殺/情念の引力

三、決闘とその考察

「狂人」と「心神耗弱」/「復讐」としての「決闘」/  復讐の情念と「良心」の問題/「良心に従った」殺人/

四、二つのムィシキン像

「大事な知恵」の持ち主/「壜のなかにいれられて栓をされた」娘/ 《わが青春に悔なし》/ 日露の近代化と検閲の問題/ キリストと「光の天使」

第五章  「死刑を宣告された者」――イッポリートとスペシネフ

一、「思想上の対立者」

イッポリートという若者 / 一杯のお茶/ イッポリートとその家族/ 《どん底》と《どですかでん》

二、「殺人」の「使嗾者」

「力の権利」と思想の宣伝/「美」と「キリスト教」の問題 / S氏の話とスペシネフ/ スペシネフの生死観と絵画《キリストの屍》

三、《キリストの屍》と「最後の信念」

「弁明」と題された手記/   メイエルの壁と独房の壁/  《キリストの屍》と「自然の法則」/マルサスの『人口論』と「生存闘争」/無差別殺人の考察/ 鍵としてのイッポリート/  「最後の信念」

四、さまざまな画策

レーベジェフの企み/ ガヴリーラの新たな野望/ イッポリートの憎悪

第六章 ロシアの「キリスト公爵」―― 悲劇としての『白痴』

一、花婿候補としてのムィシキン

悲劇の予感/ 変わるものとしての人間/ エパンチン夫人の「庇護者」

二、影の主人公・パヴリーシチェフ

「恩人」の改宗//「鞭身派」と「無神論者」/ 切腹とロシアの宗教精神/ 「ロシアの理念」

三、悲劇の誕生

花瓶の落下と癲癇の発作/ 「復讐の恐るべき快楽」/ 所有の欲望 /  「椿姫」という表現/ 噂とラドームスキー/ 新たな陰謀

四、十字架というシンボル

悲劇の「新しい」解釈/《キリストの屍》と師ゾシマの死臭/ マルグリットの屍/ 「十字架」の交換と裁判/ ロゴージンの復活/「謎解き」という方法/『白痴』』の構造とその「隠蔽」

終章 ムィシキンの理念の継承――黒澤映画における『白痴』のテーマ

一、「記憶」の力

綾子という娘/「自己」と「他者」の繋がり/ イッポリートの可能性と《生きる》/  《デルス・ウザーラ》/「自然界の調和」と「調和の思想」

二、文明の危機とその克服

シンボルとしての「沖縄の石」/ 露土戦争とドストエフスキー/「第五福竜丸」事件と《ゴジラ》/  《生きものの記録》/「世界滅亡の悪夢」と核兵器

三、現実の直視と普遍性への視野

《夢》と「赤富士」の悪夢/ 《八月の狂詩曲(ラプソディー)》 / 『地下室の手記』 と黒澤明/ 哲学者ムィシキン

 

あとがき/ドストエフスキー簡易年表/黒澤明簡易年表

《白痴》の登場人物と配役一覧/人名・作品名索引

—————————————————————————-

お詫びと訂正

拙著『黒澤明で「白痴」を読み解く』(成文社)の発行前に起きた原発事故に校正前の関心が集中してしまい、『黒澤明 夢のあしあと』(黒澤明研究会編)の人名辞典で確認しようと思っていたのを失念してしまいました。

重要な方々の人名表記などに誤記がありましたので、この場をお借りしてお詫びの上、訂正致します。

(誤)都筑政昭→(正)都築政昭 152頁・348 (誤)久坂栄二郎→(正)久板栄二郎 3頁・46・59・96・125・152・186・349 (誤)堀川弘道→(正)堀川弘通 45頁・307・311・316・346 (誤)井出雅人→(正)井手雅人 96頁・349 (誤)仁木てるみ→(正)二木てるみ 96頁 (誤)「船長」 →(正)「無線長」 283頁 (誤)1957年(《隠し砦の三悪人》の公開時期) →(正)1958年 341頁

書評と紹介

(ご執筆頂いた方々に、この場をお借りして深く御礼申し上げます。)

書評と紹介

(ご執筆頂いた方々に、この場をお借りして深く御礼申し上げます。)

2012.11.30 書評 『比較文明』第28号(大木昭男氏)

2012.03.31 書評 『比較思想研究』第38号(寺田ひろ子氏)

2012.03.31 書評 『比較文学』第54号(清水孝純氏)

2012.04.14 書評 『ドストエーフスキイ広場』No.21(熊谷のぶよし氏)

20.03.08 書評 『異文化交流』(三宅正樹氏)

2011.10.01 紹介 『出版ニュース』10月上旬号

2011.09.15 紹介 『望星』10月号

   (成文社のHPより)

 

 

 

 

 

 

「著書・共著」タイトル一覧

リンク先「著書・共著」タイトル一覧Ⅱ

「著書・共著」タイトル一覧Ⅰ(1996年~2010年)

著書(ドストエフスキー関係)

『ロシアの近代化と若きドストエフスキー ――「祖国戦争」からクリミア戦争へ』(成文社、2007年) 

『欧化と国粋――日露の「文明開化」とドストエフスキー』(刀水書房、2002年)

『「罪と罰」を読む(新版)――〈知〉の危機とドストエフスキー』(刀水書房、初版1996年、新版2000年)

編著(/の後に論文名などを記す)

 『ドストエフスキイ「地下室の手記」を読む』(リチャード・ピース著、池田和彦訳、高橋誠一郎編、のべる出版企画、2006年)。/「『地下室の手記』の現代性――後書きにかえて」/

 

著書(司馬遼太郎関係)

『「竜馬」という日本人――司馬遼太郎が描いたこと』人文書館、2009年)

司馬遼太郎と時代小説――「風の武士」「梟の城」「国盗り物語」「功名が辻」を読み解く』 (のべる出版企画、2006年)

 『司馬遼太郎の平和観――「坂の上の雲」を読み直す』(東海教育研究所、2005年)

『この国のあした――司馬遼太郎の戦争観』(のべる出版企画、2002年)

『司馬遼太郎とロシア』『司馬遼太郎とロシア』(ユーラシア・ブックレット)(東洋書店、2010年)

—————————————-

共著

ドストエフスキー関係の共著(/の後に論文名などを記す)

 『文明と共存――齋藤博名誉教授古稀記念論文集』(伊東健・高橋誠一郎共編、記念論文集発行委員会、2005年)。/「「非凡人の理論」と他者――比較文明学の視点から」/

『論集・ドストエフスキーと現代――研究のプリズム』(木下豊房・安藤厚編、多賀出版、2001年)。/「『白痴』におけるムイシュキンとロゴージンの形象――オストローフスキイの作品とのかかわりをめぐって」、「ドストエフスキーとダニレーフスキイ――クリミア戦争をめぐって」/

『日本の近代化と知識人――若き日本と世界Ⅱ』(東海大学出版会、1999年) /「日本の近代化とドストエーフスキイ」/

『講座比較文明』第1巻(伊東俊太郎・梅棹忠夫・江上波夫-監修/神川正彦・川窪啓資編、朝倉書店、1999年)。/「ヨーロッパ『近代』への危機意識の深化(1)--ドストエーフスキイの西欧文明観」/

 

司馬遼太郎関係の共著(/の後に論文名などを記す)

『司馬遼太郎事典』(共著、勉誠出版、2007年12月、下記の項目執筆) /「鬼謀の人」/ 「北斗の人」/ 「中国を考える」/ 「東と西」/「歴史の舞台 文明のさまざま」/

 Faits et imginaires de la guerre russo-japonaise, (Kailash Editions,2005)/Le regard de l’ecrivain Shiba Ryotaro sur la guerre russo-japonaise (traduction de K.Arneodo)/

その他の主な共著(/の後に論文名などを記す)

 『若き日本と世界――支倉使節から榎本移民団まで』(東海大学出版会、1997年)/「日本の開国とクリミア戦争――作家ゴンチャローフが見た日本と世界」/

『留学の愉しみ――異国の歴史や文化との触れあいを求めて』(東海大学外国語教育センター編、東海大学出版会、1997年)/「歴史の大河に――モスクワ大学」/

『黒澤明と小林秀雄――「罪と罰」をめぐる静かなる決闘』(成文社)

 

『黒澤明と小林秀雄――「罪と罰」をめぐる静かなる決闘』(成文社)

 

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本書の概要

1956年12月、黒澤明と小林秀雄は対談を行ったが、残念ながらその記事が掲載されなかったため、詳細は分かっていない。共にドストエフスキーにこだわリ続けた両雄の思考遍歴をたどり、その時代背景を探ることで「対談」の謎に迫る。「原子力エネルギー」への2人の対応はどうであったか──

リンク→映画《静かなる決闘》から映画《赤ひげ》へ――拙著の副題の説明に代えて

目次

 はじめに──黒澤映画《夢》と消えた「対談記事」の謎 

 一、フクシマの悲劇
 二、映画《夢》と『罪と罰』における夢の構造
 三、消えた「対談記事」

序 章 「シベリヤから還つた」ムィシキン──小林秀雄のドストエフスキー論と黒澤明
 はじめに 不安な時代と小林秀雄
 一、「罪の意識も罰の意識も」持たない主人公──「『罪と罰』について I」
 二、「殆ど小説のプロットとは言ひ難い」筋──「『白痴』について I」
 三、「アグラアヤの為に思ひ附いた画題」──ムィシキンの観察力と映画《肖像》
 四、小林秀雄の主人公観と「全編中の大断層」という創作
 五、『白痴』の結末をめぐる解釈と黒澤映画《白痴》
 六、本多秋五の問いと黒澤明のドストエフスキー観の深まり

第一章 映画《白痴》の魅力と現代性──戦争の「記憶」と洞察力
 はじめに 黒澤明のドストエフスキー観と映画《白痴》
 一、復員兵の深夜の「悲鳴」
 二、「分身」という方法──映画《野良犬》と映画《白痴》
 三、黒澤明の芥川龍之介観──映画《羅生門》
 四、父と息子の対立と「気違いじみた生活力」──軽部(レーベジェフ)の存在
 五、「三角形の欲望」の視覚化と観察する力
 六、一対の花瓶と若い死刑囚の眼──『白痴』と『戦争と平和』
 七、燃えあがる札束とその後の展開
 八、ナイフと小石の象徴性
 九、「氷上カーニバルの夜」と『アンナ・カレーニナ』
 一〇、映画《白痴》の結末から映画《赤ひげ》へ

第二章 映画《生きものの記録》と長編小説『死の家の記録』──知識人の傲慢と民衆の英知
 はじめに 「第五福竜丸」事件と小林秀雄の原爆観
 一、「核の時代」と臆病な「知識人」
 二、「民衆」の行動力と「法律の手」による「束縛」
 三、黒澤明と『死の家の記録』──民衆芝居と「民衆」のエネルギーの描写
 四、小林秀雄の『死人の家の記録』観──主人公とペトロフの考察
 五、映画《ゴジラ》から《生きものの記録》へ──知識人のタイプの考察
 六、特集記事「ついに太陽をとらえた」と小説『太陽の季節』
 七、消えた「対談記事」と「イソップの言葉」
 八、映画《生きものの記録》から映画《この子を残して》へ

第三章 映画《赤ひげ》から《デルス・ウザーラ》へ──『白痴』のテーマの深化
 はじめに 映画《赤ひげ》と小林秀雄の『白痴』論
 一、映画《愛の世界・山猫とみの話》と『虐げられた人々』
 二、雑誌『時代』と小林秀雄の「大地主義」観
 三、映画《愛の世界・山猫とみの話》と「鬱蒼とした森」の謎
 四、「共犯者」と「治療者」──『白痴』の結末についての再考察
 五、映画《赤ひげ》における「師弟の関係」の描写
 六、『白痴』の結末とプーシキンの理念
 七、映画《デルス・ウザーラ》とタチヤーナの「夢」
 八、「エモーショナルな歴史認識」と「事実」の隠蔽

第四章 映画《夢》と長編小説『罪と罰』──知識人の「罪」と自然の「罰」
 はじめに 映画《夢》と「大地主義」の理念
 一、小林秀雄の『罪と罰』論と映画《罪と罰》評
 二、黒澤明とクリジャーノフの映画《罪と罰》
 三、「やせ馬の殺される夢」と民話的な世界──第一話「日照り雨」と第二話「桃畑」
 四、ソーニャと「雪女」の哀しみ──第三話「雪あらし」と脚本『雪』
 五、「殺された老婆が笑う夢」と死んだ兵士たちの帰還──第四話「トンネル」
 六、小林秀雄と黒澤明のゴッホ観──第五話「鴉」
 七、原発事故と「良心の呵責」──第六話「赤富士」
 八、「弱肉強食の思想」と「人類滅亡の悪夢」──第七話「鬼哭」
 九、ラスコーリニコフの「復活」──第八話「水車のある村」

 

あとがきに代えて──小林秀雄と私

初出一覧

小林秀雄関連の参考文献

付録資料
 一、長編小説『白痴』の登場人物と配役
 二、映画《白痴》・オリジナル版の構成
 三、カットされた後の映画《白痴》の構成
 四、黒澤明・小林秀雄関連年表

ISBN978-4-86520-005-8 C0098
四六判上製 本文縦組304頁
定価(本体2500円+税)
2014.07

 「人名・作品名索引」のリンク先 『黒澤明と小林秀雄――「罪と罰」をめぐる静かなる決闘』(人名・作品名索引)

書評・紹介

(ご執筆頂いた方々に、この場をお借りして深く御礼申し上げます。)

‘16.02.08 書評 『ユーラシア研究』第53号(木村敦夫氏)

‘15.10.15 書評 『ロシア語ロシア文学研究』第47号(小林実氏)

‘15.04.11 書評 『ドストエーフスキイ広場』NO.24(国松夏紀氏)

‘15.01.17 書評 『図書新聞』(植田隆氏)

‘14.12.10 書評 『世界文学』No.120(平野具男氏)

‘14.09.30 紹介 『全作家』95号(文芸時評)

‘14.09.15 紹介 『望星』10月号(新刊紹介)

‘14.09.01 紹介 『出版ニュース』09月上旬号   

(成文社のHPより)

 

2-1、「書評と図書紹介」タイトル一覧(自著以外)

「書評・図書紹介」タイトル一覧(自著以外)

(下線部をクリックすると書評にリンクします。書影は紀伊國屋書店のWEB、およびアマゾンによる)。

『近代ユーラシア』紀伊國屋書店ウェブ頁 

書評 三宅正樹著『近代ユーラシア外交史論集』(千倉書房、2015年)

『「罪と罰」をどう読むか〈ドストエフスキー読書会〉』(川崎浹・小野民樹・中村邦生著 水声社 二〇一六年)

『十八世紀ロシア文学の諸相―ロシアと西欧 伝統と革新』(金沢美知子編 水声社 二〇一六年)

オーウェルの『1984年』で『カエルの楽園』を読み解く――「特定秘密保護法」と監視社会の危険性

菅野完著『日本会議の研究』と百田尚樹著『殉愛』と『永遠の0(ゼロ)』

上丸洋一著『「諸君!」「正論」の研究 保守言論はどう変容してきたか』(岩波書店)を読む(1)

『「諸君!」「正論」の研究』を読む(2)――『文藝春秋』編集長・池島信平のイデオロギー観と司馬遼太郎

『「諸君!」「正論」の研究』を読む(3)――清水幾太郎の核武装論と「日本会議」

「日本会議」の歴史観と『生命の實相』神道篇「古事記講義」

大木昭男著『ロシア最後の農村派作家――ワレンチン・ラスプーチンの文学』(群像社、 二〇一五年)

樋口陽一・小林節著『「憲法改正」の真実』(集英社新書、2016年)を読む

中島岳志・島薗進著『愛国と信仰の構造 全体主義はよみがえるのか』(集英社新書、2016年) を読む

相馬正一著『坂口安吾――戦後を駆け抜けた男』(人文書館、2006年11月)

相馬正一著『国家と個人――島崎藤村『夜明け前』と現代』(人文書館、2006年9月)

中川久嗣著『ミシェル・フーコーの思想的軌跡――<文明>の批判理論を読み解く』(東海大学出版会、2013年)

山城むつみ著『小林秀雄とその戦争の時――「ドストエフスキイの文学」の空白』(新潮社、2014年)

 井桁貞義著『ドストエフスキイ 言葉の生命』 (群像社、2003年)

伊波敏男著『島惑ひ 琉球沖縄のこと』と大城貞俊著『島影 慶良間や見いゆしが』(ともに人文書館、2013年)

『罪と罰』とフロムの『自由からの逃走』(東京創元社、1965年)

都築政昭著『黒澤明の遺言「夢」』(近代文芸社、2005年)

ゴロソフケル著、木下豊房訳『ドストエフスキーとカント――「カラマーゾフの兄弟」を読む』(みすず書房、1988年)

三宅正樹著『文明と時間』(東海大学出版会、2005年)

ゴロソフケル著、木下豊房訳『ドストエフスキーとカント――「カラマーゾフの兄弟」を読む』(みすず書房、1988年)

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齋藤博著『文明のモラルとエティカ――生態としての文明とその装置』(東海大学出版会、2006年)