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書評 三宅正樹著『近代ユーラシア外交史論集』(千倉書房、2015)

『近代ユーラシア』紀伊國屋書店ウェブ頁(書影は、紀伊國屋書店のWEBより)

 

はじめに 国際政治の混乱とユーラシア国際政治史

三宅正樹・明治大学名誉教授は前著『文明と時間』(東海大学出版会、2005年)で、国際政治学者ハンチントンの「文明の衝突?」(1993年)や大著『文明の衝突と世界秩序の再編成』と比較しながらトインビーの文明論を比較文明学の視点から再考察することにより、「攘夷主義」や「自国中心主義」の危険性を明らかにしていた*1。

しかし、ソ連崩壊後に唯一の超大国となったアメリカの大統領選挙で「アメリカ第一主義」を掲げるトランプ氏が当選し、地球温暖化対策の国際枠組みを定める「パリ協定」やユネスコからも米国が離脱すると発表しただけでなく、昨年の12月には「エルサレムをイスラエルの首都と認定する」と宣言し、さらに北朝鮮に対しても強硬な姿勢を続けていることで、世界情勢は再び大きく揺らいでいる。

このような状況において、外交文書や極東軍事裁判の供述調書などを詳細に分析するするとともに、「欧露中をまたぐユーラシアを俯瞰する視点」で描かれた三宅氏の『近代ユーラシア外交史論集』(千倉書房、2015年)も、緊迫した世界情勢や今後の日露関係を考える上でも重要な示唆に富んでいるといえよう。まず、目次を引用することで本書の全体像を示しておく。

第1章・ユーラシア国際政治史における帝国と民族/第2章・大正時代の日本――ユーラシア国際政治史の視点から/第3章・後藤新平の外交構想とユーラシア/第4章・世界経済危機から日本の国際連盟脱退まで/第5章・日独防共協定とその後/第6章・独ソ不可侵条約への道/第7章・日独伊三国同盟、日ソ中立条約と独ソ開戦/第8章・フルシチョフの経験した二つの戦争/第9章・ヤルタ密約をめぐる中ソ関係/第10章・スターリン批判から中ソ戦争へ/第11章・共産主義国家ソ連の崩壊

本書ではロシアを「引き裂かれた国家」と定義したハンチントンが注目しているロシアの「ユーラシア主義」とマッキンダーのハートランド理論との詳しい比較がなされている。亡命後にブルガリアのソフィア大学で教鞭をとっていた言語学者ニコライ・トルベツコイの「ユーラシア主義」は、広い視野を持っていた作家・司馬遼太郎の文明観とも近いと思われるので、その点にも注目しながら本書を紹介することにしたい。(以下、本書からの引用頁数は本文中のかっこ内にアラビア数字で示す)。

 

1.マッキンダーのハートランド理論と「ユーラシア主義」

著者によれば、地理学者でイギリス地政学の創始者でもあるマッキンダーは、日露戦争勃発の直前に行った演説で、世界の歴史をロシア側から見ることを提唱するとともに、ユーラシア大陸の中央の草原地帯こそが歴史の回転軸、ハートランドであると主張し、このハー卜ランドの中央に位置するロシア帝国とハー卜ランドの「内周の半月孤」の中に位置する、強力に武装したドイツ帝国が軍事同盟を結ぶことがあれば、それは英国及び世界全体の脅威になると警告していた(12-13)。

この視点から見ると重要なのが、結局挫折したものの1905年のドイツ皇帝ヴィルヘルム二世とロシア皇帝ニコライ二世との間でフィンランドのビヨルケで交わされた提携密約であり、それは1939年の独ソ不可侵条約ばかりでなく(13)、「日独接近のヒント」ともなっていた(125)。

さらに、ロシアの経済学者で地政学者のピョートル・サヴィツキーの思想が、「新たに人気を獲得していること」にハンチントンが注目していることに注意を促した著者は、中山治一が1944年に発表した論文「ロシア史の基本問題-ロシア史学史への一試論」で、「ユーラシア主義」の歴史学者ヴェルナツキーの見解を紹介するとともに、「中根練二によるサヴィツキーの『ロシア史の地政治学的覚書』の翻訳が、…中略…国立ハルビン学院『論叢』第三号に掲載されている」ことにも触れていたことを紹介している(19-25)。

著者によれば中山はこの著作で、ロシアの正統派史学とマルクス主義史学がともにヨーロッパ史の視野においてロシア史を構成しようとしていたのに対し、ヴェルナツキーがドイツとロシアの地理学者がロシアをまったく恣意的に「ヨーロッパ・ロシア」と「アジア・ロシア」に二分割してしまったと批判していたばかりでなく、「遊牧民族が文化的に劣っていると決めつけるのは大きな誤りであり、一二世紀から一三世紀にかけて、モンゴル民族が政治や社会の形態や組織に関して注目に値する進歩を遂げた事実に言及して」いたことを指摘している(23)。

ロシアにおいて「ユーラシア主義への関心の高まり」が見られるようになるのは、「グラースノスチ」(情報公開)を直接の契機にして1990年代であることに留意するならば、1944年にこのような論文が日本で発表されていたことは注目に値するだろう。

しかも、トルベツコイの『ヨーロッパと人類』の日本語訳が1926年には『西欧文明と人類の将来』と題して出版されていたことを紹介した浜由樹子氏は、満鉄の東亜経済調査局に勤務していた訳者の嶋野三郎がその「前書き」で、トルベツコイについてソフィア大学で歴史学を講じる老学者と権威付けしていたのは、「ユーラシア主義」が「『大東亜共栄圏』につながる発想を擁護しえる」を考えていたことを示していると記している*2。

そして、トルベツコイの生涯を詳しく紹介した浜氏は、1921年に亡命先のブルガリア・ソフィアで論文集『東方への旅立ち』をサヴィツキーなどとともに発刊することで「ユーラシア主義」を宣言したトルベツコイが、「ヨーロッパによる植民地支配に批判的であった」ばかりでなく、カフカス地域の言語と文化の研究をつうじて、「あらゆる民族と文化は、いずれも全て等しい価値を」持つという文化観を有しており、ウィーン大学に移った後では、「排他的ナショナリズム」に訴えるナチズムに対する批判を強めていたことをも明らかにしている*3。

このようなトルベツコイの文明観や先に見たヴェルナツキーのモンゴル観は、学生時代にモンゴル語を学び、学徒動員によって満州で兵役に就いていた作家の司馬遼太郎が後に、「文明的な行為」とされる「耕作」さえも、「草原」地帯では「砂漠」の発生につながることを比較文明論的な視野から指摘していたこととも重なっているように思える*4。

一方、マッキンダーのハートランド理論は、アメリカ・エール大学のニコラス・スパイクマンに影響を与えてリムランド論(日本・朝鮮半島など内周の半月孤の周辺地域をアメリカの提携地帯とすることにより独・露の拡大を防ぐことができるとする)を生み出し、それがまた冷戦初期における外交官ジョ-ジ・ケナンの「封じ込め」理論につながっていた(13)。

このことに注意を促した三宅氏は、ヴェルナツキーのいうユーラシアが、「マッキンダーがハートランドと呼んだ地域とほぼ一致して」ことも指摘して(21)、ユーラシア国際政治を学ぶことの意義を強調している。

 

2.司馬遼太郎の日露関係観とユーラシア外交史

第1次世界大戦の最中から諸帝国がつぎつぎと崩壊していく時期から始められている第2章では、1918年8月に日米が共同でシベリアに出兵するに到る流れが考察されている。

たとえば、「原敬日記」では「清帝国崩壊直後の中国についての言及が比較的少ないのにくらべて」、「ロシア帝国崩壊直後のロシアについては、しばしば詳細な記述が見られ、しかもこれらの記述はシベリア出兵論についての批判が大半を占めている」ことにも注意が促されている(43)。

日本ではシベリア出兵についてはあまり知られていないが、司馬は「執拗につづけられた」日本軍のシベリア出兵を、「前代未聞の涜武(とくぶ)といえる」と激しい言葉で批判していた*5。実際、連合国が1920年には相次いで撤兵したにもかかわらず、1922年まで単独で駐留を続行し、当初の約束に反してバイカル湖畔の都市イルクーツクまで占領したために、日本軍は連合国から領土的な野心を疑われることとなっていた。そのことを考慮するならば、シベリア出兵は、日ソ中立条約を破って満州に侵攻したソ連軍の行動などにも影響を及ぼしていると思える。

さらに、作家の司馬遼太郎は『翔ぶが如く』において、「日本に貴族をつくって維新を逆行せしめ、天皇を皇帝(ツァーリ)のごとく荘厳し、…中略…明治憲法を事実上破壊するにいたるのは、山県であった」と厳しく山県有朋を批判していた*6。本書でも元老山県有朋によって事実上の日露軍事同盟を意味する第四回日露協約が、第一次世界大戦のさなか、ロマノフ王朝崩壊のわずか九カ月前に締結されていたことが指摘されている(50)。

1933年に「相次いで国際連盟を脱退して孤立の道に進み出た日本とドイツは、やがて相互の提携を模索するように」なり、1936年には日独防共協定が結ばれることになったが、その時に提携を担当したドイツ駐在武官の大島浩にとって「日独接近のヒントとなった」のが、1905年にドイツ皇帝とロシア皇帝との間でフィンランドのビヨルケで交わされた提携密約であった(125)。

司馬遼太郎は1939年に満州国とモンゴル人民共和国の間で国境線をめぐる緊張が高まる中で、日本軍が起こしたノモンハン事件を厳しく批判しているが*7、三宅氏は同じ年の8月23日に独ソ不可侵条約を結んでいたドイツが2年後の9月に条約を破ってソ連への侵攻した理由を、ノモンハン事件にも言及しながら、1939年から40年にかけてソ連・フィンランド戦争でのソ連軍の苦戦が「ヒトラーを頂点とするドイツの上層部に、赤軍への誤った過小評価をもたらした」からだと説明している(253)。

一方、日独伊三国同盟がベルリンで調印されたのは1940年9月27日のことであったがその半年後に、松岡外相と会ったドイツ外相は独ソ戦争勃発の可能性を示唆するともに、その際には「日本の独ソ戦争への介入は必要ないと述べ、シンガポール攻撃を日独伊三国同盟の共通の目標に対する日本の最善の貢献である」と述べていた(203)。

一方、日ソ中立条約は1941年の4月13日にモスクワで調印されたが、この年の御前会議では「ソ連が崩壊した時にただちに介入してウラジオストックからバイカル湖までの、日本が渇望していた地域を占領できるようにしておくための軍事的準備は行う」ことが決定されていた(207)。

つまり、1945年の8月9日にソ連軍が日ソ中立条約を破って満州などに侵攻したことが強く批判されることが多いが、日本側が「中立を維持」していたのも、ソ連が強力な軍事力を保っていたために過ぎず、崩壊した際には条約を破る事が決められていたのである。このことは明らかになった事変や事件だけでなく、外交文書などをきちんと読み解くことの必要性を物語っていると思える。

 

おわりに

以上、「ユーラシア主義」について記されている第一章について考察し、多くの外交文書や極東軍事裁判の供述調書などをとおして帝政ロシアの崩壊からソ連の崩壊への流れが考察されている本書の第2章から第8章までをごく簡単に紹介した。

長編小説『坂の上の雲』を書き終えた後で、自分が数カ国語を学んだことが「よかったと思っています」と記した司馬は、「世界じゅうの事柄を、自分がすこしでもかじったコトバ(モンゴル語、中国語、ロシア語)の窓からみることができて、すこしは深く感ずることができるからです」と続けていた*8。

大国の「窓」を通して一つの価値をのみを学ぶだけでは、他の方向に向いた「窓」から見えるはずの多くの国々の文化や歴史の価値との出会いはなく、世界情勢の変化をきちんと認識することは難しいのである。

その意味で「日露独中の接近と抗争」ばかりでなく、英仏やアメリカなどの大国やモンゴル、フィンランドなどの動きにも注意を払って国際政治史が多角的に分析されている本書の意義はきわめて大きい。

日本の外交政策がアメリカのみを重視するようになって来たことが指摘されるようになってきている今こそ、日露関係に関心のある人だけでなく、世界史や政治に関心のある多くの方に本書を薦めたい。

 

――――――――――――――――――

1 高橋誠一郎「書評論文 三宅正樹著『文明と時間』」『文明研究』、第31号、2012年参照。リンク→三宅正樹著『文明と時間』(東海大学出版会、2005年)

2 浜由樹子『ユーラシア主義とは何か』成文社、2010年、236~242頁。

3 同上、75~77頁、121~123頁。なお、本書は序論と結論および次の各章から構成されている。第1章 ユーラシア主義をめぐる史料と研究史/第2章 N.S.トルベツコイのユーラシア主義/第3章 P.N.サヴィツキーのユーラシア主義/第4章 運動としてのユーラシア主義

4 高橋誠一郎「司馬遼太郎の文明観―-古代から未来への視野」(リンク→「司馬遼太郎の文明観―-古代から未来への視野」(レジュメ))、『文明の未来 いま、あらためて比較文明学の視点から』、東海大学出版部、2014年、268~282頁。

5 司馬遼太郎の山県有朋観と日露戦争観などについては、髙橋『新聞への思い――正岡子規と「坂の上の雲」』(人文書館、2015年)参照。

6 司馬遼太郎「あとがき」『ロシアについて』文春文庫、1989年、256~257頁。

7 司馬遼太郎『モンゴル紀行』、朝日文庫、1978年、119~122頁。

8 司馬遼太郎「同期生からの依頼」『司馬遼太郎が語る日本』第5巻、朝日新聞社、1999年、87頁。

〔なお、執筆に際しては筒井清忠氏の書評「ソ連・フィンランド戦争の世界的重要性に気付かせる」『週刊読書人』(2016年1月1日)及び、「明治大学広報」(2016年2月1日)に掲載された外池力氏の書評も参考にした。〕

〔東海大学文明学会『文明研究』第36号(219ー224頁)より転載。転載に際しては、ホームページのリンク先も示した。〕

『ゴジラの哀しみ――映画《ゴジラ》から映画《永遠の0(ゼロ)》へ』(のべる出版企画、2016)

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(↑ 画像をクリックで拡大できます ↑)

〔四六判上製 216頁/定価:1,944円(税込み)〕

 

目次

はじめに ゴジラの咆哮と悲劇の誕生

 

第一部 冷戦の時代とゴジラの変貌

   ――映画《ゴジラ》から《シン・ゴジラ》へ

序章 ゴジラの誕生まで

一、「不敗神話」と「放射能の隠蔽」

、「新たな神話」と「核エネルギーの批判」

第一章 「水爆大怪獣」ゴジラの誕生とその死

一,ゴジラの出現と「情報の隠蔽」

二、逃げ回る群衆と放射能の視覚化

三、ゴジラの死と「道義心」の勝利

四、映画《怪獣王ゴジラ》と「ゴジラ」の変貌

五、映画《ゴジラ》から《生きものの記録》へ

第二章 映画《モスラ》から映画《ゴジラ対ヘドラ》へ

一、映画《モスラ》と核実験場とされた島

二、経済至上主義の思想と「生命」の守護神モスラ

三、植民地統治の記憶と「日米地位協定」の影

四、映画《ゴジラ対ヘドラ》とテレビアニメ《宇宙戦艦ヤマト》

五、「原子力ムラ」の成立と使用済み核燃料の問題

第三章 映画《日本沈没》から一九八四年版・映画《ゴジラ》へ

一、大自然の脅威と映画《日本沈没》

二、一九八四年版・映画《ゴジラ》と冷戦構造の反映

三、映画《惑星ソラリス》からチェルノブイリの悲劇へ

四、ソ連の崩壊と「情報の隠蔽」

終章 映画《ゴジラvsビオランテ》から《シン・ゴジラ》へ

一、「凶悪な敵」との戦争と核兵器の使用

二、日本の「非核三原則」と映画《シン・ゴジラ》

 

第二部 ナショナリズムの台頭と「報復の連鎖」

  ――『永遠の0(ゼロ)』の構造と隠された「日本会議」の思想

序章 「約束」か「詐欺」か

一、「言葉も命も、現代(いま)よりずっと軽かった時代の物語」

二、義理の祖父・大石賢一郎の謎

第一章 孫が書き記す祖父の世代の戦争の物語――「オレオレ詐欺」的な小説の構造

一、取材者としての佐伯健太郎と姉の慶子

二、祖父・宮部久蔵の「命は大切という思想」

三、もう一つの祖父と孫の物語

四、巧妙に配置された証言者たちの順番

第二章 「徹底した人命軽視の思想」の批判と戦後の「道徳」批判

一、「使い捨てられた兵と下士官」と「情報の隠蔽」

二、学徒出陣の記述と司馬遼太郎の体験

三、映画《少年H》と戦時中の内地

四、戦後の「道徳」批判と隠された「日本会議」の思想

五、「エリート官僚」の批判と隠された「自由主義史観」

第三章 「巧みな『物語』制作者」徳富蘇峰と「忠君愛国」の思想

一、「テロ」と「特攻」の考察と新聞報道の問題

二、「自殺戦術」の正当化と徳富蘇峰の『大正の青年と帝国の前途』

三、沖縄戦の正当化とナチズムの考察の欠如

四、「国家滅亡の危機」と大石の「一億玉砕」の思想

終章 ナショナリズムの台頭と「報復の連鎖」

一、「英雄」の創出と「ゼロ」の神話化

二、「正義」の戦争と「報復の連鎖」の危険性

 

第三部 「人類滅亡の悪夢」の克服と自然の輝き

   ――映画《夢》と映画《風立ちぬ》を中心に

序章 水車と風車のある光景

一、《モスラ》から《風の谷のナウシカ》へ

二、「王蟲」の子供が殺される夢と「やせ馬が殺される夢」

第一章 映画《七人の侍》からアニメ映画《もののけ姫》へ

一、《七人の侍》における「水車小屋」のシーン

二、「大地主義」の理念と農民像への違和感

三、《もののけ姫》と映画《夢》の自然観

四、 映画《夢》第四話「トンネル」と「亡霊」としてのゴジラ

第二章 第二次世界大戦とアニメ映画《風立ちぬ》

序 『永遠の0(ゼロ)』の映画化と映画《風立ちぬ》

一、第一次世界大戦後のイタリアと映画《紅の豚》

二、映画《風立ちぬ》のカプローニおじさんと「夢の精」ルポイ

三、大地の激震と「轟々と」吹く風

四、『魔の山』とヒトラーの影

五、ノモンハンの「風」と司馬遼太郎の志

終章 「自然支配の思想」の克服と「聖なる大地」の回復

一、映画《ゴジラ》から映画《夢》の第六話「赤富士」へ

二、第七話「鬼哭」と「日本会議」の戦争観

三、最終話「水車のある村」と映画《風立ちぬ》

関連年表 『ゴジラの哀しみ』関連年表(「原水爆実験」と「原発事故」、それに関わる映画を中心に)

あとがき 

 

書評・紹介

(ご執筆とご紹介頂いた方々に、この場をお借りして深く御礼申し上げます。)

‘17.07.10   書評『世界文学』第125号(太田哲男氏)

‘17.02    紹介『出版ニュース』2月下旬号

‘16.12.24   紹介「デモクラTV」(横尾和博氏)

 

志村有弘編『司馬遼太郎事典』(勉誠出版、2007年)

司馬遼太郎事典・大

司馬遼太郎のすべてを知る大事典 『国盗り物語』『竜馬がゆく』『坂の上の雲』『街道をゆく』など主要173作品から関連人物・キーワードまでを詳細に解説、さらに巻末に「年譜」「主要参考文献」を付し、司馬遼太郎の世界を極める。

下記の項目を執筆

/「鬼謀の人」/ 「北斗の人」/ 「中国を考える」/ 「東と西」/「歴史の舞台 文明のさまざま」/

『新聞への思い――正岡子規と「坂の上の雲」』(人文書館、2015年)

ISBN978-4-903174-33-4_xl 

『新聞への思い――正岡子規と「坂の上の雲」』(人文書館のホームページより転載)

 

目次  

序章 木曽路の「白雲」と新聞記者・正岡子規

一、子規の「かけはしの記」と漱石の『草枕』

二、子規の時代と「写生」という方法

三、本書の構成  

第一章 春風や――伊予松山と「文明開化」

一、辺境から眺める

二、「あらたな仕官の道」――秋山好古の青春

三、「まげ升〔のぼ〕さん」

四、司法省法学校と士官学校のこと

五、一二歳の編集者「桜亭仙人」と「黒塊(コツクワイ)」演説

六、松山中学と小説『坊つちゃん』  

第二章 「天からのあずかりもの」――子規とその青春

一、「文明開化のシンボル」――鉄道馬車

二、「栄達をすててこの道を」――子規の決断

三、真之の「置き手紙」――海軍兵学校と英国式教育

四、ドイツ人を師として――好古と陸軍大学校

五、「笑止な猿まね」――日露の近代化の比較

六、露土戦争とロシア皇帝の暗殺

七、「泣かずに笑へ時鳥」――子規と畏友・漱石のこと

八、「時代の後ろ盾」――子規の退寮事件  

第三章 「文明」のモデルを求めて――「岩倉使節団」から「西南戦争」へ

一、『翔ぶが如く』――「明治国家の基礎」の考察

二、「征韓論」――「呪術性をもった」外交

三、「文明史の潮合」に立つ

四、ポーランドへの視線とロシア帝国と日本の比較

五、「新聞紙条例と讒謗律」から「神風連と萩の乱」へ

六、「乱臣賊子」という用語――ロシアと日本の「教育勅語」  

第四章  「その人の足あと」――子規と新聞『日本』

一、「書(ふみ)読む君の声近し」――陸羯南と子規

二、「国民主義」と「大地主義」

三、陸羯南と加藤拓川

四、獺祭書屋(だっさいしょおく)主人

五、羯南という号――「北のまほろば」への旅

六、新聞『小日本』と小説「月の都」

七、日清戦争と詩人の思想

八、子規の「従軍記事」

九、「愚陀仏庵」での句会――「写生」という方法  

第五章 「君を送りて思ふことあり」――子規の眼差し

一、「竹ノ里人」の和歌論と真之――「かきがら」を捨てる

二、「倫敦消息」――漱石からの手紙

三、「澄んだ眼をしている男」――広瀬武夫のピエール観

四、虫のように、埋め草になって――「国民」から「臣民」へ

五、奇跡的な「大航海」と夢枕に立つ「竜馬」

六、新聞の「叡智(えいち)と良心」

七、驀進(ばくしん)する「機関車」と新聞『日本』

八、「明治の香り」――秋山好古の見識  

終章 「秋の雲」――子規の面影

一、「雨に濡れる石碑」

二、「僕ハモーダメニナッテシマツタ」――子規からの手紙

三、「柿喰ヒの俳句好き」と広田先生

四、「写生の精神」  

参考文献

本書関連・正岡子規簡易年表

あとがき  

 

お詫びと訂正

カバー・そでに記載されている私の肩書きに間違いがありましたので、お詫びの上、訂正致します。

(誤)比較文明学会理事→(正)元比較文明学会理事  

 

書評・紹介

(ご執筆頂いた方々に、この場をお借りして深く御礼申し上げます。)

‘18.03.31   紹介『異文化交流』第18号(佐藤浩一氏)

‘17.03.31   書評『比較文学』第59巻(松井貴子氏)

‘17.03.13   書評『ユーラシア研究』第55号(木村敦夫氏)

 →新聞への思い 正岡子規と「坂の上の雲」人文書館のブックレビュー

‘16.11.15   書評 『比較文明』No.32(小倉紀蔵氏)  

 →新聞への思い――正岡子規と「坂の上の雲」』、人文書館のブックレビュー

‘16.07.10 書評 『世界文学』No.123(大木昭男氏)

  →『新聞への思い――正岡子規と「坂の上の雲」』、人文書館のブックレビュー

‘16.02.16 紹介 『読書会通信』154号(長瀬隆氏)

 →「『新聞への思い 正岡子規と「坂の上の雲」』を推挙する」  

 

リンク→新聞記者・正岡子規関連の記事一覧

リンク→年表Ⅲ、正岡子規・夏目漱石関連簡易年表(1857~1910)  

(2019年2月25日、加筆)

『黒澤明で「白痴」を読み解く』(成文社、2011年)

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「目次」

はじめに――混迷の時代と「本当に美しい人」の探求 

『白痴』とその時代/ 映画《白痴》/ 登場人物と主題――ボルトコ監督の《白痴》をとおして

序章 「謎」の主人公――方法としての文学と映

一、長編小説『白痴』の構想

絵画鑑賞と日本庭園の訪問/  死刑の批判とユゴーの『死刑囚最後の日』/ ウメツキー事件と『レ・ミゼラブル』/ ルナンの『イエス伝』/ イエスとその時代/『白痴』という題名と「人間の謎」

二、映画《白痴》の構造と特徴

「戦犯」とされた若者の帰還/ 陰謀と悲劇/  シナリオの重要性/ さまざまな〈三角形の関係〉/    《羅生門》の方法/ 黒澤明のドストエフスキー理解/ 本書の構成

第一章 「ナポレオン風顎ひげ」の若者――ムィシキンとガヴリーラ

一、外国帰りの若者

エパンチン将軍とその秘書/ 『知恵の悲しみ』のテーマ

二、「仮面」のテーマ

二つの家族/ 上司の娘への野心/  《悪い奴ほどよく眠る》

三、「神様の遣い」のような若者

能書の能力とロバの話 /「幸福になる方法」とマリーの話/ 美しさの謎/ 二人の遺産相続人

四、「謎の下宿人」

「虚栄心から出た愛」/  下宿屋という職業/  「商品」としてのナスターシヤ

五、「非凡人」への憧れ

平手打ち事件/   ナポレオン三世の経済政策 /  フランスのメロドラマの批判

第二章 ロシアの「椿姫」――ナスターシヤとトーツキー

一,『白痴』と『椿姫』

「名の日」の夜会/長編小説『椿姫』とオペラ『椿姫』/トーツキーの『椿姫』理解/  「医師」としてのムィシキン/《酔いどれ天使》と《静かなる決闘》

二、黒澤映画における『椿姫』のテーマ

壊された花瓶/死刑囚の目/ 《赤ひげ》/ 「生と死に対する敬意」

三、ナスターシヤの「新しい」解釈

「冷静な」トーツキー/ナスターシヤと鞭身派/ 体罰の問題 / 「領主夫人」なみの扱い

四、「報復」の衝動

「病的な発作」/ 「所有の欲望」/ 「白い手」の紳士/ 「本当の人間」

第三章  ロシアの「イアーゴー」――レーベジェフとロゴージン

一、噂とスキャンダルの手法

空白の半年とさまざまな噂/ ロゴージンの悲劇 /レーベジェフとその甥/ ロシアのニヒリストたち/ 《野良犬》と《天国と地獄》

二、「混乱した社会」と「力の権利」

ゴシップ記事/ 「私生児」というテーマ/ 権利と良心/ 中傷への抗議

三、映画《醜聞(スキャンダル)》

「ゴシップ記事」と裁判 /蛭田の娘とヴェーラ/ 「イエロー・ジャーナリズム」と現代

四、「大地主義」の理念とロゴージン

ロゴージンの「新しい」解釈/ 歴史書を読むロゴージン/ 『けちな騎士』/殺人者と酔っぱらいの話/ 乳飲み子を抱えた百姓女/ 迷える「闘士」/ 《七人の侍》/菊千代とロゴージン

 第四章 「貧しき騎士」の謎――アグラーヤとラドームスキー

一、『貧しき騎士』とムィシキン

物語の展開と「語り手」の問題/ 謎の「貧しき騎士」/  『ドン・キホーテ』と『貧しき騎士』/ 『貧しき騎士』と『貧しき人々』

二、アグラーヤの花婿候補

ニヒリストと「美」の否定/ エヴゲーニーと言う名の若者/ ナスターシヤの告発/ ラドームスキーの苦悩/ 「公金横領」と伯父の自殺/情念の引力

三、決闘とその考察

「狂人」と「心神耗弱」/「復讐」としての「決闘」/  復讐の情念と「良心」の問題/「良心に従った」殺人/

四、二つのムィシキン像

「大事な知恵」の持ち主/「壜のなかにいれられて栓をされた」娘/ 《わが青春に悔なし》/ 日露の近代化と検閲の問題/ キリストと「光の天使」

第五章  「死刑を宣告された者」――イッポリートとスペシネフ

一、「思想上の対立者」

イッポリートという若者 / 一杯のお茶/ イッポリートとその家族/ 《どん底》と《どですかでん》

二、「殺人」の「使嗾者」

「力の権利」と思想の宣伝/「美」と「キリスト教」の問題 / S氏の話とスペシネフ/ スペシネフの生死観と絵画《キリストの屍》

三、《キリストの屍》と「最後の信念」

「弁明」と題された手記/   メイエルの壁と独房の壁/  《キリストの屍》と「自然の法則」/マルサスの『人口論』と「生存闘争」/無差別殺人の考察/ 鍵としてのイッポリート/  「最後の信念」

四、さまざまな画策

レーベジェフの企み/ ガヴリーラの新たな野望/ イッポリートの憎悪

第六章 ロシアの「キリスト公爵」―― 悲劇としての『白痴』

一、花婿候補としてのムィシキン

悲劇の予感/ 変わるものとしての人間/ エパンチン夫人の「庇護者」

二、影の主人公・パヴリーシチェフ

「恩人」の改宗//「鞭身派」と「無神論者」/ 切腹とロシアの宗教精神/ 「ロシアの理念」

三、悲劇の誕生

花瓶の落下と癲癇の発作/ 「復讐の恐るべき快楽」/ 所有の欲望 /  「椿姫」という表現/ 噂とラドームスキー/ 新たな陰謀

四、十字架というシンボル

悲劇の「新しい」解釈/《キリストの屍》と師ゾシマの死臭/ マルグリットの屍/ 「十字架」の交換と裁判/ ロゴージンの復活/「謎解き」という方法/『白痴』』の構造とその「隠蔽」

終章 ムィシキンの理念の継承――黒澤映画における『白痴』のテーマ

一、「記憶」の力

綾子という娘/「自己」と「他者」の繋がり/ イッポリートの可能性と《生きる》/  《デルス・ウザーラ》/「自然界の調和」と「調和の思想」

二、文明の危機とその克服

シンボルとしての「沖縄の石」/ 露土戦争とドストエフスキー/「第五福竜丸」事件と《ゴジラ》/  《生きものの記録》/「世界滅亡の悪夢」と核兵器

三、現実の直視と普遍性への視野

《夢》と「赤富士」の悪夢/ 《八月の狂詩曲(ラプソディー)》 / 『地下室の手記』 と黒澤明/ 哲学者ムィシキン

 

あとがき/ドストエフスキー簡易年表/黒澤明簡易年表

《白痴》の登場人物と配役一覧/人名・作品名索引

—————————————————————————-

お詫びと訂正

拙著『黒澤明で「白痴」を読み解く』(成文社)の発行前に起きた原発事故に校正前の関心が集中してしまい、『黒澤明 夢のあしあと』(黒澤明研究会編)の人名辞典で確認しようと思っていたのを失念してしまいました。

重要な方々の人名表記などに誤記がありましたので、この場をお借りしてお詫びの上、訂正致します。

(誤)都筑政昭→(正)都築政昭 152頁・348 (誤)久坂栄二郎→(正)久板栄二郎 3頁・46・59・96・125・152・186・349 (誤)堀川弘道→(正)堀川弘通 45頁・307・311・316・346 (誤)井出雅人→(正)井手雅人 96頁・349 (誤)仁木てるみ→(正)二木てるみ 96頁 (誤)「船長」 →(正)「無線長」 283頁 (誤)1957年(《隠し砦の三悪人》の公開時期) →(正)1958年 341頁

書評と紹介

(ご執筆頂いた方々に、この場をお借りして深く御礼申し上げます。)

書評と紹介

(ご執筆頂いた方々に、この場をお借りして深く御礼申し上げます。)

2012.11.30 書評 『比較文明』第28号(大木昭男氏)

2012.03.31 書評 『比較思想研究』第38号(寺田ひろ子氏)

2012.03.31 書評 『比較文学』第54号(清水孝純氏)

2012.04.14 書評 『ドストエーフスキイ広場』No.21(熊谷のぶよし氏)

20.03.08 書評 『異文化交流』(三宅正樹氏)

2011.10.01 紹介 『出版ニュース』10月上旬号

2011.09.15 紹介 『望星』10月号

   (成文社のHPより)

 

 

 

 

 

 

「著書・共著」タイトル一覧

リンク先「著書・共著」タイトル一覧Ⅱ

「著書・共著」タイトル一覧Ⅰ(1996年~2010年)

著書(ドストエフスキー関係)

『ロシアの近代化と若きドストエフスキー ――「祖国戦争」からクリミア戦争へ』(成文社、2007年) 

『欧化と国粋――日露の「文明開化」とドストエフスキー』(刀水書房、2002年)

『「罪と罰」を読む(新版)――〈知〉の危機とドストエフスキー』(刀水書房、初版1996年、新版2000年)

編著(/の後に論文名などを記す)

 『ドストエフスキイ「地下室の手記」を読む』(リチャード・ピース著、池田和彦訳、高橋誠一郎編、のべる出版企画、2006年)。/「『地下室の手記』の現代性――後書きにかえて」/

 

著書(司馬遼太郎関係)

『「竜馬」という日本人――司馬遼太郎が描いたこと』人文書館、2009年)

司馬遼太郎と時代小説――「風の武士」「梟の城」「国盗り物語」「功名が辻」を読み解く』 (のべる出版企画、2006年)

 『司馬遼太郎の平和観――「坂の上の雲」を読み直す』(東海教育研究所、2005年)

『この国のあした――司馬遼太郎の戦争観』(のべる出版企画、2002年)

『司馬遼太郎とロシア』『司馬遼太郎とロシア』(ユーラシア・ブックレット)(東洋書店、2010年)

—————————————-

共著

ドストエフスキー関係の共著(/の後に論文名などを記す)

 『文明と共存――齋藤博名誉教授古稀記念論文集』(伊東健・高橋誠一郎共編、記念論文集発行委員会、2005年)。/「「非凡人の理論」と他者――比較文明学の視点から」/

『論集・ドストエフスキーと現代――研究のプリズム』(木下豊房・安藤厚編、多賀出版、2001年)。/「『白痴』におけるムイシュキンとロゴージンの形象――オストローフスキイの作品とのかかわりをめぐって」、「ドストエフスキーとダニレーフスキイ――クリミア戦争をめぐって」/

『日本の近代化と知識人――若き日本と世界Ⅱ』(東海大学出版会、1999年) /「日本の近代化とドストエーフスキイ」/

『講座比較文明』第1巻(伊東俊太郎・梅棹忠夫・江上波夫-監修/神川正彦・川窪啓資編、朝倉書店、1999年)。/「ヨーロッパ『近代』への危機意識の深化(1)--ドストエーフスキイの西欧文明観」/

 

司馬遼太郎関係の共著(/の後に論文名などを記す)

『司馬遼太郎事典』(共著、勉誠出版、2007年12月、下記の項目執筆) /「鬼謀の人」/ 「北斗の人」/ 「中国を考える」/ 「東と西」/「歴史の舞台 文明のさまざま」/

 Faits et imginaires de la guerre russo-japonaise, (Kailash Editions,2005)/Le regard de l’ecrivain Shiba Ryotaro sur la guerre russo-japonaise (traduction de K.Arneodo)/

その他の主な共著(/の後に論文名などを記す)

 『若き日本と世界――支倉使節から榎本移民団まで』(東海大学出版会、1997年)/「日本の開国とクリミア戦争――作家ゴンチャローフが見た日本と世界」/

『留学の愉しみ――異国の歴史や文化との触れあいを求めて』(東海大学外国語教育センター編、東海大学出版会、1997年)/「歴史の大河に――モスクワ大学」/

『黒澤明と小林秀雄――「罪と罰」をめぐる静かなる決闘』(成文社)

 

『黒澤明と小林秀雄――「罪と罰」をめぐる静かなる決闘』(成文社)

 

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本書の概要

1956年12月、黒澤明と小林秀雄は対談を行ったが、残念ながらその記事が掲載されなかったため、詳細は分かっていない。共にドストエフスキーにこだわリ続けた両雄の思考遍歴をたどり、その時代背景を探ることで「対談」の謎に迫る。「原子力エネルギー」への2人の対応はどうであったか──

リンク→映画《静かなる決闘》から映画《赤ひげ》へ――拙著の副題の説明に代えて

 

目次

 はじめに──黒澤映画《夢》と消えた「対談記事」の謎 

 一、フクシマの悲劇
 二、映画《夢》と『罪と罰』における夢の構造
 三、消えた「対談記事」

序 章 「シベリヤから還つた」ムィシキン──小林秀雄のドストエフスキー論と黒澤明
 はじめに 不安な時代と小林秀雄
 一、「罪の意識も罰の意識も」持たない主人公──「『罪と罰』について I」
 二、「殆ど小説のプロットとは言ひ難い」筋──「『白痴』について I」
 三、「アグラアヤの為に思ひ附いた画題」──ムィシキンの観察力と映画《肖像》
 四、小林秀雄の主人公観と「全編中の大断層」という創作
 五、『白痴』の結末をめぐる解釈と黒澤映画《白痴》
 六、本多秋五の問いと黒澤明のドストエフスキー観の深まり

第一章 映画《白痴》の魅力と現代性──戦争の「記憶」と洞察力
 はじめに 黒澤明のドストエフスキー観と映画《白痴》
 一、復員兵の深夜の「悲鳴」
 二、「分身」という方法──映画《野良犬》と映画《白痴》
 三、黒澤明の芥川龍之介観──映画《羅生門》
 四、父と息子の対立と「気違いじみた生活力」──軽部(レーベジェフ)の存在
 五、「三角形の欲望」の視覚化と観察する力
 六、一対の花瓶と若い死刑囚の眼──『白痴』と『戦争と平和』
 七、燃えあがる札束とその後の展開
 八、ナイフと小石の象徴性
 九、「氷上カーニバルの夜」と『アンナ・カレーニナ』
 一〇、映画《白痴》の結末から映画《赤ひげ》へ

第二章 映画《生きものの記録》と長編小説『死の家の記録』──知識人の傲慢と民衆の英知
 はじめに 「第五福竜丸」事件と小林秀雄の原爆観
 一、「核の時代」と臆病な「知識人」
 二、「民衆」の行動力と「法律の手」による「束縛」
 三、黒澤明と『死の家の記録』──民衆芝居と「民衆」のエネルギーの描写
 四、小林秀雄の『死人の家の記録』観──主人公とペトロフの考察
 五、映画《ゴジラ》から《生きものの記録》へ──知識人のタイプの考察
 六、特集記事「ついに太陽をとらえた」と小説『太陽の季節』
 七、消えた「対談記事」と「イソップの言葉」
 八、映画《生きものの記録》から映画《この子を残して》へ

第三章 映画《赤ひげ》から《デルス・ウザーラ》へ──『白痴』のテーマの深化
 はじめに 映画《赤ひげ》と小林秀雄の『白痴』論
 一、映画《愛の世界・山猫とみの話》と『虐げられた人々』
 二、雑誌『時代』と小林秀雄の「大地主義」観
 三、映画《愛の世界・山猫とみの話》と「鬱蒼とした森」の謎
 四、「共犯者」と「治療者」──『白痴』の結末についての再考察
 五、映画《赤ひげ》における「師弟の関係」の描写
 六、『白痴』の結末とプーシキンの理念
 七、映画《デルス・ウザーラ》とタチヤーナの「夢」
 八、「エモーショナルな歴史認識」と「事実」の隠蔽

第四章 映画《夢》と長編小説『罪と罰』──知識人の「罪」と自然の「罰」
 はじめに 映画《夢》と「大地主義」の理念
 一、小林秀雄の『罪と罰』論と映画《罪と罰》評
 二、黒澤明とクリジャーノフの映画《罪と罰》
 三、「やせ馬の殺される夢」と民話的な世界──第一話「日照り雨」と第二話「桃畑」
 四、ソーニャと「雪女」の哀しみ──第三話「雪あらし」と脚本『雪』
 五、「殺された老婆が笑う夢」と死んだ兵士たちの帰還──第四話「トンネル」
 六、小林秀雄と黒澤明のゴッホ観──第五話「鴉」
 七、原発事故と「良心の呵責」──第六話「赤富士」
 八、「弱肉強食の思想」と「人類滅亡の悪夢」──第七話「鬼哭」
 九、ラスコーリニコフの「復活」──第八話「水車のある村」

 

あとがきに代えて──小林秀雄と私

初出一覧

小林秀雄関連の参考文献

付録資料
 一、長編小説『白痴』の登場人物と配役
 二、映画《白痴》・オリジナル版の構成
 三、カットされた後の映画《白痴》の構成
 四、黒澤明・小林秀雄関連年表

ISBN978-4-86520-005-8 C0098
四六判上製 本文縦組304頁
定価(本体2500円+税)
2014.07

 「人名・作品名索引」のリンク先 『黒澤明と小林秀雄――「罪と罰」をめぐる静かなる決闘』(人名・作品名索引)

書評・紹介

(ご執筆頂いた方々に、この場をお借りして深く御礼申し上げます。)

‘16.02.08 書評 『ユーラシア研究』第53号(木村敦夫氏)

‘15.10.15 書評 『ロシア語ロシア文学研究』第47号(小林実氏)

‘15.04.11 書評 『ドストエーフスキイ広場』NO.24(国松夏紀氏)

‘15.01.17 書評 『図書新聞』(植田隆氏)

‘14.12.10 書評 『世界文学』No.120(平野具男氏)

‘14.09.30 紹介 『全作家』95号(文芸時評)

‘14.09.15 紹介 『望星』10月号(新刊紹介)

‘14.09.01 紹介 『出版ニュース』09月上旬号   

(成文社のHPより)

 

2-1、「書評と図書紹介」タイトル一覧(自著以外)

「書評・図書紹介」タイトル一覧(自著以外)

(下線部をクリックすると書評にリンクします。書影は紀伊國屋書店のWEB、およびアマゾンによる)。

『近代ユーラシア』紀伊國屋書店ウェブ頁 

書評 三宅正樹著『近代ユーラシア外交史論集』(千倉書房、2015年)

『「罪と罰」をどう読むか〈ドストエフスキー読書会〉』(川崎浹・小野民樹・中村邦生著 水声社 二〇一六年)

『十八世紀ロシア文学の諸相―ロシアと西欧 伝統と革新』(金沢美知子編 水声社 二〇一六年)

オーウェルの『1984年』で『カエルの楽園』を読み解く――「特定秘密保護法」と監視社会の危険性

菅野完著『日本会議の研究』と百田尚樹著『殉愛』と『永遠の0(ゼロ)』

上丸洋一著『「諸君!」「正論」の研究 保守言論はどう変容してきたか』(岩波書店)を読む(1)

『「諸君!」「正論」の研究』を読む(2)――『文藝春秋』編集長・池島信平のイデオロギー観と司馬遼太郎

『「諸君!」「正論」の研究』を読む(3)――清水幾太郎の核武装論と「日本会議」

「日本会議」の歴史観と『生命の實相』神道篇「古事記講義」

大木昭男著『ロシア最後の農村派作家――ワレンチン・ラスプーチンの文学』(群像社、 二〇一五年)

樋口陽一・小林節著『「憲法改正」の真実』(集英社新書、2016年)を読む

中島岳志・島薗進著『愛国と信仰の構造 全体主義はよみがえるのか』(集英社新書、2016年) を読む

相馬正一著『坂口安吾――戦後を駆け抜けた男』(人文書館、2006年11月)

相馬正一著『国家と個人――島崎藤村『夜明け前』と現代』(人文書館、2006年9月)

中川久嗣著『ミシェル・フーコーの思想的軌跡――<文明>の批判理論を読み解く』(東海大学出版会、2013年)

山城むつみ著『小林秀雄とその戦争の時――「ドストエフスキイの文学」の空白』(新潮社、2014年)

 井桁貞義著『ドストエフスキイ 言葉の生命』 (群像社、2003年)

伊波敏男著『島惑ひ 琉球沖縄のこと』と大城貞俊著『島影 慶良間や見いゆしが』(ともに人文書館、2013年)

『罪と罰』とフロムの『自由からの逃走』(東京創元社、1965年)

都築政昭著『黒澤明の遺言「夢」』(近代文芸社、2005年)

ゴロソフケル著、木下豊房訳『ドストエフスキーとカント――「カラマーゾフの兄弟」を読む』(みすず書房、1988年)

三宅正樹著『文明と時間』(東海大学出版会、2005年)

ゴロソフケル著、木下豊房訳『ドストエフスキーとカント――「カラマーゾフの兄弟」を読む』(みすず書房、1988年)

01697

齋藤博著『文明のモラルとエティカ――生態としての文明とその装置』(東海大学出版会、2006年)

 

 

『欧化と国粋――日露の「文明開化」とドストエフスキー』(刀水書房、2002年)

287-8

 

「目 次」より

序章 二つの文明観――福沢諭吉の文明観とドストエフスキー

ロンドン・一八六二年

ピョートル大帝の改革と日本の近代化

「欧化と国粋」の対立とドストエフスキー

「文明開化」と「グローバリゼーション」

 

第一章 日本の開国交渉とクリミア戦争――「欧化と国粋」の視点から

ロシアからの黒船(一八五三年)

ロシアの視点からの鎖国考

ロシアからの使節団(一七九二年と一八〇四年)

クリミア戦争とバックルの『イギリス文明史』

クリミア戦争の展開と日本の条約交渉

「欧化と国粋」の対立――近代化の苦悩(ロシア)

「拝外と排外」の心理――言語教育と歴史認識

 

第二章 「大改革」の時代と「大地主義」――雑誌『時代』と『虐げられた人々』

ロシアの「大改革」と明治維新――ロシアと日本の司法改革

司法改革の歴史とペトラシェーフスキイ事件

「六〇年代知識人」の登場――「余計者」の批判

雑誌『時代』の発刊と大地主義の理念

「都市の秘密」と「農村の混乱」――『虐げられた人々』

「父と子」の対立と「領主と民衆」の対立の「相同性」

「復讐の権利」と「和解の模索」

「農奴解放令」後の混乱――学生運動の先鋭化

 

第三章 権力と強制の批判――『死の家の記録』と「非凡人の思想」

オムスクの監獄と『死の家の記録』――作品の構造と特徴

「文明の象徴」としての監獄――支配と服従の観察

民衆芝居の創造性――自由の意義の発見

「近代化の制度」としての監獄と病院――監視と強制

強制への反抗と権力への意志――「非凡人の思想」の誕生

「父親殺し」の貴族――「権力継承」の問題

「自己と他者」の死の考察――「非凡人の思想」の批判

 

第四章  「虚構」としての「国民国家」史観――『冬に記す夏の印象』と日本

福沢諭吉とドストエフスキー ――文体の特徴

近代西欧文明の現実――イギリス、フランス

チャアダーエフの文明観と「余計者」の考察

バックルの「国民国家」史観の批判――比較文明論の誕生

チャアダーエフの文明観とゴロヴニーンの日本観

方法としての文学――「自己」と「他者」の認識

「支配と服従」の心理の分析――『地下室の手記』

雑誌『時代』の発行禁止と「大改革」の終焉

 

終章 「欧化と国粋」のサイクルの克服――夏目漱石の文明観とドストエフスキー

ロンドン――一九〇〇年

「欧化と国粋」の対立――近代化の苦悩(日本)

「富国強兵」と「道義立国」――福沢諭吉と中江兆民

『三四郎』の「周辺文明論」的な構造

「大地主義」の理念と比較文明学

 

注/人名索引/事項索引/  関連年表/ あとがき

 

リンク→「グローバリゼーション」と「欧化と国粋」の対立 (序章より)

リンク→ 『欧化と国粋――日露の「文明開化」とドストエフスキー』(人名・作品名索引)

*   *   *

お詫びと訂正

急いで書き上げたために本書には、いくつもの重大な誤記がありました。深くお詫びして訂正いたします。

69頁 9行目 誤「一八五四年から四年間」 →正「一八五四年から五年間」

74頁 2行目 誤「劇評家」 →正「詩人」

77頁 後ろから3行目 誤(45) →正(44)(注の番号)

102頁 後ろから3行目 誤「近づこう」 →正「近づこうと」

103頁 後ろから3行目  誤「四年間」→ 正「五年間」

146頁 3行目 誤「そこに見るのものは」 → 正「そこに見るものは」

152頁 後ろから8行目 誤「自分の足で立つ時がきている → 正「自分の足で立つ時がきている」

162頁 9行目 誤「歴史・文化類型」→ 正「文化・歴史類型」

174頁 後ろから5行目 誤『坊ちゃん』→ 正『坊っちゃん』

188頁 8行目 誤「反乱のを」→ 正「反乱を」

191頁 7行目 誤「滅ぼすと滅ぼさるると云うて可なり」→ 正「滅ぼすと滅ぼさるるのみと云うて可なり」(下線部を追加)

193頁 2行目 誤「奴隷の如くに圧制」したいものだと →正「奴隷の如くに圧制」したいという

196頁 後ろから3行目 誤「広田の向かいに座った」 →正「三四郎の向かいに座った」

199頁 後ろから6行目 誤「平行現象」→ 正「並行現象」

 

書評と紹介

(ご執筆頂いた方々に、この場をお借りして深く御礼申し上げます。)

書評 齋藤博氏『比較文明』第18号、2002年

書評 大木昭男氏『ドストエーフスキイ広場』第12号、2003年

紹介 米山俊直氏『私の比較文明論』(世界思想社、2002年、55頁)

紹介 長瀬隆氏『ドストエーフスキイ広場』(第12号、2003年、99~101頁)

紹介 三宅正樹氏『文明と時間』(東海大学出版会、2005年、48頁)

紹介 『青鴎』2002年

インタビュー 「著者に聞く」(東海大学新聞、2002年、3月5日・20日)

『「罪と罰」を読む(新版)――〈知〉の危機とドストエフスキー』(刀水書房、2000年)

488708272X  

[はじめに ――「自己の謎」と「他者」]より

古代ギリシャのデルフォイの神殿には「汝自身を知れ」という神託が掲げられていたといいます。このことは一見、簡単なようにも見えますが、古代エジプトで旅人に難問を出して苦しめていたというスフィンクスの謎にも似て、意外と難しい要請のようです。(中略)

「自分とは何か」というこの問いがいっそう切実なものになってきたのは、恋愛の自由や、移動の自由だけではなく、職業の選択の自由も保証されて、自己の確立が求められるようになった近代に入ってからです。封建時代では農民の子供は農民であり、肉屋の子供は肉屋にというようにその職業は決まっていましたが、その一方で、個人の自由の増大は、大学や職業の選択、あるいは恋愛相手を決める際の悩みをも伴ったし、「現在の自分」と「なりたい自分」とのギャップも生み出すようにもなりました。

このような時代の潮流の中で、下士官から始めて、ついに皇帝にまで出世したナポレオン(一七六九~一八二一)は、個人の自由が増大した近代という時代を象徴しているような人物と言えるでしょう。そして、『赤と黒』の主人公ジュリヤンのように多くの若者がナポレオンへの強いあこがれを持つようになったのです。

名門サンクト・ペテルブルク大学の法学部で学んでいた『罪と罰』の主人公もまた、そのような一人と言えるでしょう。しかし、母親からの送金がとぎれたことで大学を退学せざるを得なくなった彼は、この小説に登場する時、まさに深いアイデンティティの危機に直面していたのです。

こうして、彼はクリミア戦争(一八五三~五六)に敗北して、それまでの価値が疑問になり、様々の犯罪も頻発するようになっていた混迷のロシアで「自分とは何か」を模索し、ついに人間を「非凡人」と「凡人」の二種類に分ける「非凡人の理論」をあみだし、高利貸しの老婆の殺害という「正義」の犯罪を犯すことになるのです。(中略)

ドストエフスキーは『罪と罰』のエピローグで、主人公の若者に自分だけが真理を知っていると思い込んだ人々が互いに殺し合いを始め、ついには地上に数名しか生き残らなかったという夢を見させています。この悪夢は第一次世界大戦だけでなく、お互いに自分の「正義」を主張してほとんど地球全域を巻き込み、五千万人もの死者を出した後にようやく終わりを告げた第二次世界大戦をも予言していたようにも思われます。混迷のロシアに生きたドストエフスキーの視線は現代の政治状況にも迫っていると言わねばなりません。(中略)

幸い近年ドストエフスキー研究は飛躍的に深まり、ロシアや西欧だけでなく日本でもすぐれた研究書が多く出版されています。また比較文明論や比較文学の分野でも最近の諸科学の成果を取り入れて新たな地平が開かれつつあります。それゆえ本書ではそれらの書物を紹介し、当時のロシアや西欧のすぐれた文学作品や思想書と比較しながら、『罪と罰』を丹念に読むことにより、近代西欧文明の様々な問題点を明らかにするとともに、新らしい〈知〉の形を模索したドストエフスキーの試みに迫りたいと思います。(後略)  

  目  次

はじめに――「自己の謎」と「他者」                   3

第一章 アイデンティティの危機  ――第一の動機          21~35

試行者――ラスコーリニコフ                          21

ヴェルテルとラスコーリニコフ                        23

善良な犯罪者                                  25

犯罪者と名探偵                                29

過渡期                                      31

なぜ「悪人」を殺しては、いけないのか                33  

第二章 家族の絆と束縛  ――第二の動機                  37~51

母からの手紙                                        37

妹――ドゥーニャ                                    39

名探偵デュパンとホームズ                            43

酔っぱらい――マルメラードフ                        45

受難者――ソーニャ                                  47

「自己」としての家族                                50    

第三章  「正義」の犯罪  ――第三の動機                  53~72

高利貸しの老婆                                      53

完全犯罪の試み                                      54

呼び鈴の音                                          59

意図しなかった第二の殺人                            62

謎としての自己                                      66

やせ馬が殺される夢                                  68  

第四章 自己の鏡としての他者――立身出世主義の影        73~86

苦学生――ラズミーヒン                              73

功利主義の思想――中年の弁護士ルージン             75

決められた世界                                      80

ナポレオンの形象                                    83

正反対の性格の奇妙な類似                            85  

第五章  非凡人の理論 ――第四の動機                    87~104

予審判事――ポルフィーリイ                        87

記憶にない論文――非凡人の思想                      89

「自然淘汰」の法則                                  95

決して誤ることのない「良心」                        97

自己の絶対化と他者                                  102

  第六章 他者の喪失――近代的な〈知〉の批判              105~121

急がば回れ――ラズミーヒン                          105

「でたらめ」の擁護――ルージンへの批判                106

「不死」の思想――『フランケンシュタイン』            109

論理の罠(わな)――他者の喪失                      112

「大地主義」の理念                                    116  

第七章 隠された「自己」――「変身」の試み              123~143

農奴の所有者 ――  スヴィドリガイロフ              123

生きていた老婆の夢――目撃者としての身体            125

弱肉強食の思想――「権力」への意志                  129

スヴィドリガイロフとの対決――欲望の正当化          132

隠された「自己」――『ジーキル博士とハイド氏』      136

「超人」の思想とニヒリズム                          139  

第八章 他者の発見――新しい「知」の模索                145~162

流れ出る血の意味                                    145

「正教」の理念――ソーニャ                         148

共存の構造                                          151

感情の力                                            155

民衆の英知                                          158  

第九章 「鬼」としての他者――人類滅亡の悪夢            163~182

残された矛盾                                        163

権力への意志の実践――『わが闘争』                  165

権力への服従――『自由からの逃走』                  168

文明の衝突――「正義」の戦争                        170

「鬼」としての他者――「自己」としての民族          173

「共ー知」としての良心                              178

  第十章 「他者」としての自然――生命の輝き              183~199

最後の謎――うっそうたる森林                        183

「自然支配」の思想                                  184

「非凡人」思想と地球環境                            188

「自然界の調和」の思想―― 多様性の意味            191

ラスコーリニコフの復活                              196  

注/参考文献/あとがき

ドストエフスキー関連年表/ナポレオン関連年表/人名索引  

 

訂正

 下記の箇所をお詫びして訂正いたします。

102頁後から2行目  市街→ 死骸 123頁1行目 

第四部に入ってから→ 第三部の終わりの場面  

 

書評と紹介

(ご執筆頂いた方々に、この場をお借りして深く御礼申し上げます。)

〔新版〕

書評 清家清氏『異文化交流』第3号、2000年

書評 岡村圭太氏『ドストエーフスキイ広場』、2001年

紹介 小林銀河氏 「日本人の宗教意識とドストエフスキー研究」 「スラブ・ユーラシア学の構築」研究報告集、第10号

紹介 「白バラ図書館」(HP)

〔旧版〕

書評 木下豊房氏『比較文明』第13号、1997年

書評 渡辺好明氏『ドストエーフスキイ広場』第6号、1996年

書評 石井忠厚氏『文明研究』第6号、1996年

紹介 『出版ニュース』1996年