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ドストエフスキー

年表3、「司馬遼太郎とロシア」関連年表

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(表紙の日露戦争関連図版は、稲葉千晴氏所蔵による)。

 

年表3、「司馬遼太郎とロシア」関連年表

紀元前91年頃(前漢、武帝の時代)  司馬遷『史記』を完成。 →司馬遼太郎というペンネーム

*   *   *

1769年 高田屋嘉兵衛、淡路島の貧しい農家の6人兄弟の長男として生まれる。

→『菜の花の沖』。【ナポレオン、コルシカ島に生まれる】。

1783年 大黒屋光太夫、アムチトカ島に漂着。

→井上靖『おろしや国酔夢譚』。

1789年 国後(クナシリ)でアイヌの反乱。【フランス革命】。

1790年 高田屋嘉兵衛、兵庫に出て樽回船の水夫(かこ)になる。

1792年 第1回ロシア使節ラクスマン、大黒屋光太夫等を伴って来日。

1794年 桂川甫周、大黒屋光太夫からの聞き取りで『北嵯聞略』を書く。

1798年 高田屋嘉兵衛、北海道に進出、貧しい漁港だった箱館に本拠地をおく。

1799年 高田屋嘉兵衛、幕府から依頼されクナシリ、エトロフへの航海ルートを発見。 【ロシア、アラスカにシトカ建設】。

1800年 高田屋嘉兵衛、エトロフ島の開発権を得る、アイヌの人々との関係を改善。

1804年 第2回ロシア使節レザーノフ来日、交渉決裂。 【ナポレオン皇帝となる】。

1805年 【アウステルリッツの戦い】。→トルストイ『戦争と平和』。

1806年  レザーノフの部下、フヴォストフ、樺太や利尻島の松前藩会所や船を襲う(~07年)。

1808年 間宮林蔵、樺太探検。イギリスの軍艦フェートン号、長崎に入港し荒掠。

1811年 ディアナ号艦長ゴロヴニーンら捕らえられる。

1812年 高田屋嘉兵衛、捕らえられる。【ナポレオン、ロシア侵攻(「祖国戦争」)】。

1813年 高田屋嘉兵衛の尽力でゴロヴニーンら釈放される。

*   *   *

1825年(文政8) 異国船打払令。 【ロシア、デカブリストの乱】。

【日本の文明度を高く評価したゴロヴニーンの『日本幽囚記』(1816)の翻訳(馬場貞由他訳)が完成】。

1836年(天保7) 【チャアダーエフ「哲学書簡」で『日本幽囚記』に言及】。

1839年(天保10) 渡辺華山『外国事情書』において改革のモデルとしてピョートル大帝の改革を挙げる。

1840年(天保11) 佐久間象山、海軍建設の必要性を説き、ピョートル大帝の改革にふれる。

【アヘン戦争始まる(~42年)】 →『世に棲む日日』。

1853年(嘉永6)   6月、ペリー浦賀来航 → 『竜馬がゆく』。7月、ロシアのプチャーチン長崎来航

10月、【ロシアとトルコの間でクリミア戦争(~56年)、翌年3月、英仏もロシアに宣戦布告】。

1854年(安政1) 1月、ペリー再来日。3月、日米和親条約。10月、日英和親条約。

1855年(安政2)   2月、日露和親条約。【2月、ニコライ一世死去。アレクサンドル二世即位。トルストイ「セヴァストーポリ物語」】

1858年(安政5) 井伊直弼、日米修好通商条約を結ぶ。安政の大獄が始まる。

1861年(文久1)   【ロシア、農奴解放令、アメリカ、南北戦争(~65年)】。

『日本幽囚記』を読んで感激したロシア正教の宣教師ニコライが箱館に着任。

1862年(文久2) 幕府の西欧への使節団がロシアのペテルブルクも訪れる。

1867年(慶応3)  6月、坂本龍馬、「船中八策」を成文化。11月、龍馬暗殺される→ 『竜馬がゆく』。

12月、王政復古の大号令。正岡子規、夏目漱石生まれる →『坂の上の雲』。【ロシア、アラスカをアメリカに売却】。

1868年(明治1)  1月、戊辰戦争始まる(~69年)。秋山真之、徳冨蘆花生まれる。

【ドストエフスキー「白痴」】。

1869年(明治2) 【ダニレフスキー「ロシアとヨーロッパ」】。

1870年(明治3)  【普仏戦争(~71年)】。

1871年(明治4)  廃藩置県、岩倉使節団、欧米へ出発。【ドイツ帝国成立】→『翔ぶが如く』。

1872年(明治5)  福沢諭吉『学問のすゝめ』(初編)、8月、学制発布、10月、徴兵令を制定、太陽暦を採用、皇紀の制定。

1876年(明治9)  3月、廃刀令、10月、熊本神風連の乱、秋月の乱、萩の乱 →『殉死』

1877年(明治10)  秋山好古、陸軍士官学校に入校、西南戦争。

1879年(明治12)  正岡子規、秋山真之、松山中学校入学。福沢『民情一新』。

1881年(明治14)  【アレクサンドル二世暗殺】、1889年の国会開設の詔勅。

1889年(明治22)  森有礼暗殺される、大日本帝国憲法発布。

1890年(明治23)  9月、漱石、子規、東京帝国大学入学。10月、「教育勅語」発布。

1891年(明治24)  1月、内村鑑三の不敬事件。5月、皇太子ニコライ大津で襲撃される。

1894年(明治27)  7月、日清戦争始まる(~95年)。

1895年(明治28)   子規、日清戦争に従軍、講和条約と三国干渉。

1896年(明治29)   山県有朋、ニコライ二世の戴冠式に出席。

1897年(明治30)   松山で『ほととぎす』創刊、蘆花「トルストイ」、「不如帰」(~99年)。

1898年(明治31)   発行所を東京に移し、『ホトトギス』第一号。

1902年(明治35) 日英同盟締結。

1904年(明治37) 2月8日 日本の連合艦隊、旅順を奇襲、

2月10日、宣戦布告、2月~5月、旅順口閉塞作戦、8月、旅順攻撃開始(~1905年1月)、

8月、トルストイの「悔い改めよ」の翻訳が『平民新聞』に掲載。9月、遼陽を占領、兵役年限の延長。

1905年(明治38) 【1月、ロシアで「血の日曜日事件」】。5月27~8日、日本海海戦、

【6月、ポチョムキン号の反乱】、9月5日、ポーツマス条約調印、日比谷焼打ち。

【10月、ニコライ二世、国会開設を宣言】。

1906年(明治39)  6月、徳冨蘆花、トルストイ訪問、「勝利の悲哀」、「順禮紀行」。

1908年(明治41) 蘇峰、改訂版「吉田松陰」、漱石、「三四郎」。

1909年(明治42) 伊藤博文、ハルビンで暗殺  。

1910年(明治43) 4月、雑誌『白樺』創刊、6月、大逆事件、8月、日韓併合、

9月、関寛斎、蘆花宅を訪問、 11月、トルストイ死去 →『胡蝶の夢』。

1911年(明治44) 1月、幸徳秋水など処刑、蘆花「謀叛論」、漱石「現代日本の開化」、辛亥革命。

1912年(明治45,大正1)  7月、明治天皇死去、9月、乃木大将殉死、10月、関寛斎自殺。

1914年(大正3)  漱石「こゝろ」、 第一次世界大戦(~18年)。

1916年(大正5)  蘇峰「大正の青年と帝国の前途」。

1917年(大正6)  ロシア革命、翌年、日本は米英仏などとともにシベリア出兵(~25年)

1921年(大正10)   原敬暗殺される。高橋是清、首相となるが辞職。

1923年(大正12)  福田定一(司馬遼太郎)、大阪市に生まれる、関東大震災。

1925年(大正14)  普通選挙法、治安維持法が公布。

1930年(昭和5)  山中峯太郎「敵中横断三百里」、ロンドン海軍軍縮条約。浜口雄幸首相襲われる。統帥権干犯問題発生。

1931年(昭和6)  浜口首相、死亡、満州事変。

1932年(昭和7)  五・一五事件(犬養毅首相、暗殺)、高橋是清、臨時首相となる。

1935年(昭和10) 美濃部達吉の『憲法講義』が発禁処分となる。

1936年(昭和11) 福田、中学校に入学、二・二六事件で高橋是清など暗殺される。

1937年(昭和12) 文部省『国体の本義』発行、日中戦争(~45年)。

1939年(昭和14) ノモンハン事件、第二世界大戦(~45年)。

1941年(昭和16) 文部省『臣民の道』発行、国民学校令公布、真珠湾攻撃。

1942年(昭和17) 福田、大阪外国語学校蒙古語部に入学。

1944年(昭和19) 福田、学徒出兵で満州の戦車第一連隊の小隊長となる。

1945年(昭和19) 福田の連隊、栃木県佐野市に移駐、広島・長崎に原爆投下、ポツダム宣言受諾。

1954年(昭和29) 司馬「それでも、死はやってくる」 、 第五福竜丸事件。

1956年(昭和31) 「ペルシャの幻術師」。

1962年(昭和37) 「竜馬がゆく」(~66年)、  「燃えよ剣」(~64年)、 【10月、キューバ危機】。

1963年(昭和38) 「国盗り物語」(~66年)、「幕末」、  【ケネディ大統領、暗殺】。

1965年(昭和40)  【米、北ベトナム爆撃開始(~73年)】。

1966年(昭和41)「義経」(~68年)、「峠」(~68年)、 【中国、文化大革命】。

1967年(昭和42) 「殉死」(「要塞」「腹を切ること」)、 【EU発足】。

1968年(昭和43) 「坂の上の雲」(~72年)、「歳月」(~69年)。

大学紛争激化、【キング牧師、ロバート・ケネディ暗殺、ソ連・東欧軍、チェコ侵入】。

1969年(昭和44) 「世に棲む日日」(~70年)、「手掘り日本史」。

1970年(昭和45) 「日本歴史を点検する」。

1972年(昭和47)  「翔ぶが如く」(~76年)。

1973年(昭和48) 「竜馬像の変遷」、「モンゴル紀行」(~74年)、「空海の風景」(~75年)、

「人間の集団について――ベトナムから考える」。

1974年(昭和49) 「沖縄・先島への道」。

1975年(昭和50) 「土地と日本人」(~76年)。

1976年(昭和51) 「胡蝶の夢」(~79年)、「信州佐久平みち、潟のみちほか」。

1977年(昭和52)  「中国を考える」(~79年)。

1979年(昭和54)  「菜の花の沖」(~82年)、「ひとびとの跫音」(~81年)。

「北海道の諸道」、【イラン革命。ソ連軍、アフガニスタン侵攻(~88年)】。

1982年(昭和57) 「ロシアについて――北方の原形」、「箱根の坂」(~83年)。

1984年(昭和59) 「韃靼疾風録」(~87年)。

1985年(昭和60)  「アメリカ素描」。

1986年(昭和61)  「この国のかたち」(~96年)、「風塵抄」(~96年)。

1987年(昭和62) 「雑談『昭和』への道」放映(→「「昭和」という国家」)。

1989年(昭和64) 「「明治」という国家」、「オランダ紀行」(~90年)。

1991年(平成3) 「時代の風音」、「本郷界隈」(~92)、【1月、湾岸戦争、9月、ソ連邦崩壊】。

1996年(平成8)  2月12日、司馬遼太郎(福田定一)死去。

         (『司馬遼太郎とロシア』東洋書店、ユーラシア・ブックレット、2010年。2014年5月、追加・改正。柴村羊五『北海の豪商 高田屋嘉兵衛』亜紀書房、2000年などを参照)

 

年表7、黒澤明・小林秀雄関連年表(1902~1998)

黒澤明・小林秀雄関連年表(ドストエフスキー論を中心に、年号や特に重要な事項はゴシックで、原爆、原発関係の出来事はオレンジ色で示した)。【】内は、本論に関連する国内外の主な出来事。  005l (帯の図版は、1956年に行われた黒澤明と小林秀雄の対談時の写真)    

1902年(明治35年) 小林秀雄(以下、小林と略記)、4月11日、東京に生まれる(~83年)。9月、正岡子規没

1904年(明治37年)   【日露戦争(1904年2月~1905年9月)】

1908年(明治41年)夏目漱石『夢十夜』、『三四郎』

1910年(明治43年) 黒澤明(以下、黒澤と略記)、3月23日、東京に生まれる(~98年)。    【4月、『白樺』創刊、5月、大逆事件、8月、日韓併合、11月、トルストイ歿】。

1913年(大正2年) 芥川龍之介 9月、東京帝国大学文科大学英吉利文学科に入学。

1914年(大正3年)    【第一次世界大戦(~1918)】。   

1915年(大正4年)  芥川、 11月、「羅生門」(『帝国文学』)。漱石の木曜会に参加する。

1916年(大正5年)  12月、夏目漱石没。

1922年(大正11年) 芥川、「将軍」(『改造』1月号)、「藪の中」(『新潮』」1月号)

1923年(大正12年)  黒澤、兄丙午の勧めで関東大震災を観察する。

1924年(大正13年)  黒澤丙午、新宿「武蔵野館」で映画説明者の見習い。

1925年(大正14年)     【治安維持法、普通選挙法公布】。 小林、東京帝国大学文学部仏蘭西文学科入学。中原中也と識る。 黒澤丙午、映画説明者として須田貞明と名乗る。

1927年(昭和2年)  芥川龍之介『河童』、自殺。 小林、9月、「芥川龍之介の美神と宿命」(『大調和』)

1928年(昭和3年、以下略)   【治安維持法が強化される】。 小林、3月、東京帝国大学卒業。 黒澤、第15回「二科展」入選、油彩「静物」。

1929年  3月、堀辰雄「芥川龍之介論――藝術家としての彼を論ず」(「東京帝国大学卒業論文」)。 黒澤、4月、日本プロレタリア美術家同盟(ナップ)に参加。小林多喜二「蟹工船」。 小林、9月、『様々なる意匠』が『改造』懸賞評論二席入選。

1930年    【1月、ロンドン海軍軍縮会議、浜口首相が狙撃される】。 黒澤、徴兵検査後、兵役免除。この頃から地下活動(~1932年春)。

1931年      【満州事変】。

1932年      【上海事変、満州国成立、五・一五事件】。 小林、4月、明治大学に文芸科が創設され、講師に就任 6月、「小説の問題Ⅰ」(映画《アメリカの悲劇》論、『悪霊』論)。 6月、「現代文学の不安」(『改造』) 9月、「Xへの手紙」(『中央公論』)。 黒澤、地下活動より脱落、兄丙午の長屋に身を寄せつつ映画館に通う。

1933年     【1月、ヒトラー内閣成立、2月、小林多喜二が拷問で死亡。         3月、日本、国際連盟から脱退。5月、京都帝国大学で滝川事件】。 小林、1月、「『永遠の良人』」(『文藝春秋』)。 黒澤、7月、兄・丙午が自殺。 小林、10月、『文學界』の創刊にかかわる。 12月、「『未成年』の独創性」(『文藝』)。

1934年     【ワシントン条約の破棄を通告する】。 小林、1月「文学界の混乱」(『文藝春秋』、ドストエフスキー論への意欲)。 1月「アンドレ・ジイドのドストエフスキイ論」。 2月、「『罪と罰』についてⅠ」(第1回、『行動』)。 4月、「レオ・シェストフの『悲劇の哲学』」(『文藝春秋』)。 5月、「『罪と罰』についてⅠ」(第2回、『文藝』)。 7月、「『罪と罰』についてⅠ」(第3回、『行動』)。 9月、「『白痴』についてⅠ」(~35年10月、『文藝』)。    「レオ・シェストフの『虚無よりの創造』」(『文學界』)。

1935年      【美濃部達吉の天皇機関説が問題となる。スタンバーグ監督の《罪と罰》】 小林、1月、『ドストエフスキイの生活』を連載し始める(~37年3月号)。 3月、「再び文藝時評に就いて」(『改造』)。 山本嘉次郎、3月、映画《坊つちゃん》公開。 小林、10月、「『地下室の手記』と『永遠の良人』」(~36年2月)。

1936年      【ロンドン軍縮会議から脱退。二・二六事件】。 小林、1月、「作家の顔」(『読売新聞』)。 2月、「私信」 4月、「思想と実生活」(『文藝春秋』)。 山本嘉次郎、5月、映画《吾輩は猫である》公開。 小林、6月、「文学者の思想と実生活」(『改造』)。 8月、「『ドストエフスキイの精神分析』」(書評、『帝国大学新聞』) 9月、「J・M・マリィ『ドストエフスキイ』」(書評、『文學界』)。 11月、「『罪と罰』を見る」(『読売新聞』) 黒澤、PCL映画製作所(東宝の前身)に助監督として入社。 小林、明治大学で「日本文化史研究」を講じる。

1937年        【蘆溝橋事件から日中戦争がおこる。~1945年】。 小林、1月、「ドストエフスキイの時代感覚」(『改造』)。 6月、「『悪霊』について」(~11月、未完、『文藝』)。 11月、「戦争について」(『改造』)。

1938年     【国家総動員法が公布される】。 小林、6月、明治大学教授に昇格。  黒澤、8月、助監督として参加した山本嘉次郎監督の『綴方教室』公開。 小林、10月、「歴史について」(第一章、第二章、『文學界』)。

1939年  小林、3月、「映画批評について」(『日本映画』)    5月、「歴史について」(全五章、『文藝』)。    5月、「歴史について」を序文とし『ドストエフスキイの生活』(創元社)を出版。    8月、「疑惑Ⅱ」(『文藝春秋』)。

1940年   【チャップリンの《独裁者》。日本での公開は1960年】

Dictator_charlie5 (独裁者ヒンケルが地球儀のバルーンをもてあそぶシーン。図版は「ウィキペディア」より)  

小林、9月、「ヒットラアの『我が闘争』」(書評、『朝日新聞』)    10月、林房雄、石川達三との鼎談「英雄を語る」(『文學界』)。

1941年     【国民学校令の公布、12月、真珠湾攻撃、太平洋戦争が始まる】。 黒澤、3月、製作主任としてついた山本嘉次郎演出、高峰秀子主演の映画《馬》公開。 小林、3月、「歴史と文学」(『改造』、芥川龍之介の『将軍』を否定的に言及)。 10月、「カラマアゾフの兄弟」(~42年9月、未完、『文藝』)。

1942年 黒澤、3月、脚本『雪』が国策映画脚本募集に入選。 小林、3月、「戦争と平和」(『文學界』)、    座談会《文化総合会議 近代の超克》(『文學界』、10月)、    日本文学報国会評論随筆部会常任理事に就任。

1943年 黒澤、1月、脚本に参加した映画《愛の世界・山猫とみの話》が公開。 3月、《姿三四郎》公開。 小林、9月、「ゼークト『一軍人の思想』について」(『文學界』)。 1944年 黒澤、4月、《一番美しく》公開。

1945年   【3月、沖縄戦が始まる。8月、広島・長崎に原爆投下、日本、ポツダム宣言受諾】。        【ロックフェラー財団会長レイモンド・フォスディックが原爆投下の知らせを聞いて「私は良心の呵責に苦しんでいる」と手紙に記す】。 黒澤、5月、《続・姿三四郎》公開。 《虎の尾を踏む男達》制作。

1946年 小林、2月、座談会「コメディ・リテレール――小林秀雄を囲んで」(『近代文學』)。 明治大学教授、辞任。 黒澤、10月、《わが青春に悔なし》公開。 小林、11月、「感想――ドストエフスキイのこと」(『時事新報』)。

1947年   月、日本国憲法発布

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(日本国憲法施行記念切手。図版は「ウィキペディア」より)

黒澤、6月、《素晴らしき日曜日》公開。   坂口安吾、6月、「教祖の文学」で小林秀雄を批判(『新潮』)。

1948年 黒澤、4月、《酔いどれ天使》公開。 8月、黒澤の脚本による映画《肖像》が木下恵介監督により公開。 小林、8月、湯川秀樹との対談「人間の進歩について」で原子力エネルギーを批判(『新潮』)。 11月、「『罪と罰』についてⅡ」(『創元』)。 12月、「ゴッホの手紙」(『文體』)。

1949年  【ソ連、原爆実験】。 黒澤、3月、《静かなる決闘》公開。 10月、《野良犬》公開。   11月、湯川秀樹、ノーベル物理学賞受賞

1950年 黒澤、4月《醜聞(スキャンダル)》公開。 8月《羅生門》公開。

1951年 小林、1月、「ゴッホの手紙」(~1952年2月、『藝術新潮』)。 黒澤、5月《白痴》公開。

Читаем роман Идиот в фильмах Куросавы Акиры»  (Сэйбунся,2011)

9月、ヴェネツィア国際映画祭で《羅生門》がグランプリを受賞。  小林、9月『ドストエフスキイの生活』(『創元文庫』)。

1952年 小林、5月「『白痴』についてⅡ」、(~1953年1月、『中央公論』)。 黒澤、10月《生きる》公開。

1953年    【アメリカ、「原子力の平和利用」政策を発表】。

1954年      【1月、原潜ノーチラス号進水、『読売新聞』で特集記事「ついに太陽をとらえた」、 3月、アメリカの水爆実験で「第五福竜丸」被爆】。

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(「キャッスル作戦・ブラボー(ビキニ環礁)」の写真。図版は「ウィキペディア」より)

黒澤、4月《七人の侍》公開。

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(東宝製作・配給、1954年、図版は「ウィキペディア」より)。

木下恵介、9月、《二十四の瞳》公開。 黒澤、9月、小國や橋本と映画《生きものの記録》の脚本『死の灰』の執筆を始める。 本多猪四郎監督、11月《ゴジラ》公開

ゴジラ (製作: Toho Company Ltd. (東宝株式会社) © 1954。図版は露語版「ウィキペディア」より)

1955年       石原慎太郎、『太陽の季節』(『文學界』、7月号)          【7月、「ラッセル・アインシュタイン宣言」】。 小林、8月「ハムレットとラスコオリニコフ」(『新潮』)。 黒澤11月《生きものの記録》公開

430px-Ikimono_no_kiroku_poster (作成:Toho Company, © 1955、図版は「ウィキペディア」より)  

11月、「原子力平和利用博覧会」が各地で開催される(~57年)。12月19日、「原子力基本法」成立】。 黒澤、湯川秀樹との対談(時期は11月~2月の間と思われる)。

1956年     1月、石原慎太郎、『太陽の季節』で第34回芥川賞受賞。 黒澤、木下恵介・武田泰淳の鼎談「人間像製作法」(『中央公論』2月号)。 小林、8月、「ドストエフスキイ七十五年祭に於ける講演」(~10月、『文學界』)。 11月、木下恵介監督、太陽族を批判した映画《太陽とバラ》公開 12月、黒澤明と小林秀雄の対談(未掲載)。

1957年  黒澤、1月《蜘蛛巣城》公開 4月、徳川夢声、「こんにゃく談義」で、水爆実験と太陽族を批判 黒澤、9月、《どん底》公開。

1958年 黒澤、12月《隠し砦の三悪人》公開。

1959年    【ソ連の原子力潜水艦K-19進水 小林、12月、藝術院会員となる。                             

1960年 小林、5月、「ヒットラアと悪魔」で『悪霊』に言及(『文藝春秋』)。 黒澤、9月《悪い奴ほどよく眠る》公開。

1961年  【ソ連の原子力潜水艦K-19の大事故 黒澤、4月《用心棒》公開。

1962年    【キューバ問題で核戦争の危機】。 黒澤、1月《椿三十郎》公開。  8月 『ヒロシマ わが罪と罰――原爆パイロットの苦悩の手紙』、筑摩書房。(アインシュタインと共同宣言を出したラッセル卿の「まえがき」を所収)。

1963年  黒澤、3月《天国と地獄》公開。 黒澤、10月、映画《赤ひげ》の制作開始記念パーティー。 小林、11月、「ネヴァ河」(『朝日新聞』、『死の家の記録』や『悪霊』に言及)。

1964年 小林、5月、第9章を追加して『「白痴」について』(角川書店)を発行。

1965年    【米、北ベトナム爆撃開始(~73年)】。 黒澤、4月《赤ひげ》公開 小林、数学者の岡潔と対談「人間の建設」(『新潮』10月号)でアインシュタインを批判。

1966年      【中国、文化大革命起こる】。

1968年    【ソ連・東欧軍、チェコ侵入】。

1969年     【日本、大学紛争激化】。 黒澤、《トラ・トラ・トラ!》の監督を降りる。 

1970年 黒澤、10月《どですかでん》公開。

1971年     【沖縄返還】。 黒澤、12月、自殺未遂。

1973年  黒澤、モスクワで映画監督タルコフスキーとともに《惑星ソラリス》を見る。

1975年 小林、4月、東京都知事選に際して、後に原発推進だけでなく、核武装も唱えることになる石原慎太郎の推薦人となる。 黒澤、7月、座談会で小林の『白痴』観を批判(『週刊プレイボーイ』)。 黒澤、8月《デルス・ウザーラ》公開。 森敦との対談「文明社会に警告する『デルス・ウザーラ』」(『サンデー毎日』8月3日号)

1979年    【イランでイスラム革命。ソ連軍、アフガニスタン侵攻(~八八年)、アメリカ、スリーマイル島原発事故】。 小林、7月、河上徹太郎との対談「歴史について」で『白痴』を「トルソ」と呼ぶ。

1980年  【イラン・イラク戦争(~88年)】。 黒澤、4月《影武者》公開。 

1983年 3月1日、小林秀雄死去。 9月、木下恵介、映画《この子を残して》公開。

1985年 黒澤、6月《乱》公開。

1986年    【4月、チェルノブイリ原発事故5月、タルコフスキーの映画《サクリファイス》上映】。 黒澤、映画《夢》の脚本『こんな夢を見た』第一稿脱稿。

1989年    【米、パナマ侵攻】。 1990年    【イラク、クウェート占領】。 黒澤5月《夢》公開。  井上ひさしとの対談「夢は天才である」(『文藝春秋』6月号) 10月、ガルシア・マルケスとの対談「第二部 核をめぐる論争――人間が核を制御できると考えるのは傲慢だ!」(『宝石』1999年6月号)

1991年 【1月、湾岸戦争、5月、ユーゴスラヴィアで内戦、9月、ソ連邦崩壊】。  黒澤5月《八月の狂詩曲(ラプソディー)》公開

1993年  黒澤、4月《まあだだよ》公開。

1995年 【12月、 高速増殖炉「もんじゅ」でナトリウムの漏洩による火災事故】。

1997年 【3月11日、茨城県東海村の動燃でレベル3の原子力事故】。

1998年 9月6日、黒澤明死去。  

黒澤明 死して15年 直筆ノートにあった“メッセージ”– 長さ: 13:26。

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 【作成に際しては、浜野保樹編「黒澤明 関連年表」『大系 黒澤明』(講談社)、黒澤明研究会のホームページ「黒澤明監督年譜」、横田公次・他「黒澤明の地図」(『黒澤明 夢のあしあと』黒澤明研究会編、共同通信社、1999年所収)、槙田寿文「黒澤明の青春――ナップとその時代」(『黒澤明研究会誌』第24号)、堀伸雄「黒澤明とアンドレイ・タルコフスキー ~『七人の侍』に始まる魂の共鳴」(『黒澤明研究会誌』第32号)、および『小林秀雄全集』(新潮社)の「解題」、「小林秀雄とその時代」(ブログ『やりみず』一九九九年)、菅原健史「小林秀雄年表」(ネット版、2011年)、『新日本史主題史年表』(清水書院、1991年)、などを参照した】。

 (2014年5月5日、6月11日、2015年4月19日、訂正と加筆。6月4日、「ブラボー(ビキニ環礁)」の写真追加。(12月11日。チャップリン監督『独裁者』を追加。図版は「ウィキペディア」より、2018年5月31日、『黒澤明で「白痴」を読み解く』の書影と映画《七人の侍》のオスターを追加、図版は「ウィキペディア」より)。      

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