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1-6、日本の漂流民とロシアからの第1回使節団

1-6、日本の漂流民とロシアからの第1回使節団

リンク→1-0-1、「ロシアの社会と文化」のページ構成と授業概要   

講義の流れ

Ⅰ.漂流民・大黒屋光太夫

a.日本からの漂流民

大黒屋光太夫、CC表示

大黒屋光太夫(© Anonymous Japanese painting 1792 – [1]。図版は「ウィキペディア」より

b.アムチトカ島への漂流

カムチャッカアムチトカ2

(1 – アッツ島 7-15 ラット諸島  14 – アムチトカ島図版は「ウィキペディア」より)

アムチトカ島

(アムチトカ島の風景。樹木の育たない寒冷地の景色が広がる。図版は「ウィキペディア」より)

c.大黒屋光太夫の異文化受容の特徴

Что это?(これは何ですか)   Это рыба.(これは魚です)

Здравствуйте. (こんにちは) Спасибо.(ありがとう)

Как вас зовут? (あなたのお名前は?) Меня зовут ~(私の名前は~です)。

Это пирожки.(これはピロシキです)

ロシアの焼きピロシキ

ロシアのピロシキ(Russian Wikipedia user Miha Ulanov)

Ⅱ.イルクーツクの日本語学校とキリル・ラクスマン

 a.イルクーツクについて

シベリア鉄道

広義のシベリア鉄道の路線(赤)と、バイカル・アムール鉄道(バム鉄道、緑)(図版は「ウィキペディア」より)

イルクーツクの古い地図

(1701年のイルクーツクの地図、画像はロシア語版「ウィキペディア」より)。

b.日本人二世との出会い

c.キリル・ラクスマンと科学アカデミー

ラクスマン

d.他者との交流と「親切」の意味

Catherine_Palace

(「エカテリ-ナ宮殿」、画像は「ウィキペディア」より)。

e.ラクスマンと日本への第1回使節団

f.1792年の第1回使節団と日露交渉  

→大黒屋光太夫記念館 – 鈴鹿市

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