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2016年度、2015年度のシラバス(ロシア文学研究)

FAQ

2016年度、2015年度のシラバス(ロシア文学研究)

シラバス(2016年度改訂版)

①9月19日 6-1,序に代えて――ロシア民話の世界と『罪と罰』の構造

②9月22日  プーシキンからドストエフスキーへ――『貧しき人々』の新しさ

③9月26日 世界文学との関連――『若きヴェルテルの悩み』から『罪と罰』へ

④9月29日 大都市と犯罪――『オリヴァー・トゥイスト』から『罪と罰』へ

⑤10月3日 明治の自由民権運動と『罪と罰』の受容——内田魯庵の翻訳と北村透谷

⑥10月6日 ドストエフスキーのユゴー観と日本における『レ・ミゼラブル』の受容

⑦10月10日  『レ・ミゼラブル』のファンティーヌと『罪と罰』のソーニャ

⑧10月13日 『罪と罰』の推理小説的構造――『罪と罰』とコナン・ドイルの『ソア橋』

⑨10月17日 タチヤーナの「不思議な夢」と「やせ馬が殺される夢」、そして映画《夢》

⑩10月20日 「謎としての自己」――『罪と罰』と『マクベス』

⑪10月24日 ラズミーヒンとドゥーニャの婚約者ルージン

⑫10月27日   帝政ロシアにおける「良心」の問題と明治期の雑誌『文学界』

⑬11月7日 ラスコーリニコフの「非凡人の思想」と『赤と黒』のジュリヤン

⑭11月10日 「正義の戦争」と「祖国戦争」――トルストイ『戦争と平和』(1)

⑮11月14日 「死刑」の体験と農民との出会い――『戦争と平和』(2)

⑯11月17日 「生きていた老婆」の夢と目撃者としての身体――黒澤映画《夢》(第四話)

⑰11月21日 ラスコーリニコフの「正義の犯罪」観と『レ・ミゼラブル』マリユスの「革命」観

⑱11月24日 ポルフィーリイとの対決と『レ・ミゼラブル』ジャベールとの対決

⑲11月28日 大地の重要性――ソーニャとレイチェル・カーソンの『沈黙の春』

⑳12月1日 「弱肉強食の思想」と「他者の喪失」――スヴィドリガイロフの絶望

㉑12月5日 『罪と罰』における夢の構造とディケンズの『クリスマス・キャロル』Ⅰ

㉒12月8日 『罪と罰』における夢の構造と『クリスマス・キャロル』Ⅱ、レポートについて

 ㉓12月12日 流刑地のシベリアで――シベリアの大自然と映画《デルス・ウザーラ》

 ㉔12月15日 『罪と罰』における「人類滅亡の悪夢」――小林秀雄と黒澤明の夢の解釈をめぐって

㉕12月19日 「人類滅亡の悪夢」とラスコーリニコフの「復活」―黒澤映画《夢》の「赤富士」と「鬼哭」から「水車のある村」へ

㉖12月22日 「文明の危機」と 「大地との絆」――『罪と罰』と《風の谷のナウシカ》

㉗1月12日 ドストエフスキー作品における夢と夏目漱石の『夢十夜』

㉘1月16日 『罪と罰』と島崎藤村の『破戒』Ⅰ

㉙1月19日 『罪と罰』と島崎藤村の『破戒』Ⅱ

㉚1月23日 レポートについて、授業のまとめ

シラバス(2015年度)

3-1、序に代えて――なぜ今、長編小説『罪と罰』か

 

 

3-2、自己と他者――『若きヴェルテルの悩み』(ゲーテ)から『罪と罰』へ

 

3-1、序に代えて――なぜ今、長編小説『罪と罰』か

リンク→3-0-1,「ロシア文学研究」のページ構成と授業概要

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26歳時のドストエフスキーの肖像画、トルトフスキイ絵、図版はロシア語版「ウィキペディア」より。

3-1、序に代えて――なぜ今、長編小説『罪と罰』か 

(ガイダンスなので、「講義の流れ」だけでなくレジュメの案全体を示す)

Ⅰ、シラバスについて(3-0-1,参照)

Ⅱ、二つのドストエフスキー観

a.文芸評論家・小林秀雄の『罪と罰』論

「罪の意識も罰の意識も遂に彼(引用者注──ラスコーリニコフ)には現れぬ」と解釈し、「第六章と終章とは、半分は読者の為に書かれたのである」と断言していた小林秀雄の『罪と罰』論が広まって以降、日本ではドストエフスキーは主人公たちの情念や屈折した人間関係を描く作家のように見られることが多い。

b.ヘルマン・ヘッセのドストエフスキー観

しかし、『罪と罰』のエピローグにおけるその思想的な到達点を踏まえて、ドストエフスキーは次作『白痴』では「殺すなかれ」という理念を語る若者を主人公としていたが、ドイツの作家・ヘルマン・ヘッセは「ヨーロッパの、少なくともドイツの青年層が、自分たちにとってもっとも偉大な作家としてゲーテでもなければニーチェですらなく、ドストエフスキーを選んでいることは、われわれの運命にとって決定的なことのように思われる」と記していた。このようにドストエフスキーはきわめて広い文明論的な視野を持った作家だったと思われる。

c.『黒澤監督のドストエフスキー観

1951年に映画《白痴》を公開した映画監督・黒澤明も次のように語っていた。

「これは実は《羅生門》の前からやろうときめてた。ドストエフスキーは若い頃から熱心に読んで、どうしても一度はやりたかった。もちろん僕などドストエフスキーとはケタがちがうけど作家として一番好きなのはドストエフスキーですね。生きていく上につっかえ棒になることを書いてくれてる人です。更に僕はこの写真(引用者注――映画のこと)を撮ったことによってドストエフスキーがずいぶんよく判ったと思うのだけど、あの作家は一見客観的でないような場面も、肝心のところになると見事に客観的になってるのね。」

実際、敗戦後間もない舞台を日本に移し、激戦地・沖縄からの「復員兵」を主人公としつつも、長編小説『白痴』の登場人物や筋を生かした映画《白痴》は、日本やロシアの研究者だけでなく、ロシアの映画監督などからも高く評価された。

.『罪と罰』の推理小説的な構造

それは黒澤監督が、ドストエフスキーの長編小説が西欧の小説のさまざまな試みを受け継ぎつつ、ロシアの民話的な世界観にも注意を払うことで、「人間」と「自然」との関わりを根源的な形で問い直していることを認識していたからだろう。

エドガー・アラン・ポーの小説も紹介していたドストエフスキーは、『罪と罰』でも推理小説的な趣向もこらしている。ただ、『罪と罰』の特徴は「犯人は誰か」という謎をではなく、ラスコーリニコフ自身の身体や夢、さらに他の登場人物との関わりを通して、「自分とは何か」、「都市とは何か」、「自然とは何か」というより根本的な「謎」の解明へと向かい、近代西欧文明の問題点を明らかにするとともに、新しい文明の形も探っていることにある。

e.アインシュタインのドストエフスキー観

 アメリカの大統領にナチス・ドイツが核兵器の開発をしていることを示唆した自分の手紙が、核兵器の開発と日本への投下につながったことを知った物理学者のアインシュタインは、その後、核兵器廃絶と戦争廃止のための努力を続け、それは水爆などが使用される危険性を指摘して戦争の廃絶を目指した「ラッセル・アインシュタイン宣言」として結実した。

そのアインシュタインはドストエフスキーについて、「彼はどんな思想家よりも多くのものを、すなわちガウスよりも多くのものを私に与えてくれる」と述べていた(クズネツォフ、小箕俊介訳『アインシュタインとドストエフスキー』れんが書房新社、1985年、9頁)。

f.シベリアの環境問題と「自然支配の思想」の批判

探検家アルセーニエフと自らをナナイ人(大地の人)と呼ぶ少数民族・ゴリド族の狩人デルスとの交流を描いた映画《デルス・ウザーラ》(1975年)の理念について黒澤明監督はこう語っていた。

「人間は自然に対して好き勝手をしている。しかし、本当に自然を怒らせてしまったら、とんでもないことになる。…中略…環境汚染は海面だけでなく、海底にも及んでいる。今地球が危機に瀕している。今人類には環境を守ることが課題となったのだ。科学をそのために使わなければ自然は滅び、それとともに人間も滅びる。『デルス・ウザーラ』は20世紀初めの話だが、私の思いはそこにある」(ウラジーミル・ワシーリエフ、池田正弘訳『黒澤明と「デルス・ウザーラ」』東洋書店)。

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(図版は『黒澤明と「デルス・ウザーラ」』東洋書店より)

Ⅲ、ドストエフスキーと世界文学

a.ドストエフスキーが影響を受けた作家

ドストエフスキーはロシアのプーシキンやグリボエードフ、トルストイなどの作家だけではなく、ドイツのゲーテとシラー、フランスの作家バルザックやジョルジュ・サンド、ウージェーヌ・シュー、ユゴー、イギリスのシェイクスピア、ディケンズ、シャーロット・ブロンテやギャスケル、さらには推理小説の父とも呼ばれるエドガー・アラン・ポーからも強い影響を受けている。

彼の作品には歴史小説、家庭小説、悪漢小説や推理小説的な要素などさまざまな要素が見られ、そのために「謎解き」的な楽しさも含んでいる。

b.ドストエフスキーから影響を受けた作家と映画監督

ドイツのヘルマン・ヘッセやトーマス・マン、フランスのプルーストやカミュ、イギリスのスティーヴンソンや、D・H・ロレンス 、さらにはアメリカのフォークナーやヘンリー・ミラーなどの作家が大きな影響を受けている(日本の作家については、別の機会に論じる)。

映画の分野でもロシアのコージンツェフ、プイリエフ、タルコフスキー、ニキータ・ミハルコフやクリジャーノフなどが、イタリアではヴィスコンティ、ポーランドのアンジェイ・ワイダなどの映画監督にも強い関心が見られる。

Ⅳ、到達目標

1,「自己と他者」、「論理と感情」、「都市と自然」などの問題が作品にどのように描かれているかを分析することで、学問としての文学の方法とその意味を確認する。

2,ドストエフスキーの長編小説『罪と罰』の特徴を比較文学的な方法により、ロシア文学やヨーロッパ文学、さらには日本文学の作品との比較や、当時の哲学との関連をとおして考察する。

3,ドストエフスキーを深く敬愛した黒澤明監督の映画《夢》の構造が、『罪と罰』の深い理解に基づいていることを示すことにより、この長編小説の現代的な意義を明らかにする。

Ⅴ. 評価について

長編小説『罪と罰』には難解な面もあるが、この作品を読み解くことで文学の面白さや深みを理解できるだけでなく、現代の主な問題も把握することができるだろう。また、黒澤監督が語っていたように、「生きていく上につっかえ棒になること」も記されている。

きちんとした論理で記されていれば、レポートの結論が教師の見解と異なっていても評価するので、積極的に大きな問題と挑戦してほしい。

3-2、自己と他者――『若きヴェルテルの悩み』(ゲーテ)から『罪と罰』へ

講義の流れ

はじめに、ロシア文学と近代日本文学

a.夏目漱石

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夏目漱石(1867~1916、本名は金之助)。以下の図版は、いずれも「ウィキペディア」より。

b.島崎藤村

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島崎藤村(1872~1943、本名は春樹)

c.太宰治

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太宰治(1909~1948、本名は津島修治)

d.村上春樹

主な作品に『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』など。

 

Ⅰ、本多監督の映画《ゴジラ》と黒澤監督の映画《夢》

a.「第五福竜丸」事件と映画《ゴジラ》

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(製作: Toho Company Ltd. (東宝株式会社) © 1954。図版は露語版「ウィキペディア」より)

b.「ゴジラ」の咆哮(ほうこう)と『罪と罰』における呼び鈴の音

c.映画《生きものの記録》から映画《夢》へ

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(東宝製作・配給、1955年、画像は「ウィキペディア」より)。

 

Ⅱ. 長編小説『罪と罰』における個人と都市の空間(教科書、24~25頁)

 a.『罪と罰』の出だしの文章

b.新首都――ペテルブルグ

c.都市の「二重性」の指摘

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 (図版はプーシキンの叙事詩『青銅の騎士』のモデルとなった「ピョートル大帝の騎馬像」、「ウィキペディア」より© by James G. Howes)

 

Ⅲ、『若きヴェルテルの悩み』(1774年)から『罪と罰』(1866年)

a.『若きヴェルテルの悩み』と書簡体形式の小説

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(ワイマールに立つゲーテとシラーの像、写真は「ウィキペディア」より)

b.『若きヴェルテルの悩み』がその後の文学に与えた影響

c.最初の手紙 (5月4日)

d.『若きヴェルテルの悩み』の影響

e.近代における個人の自由の拡大と「自己」の確立

f.アイデンティティ・クライシス――「自己認識の危機」

3-3、都市と犯罪――『オリヴァー・トゥイスト』から『罪と罰』へ

3-4、家庭教師という職業――『罪と罰』とコナン・ドイルの『ソア橋』

3-5、長編小説『罪と罰』の構造と映画《罪と罰》

3-6、「完全犯罪」の試みと「正義」の犯罪(ドストエフスキーとポー)

3-7、貴族と農村――『エヴゲーニイ・オネーギン』から『罪と罰』へ(1)

3-8、タチヤーナの「夢」と「やせ馬の殺される夢」――『エヴゲーニイ・オネーギン』から『罪と罰』へ(2)

3-9、論理と感情(身体)の問題――「謎としての自己」

3-10、ラズミーヒンという若者――『罪と罰』とユゴーの『レ・ミゼラブル』

3-11、日本における『レ・ミゼラブル』と『罪と罰』の受容

3-12、ドゥーニャの婚約者ルージン――弁護士という職業

3-13、『レ・ミゼラブル』のファンティーヌからマルメラードフの娘ソーニャへ

3-14、弁護士ルージンの経済理論とラスコーリニコフの思想

3-15、『赤と黒』のジュリヤンとラスコーリニコフの「非凡人の思想」

1―16、トルストイ『戦争と平和』(1)――「三帝会戦」と貴族の生活

1―17、「正義の戦争」と「祖国戦争」――『戦争と平和』(2)とレポートの作成について

3―18、死刑の体験と「農民」との出会い――『戦争と平和』(3)と『罪と罰』

死の家の記録』における「権力者」の分析と「民衆芝居」や音楽の描写

a.「大改革」の時代と『死の家の記録』

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(表紙の図版はオムスクの監獄)

b.『死の家の記録』における「体刑」の考察

c.「囚人」と「権力者」の分析

d.『死の家の記録』における「民衆芝居」と民衆の音楽性の高いの評価

e.ロシア民謡「一週間」

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(「バラライカ」、図版は「ウィキペディア」より)

3―19、「生きていた老婆」の夢と目撃者としての身体――黒澤映画《夢》の第4話「トンネル」

3―20、予審判事ポルフィーリイとの対決――「非凡人の理論」の危険性

3―21、「弱肉強食の思想」と「他者の喪失」――スヴィドリガイロフの孤独

3―22、再生への希望――ソーニャの言葉と「大地への接吻」

3―23、「罪の意識」のない主人公――『クリスマス・キャロル』と『罪と罰』

3―24、流刑地のシベリアで――シベリアの大自然と映画《デルス・ウザーラ》

3-25、小林秀雄の「人類滅亡の悪夢」観と映画《夢》の「赤富士」と「鬼哭」

3-26、大地の重要性――ソーニャの自然観とレイチェル・カーソンの『沈黙の春』

3-27、黒澤映画《夢》の「水車のある村」とラスコーリニコフの「復活」

3-28、「罪」と「復活」というモチーフ――『罪と罰』と島崎藤村の『破戒』

3-29、「鬱蒼たる森」と「大地との絆」――《風の谷のナウシカ》と『罪と罰』

3-30、地球という惑星――映画《惑星ソラリス》における『罪と罰』のテーマ

 

 

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