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宮澤賢治

「記憶」の痛みと「未来」への希望 ――井上ひさし《きらめく星座――昭和オデオン堂物語》

30年ほど前に書いた劇評を読み直していて、戦時中の日本を描いた井上氏の劇《きらめく星座――昭和オデオン堂物語》が、現代日本の状況をすでに示唆していたことと過酷な状況にもかかわらず未来への希望を示していたことに気づきました。古い劇評ですが、改題した上で再掲します。

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井上ひさし氏の作品については、じっくりと論じてみたい気がするが、少しずつにせよ、やはり書いておくことにする。なぜなら、身体で演じる劇は、印刷された文学作品と異なり再生はきかず、時とともに「記憶」が薄れていくからであり、そして井上ひさし氏の『昭和庶民伝・三部作』の主題そのものも生身の人間の「記憶」に深く関わっているからでもある。

『昭和庶民伝・三部作』は、戦時中の日本を舞台にした独立した三つの作品――『きらめく星座――昭和オデオン堂物語』、『闇に咲く花』、『雪やこんこん』――から成り立っている。

遅筆堂と自ら名乗る井上氏の執筆の遅さには定評があるが、こん回の公演でも第一部以外の書下ろしの二本の台本が大幅に遅れ、公演日をずらし、切符の一部を払い戻しにするなどの措置を取るに至り、氏の遅筆ぶりを咎める記事も出た。

しかし、一連の経過の中で私が感じたのは、小説の執筆だけでも忙しい氏が座付き作者として興行的なリスクを負いながらも、期限付きの芝居の台本を自らに課すその意気込みである。

氏は『闇に咲く花』の登場人物に「過去の失敗を記憶していない人間の未来は暗いよ。なぜって同じ失敗をまた繰り返すにきまっているからね」と語らせているが、ここには、今語らねばまた語ることのできない時期がくるのではないかという氏の危機感が現れているように思える。

ただこのような危機感はいたずらに激しく直接的な表現で語られるのではなく、重苦しい時代をけなげに、しかも明るく生きる庶民の生活を再現することによって、語りかけるような調子で私達の心にしみこんでくる。

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さて、『きらめく星座――昭和オデオン堂物語』は、今まさに太平洋戦争に突入しようとしていた時代を背景に、長男正一が軍隊から脱走したことによって「非国民の家」とされた浅草のレコード店・オデオン堂の音楽好きな一家とその下宿人たちの生きざまを描いている。

兄の脱走を知った妹は汚名をそそぐために、それまで文通していた「白衣の勇士」と呼ばれる傷痍軍人たちの一人と結婚して、「非国民の家」を「軍国美談の家」に変え、レコード店がつぶされることを防いだ。

こうして劇は軍隊を脱走した長男と彼を追う憲兵との緊迫した場面や、解放的なオデオン堂の人々と実直な傷痍軍人との「敵性音楽」と「軍国歌謡」をめぐる対立を軸に進んでいく。 しかしこの深刻な主題を氏は、正一にちゃめっけの強い陽気な性格を与え、さらに彼を様々な職業に就かせながら日本中を転々とさせることによって、単調になりがちな劇に意外性と重層感、すなわち下からの視点を持たせ得ている。

たとえば九州の飯場から戻った正一は「脱走兵がこんなこと言っちゃいけないよね」と断りながら、そこには五十人程の朝鮮人がいたが「話を聞くと、そのうちの十人が畑仕事の最中に連れてこられたそうだ。町に出たところを待ち伏せられた人もいる。これは奴隷狩りよりもひどいんじゃないか」と語るのだ。このような彼の言葉が説得力を持つのは、彼もまた音楽学校を中退して兵隊になった程の軍国青年だったと性格付けられており、また彼の脱走も反戦的な思想からではなく、普通の人でもその三人に一人が神経症にかかるほど騒音の激しい砲兵に音感の発達した彼が配属されてしまったことにその動機を求めているからであるだろう。この無自覚な逃亡者である彼は、逃走の中で当時一般の庶民からは隠されていた現実と出会うのである。

このような理想と現実の落差は、実直で愛国的な傷痍軍人源次郎の幻肢痛という病を通して一層鋭い形で提起されている。すなわち彼は左手を失っているのだが、彼には時折そのなくなった手が今もあるかのように思える、するとなくなっている筈の手が激しく痛みだすのだ。しかもその痛みは、正一の話を聞き、自分でも高級軍人と工場主との会話を耳にしたことから、今もある筈の帝国の「道義」が実は既に、「自分の左手が吹つ飛んだ」ようになくなってしまっているのではないかと、疑った時にも激しく彼を襲うのである。

こうして井上氏は、内面的な苦しみを肉体的な痛みを通して視覚的に観客に訴えかけているのだが、恐らく劇の成功の一因はこの愛国的な傷痍軍人源次郎の形象がきちんと描かれていることにあると言えるのではないだろうか。「戦いの野に屍さらす栄光に恵まれず、生きながらえて祖国に帰って」きたことを心の底から恥いり、せめて銃後の柱になって一億の民を鍛えようとする彼の純粋な人柄は、その信頼が裏切られた時に悲劇的な様相をすら示すのである。

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源一郎の対極にいるのが広告文案家の竹田である。彼は冒頭では「金は貯めよ、しかし便は貯めるなかれ。便秘にミクローゼ」といった自作の広告文を披露して皆を笑わす。

だが「悠久二千六百年! よくぞ日本に生まれける! そう思わんのか、あんたは」と問い詰める傷痍軍人の源一郎にたいして彼は、「思えばこそですよ。そう思えばこそ、こじつけで国を動かされちゃかなわんと言っているわけです」と答え「星の動きはだれが見ても同じです。そういう堂々たる論理で国の経営を行ってもらえるなら、もっとずっと日本が好きになれるんですがね」と真っ向から反駁をもするのである。

この考えはほぼ作者自身の考えと見なし得るだろうが、彼の言葉が単なる上滑りなものに終わっていないのは、とつとつと語るその語り口のせいばかりでなく、彼の語る思想が東北の文化の中で育った大地に根ざしたものだからであろう。それゆえ彼が引用する宮沢賢二の詩「星めぐりの歌」も唐突な感じはなく、星が好きな彼の言動を支えてもいるのである。

ところでこの劇では「星めぐりの歌」だけでなく、「月光値千金」「きらめく星座」「青空」など多くの歌が挿入されているが、これらの歌は当時の雰囲気をもかもしだしているとともに、レコード店という場面設定の中で有機的に劇の筋や劇の主題とも深く結び付いて、聴覚的にも観客に深い印象を呼び起こし得ている。

銚子から逃げ返った正一はコーヒーを出されるとすぐに「小さい喫茶店」を歌い始めて、それを義兄の源一郎に咎められると「歌は活力です」と反論しているが、これらの歌は一般庶民の持つ明るいエネルギーを十二分に伝えていた。

そしてこれらの歌に込められた作者のメッセージは、役柄をきちんと捉えて演じた端役にいたるまですべての俳優の熱演によって、私たちの心をうったのだった。

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〈同人誌『人間の場から』(第12号、1988年)に掲載された初出時の題名は、「見ることと演じること(3)――こまつ座公演 『昭和庶民伝・三部作』をめぐって」。なお、「見ることと演じること」の(1)に当たる劇評は、「モスクワの演劇――ドストエフスキー劇を中心に」という題で2013年8月25日に、「見ることと演じること」(2)の一部は、「劇《石棺》から映画《夢》へ」という題で2013年7月8日にホームページに掲載済み。本稿では文体レベルの簡単な改訂を行った。2016年4月14日。改題と加筆〉。