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「小林秀雄の良心観と『ヒロシマわが罪と罰』」(3)

「小林秀雄の良心観と『ヒロシマわが罪と罰』」(3)

「人間の進歩について」と題して1948年に行われた物理学者の湯川秀樹博士との対談で、文芸評論家の小林秀雄氏は「原子力エネルギー」を産み出した「高度に発達した技術」の問題を「道義心」の視点から厳しく批判していました。

それゆえ、原爆の投下に関わってしまったことを厳しく反省したパイロットの苦悩が描かれている著作『ヒロシマわが罪と罰――原爆パイロットの苦悩の手紙』については、小林氏も「道義心」の視点から高く評価するのが当然だと思われるのです。

では、なぜ小林氏は原爆の問題を考える上で重要なこの著作に全く言及していないのでしょうか。その理由の一つは、原爆パイロットと書簡を交わしていたG・アンデルスが1960年7月31日付けの手紙で、東条内閣において満州政策に深く関わった経済官僚から大臣となった岸信介氏を次のように厳しく批判していたためだと思われます。

*   *

「つまるところ、岸という人は、真珠湾攻撃にはじまったあの侵略的な、領土拡張のための戦争において、日本政府の有力なメンバーの一人だったということ、そして、当時日本が占領していた地域の掠奪を組織し指導したのも彼であったということがすっかり忘れられてしまっているようだ。こういう事実がある以上、終戦後アメリカが彼を三年間監獄に入れたということも、決して根拠のないことではない。誠実な感覚をそなえたアメリカ人ならば、この男、あるいはこの男に協力した人間と交渉を持つことを、いさぎよしとしないだろうと思う。」

歿後30年を契機に小林氏と満州との関わりが明らかになってきましたが、座談会では、「僕は政治的には無智な一国民として事変に処した。黙って処した」と語りつつも、秘かに「良心の呵責」を覚えていたと思われる小林氏にとって、岸氏の話題は触れたくないテーマの一つだったと考えられるのです。

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読者の中には、小林氏が言及していない著作との関係を考察してもあまり意味はないと考える人もいるでしょう。たしかに普通の場合は、人は自分が関心を払っていないテーマについては語らないからです。

しかし、文芸評論家の小林秀雄氏の場合は異なっているようです。長編小説『罪と罰』の筋において中年の利己的な弁護士ルージンとラスコーリニコフとの論争が、きわめて重要な役割を担っていることはよく知られています。また、このブログでは悪徳弁護士ルージンの経済理論と安倍政権の主張する「トリクルダウン理論」との類似性を指摘しました。→「アベノミクス」とルージンの経済理論

一方、小林氏の『罪と罰』論ではルージンへの言及がほとんどないのですが、それは重要な登場人物であるルージンの存在は、彼の論拠を覆す危険性を有していたからでしょう。つまり、小林氏はルージンについての「沈黙」を守る、あるいは「無視」することにより、自分の読みに読者を誘導していたと私には思えるのです。

リンク→小林秀雄の『罪と罰』観と「良心」観

 リンク→小林秀雄の原子力エネルギー観と終末時計

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(2016年1月1日、関連記事を追加)

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