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司馬作品から学んだことⅨ――「情報の隠蔽」と「愛国心」の強調の危険性

司馬作品から学んだことⅨ――「情報の隠蔽」と「愛国心」の強調の危険性

「特定秘密保護法」の危険性を指摘した11月29日のブログ記事で次のように記しました。

「テロ」の対策を目的とうたったこの法案は、諸外国の法律と比較すると国内の権力者や官僚が決定した情報の問題を「隠蔽」する性質が強く、「官僚の、官僚による、官僚と権力者のための法案」とでも名付けるべきものであることが明らかになってきています。

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実際、この「特定秘密保護法」を強行採決した後で政府与党は、国会できちんと議論し、国民の了解を得て進めるべき重要な問題を次々と閣議のみで決定しています。

本来は先の参議院選挙は過去と同じような形で原発の進めるのかそれとも脱原発を選ぶのかという、将来の「国のかたち」が問われるべき選挙だったと思いますが、NHKやマスコミによって「衆参のねじれ」が解消できるかどうかという問題にすり替えられていたように思えます。

しかも、福島第一原子力発電所の汚染水の問題などが隠蔽されたままで行われたことや小選挙区制という制度によって、政府与党は少ない得票率で圧倒的な議席数を獲得しました。

このような形で成立した政権が、短期間に「この国のかたち」をも根本的にかえてしまうような制度を次々と決定していることには、重大な危機感を覚えざるをえません。

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 ことに、安倍政権がこれらの政策を「愛国心」の名の下に正当化していることについては、「東京新聞」(12月14日)が次のように指摘していました。

「安倍内閣が来週決定する国家安全保障戦略に『愛国心』を盛り込む方針だという。なぜ心の問題にまで踏み込む必要があるのか、理解に苦しむ。「戦争できる国」への序章なら、容認できない。(中略)

 文書になぜ「愛国心」まで書き込む必要があるのか。最終的な文言は調整中だが、安全保障を支える国内の社会的基盤を強化するために『国を愛する心を育む』ことが必要だという。生まれ育った国や故郷を嫌う人がいるのだろうか。心の問題に踏み込み、もし政策として愛国的であることを強制するのなら、恐ろしさを感じざるを得ない。

 そもそも、周辺国の愛国教育に懸念を持ちながら、自らも愛国教育を進めるのは矛盾ではないか。ナショナリズムをあおり、地域の不安定化に拍車をかけてしまわないか、慎重さも必要だろう(後略)」。

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実は、司馬遼太郎氏も、「坂の上」から「亡国への坂」に至る過程を分析することで、「国家」の名の下に「国民」に「沈黙」と「犠牲」を強いた「昭和初期の日本」における「愛国心」の問題を考察していました。

ここでは拙著『この国のあした――司馬遼太郎の戦争観』(のべる出版企画、2002年)の175頁から、深い危惧の念が記された文章を引用しておきます。

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ロシア帝国の高級官僚たちとの類似を意識しながら司馬は、日露戦争のあとで「教育機関と試験制度による人間が、あらゆる分野を占めた」が、「官僚であれ軍人であれ」、「それぞれのヒエラルキーの上層を占めるべく約束されていた」彼らは、「かつて培われたものから切り離されたひとびとで」あり、「わが身ひとつの出世ということが軸になっていた」とした。

そして、「かれらは、自分たちが愛国者だと思っていた。さらには、愛国というものは、国家を他国に対し、狡猾に立ちまわらせるものだと信じていた」とし、「とくに軍人がそうだった」とした後で司馬は、「それを支持したり、煽動したりする言論人の場合も、そうだった」と続けたのである(「あとがき」『ロシアについて』、文春文庫)。

 このような考察を踏まえて司馬はこう記すのである。「国家は、国家間のなかでたがいに無害でなければならない。また、ただのひとびとに対しても、有害であってはならない。すくなくとも国々がそのただ一つの目的にむかう以外、国家に未来はない。ひとびとはいつまでも国家神話に対してばかでいるはずがないのである」。

 さらに晩年の『風塵抄』で司馬は、「昭和の不幸は、政党・議会の堕落腐敗からはじまったといっていい」と書き、「健全財政の守り手たちはつぎつぎに右翼テロによって狙撃された。昭和五年には浜口雄幸首相、同七年には犬養毅首相、同十一年には大蔵大臣高橋是清が殺された」と記し、「あとは、軍閥という虚喝集団が支配する世になり、日本は亡国への坂をころがる」と結んだ(『風塵抄』Ⅱ、中公文庫)。

 (2016年2月10日。リンク先を追加)

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