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司馬作品から学んだことⅦ――高杉晋作の決断と独立の気概(増補版)

司馬作品から学んだことⅦ――高杉晋作の決断と独立の気概(増補版)

16時過ぎに帰宅してパソコンを立ち上げたところ、「東京新聞」(ネット版)に下記の記事が掲載されていました。

「機密漏えいに厳罰を科す特定秘密保護法案は5日午後の参院国家安全保障特別委員会で、自民、公明両党の賛成多数により可決された。(中略)

官僚機構による「情報隠し」や国民の「知る権利」侵害が懸念される法案をめぐる与野党攻防は緊迫度を増した。」

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本日の「日刊 ゲンダイ」は古賀誠元自民党幹事長の発言を21面に掲載しています。

「石破幹事長の発言は与党トップとしてあってはならないことです」

秘密保護法は党内で阻止する勇気が必要」

「党内議論がない総裁独裁が一番怖い」

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これまでの短い審議をとおしても、「テロ」の対策を目的とうたったこの法案が、諸外国の法律と比較すると国内の権力者や官僚が決定した情報の問題を「隠蔽」して、国民の「言論や表現の自由」を大幅に制限する可能性が強い性質のものであることが明らかになってきています。

現在の国会で圧倒的な議席を占める自民党や公明党の議員からも、これらの問題を指摘してさらなる慎重な審議を要求する声が出ても当然のように思えます。

しかし、すでに自民党は「総裁」の「独裁」が確立し、与党内でも「言論の自由」が早くもなくなっているように見えます。

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司馬作品の愛読者であった安倍首相は、「国民作家 司馬遼太郎の謎」という特集で、「高杉晋作の生涯を生きいきと描いた『世に棲む日日』がもっとも好きですね」と語っていました(『ダカーポ』2005年、9月7日号)。

たしかに司馬氏はこの長編小説で、九州への留学をへて江戸で師・佐久間象山と出会って世界を己の眼で見ることの大切さを学び、当時の大罪を犯して二度の密航を試みて捕まり故郷で松下村塾を開くまでの言動の描写をとおして、若き吉田松陰の国際的な視野の広さと人間的なやさしさや高杉晋作の生涯を生き生きと描き出していました。

しかし、司馬氏がそこで強調したのは上海の状況を自分の眼で見ていた晋作は、「租借」という言葉の概念をよく理解できないながらも、「租借とはその上海になることかと直感し」、彦島という小さな島をも租借はさせないという独立の気概であり、革命戦争に勝利した後では「艱難ヲトモニスベク、富貴ヲトモニスベカラズ」と語って、勝利に驕った「奇兵隊」から身を引いた晋作の潔さでした。

そのような高杉晋作の生き方と比較すると、「特定秘密保護法」や「戦争法」さらに「共謀罪」など「立憲主義」を危うくするような法案を次々と強行採決する一方で、「森友学園」や「加計学園」では自分と「お仲間」の利益を重視して、証拠を隠している安倍首相の生き方では天と地の違いがあり、晋作から取ったという晋三という名前が泣いていると思えます。

産経新聞や「つくる会」などによって間違った解釈が広がってしまいましたが、司馬氏は「日本防長国」と称していた幕末の長州藩や土佐藩などの考察をとおして、現在の日本が直面している「憲法」の危機につながるような非常に重たい課題を示唆していたのです。

以下、高杉晋作の決断と独立の気概を見事に描いていると思われる箇所を引用しておきます。 『「竜馬」という日本人――司馬遼太郎が描いたこと』、人文書館、2009年、243~247頁より、文章のつながりを示すために一部改訂しました)。

9784903174235-B-1-L

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「転換へ」という章の冒頭で司馬は、「われわれは日本人――ことにその奇妙さと聡明さとその情念――を知ろうとおもえば、幕末における長州藩をこまかく知ることが必要であろう」と書き、「日本史における長州藩の役割は、その大実験であったといっていい」と書いている(傍点引用者、二・「転換へ」)。

そして、(イギリスの留学から急遽、帰国して開国を説いたために)「変節」した「腰抜け降伏派」と見られていた井上聞多と伊藤俊輔が、「売国の奸物」を「攘夷の血祭り」にすると喚(わめ)く暗殺団に狙われていたことに注意を促した司馬は、「『売国』ということばが、日本においてその政敵に対して投げられる慣用語(フレーズ)としてできあがったのは、記録の上ではおそらくこのときが最初にちがいない」と書いていた(下線引用者、二・「暗殺剣」)。(中略)

「国際環境よりもむしろ国内環境の調整のほうが、日本人統御にとって必要であった」と分析した司馬は、「このことはその七十七年後、世界を相手の大戦争をはじめたときのそれとそっくりの情況であった」とし、さらに「これが政治的緊張期の日本人集団の自然律のようなものであるとすれば、今後もおこるであろう」という重たい予測をしているのである(二・「暗殺剣」)。

このことを想起するならば、このとき司馬が幕末の「日本防長国」と昭和初期の「別国」との類似性を強く意識していたことは確実だと思える。

(中略)

「英・仏・米・蘭という四カ国が十七隻の連合艦隊」を組んで長州に向かっているという情報が入ってきたのは、七月二二日のことであった。さらに、敵艦隊によって逆封鎖され、沿岸も「敵の陸戦隊の占領下」におかれた段階になって、ようやく「講和しかない」という決断を下した藩の上層部は、高杉晋作を「獄中からひきだして、『臨時家老』のような役目にしたててすでに焦土化しつつあるこの藩を救済させる」ことを決めたのである。

この時期の井上聞多と伊藤俊輔、さらに高杉晋作の三人を「政党とすれば、三人党とでもいうべき存在で、藩の上層部とも下層部とも政見を異にし、そのために生命まであぶなくなっており、うかうか人前にも出られない」と書いた司馬は、「『政治』という魔術的な、つまりこの人間をときに虐殺したり抹殺したり逆賊として排除したりする集団的生理機能のふしぎさとむずかしさを、この時期のかれらほど身にしみて知った者はないであろう」と続けていた(『世に棲む日日』二・「壇ノ浦」)。

そして、「数万という藩の下部層は、あくまでも、『藩の山河を灰にしても攘夷戦争をつらぬくべきである』という攘夷原理のもとに、ほとんど万人が万人、発狂同然の状態になって」おり、皮肉にも晋作がつくった奇兵隊の隊士はことにこの三人党を「姦徒」と見なしていたと描いた。

そのような状況下で晋作は、長州藩の筆頭家老である宍戸家(ししどけ)の養子刑馬という名前で、藩代表の降伏の正使として長烏帽子と陣羽織を着、二人の副使と通訳を務めることになった伊藤俊輔を従えて英国軍艦にのりこんだ。

この交渉を司馬は、晋作を「魔王のように傲然とかまえていた」と感じた英国側の通訳官アーネスト・サトーの目をとおして描いている。宍戸刑馬を名乗った晋作は、副使の手を通じて例の「日本防長国王」という名による「媾和書」というものをさしだした」が、そこには「外国艦船の下関海峡通過は以後さしつかえない」と記されていたものの、降伏するとは書かれていなかった(『世に棲む日日』三・「談判」)。

しかも、連合艦隊側からは「横浜から下関まで艦隊がやってくることに要した薪炭費(しんたんひ)、船の消耗についての費用、兵員の給料、八人の戦死者と三十人の戦傷者についての賠償、撃った砲弾」などの賠償金が要求された。これに対して、「朝廷と幕府の攘夷命令書」を前もって用意していた晋作は、「三百万ドルは、幕府が支払うべきものである」と主張しそれを認めさせてしまったのである 。

(中略)

二度目の会見で英国艦隊提督のクーパーは、賠償金の保障として「彦島を抵当として当方が租借したい」と提案したが、これにたいして上海の状況を自分の眼で見ていた晋作は、「租借」という言葉の概念をよく理解できないながらも、「租借とはその上海になることかと直感し」、彦島という小さな島をも租借はさせないという独立の気概を示していたのである。

*   *   *

こうして司馬氏は、『世に棲む日日』において外国との交渉についての「情報」国民から「隠蔽」し、さらに安政の大獄に際しては「言論の自由」を奪って幕末の志士を弾圧した大老・井伊直弼の政策を激しく批判して処刑された師・松陰の志を受け継いで高杉晋作が立ち上がったと描いていました。

先にも見たように、今回の「法案」には修正された後もまだまだ多くの問題が残っています。

『世に棲む日日』に描かれた高杉晋作を尊敬すると語った安倍首相には、党内から「変節」した「腰抜け妥協派」と見られようとも、海外からも強い批判の声が出ているこの「特定秘密保護法案」を、「国家」と「国民」のために廃案とし、次回の国会で慎重に審議することを決断すべきでしょう。 

(2016年2月10日。リンク先を追加。2017年8月4日、論旨を明確にするために一部改訂し、書影を追加)。

 

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