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(3)黒澤映画『悪い奴らはよく眠る』から『新聞記者』へ――自殺に追い込む社会の病理に鋭く迫る

(3)黒澤映画『悪い奴らはよく眠る』から『新聞記者』へ――自殺に追い込む社会の病理に鋭く迫る

もう一人の主人公は外務省から内閣情報調査室に出向していたエリート官僚の杉原(松坂桃李)である。ここでもその能力を高く評価されていた杉原は、次第に自分が政権のために批判者のスキャンダルを作り上げるという陰険な作業に加担させられていることに気づいて困惑する。

この映画に圧倒的な緊張感を生み出しているのは、内閣情報調査室の直属の上司である内閣参事官多田を演じる田中哲司の存在感だろう。彼の演技からは昭和初期の日本の雰囲気がスクリーンから立ち上がってくる。

「伊藤詩織さんの事件」がスキャンダラスに報道されているのテレビを見た出産を間近に控えた妻・奈津美(本田翼)は、「ひどいわね」とつぶやくがその言葉は杉原の胸に突き刺さった。

物語が本格的に動き出すのは公務員のあるべき姿を学んだ外務省の頃の上司の神崎(高橋和也)と久しぶりに昔を思い出しながら楽しく飲んだときからである。

飲んで泥酔した彼を自宅に送り、神崎の妻・伸子(西田尚美)や美しい乙女に成長した彼の娘・千佳(宮崎陽名)と再会するが、別れ際に伸子は何かを切実に伝えようとしてやめた。それから数日後、神崎からの謎めいた言葉に驚いた杉原は必死に携帯電話で呼びかけるが返事はなく、ビルの屋上から身を投げた。

神崎の自殺からは独自の取材を続けていた吉岡も強い衝撃を受けた。すぐれたジャーナリストだった彼女の父も、政府がらみの不正融資の報道が誤報だったとされ自殺していたのである。父の死に顔を見て慟哭した吉岡の記憶が、父の自殺に悲しむ娘・千佳(宮崎陽名)の悲しみに重なる。

日本社会の病理と深く関わる自殺のテーマを黒澤明監督は、A級戦犯被疑者の岸信介が首相として復権して新安保条約を強行採決した1960年に公開された映画『悪い奴ほどよく眠る』で、汚職事件で自殺させられた父親の復讐を企んだ主人公の行動を、『罪と罰』を思わせるような推理小説的な手法と鋭い心理描写を用いながら描き出していた。

Постер фильма 

(写真はロシア語版「ウィキペディア」より)

https://twitter.com/stakaha5/status/972039214937268225

悪い奴ほどよく眠る(プレビュー)

脚本の執筆者の一人でもある藤井道人監督(詩森ろば、高石昭彦共著)がどの程度、黒澤映画『悪い奴ほどよく眠る』を意識していたかは分からない。しかし、この映画『新聞記者』も権力者から責任を押し付けられた部下が自殺を強いられる、あるいは苦悩のあげく自殺するという問題が、令和の時代になってもまったく改善されていないどころか、「公文書」の破棄など映画『悪い奴ほどよく眠る』が公開された1960年代よりも悪化していることを示しているのである。

「自殺の本当の理由」に迫ろうとしていた新聞記者・吉岡は、葬儀で知り合った杉原が、「私は国側の人間です」と語り突き放そうとした杉浦にたいして、「そんな理由で自分を納得させられるんですか? 私たち、このままでいいんですか」と鋭く問い詰めたのである。

葬儀の場での吉岡との運命的な出会いは、官僚の杉原をも動かしていくことになる。

 

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