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映画『新聞記者』を読み解く(2)――権力の腐敗の問題に新聞と映画はどれだけ切り込むことができるか

映画『新聞記者』を読み解く(2)――権力の腐敗の問題に新聞と映画はどれだけ切り込むことができるか

 新聞社では文科省元トップ官僚の女性スキャンダルのニュースに緊張が走る。テレビなどのマスコミは、先を争うように「その人物の社会的信用を失墜させる」疑惑を報道。ことに大手の新聞社は特ダネを一面で大々的に報じた。しかし、通常は地方版では異なるはずの紙面は不思議なことにどこも同じであった。

そのことに疑問を抱いた女主人公の吉岡(シム・ウンギョン)は、真実を求めて文科省元トップ官僚の直撃取材を敢行し、総理の伝記を書いた人物を告発する本を書いた女性への中傷や罵倒がツイッターに氾濫するようになると、自分の考えをツイートする。

こうして、この映画では「官邸権力と報道メディア」(出演者:望月衣塑子、前川喜平、マーティン・ファクラー、南彰)という題名の討論番組の映像も組み込みながら、「情報」の「真偽」をめぐって緊迫した筋が展開していくことになる。

→討論「権力とメディア

興味深いのはトークイベントで河村光庸プロデューサーが、「新聞記者」製作の発端が「伊藤詩織さんの事件です」と明かし、こう続けていることである。「国家権力が逮捕状を出しておいてそれを取り下げるなんてことがあっていいのかと。そこまで来ちゃったのかと。大変な危機感を持ってなんとしてでもこの映画を作らなければと思いました」。

「新聞記者」トークイベントの様子。左から河村光庸、前川喜平、石田純一、高橋純子。

https://natalie.mu/eiga/news/343077(写真は「映画ナタリー」より)。

この言葉から私が思い出したのは、黒澤監督がロマノフ朝・最後の皇帝ニコライ2世とその一族の最期を当時のニュースフイルムや記録フィルムをも取り込んで壮大なスケールで描いた映画『アゴニヤ(断末魔))』を高く評価していたことである。

日本では《ロマノフ王朝の最期》という題で公開されたこの映画では、政府の汚職がはびこり、民衆の飢餓が拡がっていた帝政ロシアの末期に皇后や女官たちに巧みに取り入った怪僧ラスプーチンが犯した犯行も罪に問われなかったことが描かれていたのである。

ロマノフ王朝の最期【デジタル完全復元版】 [DVD]

(原題は『断末魔』、アマゾンより)

国連特別報告者は「日本政府に対し、特定秘密保護法の改正と、政府が放送局に電波停止を命じる根拠となる放送法四条の廃止を勧告した」が、安倍政権は無視し続け、報道の自由度は9年前の11位から67位にまで落ち、日本の「報道の自由」は危険水域に達しているように見える。

官僚たちが権力者の意向を「忖度」し、狂信的な宗教者が重用されるとき、国家は崩壊へと向かうといえよう。

   *   *

一方、菅官房長官の記者会見でも歯切れの良い口調で質問を行っている望月衣塑子記者の新書『新聞記者』(角川新書、2017年)を原案としたこの映画でも、国民の「知る権利」を守るために精力的な取材を続ける著者の姿勢が描かれている。

新聞記者 (角川新書)

しかも、この映画では原作にとらわれずに、女主人公の吉岡(シム・ウンギョン)に日本人の父と韓国人の母の間に生まれてアメリカで育ったという多元的なアイデンティティを与えることで、女主人公の人物像に深みを与ええている。

ある夜、新聞社の社会部に「医療系大学の新設」に関する極秘公文書が匿名のファックスで送られてくる、その書類を託された吉岡は調査を開始するが、その表紙に描かれていた眼が真っ黒に塗りつぶされた「羊」の絵は、エリート官僚の杉原(松坂桃李)と彼女を結びつけることになる。

前川喜平、寺脇研、望月衣塑子講演会

 

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