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「議論」を拒否する小説の構造――「オレオレ詐欺」の手法と『永遠の0(ゼロ)』(8)

「議論」を拒否する小説の構造――「オレオレ詐欺」の手法と『永遠の0(ゼロ)』(8)

ここのところ考察してきたコラムで寺川氏は、〈憲法や安全保障について具体的に国を動かそうという政権が現れたいま、少なくともそれに反対する側は、レッテル貼りをして相手を非難している場合ではなく、意見の違う相手とも、その違いを知ったうえで議論し、考えていくことが大事なのではないか――。〉と書いていました。

「対話」や「議論」の重要性はまさしく指摘されている通りなのですが、問題なのは、国民の生命にもかかわる「特定秘密保護法」や「集団的自衛権」、さらには「武器や原発の輸出」などの重要なことを「国会」での十分な議論を経ずに閣議で決定している安倍政権と同じように、『永遠の0(ゼロ)』という小説も「他者」との「対話」や「議論」を拒否するような構造を持っていることです。

それゆえ、「対話」や「議論」を拒否する安倍政権の手法の危険性を明らかにするためにも、『永遠の0(ゼロ)』の構造の問題点を明らかにすることが重要だと私は考えています。

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単独犯ではなく、多くの人間が様々な役を演じるような「進化」した「オレオレ詐欺」の場合は、詐欺グループからの様々な情報を一方的に聞かされることで、被害者は相手の言うことを次第に信じるようになります。

『永遠の0(ゼロ)』でも姉の慶子と「ぼく」は、「聞き取り」による取材という制約を与えられているために、相手から非難されてもきちんとした反論ができないし、読者もそのような関係を不自然だとは感じないような構造になっているのです。

たとえば、すでに見たように戦闘機搭乗員としてラバウル航空隊で祖父の宮部久蔵と一緒だった長谷川は、開口一番に久蔵のことを「奴は海軍航空隊一の臆病者だった」と決めつけ、さらに「奴はいつも逃げ回っていた。勝つことよりも己の命が助かることが奴の一番の望みだった」と語ります。

それに対して、「命が大切というのは、自然な感情だと思いますが?」と慶子が言うと長谷川は「それは女の感情だ」と決めつけ、それはね、お嬢さん。平和な時代の考え方だよ」と続け、「みんながそういう考え方であれば、戦争なんか起きないと思います」という慶子の反論に対しては、有無を言わせぬようにこう断言しているのです。

「もちろん戦争は悪だ。最大の悪だろう…中略…だが誰も戦争をなくせない。今ここで戦争が必要悪であるかどうかをあんたと議論しても無意味だ。」(太字引用者)。

「文学作品」では作者の思想や感性が何人かの登場人物に分与されていることが多いのですが、語り手としての「ぼく」だけでなく、長谷川にも作者の思想や感性は与えられているといえるでしょう。

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「特攻」という大きなテーマの本を出版するならば、祖父が「命が大切」と語っていたことを知った後で慶子は、取材の範囲を広げるべきだったと思えます。

たとえば、海軍特攻隊隊長だった作家の島尾敏雄氏は、自分たちの水上特攻兵器がアメリカ軍からは「自殺艇」と呼ばれていたことを紹介しつつも、「私は無理な姿勢でせい一ぱい自殺艇の光栄ある乗組員であろうとする義務に忠実であった」と記し、「我々のその行為によって戦局が好転するとも考えられなかったが、それでも誰に対してしたか分からぬ約束を義理堅く大事にしていたのだ」と書いているのです(『出孤島記』)。

このような思いは、島尾氏と対談した若き司馬遼太郎氏にとっても同じだったでしょう。なぜならば、彼は自分が戦車兵として徴兵された時のことについてこう書いているのです。

「私の小さな通知書には『戦車手』と書かれていた。Aはその紙片をじっと見つめていたが、やがて、『戦車なら死ぬなぁ、百パーセントあかんなぁ』と気の毒そうにいって、顔をあげた」(「石鳥居の垢」『歴史と視点』)。

司馬氏は彼と同じ「世代の学生あがりの飛行機乗りの多くは沖縄戦での特攻で死んだ」と記していましたが(「那覇・糸満」)、特攻かそうでないかの違いはあるものの、戦車兵に要求されていたのも特攻的な精神だったのです。

リンク→『この国のあした――司馬遼太郎の戦争観』第3章「文明」と「野蛮」の考察――『沖縄・先島への道』より、ですます体に変えて引用)

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若き司馬氏は、満州に「夢と希望」をたくしていた多くの日本人を守るために自分たちは戦うのだという思いで勇気を奮い立たせていたのですが、「本土決戦」のために彼らをほとんど無防備のままに残して戦車隊が本土に引き上げるという決定を聞いたときに深い悲哀を感じていました。

実際、日本の軍隊が「本土防衛」のために引き上げたあとで、広田弘毅内閣の際に決定された「国策」に従って移民として送られていた約155万人の日本人はたいへんな困難と遭遇しました。

満州での一般人の死者は20万人を超えたのですが、開拓関係者とその家族の死者は9万人に近く、その内の1万人ほどが「婦女子や年寄りの自決」でしたが、それは「男たちが対ソ連の戦闘要員として根こそぎ召集されたためだったのです(坂本龍彦『集団自決 棄てられた満州開拓民』岩波書店、2000年)。

祖国に残された妻や娘のことを考えて「命が大切」と語っていた祖父の汚名を晴らすためにも、戦争を取材するジャーナリストとして慶子は、広田弘毅内閣の際に決定された「国策」や、青少年に「白蟻」の勇敢さを強要した徳富蘇峰の思想が招いた結果を、長谷川に伝えねばならなかったと思えます。

しかし、『永遠の0(ゼロ)』という小説では、「対話」や「議論」が封じられているだけではなく、取材の範囲も祖父の関係者への「聞き取り」という形で制限されているために、満州に視野が及ぶことはないのです。(続く)

 

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