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ドストエフスキーの受容と現代

ドストエフスキーの受容と現代

はじめに

ドストエフスキー生誕200年を迎えた昨年は多くの関連書が出版されて盛り上がり、ロシア文学への関心も高まりましたが、今年に入ってロシア軍が突如ウクライナへの侵攻を始め、戦闘が激化するとロシアのイメージは一転して否定的なものへと激変しました。それゆえ、盛り上がっていたロシア文学への関心も低下し、ドストエフスキー生誕200年に寄せて「しんぶん赤旗日曜版」の11月14日号に寄稿した拙論の意味も薄れたかに感じました。

しかし、「敬神・忠君・愛国」の精神が求められるなど日本が最もロシア帝国的な価値観に近づいた時期に青春を過ごしてドストエフスキーの作品を愛読していた堀田の作品では日露の近代化の類似性と危険性の鋭い分析がなされており、堀田の視線はウクライナ危機に至るソ連崩壊後のロシアや日本の民主主義の危機をもあぶりだしているように思えます。それゆえ、「ドストエフスキーの受容と現代」と改題し、誤記を訂正したうえで拙稿をそのままホームページにアップします。

この後ではウクライナ危機の展開を踏まえて日露の近代化の問題点を掘り下げた論考「ウクライナ危機と日本の危機――ロシア帝国的価値観と「改憲」の危険性」(仮題)を掲載する予定です。

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作家ドストエフスキー(一八二一~一八八一)は、ナポレオンがセント・ヘレナ島で亡くなった年に父親が医者として勤務するモスクワの貧民救済病院で、新暦の一一月一一日に生まれました。父親のミハイルはナポレオンが率いる大軍と戦い奇跡的に勝利した「祖国戦争」に参戦したことが出世の糸口となり、一八二八年には八等官に昇進して貴族の身分となりました。

 外国にも出兵してナポレオン戦争に勝利したロシア帝国はポーランドを併合してヨーロッパの大国となり、ナショナリズムの高揚も見られました。一方、農奴と呼ばれるような農民の苦しい生活は変わらず、憲法の発布を求めた近衛将校たちの反乱も起きました。しかし、反乱後の一八三三年にはロシア独自の「正教・専制・国民性」の「三位一体」を厳守するように求める「道徳綱領」が出されて検閲制度も強化されました。

 このような時代に『貧しき人々』で作家としてデビューしたドストエフスキーは、農奴制を批判し言論の自由や裁判制度の改革を求めるグループで活動し、『白夜』の発表後に捕らえられました。要塞監獄での尋問にもプーシキンの名前を挙げながら検閲制度を批判したドストエフスキーは、偽りの死刑宣告の後に恩赦という形で酷寒のシベリア流刑となりました。その時の体験を元に監獄の劣悪な状況を描き、絶対的な権力を持つ刑吏と囚人との関係を鋭く分析した『死の家の記録』を書き、巨大な作家へと成長していきます。

 上からの改革を強引に行ったロシアのピョートル大帝の改革をモデルの一つとした日本も急速な「文明開化」に成功しました。日露戦争に勝利した後では韓国を併合し、ロシア革命後にはシベリアにも出兵して満州への足掛かりをつかみます。そして、日中戦争が泥沼に入り込んだ昭和初期には日本独自の「国体」が強調され、「日本への回帰」をうたった「日本浪曼派」や小林秀雄のドストエフスキー論が賛美されるようになったのです。

 たしかに、激情家の面も強いドストエフスキーは、露土戦争に際しては虐げられたバルカン半島のスラブの同胞を救うために軍を派遣すべきだとの主張もしましたが、言論人としての気概は生涯変わりませんでした。『カラマーゾフの兄弟』では自分とは異なる思想の持ち主を火刑にすることも厭わなかったスペインの異端審問制度を「大審問官」の章でイワンに厳しく批判させました。

 ここには、「英雄」には「高利貸しの老婆」のような悪人を殺害することも許されるとしたラスコーリニコフの「非凡人の理論」の破綻と「人類滅亡の悪夢」を見た後での主人公の更生が示唆されている『罪と罰』のテーマの深まりが感じられます。

 このようなドストエフスキー作品の意義を正確に把握したのが、芥川賞作家の堀田善衞(一九一八~一九九八)です。堀田は長編小説『夜の森』で日露戦争以降の両国の複雑な関係を踏まえてシベリア出兵を描き、原爆パイロットをモデルにした長編小説『審判』では『白痴』の人物体系や主人公の心理描写を踏まえて原水爆の危険性を明らかにし、大作『ゴヤ』ではスペインにおけるナポレオンとの戦争や異端審問制度の問題を詳しく描きました。

 ことに友人たちとの交友をとおして重苦しい昭和初期を活き活きと描き出した自伝的な長編小説『若き日の詩人たちの肖像』では、『白夜』冒頭の文章が引用されているばかりでなく、堀田が卒業論文のテーマとして選んでいた『白痴』の詳しい考察や『罪と罰』と『悪霊』の感想が記され、『カラマーゾフの兄弟』の愛読者で「大審問官」を熱く論じていた若者が「狂的な国学信奉者」となるまでの変貌も詳しく描かれています。

 これらの堀田善衞の作品を注意深く読み解き、昭和におけるドストエフスキーの受容の問題を考察することは、再び昭和初期と同じように日本の「伝統への回帰」や「改憲」が声高に唱えられるようになってきた現在、ドストエフスキー文学の現代的な意義を明らかにするためにも重要だと思えます。(「しんぶん赤旗日曜版」11月14日号、改訂版)

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関連論文と書評などは右記を参照⇒『堀田善衞とドストエフスキー 大審問官の現代性』(群像社、2021年)

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