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「ラピュタ」5、ムスカ大佐の人気と古代の理想化――『日本浪曼派』の流行と「超人の思想」

「ラピュタ」5、ムスカ大佐の人気と古代の理想化――『日本浪曼派』の流行と「超人の思想」

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(ムスカの画像は、cinema.ne.jp より)

 1,ムスカ大佐の人気と『日本浪曼派』の流行

『天空の城ラピュタ』(1986)を久しぶりに見て懐かしかったのは、『風の谷のナウシカ』(1984)でも重要な役を担っていたキツネリスも出て来ており、ロボットとの交流も描かれていたことです。

 ここにでてくるロボットは『風の谷のナウシカ』の「巨神兵」とは異なり、花を愛で愛嬌もあるのですが、闘う際には性格は一変して空を飛び敵とみなした者をすさまじい殺傷力で撃滅するのです。こうして、宮崎監督の映画では『風の谷のナウシカ』から『天空の城ラピュタ』まで科学技術の過信や「最終兵器」が世界を滅ぼすというテーマは一貫して描かれているといえるでしょう。

すなわち、シータに「ラピュタはかつて、恐るべき科学力で天空にあり、全地上を支配した、恐怖の帝国だったのだ!!」と説明したムスカ大佐は、「そんなものがまだ空中をさまよっているとしたら、平和にとってどれだけ危険なことか、君にも分かるだろう」とシータをだまして飛行石を手に入れたのです。

しかし、飛行石を手に入れて「恐怖の帝国」の内部に入ったムスカは、本性をあらわして将軍に「言葉をつつしみたまえ。君はラピュタ王の前にいるのだ」と語り、兵士たちを無慈悲に地上に落下させて喜んだばかりでなく、自らが手にした破壊兵器の威力を見せつけるために地上に住む人々に向けて原水爆のような威力を持つラピュタの「いかずち」を地上に向けて発射したのです。

 このように見てくるとき、ムスカは自分を「超人(非凡人)」と見なすヒトラーのような嘘つきで非情な独裁者として描かれていることが分かります。それにもかかわらず、なぜかツイッターでは「ムスカ大佐が(キャラ的に)結構好き」というようなつぶやきがみられるのです。

それがとても不思議だったのですが、ムスカが「地上に降りたときに二つに分かれた」古いラピュタ「王家」の末裔であることや彼の権力に惹かれるのかも知れません。第2回の考察では「風の谷」に侵攻した大国の皇女が自分たちに従えば「王道楽土」を約束すると語っていることに注目して、『風の谷のナウシカ』に秘められた「満州国」のテーマを指摘しました。

 昭和初期に日本が「日独防共協定」を結んだドイツでは、浪漫的な古代ゲルマンの神話に題材をとったワーグナーの歌劇が人気を博していましたが、「八紘一宇」などのスローガンで「満州国」が建国された当時の日本でも『日本浪曼派』が流行り、古代が理想視されて、出陣学徒壮行会では「大君のために死ぬこと」の素晴らしさを謳った武将・大伴家持の「海行かば」を詞とした曲が斉唱されたていたのです。

日本浪曼派批判序説 (講談社文芸文庫)(書影は「アマゾン」より)

 しかも、ヒトラーは『我が闘争』で自分を「非凡人」として強調しただけでなく、ドイツ民族の優秀性も強調していましたが、「満州国建国前後の、挫折・失望・頽廃(たいはい)の状況」の「デスパレートな心情」から、日本文化を絶対視して「昭和維新」を目指すような青年将校も生まれていました。

 作家の司馬遼太郎は幕末の「尊王攘夷」的な性格が強く残っていた当時の「昭和維新」を厳しく批判していました。しかし、「維新」という言葉が用いられている政党が人気を呼ぶなど現在の日本の雰囲気は「満州事変」の頃と似てきており、そのことがムスカの人気の遠因となっているのかもしれません。

2,『風の谷のナウシカ』と『天空の城ラピュタ』における「超人(非凡人)」のテーマ

 ところで、私が宮崎駿監督のアニメ映画に強い関心を持つようになったのは、『風の谷のナウシカ』を観てからですが、「火の七日間」と「巨神兵」による「最終戦争」と科学文明の終焉が描かれているのを見たときには、『罪と罰』の主人公・ラスコーリニコフが見る「人類滅亡の悪夢」が見事に映像化されていると感じました。

 しかも、『罪と罰』のラスコーリニコフは「高利貸しの老婆」の殺害を考えていた際には、彼が子供の頃に体験した「やせ馬が 殺される夢」を見たのですが、ナウシカも自分が子供の頃に体験したと思われる「王蟲の子供が殺される夢」を見ているのです。

 この二つの夢の類似は偶然だろうかとも思いましたが、「ドストエフスキーの『罪と罰』は正座するような気持ちで読みました」と宮崎監督が『本へのとびら』(岩波新書)で書いていることに注目するならば全くの偶然というわけではなさそうです。ドストエフスキー研究者の視点から見ると、『天空の城ラピュタ』にも『罪と罰』のテーマは秘められており、「超人(非凡人)」の危険性の問題がより深められていると思えます。

 その頃の日本では思想家ニーチェなどの影響もあり、「超人(非凡人)」や「英雄」の思想が流行っていました。『文学界』で行われた「日本浪曼派」の作家・林房雄などとの鼎談「英雄を語る」で評論家の小林秀雄も、ヒトラーを「小英雄」と呼びながら「暴力の無い所に英雄は無いよ」と続けていたのです。

そのような見方は、「超人主義の破滅」や「キリスト教的愛への復帰」などの当時の一般的なラスコーリニコフ解釈では『罪と罰』には「謎」が残るとした小林秀雄の『罪と罰』論にも強く反映しています。ラスコーリニコフの「非凡人の理論」の問題点や危険性を深く認識する上でも重要な司法取締官のポルフィーリイとの三回にわたる激しい論争の考察を省くことで小林は、殺人を犯しながらも「罪の意識も罰の意識も遂に彼には現れぬ」と解釈していたのです。 

 一方、小林の『罪と罰』論の誤りを分かりやすい絵と言葉で明確に指摘したのが、1953年に出版された手塚治虫のマンガ『罪と罰』でした。子供向けに書かれているために、このマンガ『罪と罰』では中年の地主スヴィドリガイロフは単純化されていますが、司法取締官ポルフィーリイの指摘をとおして、「非凡人の理論」の危険性がよく示されています。

そして、よく知られているように宮崎駿は手塚治虫のアニメには批判的だったものの、そのマンガには深い敬愛の念を持っていたので、『天空の城ラピュタ』のムスカ大佐の形象には「超人(非凡人)の思想」の問題が反映されていると思われます。

 

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