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百田尚樹氏の『殉愛』と安倍首相の「殉国」の思想

百田尚樹氏の『殉愛』と安倍首相の「殉国」の思想

作家でNHK経営委員でもある百田尚樹氏の名前を私が最初に意識したのは、衆議院議員だった土井たか子氏が2014年9月20日に死去したとの報道がなされた後で、氏がツイッターで故人の土井氏を「売国奴」と罵ったことが報じられた際でした。

今回、NHKの経営委員紹介のページを調べると、2013年の11月に経営委員に就任した際には、「公共放送として、視聴者のために素晴らしい番組を提供できる環境とシステムを作ることにベストを尽くしたいと思っています」との抱負を述べていたことが分かりました。

「衆議院」の議長も勤めた故人をNHKの「放送倫理基本綱領」にも反すると思われる用語でいう一方的に罵る人物が、どのようにしてNHKの経営委員に選ばれたのでしょうか。その後、共著を発行したワックという出版社から出版された雑誌『WiLL』に書かれた次のような記事の裁判の判決が見つかりました(「ウィキペディア」)。

〈雑誌『WiLL』(2006年5月号)に「社民党(旧社会党)元党首の土井たか子を「本名『李高順』、半島出身とされる」と記述し、慰謝料1000万円と謝罪広告の請求訴訟を起こされる。2008年11月13日、神戸地裁尼崎支部は「明らかな虚偽」として『WiLL』に200万円の賠償を命じた。この判決は最高裁で確定している。〉

『日本よ、世界の真ん中で咲き誇れ』を発行したのが、雑誌『WiLL』を発行しているワックであることにも注目するならば、NHKの経営委員に選ばれた百田氏がこのような発言をしたのは共著者である安倍首相の権力を背景に、最高裁での判定に意趣返しをしたようにも見えてきます。

さらに、衆議院議長をも勤めた土井たか子氏の「死」が大きく報道された際に、ツイッターでこのような発信をしたのは、その「死」をも利用して自分の存在を政権や有権者に誇示しようとしていたのではないかという「いかがわしさ」も感じます。

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先のブログ記事〈 政府与党の「報道への圧力」とNHK問題〉では書き忘れていましたが、安倍政権が復活してから、NHKのニュース番組で取り上げられる回数が増えたばかりでなく、安倍首相の顔がクローズアップされるなど、番組の「公平性」に問題があると思われるような状況が生まれています。

一方、著名人「やしきたかじん」氏と昨年、再婚した妻との「純愛」とその「死」を看取るまでの「美談」を描いた百田尚樹氏のノンフィクション『殉愛』(幻冬舎)が出版される際には、その著作を民放の各局が大々的に取り上げるという事態が起きました。

NHK経営委員の百田氏の著作の宣伝方法には、「首相」という肩書きを用いて自分の見解を反映させるという安倍首相と同じ手法が用いられているように感じます。

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一般の広告だけでなく民放の番組でも「美談」が大々的に報じられたことで、百万部は確実に超えると思われたノンフィクション『殉愛』は、思わぬ所から破綻をきたします。

すでに報道されているように、記載された「事実」とは異なる多くの証拠の写真がウェブ上に流れているだけでなく、屋鋪氏の実の娘にも裁判に訴えられたことで、その「事実性」に疑問が突きつけられたのです。

この記事を書くために著書を買い求めて読んでいますが、読み始めてすぐに感じたのは、どっかで読んだことがあるというデジャブ感です。むろん、様々な記事が出ていますのでそのためもあるのですが、一番の大きな理由は自分が宣伝したい「人物」の「正しさ」を強調するために、それに反対する人物やグループを徹底的にけなし追い詰めるという『日本よ、世界の真ん中で咲き誇れ』(ワック)で用いられていた手法にあると思われます。

『日本よ、世界の真ん中で咲き誇れ』(ワック)では「売国」などという「憎悪表現」と思われる用語が、民主党という政党や私たちがほとんど接する機会のない政治家に対して投げかけられていました。それゆえ、テーマと範囲が広すぎてわかりにくかったのですが、「家族」の物語を描いたこのノンフィクション『殉愛』(幻冬舎)では、登場人物も多くないためにその構図が分かりやすいのです。

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様々なサイトで紹介されているので具体的な内容には踏み込みませんが、改めて感じたのは百田という人物は、分かりやすく「美しい物語」を創作し、それを宣伝する能力には長けているようだが、「人の「死」や「命」の尊厳をきちんと感じることが出来ない、自分の立身出世のみに関心がある作家だろうということです。

それと全く同じことが「身内」と「お友達」のみを重視する共著者の安倍首相にも当てはまるのではないでしょうか。

安倍氏には過去の「歴史」を美しい物語に創り変え、それを宣伝する能力には長けていても、夫や子供を失った「国民」の苦しさや哀しみ、そして現在の状況に耐えている民衆の痛みをきちんと感じることが出来ない政治家だろうということです。

今度の総選挙では、「国民」が「臣民」とさせられて、「羊」のように戦場へと送られた戦前の歴史を「取り戻させない」ためにも、重要な一票を投じたいと考えています。

追記:「百田尚樹氏の「ノンフィクション」観と安倍政治のフィクション性」という記事を書くなかで百田氏の『殉愛』という題名には、「国家」のためには「国民の生命や財産」を犠牲にしてもかまわないとして「戦前」を美化する安倍晋三氏の思想へのおもねりがあると強く感じました。

それゆえ、〈百田尚樹氏の『殉愛』と安倍首相の「愛国」の手法〉を、〈百田尚樹氏の『殉愛』と安倍首相の「殉国」の思想〉に改題します。

リンク→憲法96条の改正と「臣民」への転落――『坂の上の雲』と『戦争と平和』

リンク→百田尚樹氏の「ノンフィクション」観と安倍政治のフィクション性

(2016年3月9日。〈百田尚樹氏の『殉愛』と安倍首相の「愛国」の手法〉より改題し、青い字の箇所とリンク先を追加) 

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