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『若き日の詩人たちの肖像』で2・26事件と憲法を考える 

『若き日の詩人たちの肖像』で2・26事件と憲法を考える 

はじめに ウクライナ危機と満州事変

 作家の堀田善衞は自伝的な長編小説『若き日の詩人たちの肖像』(以下、『若き日の…』と略記する)で中学に入学した年に勃発した1931年の満州事変の後では「事変という奴は終わりそうもない」と感じていたと描いています。

ソ連崩壊後のチェチェン紛争の鎮圧後には言論への弾圧を強めていたロシアのプーチン大統領によるウクライナ侵攻は、関東軍による満州事変を連想させます。

関東軍による満洲全土の占領後に現地調査したリットン調査団の報告書を受けて国際連盟特別総会が満洲国の存続を認めない勧告案を採択すると、日本は1932年の3月27日に国際連盟に脱退を表明しました。そして、紀元2600年を盛大に祝った1940年の翌年には太平洋戦争に突入していたのです。

堀田善衞の長編小説『若き日の…』が出版されたのは1968年9月のことでしたが、その翌月の10月23日には日本政府主催の「明治百年記念式典」が日本武道館で開催されました。このような日本の状況を考慮するならば、堀田善衞が長編小説『若き日の…』で昭和初期の重苦しい時代を克明に描き出したのは、この時代の危険性を記しておく必要があると考えたためではないかと思えます。今回の事態に際してはプーチン大統領の誤った決断だけでなく、この事態に乗じて「改憲」を行い、緊急事態条項を入れるなど昭和初期の日本へと逆戻りさせようとしていることへの批判も必要です。

それゆえ、ここでは「二・二六は最終的な落着におちつくまで接着してはなれなかった」と記されている『若き日の…』における2・26事件の描写や考察をとおして、1,2・26事件とシベリア出兵、2, 2・26事件と検閲の強化、3,磯部浅一の「行動記」と裁判、4, 2・26事件の賛美と「改憲」の危険性、を簡単に見ておくことにします。

(2022年3月26日、改訂と改題)

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