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「安全保障関連法案」の危険性と小説『永遠の0(ゼロ)』の構造

「安全保障関連法案」の危険性と小説『永遠の0(ゼロ)』の構造

一、百田尚樹氏の発言と安倍政権の反応

安倍首相の再選を望む若手議員が6月25日に開催した「文化芸術懇話会」に講師として招かれた作家の百田直樹氏の発言が問題となっています。

すなわち、百田直樹氏が「沖縄の二つの新聞はつぶさないといけない」などと発言したばかりでなく、現在の多くの住民は「周りは田んぼだらけだった」ところに、「飛行場の周りに行けば商売になるので住みだした」とも発言していたことが明らかになったのです。

これに対して2015年7月2日に行われた日本外国特派員協会での沖縄タイムスと琉球新報の二つの新聞社の合同記者会見では、「政権の意にそわない新聞報道は許さないんだという言論弾圧の発想」や、「百田さんの言葉を引き出した自民党の国会議員」の問題が指摘されました。

これらの批判を受けて、ようやく安倍首相が3日の「衆院特別委員会」で「心からおわび」との発言をしたのに続き、菅官房長官も翁長知事との4日夜の会談で、沖縄をめぐる発言について「ご迷惑を掛けて申し訳ない」と陳謝しました。

その一方で、多くの学者や報道関係者から審議が拙速であるとの厳しい批判が出ている「平和安全法制整備法案」については、今月の中旬には衆院を通過させるという与党の強引な方針も伝えられています。

「心からおわび」という言葉が真心を込めて語られたのならば、このような「言論弾圧」的な発言も飛び出した「平和安全法制整備法案」の審議は、次の議会に延期するのが「情理」にかなった行動でしょう。

二、作家百田尚樹氏の発言と小説『永遠の0(ゼロ)』の構造

問題は28日に行われた大阪府泉大津市での講演で百田氏が、自民党勉強会での「沖縄の二つの新聞はつぶさないといけない」と語ったときは、「冗談口調だったが、今はもう本気でつぶれたらいいと思う」と話したばかりでなく、ツイッターに「私が本当につぶれてほしいと思っているのは、朝日新聞と毎日新聞と東京新聞」と投稿したとも話していたことです。

しかし、「東京新聞」が7月5日朝刊一面の検証記事で記しているように、「飛行場の周りに行けば商売になるので住みだした」のではなく、「接収、やむなく周辺に」であり、「周りは田んぼだらけだった」という発言も、実際には「戦前は市の中心地域」だったことを明らかにしています。つまり、「公」の党の研究会での発言は、中傷やデマに近いたぐいの発言だったのです。

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このような百田氏の発言から思い出されるのは、百田尚樹氏が小説『永遠の0(ゼロ)』の第9章で元特攻隊員だった武田に、「私はあの戦争を引き起こしたのは、新聞社だと思っている」と決めつけさせ、新聞記者の髙山を次のように批判させていたことです。

「日露戦争が終わって、ポーツマス講和会議が開かれたが、講和条件をめぐって、多くの新聞社が怒りを表明した。こんな条件が呑めるかと、紙面を使って論陣を張った。国民の多くは新聞社に煽られ、全国各地で反政府暴動が起こった…中略…反戦を主張したのは德富蘇峰の国民新聞くらいだった。その国民新聞もまた焼き討ちされた。」(太字引用者)

しかし、『国民新聞』が焼き討ちされたのは、政府の「御用新聞」だったからであり、しかも、蘇峰は『大正の青年と帝国の前途』において、自分の生命をもかえりみない白蟻の勇敢さを褒め称えて、日本の兵士にもそのような「勇気」を求めていました。『蘇峰自伝』によれば蘇峰は、「予の行動は、今詳しく語るわけには行かぬ」としながらも、戦時中には戦争を遂行していた桂内閣の後援をして「全国の新聞、雑誌に対し」、当時の内閣の政策の正しさを宣伝することに努めていたのです。

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  『永遠の0』でも〈太平洋戦争の分岐点となったガダルカナルでの戦いを取り上げ、戦力の逐次投入による作戦の失敗や、参謀本部が兵站を軽視したことによって多くの兵士が餓死や病死したことが書かれて〉いることを指摘して、この小説を擁護する人もいます。

しかし、それらの引用されたような文章は読者の記憶には残らず、百田氏の本音が語られていると思われる新聞社批判の「情念」が、今回、彼を講師として招いたような人々の印象に深く刻まれていたのです。

しかも、今回の研究会に招かれた百田尚樹氏は単なる「文化人」ではなく、安倍首相との共著『日本よ、世界の真ん中で咲き誇れ』(ワック株式会社、2013年)もあり、NHKの経営委員も務めた作家なのです。

「論理」よりも「情念」を重視する傾向がもともと強い日本では、疑うよりは人を信じたいと考える善良な人が、再び小説『永遠の0(ゼロ)』の構造にだまされて、戦争への道を歩み出す危険性が高いことをこのブログの記事で指摘してきました。

これらのことを考えるならば、共著者の安倍総理にも百田氏の発言に関しては「道義的な責任」があるだけでなく、安倍政権によって提出された「平和安全法制整備法案」にも、「情念」に訴えて一気に成立させようとする危険な側面があるように見えますので、より慎重な審議が求められるでしょう。

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