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モデルとしてのアニメ映画《紅の豚》――「オレオレ詐欺」の手法と『永遠の0(ゼロ)』(10)

モデルとしてのアニメ映画《紅の豚》――「オレオレ詐欺」の手法と『永遠の0(ゼロ)』(10)

昨年末の記事では、「侮辱された主人公・宮部久蔵」という題名の記事を最終回にしたいと書きましたが、その後、重要なこととをいくつか書き漏らしていましていたことに気づきました。その一つが宮崎駿監督のアニメ映画《紅の豚》と『永遠の0(ゼロ)』との関係です。

「アニメ映画《紅の豚》から映画《風立ちぬ》へ――アニメ映画《雪の女王》の手法」と題した2013年8月13日の記事では、第一次世界大戦後に起きた世界恐慌のために国民生活は破綻寸前となり、荒廃と混沌の時代となったイタリアを舞台とした映画《紅の豚》については次のように簡単に記していました。

〈1992年に公開された「中年男のためのマンガ映画」《紅の豚》では、生々しい戦闘場面も含んではいたが、主人公のパイロット・マルコが「空賊」との戦いでは人を殺さない人物と設定されているだけではなく、「飛べない豚は、ただの豚だ」とうそぶく「クールな豚」にデフォルメすることによって、現実の重苦しさからも飛翔することのできるアニメ映画となっていた。〉

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『永遠の0(ゼロ)』の第10章「阿修羅」では剣豪・武蔵の生き方にあこがれて敵機との空中戦を好んだ海軍上等飛行兵曹の景浦介山への取材のことが描かれています。

ここで景浦は宮部久蔵に「模擬空戦」を挑んで断られると、敵機との戦いの後に機銃を発射して無理矢理に空中戦をしかけて敗れると後ろから機銃を掃射したが、宮部は撃たなかったというエピソードを語るのです。

このシーンを読んでいた私は強い既視感にとらわれました。すでに気づかれた読者も多いと思いますが、空中戦のシーンが描かれていない映画《風立ちぬ》とは異なり、宮崎映画《紅の豚》では「豚のポルコ」と若きアメリカの飛行艇乗りカーチスとの空中戦では、主人公が相手からは撃たれても、自分からは打ち返さなかったという名シ-ンが描かれていたのです。

映画《風立ちぬ》を最初に見た際には泣いたと語った百田氏が、映画《紅の豚》のこのシーンから強い印象を受けたことは想像に難くはありません。実際、『永遠の0(ゼロ)』でも無闇に撃墜数を誇る景浦にたいして諫めた宮部が背後から撃たれても撃墜せず、自爆しようとした景山を止めた人物と設定されていたのです。

このことを思い起こすならば、宮崎映画の多くのファンは「命の大切」さを訴えていた宮部に「豚のポルコ」を無意識のうちに重ねて見ていたと思えます。

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ただ、映画《紅の豚》と『永遠の0(ゼロ)』を比較すると大きな違いも浮かびあがってきます。

ポルコに淡い恋心を抱く乙女フィオは、祖父の経営するピッコロ社の設計士を務めて、颯爽と働いている姿が描かれていますが、語り手の「ぼく」の姉・慶子はフリーライターであるにも関わらず泣いてばかりいるだけで、結局は仕事も弟にまかせることになります。

また、ポルコが愛するマダム・ジーナはホテル・アドリアーノの経営者で、いざとなるとたくましい行動力を示しますが、主人公宮部が愛した妻の松乃は、後に大石からも愛されることになりますが、ひたすら待つだけの女性として描かれているのです。そして、会計事務所の社長をしているという娘の清子の人間像もこの小説からはほとんど浮かんでこないのです。

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最も異なる点は、映画《紅の豚》では、第一次世界大戦でイタリア空軍のパイロットとして、多くの敵のパイロットを殺し、仲間の死も目撃した主人公のポルコが飛行中に見た幻想的な「雲の平原」のシーンが描かれていました。

そこでは敵機との激しい空中戦で疲労して意識を失ったポルコが、遥か上空を不思議な雲がひとすじ流れているのを見るのですが、それは空に散った飛行機の列で、雲間からは同僚のベルコーニの機も現れて、その列に合流してしまうのです。

ここでは敵味方関係なく散った飛行機が描かれることで、戦争という「野蛮な手段」によって国家間の問題を解決しようとすることのむなしさが映像として描かれており、さらに生き残ったマルコが「豚のポルコ」に変身するという設定により、復讐心に駆られて次の戦争を起こす人間の愚かさも象徴的に描かれていました。

一方、『永遠の0(ゼロ)』では、主人公が愛する妻や娘を残して「格好よく玉砕」(?)し、敵船の艦長からも賞賛されるというシーンが描かれているのです。

それゆえ、映画《紅の豚》を見た後では清涼感が残るのにたいして、『永遠の0(ゼロ)』の結末からは裏切られたような後味の悪さが残り、そのことが百田氏の小説を批判的に論じたいと思ったきっかけにもなっていたのです。

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