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『悪霊』と『白痴』の主人公について

はじめに 同時多発テロとウクライナ危機

 本稿は「ドストエーフスキイの全作品を読む会」で2008年12月20日(土)に発表した「『白痴』における虐げられた女性たちの考察――ナスターシャ・フィリポヴナの形象をめぐって」(「読書会通信」№111)の「はじめに」の箇所の一部を削除するとともに加筆修正したものです。

 10年以上も昔の原稿の転載なので今更という気もしますが、亀山郁夫氏は『「悪霊」神になりたかった男』(みすず書房、2005年)の冒頭で、「九月十一日のあの日、ツインタワー崩落のシーンを旅先のテレビで観ながら、私はなぜか不意に『悪霊』の一節に思いをはせ、「神は死んだ」と感じ、テレビを観ているわれわれ全員が神になった、という奇妙な錯覚に囚われたものだった」と書いていました。

 この文章を読んだ際に私は、「告白」のみに焦点を当てる手法と同じようにインパクトはあるが、複雑なアフガニスタンの問題が単純化されており危険だと感じていましたが、今回のロシア軍のウクライナ侵攻でその問題が浮き彫りになったと思いました。それゆえ、 この論考を再掲する前に同時多発テロの問題とベトナム戦争やアフガン戦争の問題を考えておくことにします。

『ドストエーフスキイ広場』(第15号、2006年)に掲載された「SQUARE:亀山郁夫著『「悪霊」神になりたかった男』をめぐって」での指摘や議論を踏まえて執筆したために、「『悪霊』と『白痴』の主人公について」は多少論争的な色合いを帯びています。 なお、「SQUARE」には右記の論考が掲載されました。「少女マトリョーシャ解釈に疑義を呈す」木下豊房、「疑問に思うこと」冷牟田幸子 / 「少女マトリョーシャは、入れ子人形のマトリョーシャか?」福井勝也 / 「木を見て森を知る?」堤崇弘、「感想」熊谷暢芳。)

 同時多発テロに対してブッシュ元大統領は反米テロを繰り返すアルカイダの庇護者とみなされたタリバン政権を転覆させるために同盟国も参加させてアフガニスタンに侵攻してその勢力をほぼ壊滅させ、次いで「ならず者」国家に対しては核兵器による先制攻撃も許されると発言してイラク戦争を開始して勝利しました。しかし、武力での制圧は一時的なものでしかなく、2021年8月15日にタリバンはアフガニスタン全土を支配下においたと宣言し、アメリカ軍も撤退を余儀なくされたのです。その意味では今回のプーチンによるウクライナ侵攻はスターリンだけではなく、「復讐」の戦争を正当化したブッシュ元大統領の言動をも連想させるのです。

 さらに、その戦争に際してブッシュ政権は日本の参戦も強く要求しており、その要求に応えるために戦争法案を強行採決し、今回のウクライナ危機に際しては緊急事態条項を含んだ形で「改憲」を行おうとしている自公与党や維新・国民民主の危険性をも示しているといえるでしょう。なぜならば、1902年に日英同盟を締結して日露戦争に勝利した日本が、「鬼畜」とみなすようになった米英との「大東亜戦争」に踏み切ったのは、それからわずか39年後のことだったからです。ウクライナ危機は「正義の戦争」が第三次世界大戦に拡大する危険性をもはらんでおり、ドストエフスキーの作品を高く評価した堀田善衞が『審判』で示唆していたように、被爆国日本は核戦争の危険性をもきちんと世界に示すべきべきだと思います。

1,堀田善衞の『小国の運命と大国の運命』と私のソ連体験

 軍事力で「プラハの春」を弾圧したソ連軍とワルシャワ条約機構軍によるチェコスロヴァキアへの軍事介を『小国の運命と大国の運命』(1969)で厳しく批判した作家の堀田善衞は、同時にアメリカ軍によるベトナム戦争の問題にも言及することでこの二つの問題が絡んでいることを示唆していました。

 同じ年に発行した連作美術エッセイ『美しきもの見し人は』で堀田は、「原爆水爆とブッヘンワルト・アウシュヴィッツ――現代も、ある意味では黙示録的時代であると言いうるであろう。ヴェトナムでのアメリカの戦争が、第一のラッパであるかないかは、誰にも言えないことである」(『全集』13巻・45頁)と書いていました。

 実際、泥沼のベトナム戦争が終結した後では、「第二のラッパ」とも呼べるソ連軍のアフガニスタン侵攻が1979年に起き、それに対してアメリカがイスラムの原理派を軍事的に援助したことが、1989年のソ連のアフガンからの撤退につながっただけでなく、タリバンの勢力の拡大と「第三のラッパ」とも呼べる9月11日の同時多発テロにもつながっていたのです。

 一方、アメリカがベトナムから撤退したようにソ連もアフガニスタンから撤退せざるを得なくなりましたが、1975年にモスクワ大学に留学してドストエフスキーの初期作品の研究をしていた私は、アメリカがベトナム戦争で抱えることになったのと同じような負の遺産をアフガニスタンへの派兵によってソ連も抱え込んだとのことも後に友人から聞いて知りました。さらに、チェルノブイリ原発事故の際には留学生の引率としてモスクワに滞在しており、この事故がバルト三国などにも与えた影響の大きさを知って激動の時代を予感しました。

 実際、ソ連崩壊後に始まったグローバリゼーションの流れの中でエリツィン大統領が強引に行った急激な市場経済への移行などにより起きたスーパーインフレは市民の貯蓄などにも打撃を与えて生活水準が落ち込み、治安も悪化して「エリツィンは共産党政権ができなかったアメリカ型の資本主義の怖さを短期間で味わわせた」との小話も流行っていた時期も経験しました。ことに、治安が悪化していた1993年の夏に学生寮で強盗にあった際には、殺される確率がかなり高いことを覚悟するとともに、彼らはラスコーリニコフのように「金持ちの外国人」を「悪人」と見なして殺しても後悔することはないだろうと『罪と罰』の世界を肌身で感じたことが、『「罪と罰」を読む――「正義」の犯罪と文明の危機』(刀水書房、1996年。新版、2000年)執筆の強い動機にもなっていました。

2,『欧化と国粋』から『ロシアの近代化と若きドストエフスキー』へ

 2002年に上梓した『欧化と国粋――日露の「文明開化」とドストエフスキー』(刀水書房)では、当時はハンチントンの「文明の衝突?」が比較文明学会などでも話題になりその危険性も指摘されていたので、グローバリゼーションや新自由主義についての批判もこめて文明論的な視点からシベリア流刑以降のドストエフスキー作品を考察しました。

 すなわち、第1章は「欧化と国粋」の視点から「日本の開国交渉とクリミア戦争」が複雑に絡んでいることを明らかにし、ことに第5章では日本の「対東亜共栄圏」の思想にも影響を与えたと思える好戦的な西欧列強に対抗するためにはナポレオン戦争に勝利したロシア帝国を盟主とする全スラヴ同盟の必要性を説いたダニレフスキーの文明論にも言及しながら、冬に記す夏の印象』の分析を行いました。

 それとともに雑誌『時代』に掲載された『虐げられた人々』の特徴を考察し、『死の家の記録』における「支配と服従」の批判に注意を促して、民衆の描かれ方や「非凡人の思想」の萌芽の分析も行いました。

 しかし、この著作の出版後にはやはりドストエフスキーの原点に迫るためには、「正教・専制・国民性」の三原則の遵守を求められて言論の自由のなかったニコライ一世の治世下の厳しい状況で書かれた『貧しき人々』から『分身』を経て『白夜』に至る初期の作品の詳しい分析が必要だと感じて、『ロシアの近代化と若きドストエフスキー ――「祖国戦争」からクリミア戦争へ』(成文社、2007年)を出版しました。

 拙著の序章ではドストエフスキーの作品を「秘密警察によって読まれることを意識した『二枚舌』で」あり、それは「権力に対する隠された抗議というより、むしろ権力との共生を図るための必死のサバイバルの手法」であるとした亀山郁夫氏の『ドストエフスキー 父殺しの文学』(NHK出版、2004年)の見方を批判しました(39頁)。

 第二章「自己と他者の認識と自立の模索」では、『貧しき人々』の人物関係や論理的な筋を詳しく分析することで、『白痴』のムィシキン像につながるジェーヴシキンを亀山氏が「ブイコフの模倣者」であり、「むしろ悪と欲望の側へとワルワーラを使嗾する存在」でもあると規定していたことの問題点を指摘していたのです(110頁)。

 さらに満州事変などが起きた昭和初期に書かれた小林秀雄の『白痴』論に強い批判を持っていた私は、終章「日本の近代化とドストエフスキーの受容」で、「敬神・忠君・愛国」の精神が求められた昭和初期と帝政ロシアの類似性にも注意を払いながら、この時期の日本を描いた堀田善衞の自伝的な長編小説『若き日の詩人たちの肖像』にも言及しており、この時の考察が『堀田善衞とドストエフスキー 大審問官の現代性』につながりました。

『悪霊』と『白痴』の主人公について (「読書会通信」№111より)

 『「悪霊」神になりたかった男』(みすず書房、2005年)を読んだ私は、亀山氏は多くの重要な登場人物を省いて説明することにより、難解な作品『悪霊』を「分かりやすい」作品とし、さらにスタヴローギンの「告白」のみに焦点を当てることで強烈な印象を生み出すことにも成功していると感じた。長編小説のあらすじも簡単に紹介されており、全体像も伝えられている。

 しかし、理想を目指して行動しながら結局は陰謀家スペシネフに操られたというペトラシェフスキー事件でのドストエフスキー自身やその友人たちの辛い体験や苦悩をもとに描かれたシャートフやキリーロフなどの形象についての分析がほとんどなされていないことに驚かされた。
 『地下室の手記』の分析をとおしてピース IDS 副会長が『ドストエフスキイ「地下室の手記」を読む』(のべる出版企画、2006年)で詳しく分析したように、ドストエフスキー作品では論理だけでなく登場人物も「蜘蛛の網」のように緻密にはり巡らされている。それゆえ、相互にきわめて深い関係を有している登場人物の複雑な体系から、重要な人物を除いた形で作品を解釈するとき、作者の意図とは異なった理解を生み出す危険性がある*1。

 そして「テクストというのは、いったん作家の手を離れたが最後、必ずしも書き手のいいなりにならなくてはならない道理はないのです」と書いて、少女マトリョーシャの新しい解釈を示した亀山氏の『悪霊』論はそのような危険性を端的に示していると私には思えたのである*2。
 ただ、亀山氏の『悪霊』論についてはいずれ詳しく論じることにして、ここでは『ドストエフスキー 父殺しの文学』(NHK出版、2004年)における『白痴』論に焦点を絞って論じることにしたい。
 なぜならば、ここでムイシュキンを「残酷なゲームに見入る子どものように無邪気に、死にまつわるエピソードを撒き散らし」、「人々の心をしだいに麻痺」させていく存在と規定した亀山氏は、「かくして偽キリスト、僭称者としてのムイシキンが招換するのは、他でもない次作『悪霊』の主人公スタヴローギンなのです」と続けているからである*3。
 (加筆2)〈しかし、「何よりもこの小説は、過去三十数年、私のドストエフスキー経験の中心につねに位置しつづけてきた小説であり、なかでも「告白」は、原点なのです」(41頁)という『悪霊』についての記述に注目するならば、多少きつい表現になるが、亀山氏は書かれた順番に沿ってではなく、昭和初期に『白痴』論を書いた小林秀雄と同様に、スタヴローギンについての解釈を踏まえて独自のムイシュキン像を創造しているように思える。〉

 『白痴』においてドストエフスキーは、ムイシュキンにフランスの処刑制度を批判させながら「聖書にも『殺すなかれ!』といわれています。それなのに人が人を殺したからといって、その人を殺していいものでしょうか? いいえ、絶対にいけません」と明確に語らせていた*4。
 つまり、決定稿におけるムイシュキンは、『カラマーゾフの兄弟』のゾシマ長老や、若きアリョーシャにつながる風貌を持っており、ペトラシェフスキー事件をふまえつつ、ネチャーエフ事件に関わったバクーニンなどをモデルとして描いた『悪霊』のスタヴローギンとは決定的に異なると思われるのである(注3)。
 そしてこのような「哲学者」的な風貌を持つムイシュキン像は、5000万人以上の死者を出した第二次世界大戦の反省を踏まえて製作された黒澤明監督の名作「白痴」でも、登場人物を日本人に移し替えながらも、「滑稽」に見えるが、「一番大切な知恵にかけては、世間の人たちの誰よりも、ずっと優れて」いる人物として、きわめて説得的に描き出されていた。そして井桁貞義氏が書いているように、そのようなムイシュキン像は本場ロシアや海外の研究者たちによってきわめて高く評価された*5。
 さらに、新谷敬三郎氏が「初めてみたときの驚き、ドストエフスキイの小説の世界が見事に映像化されている」と書いているように、「ドストエーフスキイの会」に集った日本の研究者たちも、同じような感想を抱いていた。 たとえば、「ドストエフスキーと黒澤明とはいわば私の精神の故郷である。他の多くの人にとってそうであるように」と記した国松氏も、ラストのシーンでアグラーヤ役の綾子が、「そう! ……あの人の様に……人を憎まず、ただ愛してだけ行けたら……私……私、なんて馬鹿だったんだろう……白痴だったの、わたしだわ!」と語っていることに注意を促している*6。
 一方、亀山氏の解釈によれば、「現代の救世主たるムイシキンは、じつは人々を破滅へといざなう悪魔だった。使嗾する神ムイシキン! けっして皮肉な読みではありません。ムイシキンは完全に無力どころか、世界の破滅をみちびく役どころを演じなくてはならない」のである(上、285)。
 黒澤明による『白痴』の映画化が行われてからまだ50年ほどしか経ていない日本で、なぜ『白痴』の主人公の解釈にかくも激しい変化が起きたのだろうか。
 この意味で注目したいのは、 『悪霊』の亀山訳を鋭く批判した木下豊房氏が前掲の論考「少女マトリョーシャ解釈に疑義を呈す」で、当時問題となっていた建築家による「耐震構造」の疑惑の問題に言及しながら、少女マトリョーシャ像に関わる日本語訳が、亀山氏のドストエフスキー論の構造と深く関わっていることを鋭く指摘していることである*7。
 実際、ポリフォニー的な構造を持つ『白痴』の解釈においても、作品の構造を支えているいわば「鉄筋コンクリート」にも相当するようなアグラーヤやガーニャだけでなく、ムイシュキンの厳しい批判者でもあったイポリートなどの重要な登場人物の解釈がほとんど省かれることで、ムイシュキン像がドストエフスキーが意図したものとは正反対となった可能性が強いのである*8。
 一方、私自身はキリスト者ではないが、初めて『白痴』を読んだときからムイシュキンという主人公に軽薄な「ゲーム・マニア」のような若者ではなく、ドストエフスキーが与えようとした「キリスト公爵」としての風貌の一端を感じ、彼が語る「哲学」からは強い知的刺激や励ましをも受けてきた*9。
 『カラマーゾフの兄弟』の新訳が100万部を越えるようなベストセラーとなるなど亀山氏のドストエフスキー論は、すでに社会現象化して若い読者だけでなく研究者にも影響力を持ち始めているが、大胆な見解をきわめて率直に示した氏は「愛読者からの厳しい批判」を謙虚に求めている(下、314)。
  それゆえ次回は発表の本論である「『白痴』における虐げられた女性たちの考察」に大幅な加筆をすることにより、私が考える『白痴』の現代的な意義を亀山氏だけでなくドストエフスキーの研究者にも率直に提示するので、忌憚のないご批判を頂ければ幸いである。

*1 高橋「テーマの強調と登場人物の省略の手法をめぐって――『白痴』におけるムイシュキンとガーニャとの関係を中心に」『ドストエフスキー曼荼羅』第2号、2008年11月参照。 / *2 少女マトリョーシャをマゾヒストとする亀山氏の解釈やその年齢の扱い、さらにはスタヴローギンが『「悪霊」神になりたかった男』と題した著作の主人公となっていることなどの問題については、「SQUARE」にされた前記の論考の他、萩原俊治「ドストエフスキーの壺の壺」『江古田文学』第66号、長瀬隆「亀山郁夫氏を批判する」(ホームページ)などに詳しい。/ *3 亀山郁夫『ドストエフスキー 父殺しの文学』上巻、NHK出版、2004年、285頁。(以下、同書からの引用は、本文中に巻数と頁数のみを記す)。/ *4 訳は木村浩訳の『白痴』(新潮文庫)による。(以下、同書からの引用は、本文中に編と章をアラビア数字で記す)。/ *5井桁貞義「ドストエーフスキイの世界感覚」、『全集黒澤明月報3』、1988年、および「ドストエフスキイと黒澤明 ――『白痴』をめぐる語らい」『ロシア文化の森へ――比較文化の総合研究』第2集、ナダ出版センター、2006年、664~681頁。/ *6 新谷敬三郎「黒沢明『白痴』を見る」「ドストエーフスキイの会会報」39号、1975年。『場』第2号、110頁参照。/ *7 木下豊房氏は日本におけるドストエフスキーの受容を詳しく考察した商品としてのドストエフスキー ―商業出版とマスメディアとにおける作家像-」(『ドストエーフスキイ広場』№22、2013年。『ドストエフスキーの作家像』鳥影社、2016年に再録)で、『謎とき「悪霊」』にも言及して亀山氏の『悪霊』解釈の問題点を鋭く指摘している。/ *8 高橋「『白痴』における〈自己〉と〈他者〉(1)――哲学者ムイシュキンと肺病患者イポリートの形象をめぐって」『人間の場から』第46号、1998年参照。/ *9 高橋「私のドストエフスキー体験――世代論の視点から」『江古田文学』第66号、2007年、30~39頁。