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 日本の近代化と『若き日の詩人たちの肖像』

 日本の近代化と『若き日の詩人たちの肖像』

  『ロシアの近代化と若きドストエフスキー』(成文社)の終章で堀田善衞の『若き日の詩人たちの肖像』に言及したのは 2007年のことであった。

 この本を書き終えた後では、直ぐに芥川龍之介の自殺した頃からトルストイの『復活』の法律解釈が問題となって滝川教授が退職に追いやられた京都大学事件、さらに「天皇機関説」事件を経て、日本でも帝政ロシアに近いような「祭政一致」政策が行われるようになった重苦しい時代を描いた『若き日の詩人たちの肖像』をきちんとと分析したいと考えていた。

 しかし、日露の近代化の比較という視点から司馬作品を読み込んでいた私は、司馬遼太郎の死後に起きたいわゆる「司馬史観論争」で日本が急激に右傾化したことに強い危機感を持っていた。それゆえ、『竜馬という日本人』(2009)と『新聞への思い』(2014)で、「司馬遼太郎の「神国思想」批判と平和憲法の高い評価」を明らかにしようとした。

 その一方で、『貧しき人々』から『白痴』に至る流れを明らかにするために『黒澤明で「白痴」を読み解く』(2011)を書いたことは、『黒澤明と小林秀雄――「罪と罰」をめぐる静かなる決闘』(2014)につながり、長い回り道をすることになってしまった。

 ただ、今から考えるとこの回り道は必然だったのかもしれない。なぜならば、新著の第一章で明らかにしたように堀田は黒澤映画を高く評価しており、ことにその『白痴』解釈はきわめて近いのである。さらに、終章で記したように堀田善衞だけでなく司馬遼太郎をも尊敬していた宮崎駿監督は、鼎談で司会を行っており、その鼎談から伝わってくるのは、「神国思想」の強い批判と「平和憲法」の重要性の確認である。

 ここでは新著の上梓に至るまでの過程を『若き日の詩人たちの肖像』に絞って
ツイート をアップすることで簡単に振り返っておきたい。この長編小説は日本政府主催で明治百年の記念式典が盛大に行われた1968年に出版された。  

この作品は何度読んでも考えさせられることがいろいろとあるので、他にもツイートした重要な箇所を再掲する 。

「戦争のつづくあいだずっと、といったところで、その戦争という奴が、いったい終ったりなくなったり
ツイート することが果してあるものなのかどうか。若者にはなんの見当もつかなかった。(……)戦争というものは勝負でもって終ることはあるかもしれなかったが、事変という奴は終りそうもない。」(上・314)

「選択を不可能にする事実の到来を待っている思想家たち」(アラン) 「(そういう人たちは)戦争反対を不可能にする、あるいは不必要にする戦争の到来を待ちに待っていた」のであり、「大東亜共栄圏とか、大東亜協同体とかという理論を組み上げて民族解放戦争として規定している」(下・179-180)。

大本営発表の情報 「先月からはソロモン海域で海軍は眼を瞠らされるような戦果を挙げつづけ、東条総理大臣の『皇軍は各地に転戦、連戦連勝、まことにご同慶の至りであります』というきまり文句が流行っていた」が、『ガダルカナルでは陸軍は殲滅的な打撃をうけているらしい』(下・292-3)。 (2022年1月13日、改訂して改題)

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