高橋誠一郎 公式ホームページ

(2)1968年の国内外の情勢と『小国の運命・大国の運命』の構成

(2)1968年の国内外の情勢と『小国の運命・大国の運命』の構成

チェコスロヴァキアへの侵攻が起きた1968年は世界的に見ても動乱の年であった。すなわち、1961年以降はベトナムのゲリラの根拠地に対する枯れ葉剤の大量散布や 、1965年からは北ベトナムへの大々的な爆撃は続いていたばかりでなく、3月には南ベトナムのソンミで米軍による大虐殺事件が起きた。アメリカの本土でも4月4日には黒人運動指導者のキング牧師が、6月5日には有力な大統領候補のロバート・ケネディが暗殺されるという事件が起きた。

 一方、中国でも文化大革命が1966年から続いており、フランスでは5月にパリで学生デモと警官隊衝突が起こり、19日には全仏でゼネストが実行されるなど5月革命と呼ばれる事態が発生した。その一方で、8月24日には仏領の南太平洋で水爆実験が行われていた。

日本でも1月16日には原子力空母エンタープライズの佐世保寄港反対を社・公・共3党が政府に申入れたにもかかわらず入港が強行されたという事件や10月には新宿駅を新左翼の学生たちが占拠する暴動が発生していた。

ワルシャワ条約5カ国軍によってチェコスロバキア全土が武力で占領下におか れた後の9月19日に日本を出発してモスクワに降り立った堀田は記念集会に参加した後で、ヘルシンキ、ストックホルム、ロンドン、パリ、プラハ、ウィーン、ベルリン、ブラティスラバなどヨーロッパ各地を訪問して、チェコスロヴァキアには前後二回、約一カ月滞在して、さまざまな人々と話し合い、約三カ月後の12月24日に日本に帰国した。

見聞きしたことや考えたことを詳しく記した記事が 『朝日ジャーナル』に 翌年の1月から6月まで掲載された後に、同年9月に筑摩書房から刊行されたのが、『小国の運命と大国の運命』である。

まず、本書の構成を示すことで全体像を示しておきたい(かっこ内の数字は全集の頁数)。

 はじめに(188),/1,一人の作家の結びつき(190)/2, “人喰い鬼”の詩 (196)/3,ソヴェトの中のロシア(204)/4,奴らとわれわれ(212)/5,逆効果の“白書” (218)/6,言わない部分の多い会話(226)/7,見失われた共通価値(233)/8,第三世界から生まれつつあるもの(240)/9,チェコの歴史と作家の心(246)/10パリでの時間表(253)/11,プラハに入る(262)/12,“友は選べるが、兄弟は選べない”(267)/13,暗黒時代の政治裁判(274)/14,黒いユーモア(282)/15,国際学生行動日の会話(291)/16,スロヴアキアの民心(282)/17,人民の前衛化と前衛党(306)/あとがき(314)

最初の章「一人の作家の結びつき」ではアジア・アフリカ作家会議との関りについて記されている。ロシアやチェコスロヴァキアなどで見聞きしたことやその考察は、その次の章から始まる。

« »

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です