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脱原発

「国民の安全と経済の活性化のために脱原発を」に追加した箇所を掲載

昨日、俳優・中村敦夫氏の朗読劇について記した短い劇評をアップしました。

  元・原発技術者と木枯し紋次郎――朗読劇「線量計が鳴る」を観る 

それに関連してトップページの「国民の安全と経済の活性化のために脱原発を」に、8,「終末時計の時刻とトランプ大統領の核政策」の項目を加筆し、9, 「北朝鮮情勢と安倍政権の核政策」、10,〔「核兵器禁止条約」と日本〕を追加しました。加筆および追加した箇所を以下に再掲します。

8,  終末時計の時刻とトランプ大統領の核政策

アメリカの科学誌『原子力科学者会報』は、日本国憲法が発布された1947年に世界終末時計を発表して、その時刻がすでに終末の7分前であることに注意を促していた。冷戦の終結によって「残り17分」までに回復したが、2015年にはその時刻がテロや原発事故の危険性から1949年と同じ「残り3分」に戻った。さらに、2017年1月にはトランプ大統領が「核廃絶」や地球の温暖化に対して消極的な発言を行なったことなどから「残り2分半」になったと発表された。

9, 北朝鮮情勢と安倍政権の核政策

7月7日には国連で「核兵器禁止条約」が国連加盟国の6割を超える122カ国の賛成で採択されたが参加すらしなかった日本の安倍政権は、水爆実験やミサイルの発射などを繰り返した北朝鮮に対してトランプ大統領が「北朝鮮を完全破壊」することもありうるとの恫喝的な発言を国連で行い国際社会からの強い顰蹙を買った際にもその危険性を指摘しなかった。

しかし、狭い国土に世界の7%に当たる110の活火山を有する火山大国であり、地震大国でもある日本に、現在、54基もの原発があり、安倍政権によってその稼働が進められていることを考慮するならば、日本をも巻き込んだ極東での戦争がレベル7の大事故だった福島第一原子力発電所事故以上の地球規模の大惨事となることは明白のように思われる。

10,「核兵器禁止条約」と日本

つまり、「核兵器禁止条約」は理想論ではなく、「化学兵器禁止条約」と同じように人道的な条約であり、さらに地球と人類を存続させるための現実的で切実な条約といえるだろう。

原水爆の危険性と非人道性をよく知る被爆国日本は、「核の傘」理論が机上の空論であり、キューバ危機の時のように憎悪や恐怖の感情に襲われた時には役に立たないことを明らかにして、非核運動の先頭に立つべきであろう。

トップページの〈目次〉の項目を「国民の安全と経済の活性化のために脱原発を」と改題

2月3日には福島第一原子力発電所第二号機を調べたところ、内部の空間放射線量が数十秒の被ばくで人が死亡するレベルの530シーベルトに上るばかりでなく、 足場に大穴があり、作業がささらに難しくなったことが報道されました。

しかし、9日には新たに射線量が毎時650シーベルトと推定されたと発表され、足場の問題だけでなく、あまりにも射線量が多すぎるためにロボットでさえも、しばらくすると作業ができなくなることも判明しました。

今、テレビは東京都の豊洲問題を大々的に報じていますが、はるかに重大なのは福島第一原子力発電所事故の問題だと思われます。

それゆえ、トップページの目次の「黒澤明監督と本多猪四郎監督の核エネルギー観」を副題とし、上記の表記に改題します。

国民の安全と経済の活性化のためにも、原発を過去のエネルギーに。

本日(2月3日)の「東京新聞」の朝刊は「廃炉費用 いつのまにか高くつく」と題した社説で「クリーンで安全で安い」と自公政権が宣伝してきた原発の問題を鋭く指摘しています。

それゆえ、ここではこれまでツイッターに書いてきた私の見解と、映画をとおして原水爆や原発の危険性を指摘していた「黒澤明監督本多猪四郎監督の核エネルギー観」へのリンク先を示した後で、「東京新聞」社説を全文転載します。

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〔大手電力会社の広告宣伝は42年間で2兆4000億円にも及び、政府広報予算も含めれば数倍にも膨れあがる(本間龍『原発プロパガンダ』)。国民の安全と経済の活性化だけでなく、国際社会のためにも原発は過去のエネルギーとすべきだろう。〕

→ https://twitter.com/stakaha5/status/770972800915939328

〔アメリカの科学誌『原子力科学者会報』は、日本国憲法が発布された1947年には世界終末時計を発表して、その時刻がすでに終末の七分前であることに注意を促していた。しかし、2015年にはその時刻がテロや原発事故の危険性から1949年と同じ「残り三分」に戻ったと発表した。(図版は「ウィキペディア」より)〕。

リンク→ https://twitter.com/stakaha5/status/807404018741821440

〔ドイツでは、「事故が起きると、ほかのどんなエネルギー源よりも危険である。次の世代に廃棄物処理などを残すのは倫理的問題がある。原子力より安全なエネルギー源がある」との理由で脱原発に既に踏み切っている。〕

→ https://twitter.com/stakaha5/status/803603174812577793

〔地震国でありながら国民の生命と安全とを危険にさらす原発の稼働を進め、原発の輸出を「成長戦略」の柱とする安倍政権の「異常性」については、「原発プロパガンダ」に負けないためにも、新聞などだけではなく一人一人が粘り強く指摘し続けていく必要があります。〕

→ https://twitter.com/stakaha5/status/801263299857764352

〔台湾の政府も「脱原発」に踏み切った。原発の危険性と直面している県とその周辺だけでなく、大阪や東京など大都市の住民も、原爆や経済の問題を隠蔽している安倍政権の実態にそろそろ目覚めるべき時だろう。〕

→ https://twitter.com/stakaha5/status/790341230563434496

国民の安全と経済の活性化のために脱原発を――黒澤明監督と本多猪四郎監督の核エネルギー観

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「廃炉費用 いつのまにか高くつく」(「東京新聞」社説)

福島第一原発の天文学的事故処理費用、「過去に原発の恩恵を受けてきたから」と、結局は国民に広くツケ回し。過去に支払い済みの料金を値上げして、差額を徴収するなんて。そんなの、ありか。

東京電力福島第一原発の事故処理費。二十一兆五千億円。東京都の予算の三倍以上、とんでもない数字である。二〇一三年の暮れまでは十一兆円と見積もられていたが、二倍近くに増えた。

溶け落ちた核燃料(デブリ)の取り出しだけでプラス六兆円という。

何しろ放射能の壁の中、人が直接触れられない、近づくことも不可能な別世界。とてつもなく困難な作業ということである。

東電は今月、2号機直下にロボットを投入し、溶け落ちた燃料の在りかを探る。事故から六年になろうとする今も、“敵”の居場所さえ、はっきりとはつかめていない。長い時間と巨額の費用をかけて、牛歩を続けていくしかない。この先いくらかかるか分からない、天井知らずということだ。

その費用は、誰が払うのか。

東電が賄うならば、電気代、政府が肩代わりするなら税金-。結局は、消費者、国民に、ツケが回るということだ。

賠償費用も約八兆円。経済産業省の考えるツケ回しの手法は、あまりにも理不尽だ。

託送料金。すなわち、電力自由化後も既存大手の独占状態にある送電線の利用料を引き上げて、原発の電気を買わない新電力の利用者からも、「過去分」として、広く、浅く、取り立てようというのである。「新電力の利用者も、過去に原発の恩恵にあずかったから-」と、よく分からない理由をつけて、東電救済にひた走る。しかもそれが、われわれの知らないところで決められる。

政府は避難指示を徐々に解除し、賠償を順次打ち切る方針だ。

被害者の救済には原因企業の存続が不可欠と言いながら、事故原因の究明、被害の実態把握はそこそこに、補償費の抑制をひたすら急ぐ-。水俣事件とそっくりだ。

安全対策に限りはない。欧米や台湾で原発の新設が行き詰まるのは、福島に学んだからだ。“安全代”の急騰が、東芝という巨大企業の屋台骨さえ、揺るがしているではないか。

もちろん、被害者の補償を含め、事故の後始末には十分な予算をつぎ込むべきである。しかし、だからこそ、「原発の電気は安い」などとは言わせない。

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メルケル首相の苦言と安倍政権

福島第一原子力発電所での大事故の後では、この事故の大きさに衝撃を受けたドイツやイタリアなどでは脱原発という大きな決断がなされました。

しかし、火山の噴火が続いているだけでなく、近い将来に大地震が起こることが予測されている日本で、安倍政権は国民レベルでの議論や国会での討議もないままに、原発の再稼働を強引に進めて、原発の輸出さえも決めました。

しかも、安倍首相は「汚染水はアンダーコントロール」と国際社会に公言しましたが、先月の24日には「東京電力が、福島第一原発の排水溝から高濃度の放射性物質を含む水が外洋に漏れ続けるのを放置していたこと」が判明しました。東京電力は「外洋への継続的な漏出を昨年四月に把握しながら公表せず、排水溝を専用港内に付け替えるなどの対策も取っていなかった」のです(「東京新聞」2月25日)。

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福島第一原子力発電所の大事故から4年目を迎えた3.11の直前に来日したドイツのメルケル首相は、国際社会を困惑させていると思われる安倍政権の二つの政策について、オブラートにつつんだ形ではありましたが明確に指摘していました。

第一点はドイツが第二次大戦後「過去ときちんと向き合った」ことで、国際社会に受け入れられたとの考えを示して、安倍政権の「歴史認識」の問題点を指摘したことです。

さらに、目先の利益に囚われて「国民の生命」だけでなく世界の安全を危険にさらしているとも思われる安倍政権の原発政策についても、「日本という高い技術水準の国でも予期しない事故が起こりうると分かったからこそ、自国での『脱原発』を決めた」と発言して、政策の転換を暗に求めていたのです(「東京新聞」、3月9日)。

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籾井会長のもとで安倍政権の「御用放送」と化した観のあるNHKのニュースからでは伝わらなくなっていますが、私は日本の孤立化が深まっているのではないかという危惧の念を強めています。

外国の要人からの指摘や「国民」の考えを無視して強引に自分の考えを推し進める安倍政権の政策については、戦前の日本と同じような悲劇の再現とならないようにこれからも注視していかなければならないでしょう。

〈黒雲を 白雲に変える 風の音〉

 

謹賀新年

本年もよろしくお願いします。

 

昨年は、「武器輸出三原則」の閣議に決定による変更から始まって、「特定秘密保護法」、「集団的自衛権」の閣議決定と、「国会」や「国民」の声だけでなく、最近盛んになっている火山活動や大雨などの自然現象を「天の声」として素直に聞く耳を持たない政策が進められました。年末に急遽行われた総選挙では、安倍政権の問題点に「国民」の眼が向く前だったので、与党が大幅な議席数を保持しました。

しかし、極端な「排外主義」を掲げる「次世代の党」がほぼ壊滅状態になり、「原発推進」や「アベノミクス」の危険性に気づいた議員の議席数が増えていることも注目されます。

改革への「風の音」は、かすかではありますが聞こえ始めてきていると思います。

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昨年は、積年の課題であった小林秀雄論を『黒澤明と小林秀雄――「罪と罰」をめぐる静かなる決闘』(成文社)という形で出版することができました。ドストエフスキー論に絞りつつも、評論の「神様」とも呼ばれる小林氏の問題点を明らかにした書物でしたが、多くの方から熱いご感想や励ましの言葉を頂きました。

今年は延び延びになっていた『司馬遼太郎の視線――子規と「坂の上の雲」と』(仮題)を人文書館から出版する予定です。

本年はよりよい年にしたいと思います。

 

 

〈「放射能の除染の難しさ」と「現実を直視する勇気」〉を「主な研究」に掲載

 

 原発事故の後も福島県に残ってこどもたちの健康を守るための「放射能測定」などの地道なボランティア活動を行っている吉野裕之氏を招いての研究会が、7月11日に日本ペンクラブの「子どもの本委員会」と「環境委員会」との共催で開催されました。

 掲載が遅れてだいぶ以前のことになってしまいましたが、今回の研究会からも多くのことを学びましたので、「主な研究」にその時の報告とその後の経過を踏まえて私の感想を記しておきます。

真実を語ったのは誰か――「日本ペンクラブ脱原発の集い」に参加して

 

ここのところ忙しく、原発事故に関連する記事を書くことができませんでしたが、日本だけでなく地球の将来にも大きな影響を及ぼすにできごとが続いています。

少しさかのぼることになりますが、時系列に沿って、原発事故関連の出来事を追って記すことにします。

今回は、事故当時の最高責任者・菅直人氏を講演者に招いて、「福島原発事故 ― 総理大臣として考えたこと」と題して行われた3月15日の「脱原発を考えるペンクラブの集い」での菅氏の講演の内容をまず紹介し、その後で安倍首相が全世界に向けて発した、汚染水は「完全にブロックされている」という発言を検証することにします。

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「脱原発を考えるペンクラブの集い」part4は、五〇〇名を収容できる専修大学神田校舎の大教室で行われので、最初はどの位の聴衆が集まるのか少し不安にも思ったが、講演が始まる少し前には座れない人も出るほどとなった。

 冒頭で司会の中村敦夫環境委員長は、事故から三年も経った現在も放射線や汚染水が毎日、放出されているにもかかわらず福島第一原子力発電所の状況についての報道がほとんどなされていないことを指摘し、メディアをとおしては知り得ないことをこの場で包み欠かさず伝えて頂きたいと語った。

 菅元首相もそれに応じる形で資料なども用いながら、未曾有の大事故と対面した時の危機感と対応をきわめて率直に語り、第二部の質疑応答でも厳しい質問にも深い反省も交えて誠実に答えていたのが、印象的だった。

 事故当時の状況については、新聞や書物、さらには前回行われた環境委員会の研究会などで少しは知っていたが、最高責任者だった菅氏によって肉声で語られた内容はやはり衝撃的だった。

 改めて驚いたのは、原子力発電の専門家の委員たちが原発事故を想定していなかったために、事故が起きた後では首相に適切なアドバイスをすることがまったくできていなかったことである。

 菅氏は政府事故調中間報告の図面資料を用いながら、四号機プールに水が残っていなかったら、二五〇㎞圏に住む五千万人の避難が必要という「最悪のシナリオ」になった可能性があったという背筋がぞっとするような核心部分の話に入った。

一九八六年に起きたソ連のチェルノブイリの原発事故では核反応そのものが暴走し、一機の爆発としては最大のものであったが、ソ連の場合は事故を起こしたのは四号機だけだった。しかし、福島第一原発だけでも六機の原発と七つの使用済みプールがあり、さらに第二原発にも四機の原発と四つのプールがあったので、日本の場合はソ連の場合よりも数十倍から百倍の規模の災害となる危険性が高かったのである。

 菅氏は政財界からだけでなくマスコミからも浴びせられた激しいバッシングについて、ユーモアを交えつつ語ったが、その話からは司馬遼太郎氏が『坂の上の雲』で指摘していた「情報の隠蔽」の問題――多くの評論家の解釈とは異なり、「情報の隠蔽」の問題が『坂の上の雲』におけるもっとも重要なテーマであると私は考えている――が現在の日本でも続いていることが痛感された。

休憩後に行われた第二部の「質疑応答」では、壇上の茅野裕城子氏(理事・女性作家委員会委員長)、吉岡忍(専務理事)、山田健太(理事・言論表現委員長)だけではなく、会場からも冒頭での浅田次郎会長の質問をはじめとし、下重暁子副会長や小中陽太郎理事からも会場の素朴な疑問を代弁するような質問があった。

たとえば、浅田会長からの、なぜ日本では狭い国土に五四基もの原発が建設され、原発が動いていなくとも困らないのに再稼働の動きがあるのか」という質問に対しては、菅氏は電力会社の宣伝などのために原発がなくても生活ができるにもかかわらず「オール電化」が必要だと思い込まされていたことや、競争相手もないのにテレビコマーシャルを流すなどの手段でメディアに対する支配力をもっているためだろうと答えた。

  原発事故に総理として直面したことを「天命」と受け止めて、「語り部」としてその時のことをきちんと伝えていこうとする菅氏の政治姿勢を司会者の中村氏は高く評価し、今後の変革のエンジンになってもらいたいと語ったが、それは五〇〇名という大教室を埋め尽くした聴衆も同じだったようで、締めの言葉の後では拍手が長く続いた。

 熱い質疑応答は懇親会にも引き継がれ、菅氏は日本ペンクラブの元会長で哲学者の梅原猛氏が今回の原発事故を「文明災だ」と規定していたことにもふれつつ、地震大国でもある日本が「脱原発」へと転換する必要性を強調した。

今回の「集い」では日本の原発産業や政財界だけでなく、マスコミの問題点が浮き彫りになったと思われる。

        (詳しい報告は「日本ペンクラブ会報」第424号に掲載)。

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 5月17日付けの「東京新聞」は、「汚染水 外洋流出続く 首相の『完全ブロック』破綻」との大見出しで、東京電力福島第一原発から漏れた汚染水が、沖合の海にまで拡散し続けている可能性の高いことが、原子力規制委員会が公開している海水データの分析から分かった」ことを報じています。

 以下にその記事の一部を引用しておきます。

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  二〇一一年の福島事故で、福島沖の同地点の濃度は直前の値から一挙に最大二十万倍近い一リットル当たり一九〇ベクレル(法定の放出基準は九〇ベクレル)に急上昇した。それでも半年後には一万分の一程度にまで急減した。

 一九四〇年代から世界各地で行われた核実験の影響は、海の強い拡散力で徐々に小さくなり、八六年の旧ソ連・チェルノブイリ原発事故で濃度は一時的に上がったが、二年ほどでかつての低下ペースとなった。このため専門家らは、福島事故でも二年程度で濃度低下が元のペースに戻ると期待していた。

 ところが、現実には二〇一二年夏ごろから下がり具合が鈍くなり、事故前の水準の二倍以上の〇・〇〇二~〇・〇〇七ベクレルで一進一退が続いている。

 福島沖の濃度を調べてきた東京海洋大の神田穣太(じょうた)教授は「低下しないのは、福島第一から外洋への継続的なセシウムの供給があるということ」と指摘する。

 海水が一ベクレル程度まで汚染されていないと、食品基準(一キログラム当たり一〇〇ベクレル)を超える魚は出ないとされる。現在の海水レベルは数百分の一の汚染状況のため、「大きな環境影響が出るレベルではない」(神田教授)。ただし福島第一の専用港内では、一二年初夏ごろから一リットル当たり二〇ベクレル前後のセシウム137が検出され続けている。沖合の濃度推移と非常に似ている。

神田教授は「溶けた核燃料の状態がよく分からない現状で、沖への汚染がどう変わるか分からない。海への汚染が続いていることを前提に、不測の事態が起きないように監視していく必要がある」と話している。

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 原発事故の後で菅氏追求の急先鋒だった安倍氏は、昨年の9月には国際社会に向かって「汚染の影響は専用港内で完全にブロックされている」と日本の首相として強調していました。

しかし、その説明は現在、完全に破綻しているばかりでなく、原発事故のさらなる拡大の危険性が広がっていると思えます。

原発事故の検証とともに、その発言も検証される必要があるでしょう。

  

「STAP細胞」騒動と原発の再稼働問題

 

 ここのところ連日、「STAP細胞」をめぐる騒動がテレビなどで詳しく報道されています。

科学者の倫理を問うことは、「道徳」という教科の柱ともなる重要なテーマでしょう。

しかし、「STAP細胞」をめぐるこの騒動が大きくなった一因は、理研と産総研(経産省所管の産業技術総合研究所)を特定法人に指定するための法案の今国会での成立を急ぐために、処分を急いだためとも言われています。

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 問題はこの騒動に隠れた形で、まだ、福島第一原子力発電所の事故の問題がほとんど解決されていない中、「国民の生命」や「地球環境」の問題にも関わるより大きな「道徳」的テーマと言える「原発」の再稼働が決められたことです。

しかも今回の決定は、先の参議院選挙や衆議院選挙での政府や与党の「原発をゼロに向けて段階的に削減する」という公約にも反していると思われます。 

このような国政レベルでの「国民」への約束が破られるならば、「国の道徳」は成立しないでしょう。

今朝の「東京新聞」が1面を全部割いてこの問題を取り上げていましたので、その一部を引用しておきます。

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安倍政権は「エネルギー基本計画」で原発推進路線を鮮明にした。東日本大震災から三年で、東京電力福島第一原発事故を忘れたかのような姿勢。電力会社や経済産業省という「原子力ムラ」が復活した。 (吉田通夫、城島建治)

 計画案の了承に向けた与党協議が大詰めを迎えた三月下旬。経産省資源エネルギー庁の担当課長は、再生可能エネルギー導入の数値目標の明記を求められ「できません」と拒否した。(中略)

原子力ムラの動きの背後には、経産省が影響力を強める首相官邸がある。

 安倍晋三首相の黒子役を務める首席秘書官は、経産省出身でエネルギー庁次長も務めた今井尚哉(たかや)氏。首相の経済政策の実権は、今井氏と経産省が握っている。

 昨年七月。今年四月から消費税率を8%に引き上げるか迷っていた首相は、税率を変えた場合に経済が受ける影響を試算することを決めた。指示した先は財務省でなく経産省だ。

 歴代政権の大半は「省の中の省」と呼ばれる財務省を頼ったが、安倍政権は経産省に傾斜。その姿勢が原子力ムラを勢いづかせた。

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以前、このブログでは明治以降の日本において「義勇奉公とか滅私奉公などということは国家のために死ねということ」であったことに注意を促して、「われわれの社会はよほど大きな思想を出現させて、『公』という意識を大地そのものに置きすえねばほろびるのではないか」という痛切な言葉を記していた司馬遼太郎氏の言葉を紹介しました(『甲賀と伊賀のみち、砂鉄のみちほか』、『街道をゆく』第7巻、朝日文庫)。

その時、私が強く意識していたのは満州事変以降の日本の歴史と原発事故に至る日本の歴史との類似性でした。

繰り返しになりますが、事態に改善がみられないので、ここでも再び引用しておきます。

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司馬氏が若い頃には「俺も行くから 君も行け/ 狭い日本にゃ 住み飽いた」という「馬賊の唄」が流行り、「王道楽土の建設」との美しいスローガンによって多くの若者たちが満州に渡ったが、1931年の満州事変から始まった一連の戦争では日本人だけでも300万人を超える死者を出すことになったのです。

同じように「原子力の平和利用」という美しいスローガンのもとに、推進派の学者や政治家、高級官僚がお墨付きを出して「絶対に安全である」と原子力産業の育成につとめてきた戦後の日本でも「大自然の力」を軽視していたために2011年にはチェルノブイリ原発事故にも匹敵する福島第一原子力発電所の大事故を産み出したのです。

それにもかかわらず、「積極的平和政策」という不思議なスローガンを掲げて、軍備の増強を進める安倍総理大臣をはじめとする与党の政治家や高級官僚は、「国民の生命」や「日本の大地」を守るのではなく、今も解決されていない福島第一原子力発電所の危険性から国民の眼をそらし、大企業の利益を守るために原発の再稼働や原発の輸出などに躍起になっているように見えます。

《かぐや姫の物語》考Ⅱ――「殿上人」たちの「罪と罰」(2014年1月14日)

 

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「道徳」の問題が焦眉の課題となってきた現在、テレビや新聞は「STAP細胞」で小保方氏のインタビュー記事を書くことよりも大きなエネルギーを、「国民の生命」や「地球環境」にかかわる原発の再稼働を進めている経産省の官僚一人一人へのインタビューなどを行って、検証すべきだと考えますがどうでしょうか。

 

福島原発事故とチェルノブイリ原発事故

 

東京電力・福島第一原子力発電所で大事故が発生してから3年が経ちましたが状況はいっこうに改善されていないばかりか、汚染水などの問題は悪化しているように見えます。

私たちが経験もしたことのない「天災」の関東大震災についてのニュースは、昨日、大きく取り上げられていましたが、「人災」であった福島第一原子力発電所の事故については、NHKをはじめ民放でもあまり大きくは取り上げられていないように感じました。

こうした中、「東京新聞」は「原発関連死1000人超す 避難長期化、続く被害」と題した署名記事を3月10日の一面に掲載していましたので、その一部を引用して転載します。

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東京電力福島第一原発事故に伴う避難で体調が悪化し死亡した事例などを、本紙が独自に「原発関連死」と定義し、福島県内の市町村に該当者数を取材したところ、少なくとも千四十八人に上ることが分かった。昨年三月の調査では七百八十九人で、この一年間で二百五十九人増えた。事故から三年がたっても被害は拡大し続けている。

福島県の避難者数は約十三万五千人。このうち、二万八千人が仮設住宅で暮らしている。医療・福祉関係者の多くは、関連死防止に住環境の整備を指摘する。県は原発避難者向けに復興公営住宅四千八百九十戸の整備を進めているが、入居が始まるのは今秋から。一次計画分の三千七百戸への入居が完了するのは二〇一六年春になる見通しだ。

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先日、WOWOW放送の『故郷よ』を観た映画ファンの友人から、次のようなメールをもらいました。

「チェルノブイリの原発事故によって翻弄される人々を扱った作品でした。チェルノブイリのロシア語の意味がヨハネ黙示録に書かれている「ニガヨモギ」とは初めて知りました。作品中の字幕では、「忘却の草花」だと出てきます。10年後の福島はどうなっているのだろう。そんなことを考えさせる作品でした。」

福島第一原子力発電所事故が、1986年に起きたチェルノブイリ原発事故に匹敵するレベル7の大事故であることは知られていますが、「苦よもぎ」と原発事故の件はあまり知られていないようです。

世界のコスモロジーを比較した2011年11月の比較文明学会のシンポジウムで、私は「生命の水の泉」と「大地」のイデアと題した考察を発表しました。そこでは長編小説『白痴』にも言及しながら、「ニガヨモギ」と原発事故との関連にも言及していましたので、その時の原稿を「主な研究」のページに掲載します

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黒澤明監督は「第五福竜丸」事件をきっかけに撮った映画《生きものの記録》で、主人公の老人に「臆病者は、慄え上がって、ただただ眼をつぶっとる」と語らせていました。

日本は自然を大切にすると国と言われて来ましたが、日本の大地が汚され国民の生命が脅かされている状況に対しても、多くの国民はいまだに「眼をつぶって」黙っているようにみえます。

私たちはきちんと原発事故を直視して、脱原発の声を上げるべきでしょう。

「脱原発を考えるペンクラブの集い」part4のお知らせを「新着情報」に再掲しました

 

「脱原発を考えるペンクラブの集い」part4のお知らせを1月18日にこのブログに記載しましたが、開催日が近づいてきましたので、改めて「新着情報」に掲載しました。

先の東京都知事選挙では脱原発の票が二つに割れただけでなく、公共放送であるべきNHKが原発事故の問題をきちんと伝えなかったこともあり、大きなインパクトを世論に与えることはできませんでした。

しかし、福島第一原子力発電所の事故は収束からはほど遠い状態で、今日も「東京新聞」は下記のような記事を載せています。

「東京電力福島第一原発で、海側敷地の汚染を調べる井戸から、一リットル当たり七万六〇〇〇ベクレルと、放出限度の五百倍を超える地下水としてはこれまでにない高い濃度の放射性セシウムが検出された。東電はタービン建屋と、配管などを収める地下トンネル(トレンチ)の継ぎ目付近から、高濃度汚染水が漏えいしている可能性があるとしており、建屋から外部への直接漏出が濃厚になった」。

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今年の3月は「第五福竜丸」事件が起きてから60周年に当たります。

アメリカの水爆「ブラボー」の実験は、この水爆が原爆の1000倍もの破壊力を持ったために、制限区域とされた地域をはるかに超える範囲が「死の灰」に覆われて、160キロ離れた海域で漁をしていた日本の漁船「第五福竜丸」の船員が被爆しました。

日本ではこの事件のことは大きく報じられたのですが、その後南東方向へ525キロ離れたアイルック環礁に暮らしていた住民も被爆していたことが明らかになっています(『隠されたヒバクシャ――検証=裁きなきビキニ水爆被害』凱風社、2005年)。

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フクシマの悲劇を再び生むことのないように、なぜ「絶対安全」とされてきた福島第一原子力発電所で事故が起きてしまったのかを、きちんと検証することが必要でしょう。

地殻変動によって形成され、いまも大規模な地震が続いている日本で生活している私たちが正確な判断を行うためにも、多くの方にご参加頂きたいと願っています。