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内務省

明治維新の「祭政一致」の理念と安倍政権が目指す「改憲」の危険性

安倍晋三首相は六日放送のNHK番組で、「憲法は国の未来、理想を語るもの。日本をどういう国にするかという骨太の議論が国会で求められている」と語り、「改憲」の議論が進む事への期待を改めて表明しました(「東京新聞」)。

しかし、問題は防衛大臣をPKO日報隠蔽問題の責任により辞任した稲田朋美元防衛相が安倍首相とともにハワイの真珠湾を訪問して戦没者慰霊式典に出席して帰国すると靖国神社に参拝して「神武天皇の偉業に立ち戻り」、「未来志向に立って」参拝したと語っていたことです。

安倍首相に重用された稲田氏は、内閣府特命担当大臣(規制改革担当)、初代国家公務員制度担当大臣、第56代自由民主党政務調査会長などを歴任し、防衛大臣を辞任した後も、改めて自民党総裁特別補佐・筆頭副幹事長に任命されているのです。

 その彼女が語った「神武天皇の偉業」に立ち戻るという理念は、安倍首相が賛美している「明治維新」の初期に「古代復帰を夢見る」平田派の国学者たちが主導した「祭政一致」の政策を支えるものでした。

彼らの行ったキリスト教の弾圧や「廃仏毀釈」運動などは強い反発にあい挫折しましたが、安倍首相が重用している稲田氏はそのような理念の信奉者なのです。

(破壊された石仏。川崎市麻生区黒川。「ウィキペディア」)

昨日は、安倍氏との共著『日本よ、世界の真ん中で咲き誇れ』』(ワック株式会社、2013年)などで安倍政権の宣伝相的な役割を果たしている百田氏の問題を振り返りました。今回は主に稲田氏関わる関連記事へのリンク先を記しておきます。

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ヒトラーの思想と安倍政権――稲田朋美氏の戦争観をめぐって

安倍首相の年頭所感「日本を、世界の真ん中で輝かせる」と「森友学園」問題

「日本会議」の歴史観と『生命の實相』神道篇「古事記講義」

稲田朋美・防衛相と作家・百田尚樹氏の憲法観――「森友学園」問題をとおして(増補版)

菅野完著『日本会議の研究』と百田尚樹著『殉愛』と『永遠の0(ゼロ)』

明治の藩閥政府と平成の安倍政権――『新聞紙条例』(讒謗律)と「特定秘密保護法」、「保安条例」と「共謀罪」との酷似

「日本に貴族をつくって維新を逆行せしめ、天皇を皇帝(ツァーリ)のごとく荘厳し、軍隊を天皇の私兵であるがごとき存在にし、明治憲法を事実上破壊するにいたるのは、山県であった。」(『翔ぶが如く』文春文庫)

現在、日本の「憲法」の形にも深くかかわる「共謀罪」の議論が拙速な形で行われていますので、征韓論から西南戦争に至る激動の時代を描いた『翔ぶが如く』で山県有朋を厳しく批判していた上記の文章をトップページの〈司馬遼太郎の「神国思想」批判と憲法観に追加しました。

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今回は作家・司馬遼太郎の山県有朋観を簡単に考察することで、山県有朋の思想を強く受け継いでいると思われる安倍首相の危険性を明らかにしたいと思います。

1,山県有朋と政商との癒着と公金横領事件

現在、日本は安倍首相夫妻と「森友学園」や「加計学園」の問題で大きく揺れていますが、「征韓論」の発端となったのは、元奇兵隊の隊長で戊辰戦争の後に横浜で生糸相場を張るようになり「わずか一二年で横浜一の巨商」になった野村三千三〔みちぞう〕による山城屋事件でした。

元部下の野村から頼まれた山県有朋は、「兵部省の陸軍予算の半分ぐらいに」相当したかもしれぬ五十万円という巨額の公金を貸したばかりでなく、御用商人にも取り立てていたのですが、生糸相場に失敗して六四万九千円もの公金を返せないような事態に陥ったので野村は切腹し、山県も明治5年に辞職していました(『歳月』上・「長閥退治」)。

しかし、薩長のパワーバランスにより山県は翌年には初代陸軍卿として復職したばかりでなく、同じような横領がやはり旧長州藩の「井上馨を独裁者とする大蔵省」でも起きたのです。

「信じられぬほどの悪政がいま、成立したばかりの明治政府において進行している」ことに憤激し、太政官での議論でも「法の前では何人〔なんびと〕も平等である」と力説して受け入れられずに辞職した司法卿の江藤新平が明治7年に起こしたのが佐賀の乱でした。

司馬氏は『翔ぶが如く』ではフランス革命時の「フランス革命の闘士」でありながらも、利権で私腹を肥やしさらには、「王政の復活のために暗躍」したタレーランと山県有朋の類似性を指摘したあとでこう続けています。「『国家を護らねばならない』/と山県は言いつづけたが、実際には薩長閥をまもるためであり、そのために天皇への絶対的忠誠心を国民に要求した。」

2,薩長藩閥政府への批判の広がりと明治8年の「新聞紙条例」(讒謗律)

元司法卿の江藤新平が起こした佐賀の乱が鎮圧されたあとも、薩長藩閥政府の汚職と腐敗に対する国民の怒りは収まらず、燎原の火のように広がる薩長藩閥政府への批判を弾圧するために発布されたのが「新聞紙条例」でした。司馬氏はこの条例の問題点をこう指摘しています。

「明治初年の太政官が、旧幕以上の厳格さ在野の口封じをしはじめたのは、明治八年『新聞紙条例』(讒謗律)を発布してからである。これによって、およそ政府を批判する言論は、この条例の中の教唆扇動によってからめとられるか、あるいは国家顛覆論、成法誹毀(ひき)ということでひっかかるか、どちらかの目に遭った」。(太字は引用者、『翔ぶが如く』第5巻「明治八年・東京」)。

3、内務省の設置(明治6年)と保安条例の公布(明治20年)

「普仏戦争」で「大国」フランスに勝利してドイツ帝国を打ち立てたビスマルクと対談した大久保利通は、「プロシア風の政体をとり入れ、内務省を創設し、内務省のもつ行政警察力を中心として官の絶対的威権を確立」しようとしましたが、西南戦争の後で暗殺されます(『翔ぶが如く』第1巻「征韓論」、拙著『新聞への思い』、88頁)。

その内務省の大臣となった山県有朋(任期1885~90年)が、「憲法」公布前の明治20年に発布したのが、集会・結社の自由を規制していた「集会条例」を大幅に強化して、後の治安維持法を準備したといえる「保安条例」でした。

内務省がこの条例を拡大解釈することによって、民間で私擬憲法を検討する事も禁じていたことを考慮するならば、この条例は民主主義を否定するような形での「改憲」を目指す安倍政権が、なぜ国内だけでなく、国際社会からの強い批判にもかかわらず「共謀罪」を強行採決しようとしているかをも物語っているが分かるでしょう。

ISBN978-4-903174-33-4_xl

『新聞への思い――正岡子規と「坂の上の雲」』(人文書館、2015年)

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「特定秘密保護法」強行採決への歩み(4)

戦車兵と戦争ーー司馬遼太郎の「軍神」観7月14日

大河ドラマ《龍馬伝》の再放送とナショナリズムの危険性7月14日

「改憲」の危険性と司馬遼太郎氏の「憲法」観7月19日

「特定秘密保護法」の危険性→「特定秘密保護法案」と明治八年の「新聞紙条例」(讒謗律)11月13日

「(国家そのものが)投網、かすみ網、建網、大謀網のようになっていた」→司馬遼太郎の「治安維持法」観11月14日

復活した「時事公論」と「特定秘密保護法」 11月24日

「司馬作品から学んだこと――新聞紙条例と現代」11月24日

改竄(ざん)された長編小説『坂の上の雲』――大河ドラマ《坂の上の雲》と「特定秘密保護法」11月24日

司馬作品から学んだことⅠ――新聞紙条例と現代11月24日

司馬作品から学んだことⅡ――新聞紙条例(讒謗律)と内務省

司馬作品から学んだことⅢ――明治6年の内務省と戦後の官僚機構

司馬作品から学んだことⅣ――内務官僚と正岡子規の退寮問題  

司馬作品から学んだことⅤ――「正義の体系(イデオロギー)」の危険性

司馬作品から学んだことⅥ――「幕藩官僚の体質」が復活した原因

司馬作品から学んだことⅦ――高杉晋作の決断と独立の気概2013年12月6

司馬作品から学んだことⅧ――坂本龍馬の「大勇」12月7日

「特定秘密保護法」と自由民権運動――『坂の上の雲』と新聞記者・正岡子規12月8日

「学問の自由」と「特定秘密保護法」――情報公開と国民の主権12月12日

司馬作品から学んだことⅨ――「情報の隠蔽」と「愛国心」の強調の危険性12月18日

(山口県萩市の中央公園に立つ「山県有朋公像」、北村西制作、出典は「ウィキペディア」)

(2017年6月10日、改題し全面的に改定)

正岡子規の時代と現代(4)――明治6年設立の内務省と安倍政権下の総務省

「この時期、歴史はあたかも坂の上から巨岩をころがしたようにはげしく動こうとしている」(司馬遼太郎『翔ぶが如く』、文春文庫、第3巻「分裂」。拙著『新聞への思い――正岡子規と「坂の上の雲」』81頁))

「よく考えてみると、敗戦でつぶされたのは陸海軍の諸機構と内務省だけであった。追われた官吏たちも軍人だけで、内務省官吏は官にのこり、他の省はことごとく残された。/ 機構の思想も、官僚としての意識も、当然ながら残った」(『翔ぶが如く』、「書きおえて」)。

isbn978-4-903174-33-4_xl装画:田主 誠/版画作品:『雲』

 

正岡子規の時代と現代4――1873年(明治6年)の内務省と安倍政権下の総務省

司馬遼太郎氏は長編小説『翔ぶが如く』で、「普仏戦争」で「大国」フランスに勝利してドイツ帝国を打ち立てたビスマルクと対談した大久保利通が、「プロシア風の政体をとり入れ、内務省を創設し、内務省のもつ行政警察力を中心として官の絶対的威権を確立」しようとしたと書いていました(第1巻「征韓論」、拙著『新聞への思い』、88頁)。

これらの指摘は一見、現代の日本を考える上では参考になるとは見えません。しかし、ドイツが福島第一原子力発電所の大事故の後で、国民的な議論と民衆の「英知」を結集して「脱原発」に踏み切る英断をしたのを見て、改めて痛感したのは、ドイツ帝国やヒトラーの第三帝国の負の側面をきちんと反省していたドイツと日本との違いです。

なぜならば、敗戦70年の談話で安倍首相は、「日露戦争の勝利」を強調していましたが、ヒトラーも『わが闘争』においてフランスを破ってドイツ帝国を誕生させた普仏戦争(1870~1871)の勝利を、「全国民を感激させる事件の奇蹟によって、金色に縁どられて輝いていた」と情緒的な用語を用いて強調していたのです。

こうして、ヒトラーはドイツ民族の「自尊心」に訴えつつ、「復讐」への「新たな戦争」へと突き進んだのですが、「官の絶対的威権を確立」したドイツ帝国を模範として第三帝国を目論んだヒトラー政権は、50年足らずで崩壊した「ドイツ帝国」よりもはるかに短期間で滅んでいました。

それゆえ、敗戦後に母国だけでなくヨーロッパ全域に甚大な被害を与えたナチスドイツの問題を詳しく考察したドイツでは、「官僚」の命令に従うのではなく、原発など「国民の生命」に関わる大きな問題を国民的なレベルで議論することを学んだのだろうと思われるのです。

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それに対して日本では、「ドイツのワイマール憲法はいつの間にか変わっていた。誰も気がつかない間に変わった。あの手口を学んだらどうか」とヒトラーの政治手法に言及した麻生副総理の発言は内外に強い波紋を呼んだものの、集中審議開催を与党が拒否したために、国会でのきちんとした論戦もないままに終わっていました。

本場のドイツとは異なり、日本では敗戦後も「内務省のもつ行政警察力」を中心とした「プロシア風の政体」の問題や政治家や経済界の責任を明らかにしなかったために、

『新聞紙条例』(讒謗律)が発布される2年前の明治6年に設置された内務省の危険性がいまもきちんと認識されていないようです。

一方、『坂の上の雲』を書き終えた後で司馬氏はナチスドイツと「昭和前期の日本」との類似性を意識しない日本の政治家の危険性を次のように厳しく批判していました。

「われわれはヒトラーやムッソリーニを欧米人なみにののしっているが、そのヒットラーやムッソリーニすら持たずにおなじことをやった昭和前期の日本というもののおろかしさを考えたことがあるだろうか」(「『坂の上の雲』を書き終えて」)。

司馬氏のこのような問題意識は、『坂の上の雲』の終了後に書き始めた『翔ぶが如く』にも受け継がれています。

すなわち、その後書きで「土地バブル」に多くの民衆が踊らされて人々の生命をはぐくむ「大地」さえもが投機の対象とされていた時期に、「土地に関する中央官庁にいる官吏の人」から「私ども役人は、明治政府が遺した物と考え方を守ってゆく立場です」という意味のことを告げられた時の衝撃を司馬氏はこう書いているのです。

「私は、日本の政府について薄ぼんやりした考え方しか持っていない。そういう油断の横面を不意になぐられたような気がした」。

そして司馬氏は、「よく考えてみると、敗戦でつぶされたのは陸海軍の諸機構と内務省だけであった。追われた官吏たちも軍人だけで、内務省官吏は官にのこり、他の省はことごとく残された。/ 機構の思想も、官僚としての意識も、当然ながら残った」と続けていたのです(『翔ぶが如く』文春文庫、第10巻「書きおえて」)。

福島第一原子力発電所の大事故のあとで、原子力産業を優遇してこのような問題を発生させた官僚の責任が問われずに、地震大国である日本において再び国内だけでなく国外にも原発の積極的なセールスがなされ始めた時に痛感したのは「書きおえて」に記された司馬氏の言葉の重みでした。

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それゆえ、11月28日に私は下記の文面とともに、「特定秘密保護法案に反対する学者の会」に賛同の署名を送りました。

〈「テロ」の対策を目的とうたったこの法案は、諸外国の法律と比較すると国内の権力者や官僚が決定した情報の問題を「隠蔽」する性質が強く、「官僚の、官僚による、官僚と権力者のための法案」とでも名付けるべきものであることが明らかになってきています。それゆえ私は、この法案は21世紀の日本を「明治憲法が発布される以前の状態に引き戻す」ものだと考えています。〉

特定秘密保護法案の衆議院強行採決に抗議し、ただちに廃案にすることを求めます

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新聞報道の問題や言論の自由の問題のことを考えていたこの時期にたびたび脳裏に浮かんできたのは、郷里出身の内務省の官僚との対立から寄宿舎から追い出された後で、木曽路の山道を旅して「白雲や青葉若葉の三十里」という句を詠んだ正岡子規の姿でした。

日露戦争をクライマックスとした『坂の上の雲』では、どうしても多くの頁数が割かれている戦闘の場面の描写の印象が強くなるのですが、この後で東京帝国大学を中退して新聞『日本』の記者となった正岡子規を苦しめることになる「内務省」や新聞紙条例などの問題もこの長編小説では詳しく分析されているのです。

それゆえ、子規の叔父・加藤拓川と新聞『日本』を創刊する陸羯南との関係にも注意を払いながらこの長編小説を読み進めるとき、「写生」や「比較」という子規の「方法」が、親友・夏目漱石の文学観だけでなく、秋山真之や広瀬武夫の戦争観にも強い影響を及ぼしていることを明らかにすることができると思えたのです。

(初出、2013年11月27日~29日。改訂しリンク先を追加、2016年11月1日)

『新聞への思い――正岡子規と「坂の上の雲」』(目次

人文書館のHPに掲載された「ブックレビュー」、新聞への思い 正岡子規と「坂の上の雲」』

正岡子規の時代と現代(2)――「特定秘密保護法」と明治八年の「新聞紙条例」(讒謗律)

この時期、歴史はあたかも坂の上から巨岩をころがしたようにはげしく動こうとしている」(司馬遼太郎『翔ぶが如く』)

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民主党政権を倒した後で現政権が打ち出した「特定秘密保護法」が、軍事的な秘密だけでなく、沖縄問題などの外交的な秘密や原発問題の危険性、さらにはTPPをも隠蔽できるような性質を有していることが、次第に明確になってきました。司馬作品の研究者という視点から、倒幕後の日本の状況と比較しつつ、この法律の問題点をもう一度考えてみたいと思います。

国民に秘密裏に外国との交渉を進めた幕府を倒幕寸前までに追い詰めつつも「大政奉還」の案を出した理由について、司馬氏は『竜馬がゆく』において竜馬に、政権が変わっても今度は薩長が結んで別の独裁政権を樹立したのでは、革命を行った意味が失われると語らせて、明治初期の藩閥独裁政権の危険性を示唆していました。

実際、長編小説『歳月』(初出時の題名は『英雄たちの神話』)では佐賀の乱を起こして斬首されることになる江藤新平を主人公としていましたが、井上馨や山県有朋など長州閥の大官による汚職は、江藤たちの激しい怒りを呼んで西南戦争へと至るきっかけとなったのです。

そのような中、「普仏戦争」で「大国」フランスに勝利してドイツ帝国を打ち立てたビスマルクと対談した大久保利通は、「プロシア風の政体をとり入れ、内務省を創設し、内務省のもつ行政警察力を中心として官の絶対的威権を確立しよう」としました(第1巻「征韓論」、拙著『新聞への思い』、88頁)。

一方、政府の強権的な政策を批判して森有礼や福沢諭吉などによって創刊された『明六雑誌』は、「明治七年以来、毎月二回か三回発行されたが、初年度は毎号平均三千二百五部売れたという。明治初年の読書人口からいえば、驚異的な売れゆきといっていい。しかしながら、宮崎八郎が上京した明治八年夏には、この雑誌は早くも危機に在った」(第5巻「明治八年・東京」。『新聞への思い』、95~99頁)。

その理由を司馬氏はこう書いています。「明治初年の太政官が、旧幕以上の厳格さで在野の口封じをしはじめたのは、明治八年『新聞紙条例』(讒謗律)を発布してからである。これによって、およそ政府を批判する言論は、この条例の中の教唆扇動によってからめとられるか、あるいは国家顛覆論、成法誹毀(ひき)ということでひっかかるか、どちらかの目に遭った」。

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私は法律の専門家ではありませんが、この明治8年の『新聞紙条例』(讒謗律)が、共産主義だけでなく宗教団体や自由主義などあらゆる政府批判を弾圧の対象とした昭和16年の治安維持法のさきがけとなったことは明らかだと思えます。

なぜならば、『翔ぶが如く』で『新聞紙条例』(讒謗律)の問題を深く掘り下げて司馬氏は、子規の死後養子である正岡忠三郎など大正時代に青春を過ごした人々を主人公とした長編小説『ひとびとの跫音』で、「学校教練」にも触れながら、大正14年に制定された最初の「治安維持法」について次のように厳しく規定していたからです。

国家そのものが「投網、かすみ網、建網、大謀網のようになっていた」/「人間が、鳥かけもののように人間に仕掛けられてとらえられるというのは、未開の闇のようなぶきみさとおかしみがある」。

いわゆる「司馬史観」論争が起きた際には司馬氏の歴史観に対しては、「『明るい明治』と『暗い昭和』という単純な二項対立史観」であり、「大正史」を欠落させているとの厳しい批判もありました。

しかし、『ひとびとの跫音』において司馬氏は、「言論の自由」を奪われて日中戦争から太平洋戦争へと続く苦難の時期を過ごした彼らの行動と苦悩、その原因をも淡々と描き出していたのです、

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『坂の上の雲』をとおしてナショナリズムの問題や近代兵器の悲惨さを描いた司馬氏は、「日本というこの自然地理的環境をもった国は、たとえば戦争というものをやろうとしてもできっこないのだという平凡な認識を冷静に国民常識としてひろめてゆく」ことが、「大事なように思える」と書いていました(「大正生れの『故老』」『歴史と視点』)。

同じことは原発問題についてもいえるでしょう。近年中に巨大な地震に襲われることが分かっている日本では、本来、原発というものを建ててはいけないのだという「平凡な認識を冷静に国民常識としてひろめてゆく」ことが必要でしょう。

戦争自体は体験しなかったものの病気を押して従軍記者となり、現地を自分の体と眼で体感した正岡子規が、『歌よみに与ふる書』で「歌は事実をよまなければならない」と記していました。この文章は『三四郎』を書くことになる親友の夏目漱石だけでなく司馬遼太郎氏の文明観にも強い影響を与えただろうと考えています。

何度も発行禁止の厳しい処罰を受けながらも、新聞『日本』の発行を続けた陸羯南や正岡子規など明治の新聞人の気概からは勇気を受け取りましたので、なんとか平成の人々にもそれを伝えたいと考えています。

(初出、2013年11月13日。改訂、2016年10月30日)

正岡子規の時代と現代(1)――「報道の自由度」の低下と民主主義の危機

→人文書館のHPに掲載された「ブックレビュー」、『新聞への思い 正岡子規と「坂の上の雲」』

高市早苗総務相の「電波停止」発言と報道の危機――「私たちは怒っています!」

「環境の日」を知らなかった丸川珠代環境相が、メディアについて「自分の身を安全なところにおいて批判していれば商売が成り立つ」「文句は言うけど何も責任は取らない」などと批判的な発言していたことも報じられていました。

しかし、先ほども記したように、2013年6月18日に「東京電力福島第一原発事故で死者が出ている状況ではない」として原発の再稼働を求めて、「政治家を辞めるべき」と厳しい批判を浴びた高市氏が総務大臣となると、政権の独裁的な手法を批判するメディアを敵視して、恫喝的な発言を繰り返していることにはきわめて大きな問題があると思われます。

リンク→内務省の負の伝統」関連の記事一覧

このような状態にたいして、29日に日本記者クラブで記者会見を開いた金平茂平氏らのキャスターが「私たちは怒っています!」との声をあげ、「電波法停止発言は憲法、放送法の精神に反している」という声明を発表しました。

このニュースは昨日の、「朝日新聞」デジタル版で大きく報じられていましたが、今朝の「東京新聞」の「こちら特報部」でも、「息苦しさまん延」「負けられぬ戦い」などの見出しとともに大きく報じられていました。

この記事では田原総一朗氏が、高市氏の発言を「恥ずかしい発言で、全テレビ局の全番組が抗議すべきだ」と訴えたほか、鳥越俊太郎氏が「負ければ戦前のような大本営発表になる」と語ったことも伝えています。

一方、谷垣禎一幹事長は、27日放送のBS朝日の番組で「私はそういうことに自民党が踏み込んでいくのは非常に慎重で、それが自民党の放送政策だと思っている」と高市発言に否定的な考えを示したとのことです。

それならば、それまでの「自民党の放送政策」を否定し、独裁的な手法でメディアの自粛を強要している高市氏の即時罷免を安倍氏に進言すべきでしょう。自公両党にも良心的で骨のある議員は少なくないと思われますので、自分の選挙のためではなく孫や子の世代のことまで考えて、危険な安倍政権の実体を直視して頂きたいと願っています。

武藤貴也議員と高市早苗総務相の「美しいスロ-ガン」――戦前のスローガンとの類似性

昨日は、〈高市総務相の「電波停止」発言と内務省の負の伝統〉という記事で高市議員の発言の危険性を指摘しました。

しかし、テレビなどでは戦前の日本を思わせる厳しい「言論統制」につながるこの発言の危険性がきちんと取り上げられていないようです。

これゆえ、ここではジャーナリズムではもうすでに過去の人となったようですが、一時、「時の人」となった武藤貴也議員の「憲法」観との比較を「美しいスローガン」をとおして行ってみます。

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元・衆院平和安全法制特別委員会のメンバーであった武藤貴也議員は、自身のオフィシャルブログに、「私には、守りたい美しい日本がある。先人たちが、こんなに素晴らしい国を残してくれたのだから」という「美しいスロ-ガン」を掲げていました。

その武藤議員がどのような価値を「美しい」と感じているかは、2012年7月23日に「日本国憲法によって破壊された日本人的価値観」という題で書かれた文章により明らかでしょう。

「最近考えることがある。日本社会の様々な問題の根本原因は何なのかということを」と切り出した後藤氏は、「憲法の『国民主権・基本的人権の尊重・平和主義』こそが、「日本精神を破壊するものであり、大きな問題を孕んだ思想だと考えている」とし、「滅私奉公」の重要性を次のように説いている。

〈「基本的人権」は、戦前は制限されて当たり前だと考えられていた。…中略…国家や地域を守るためには基本的人権は、例え「生存権」であっても制限されるものだというのがいわば「常識」であった。もちろんその根底には「滅私奉公」と いう「日本精神」があったことは言うまでも無い。だからこそ第二次世界大戦時に国を守る為に日本国民は命を捧げたのである。しかし、戦後憲法によってもたらされたこの「基本的人権の尊重」という思想によって「滅私奉公」の概念は破壊されてしまった。〉  

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戦前や戦中の日本における「公」の問題も深く考察していた司馬遼太郎氏は、「海浜も海洋も、大地と同様、当然ながら正しい意味での公のものであらねばならない」が、「明治後publicという解釈は、国民教育の上で、国権という意味にすりかえられてきた。義勇奉公とか滅私奉公などということは国家のために死ねということ」であったと指摘していました(『甲賀と伊賀のみち、砂鉄のみちほか』、『街道をゆく』第7巻、朝日文庫)。

事実、元・衆院平和安全法制特別委員会のメンバーであった武藤貴也議員が高く評価した作家の百田尚樹氏は、小説『永遠の0(ゼロ)』において徳富蘇峰の『国民新聞』を「反戦新聞」のように描いていましたが、徳冨蘇峰は『大正の青年と帝国の前途』において、自分の生命をもかえりみない「白蟻」の勇敢さを褒め称えて、「若者」に「白蟻」のような存在になることを求めていたのです。

それゆえ司馬氏は「われわれの社会はよほど大きな思想を出現させて、『公』という意識を大地そのものに置きすえねばほろびるのではないか」という痛切な言葉を記していたのです。

原発事故の後もその危険性を直視せずに、目先の利益にとらわれて原発や武器の輸出という「軍拡政策」に走るとともに、「アベノミクス」という「ギャンブル的な経済政策」を行ってきた安倍政権によって、日本は重大な危機に陥っていると思われます。

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一方、強圧的な「電波停止」発言を行った高市総務大臣の「公式サイト」にも「美しく、強く、成長する国、日本を」という、「王道楽土」や「八紘一宇(はっこういちう)」などの戦前のスローガンと似た「美しいスローガン」が掲げられていました。

しかし、高市議員の「電波停止」発言が「放送法」に違反している可能性があるばかりでなく、「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負う」と規定されている憲法にも反する発言との指摘がすでになされています。

さらに問題は、現在の「日本国憲法」を守ろうとする発言を多く放送する放送局には「電波停止」もありうるとした高市議員の発言が、シールズの主張を「彼ら彼女らの主張は『戦争に行きたくない』という自己中心、極端な利己的考えに基づく。利己的個人主義がここまでまん延したのは戦後教育のせいだろうが、非常に残念だ」と批判していた武藤議員の発言とも通じているように見えることです。

これらの発言には戦前の日本の著しい「美化」がありましたが、そのような「日本」に「復帰」させないためにも、安倍政権の閣僚や「総務大臣」を勤めている高市議員がどのような「憲法」観を持っているかを、報道機関や民主主義団体ばかりでなく仏教界やキリスト界、そして日本の自然や大地だけでなく地球環境をも大切に思う神道の人々は、よりきびしく追求すべきだと思えます。

(2016年2月12日。副題と青い字の箇所を追加)

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高市総務相の「電波停止」発言と内務省の負の伝統

昨日は安倍首相が国会答弁で「改憲」を繰り返した問題を取り上げましたが、「東京新聞」は今日(2月10日)の朝刊で、Q&Aの形で高市総務相が高市早苗総務相が八日に続き九日も衆院予算委員会で、テレビ局などが放送法の違反を繰り返した場合、電波法に基づき電波停止を命じる可能性に言及した」ことを報道していました。

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A 心配なのは報道を萎縮させる動きだ。自民党は昨年四月、報道番組でやらせが指摘されたNHKと、コメンテーターが官邸批判したテレビ朝日のそれぞれの幹部から事情を聴取した。昨年十一月には、放送倫理・番組向上機構(BPO)が自民党によるNHK幹部の聴取を「圧力」と批判した。その後、看板キャスターらの降板決定が相次ぎ、報道のあり方を危ぶむ声もある。

Q やっぱり心配だね。

A 民主党の細野豪志政調会長は九日の記者会見で「放送法四条を振りかざして、メディアの萎縮をもたらすと非常に危惧する」と述べた。報道圧力と受け取られる政権側の発言は国会で議論になりそうだ。

*   *   *

この高市発言を読んで思い出したのは、昨年の夏に問題となった作家の百田尚樹氏の発言のことでした。

すなわち、安倍首相との共著『日本よ、世界の真ん中で咲き誇れ』があり、さらには元NHK経営委員を務めた作家の百田直樹氏が、自民党若手議員の勉強会「文化芸術懇話会」で「沖縄の二つの新聞はつぶさないといけない」などと自分が発言したことに関して、昨年、8月8日に東京都内で記者会見を行って「一民間人がどこで何を言おうと言論弾圧でも何でもない」と述べていたのです。

この発言に関して当初は百田氏を擁護していた安倍首相が3日の「衆院特別委員会」で「心からおわび」との発言をしたのに続き、菅官房長官も翁長知事との4日夜の会談で、沖縄をめぐる発言について「ご迷惑を掛けて申し訳ない」と陳謝していました。

リンク→元NHK経営委員・百田尚樹氏の新聞観

しかし、安倍政権は陳謝する一方で陳謝させられたことに対する仕返しのように今度は閣僚が、上から目線で「放送や報道の萎縮につながる」発言を公然と始めたように思われます。

安倍政権の強圧的な姿勢については、〈安倍政権による「言論弾圧」の予兆〉(2014年12月13日)でも論じましたが、かつての内務省の流れを強く受け継いでいる総務省の大臣である今回の高市発言からは、ドイツ帝国にならって「内務省」の権限を強化し、「新聞紙条例」などで言論を厳しく弾圧した明治時代の「薩長藩閥政府」との類似性と危険性を強く感じます。

リンク→新聞記者・正岡子規関連の記事一覧

新聞記者・正岡子規関連の記事一覧

shonihon

(図版は正岡子規編集・執筆『小日本』〈全2巻、大空社、1994年〉、大空社のHPより)

 

先ほど、〈川内原発の再稼働と新聞『小日本』の巻頭文「悪(に)くき者」〉という記事をアップしました。

以下に、新聞記者・正岡子規関連の記事のリンク先を示しておきます。

 

『新聞への思い――正岡子規と「坂の上の雲」』(人文書館)の目次を「著書・共著」に掲載

新聞『日本』の報道姿勢と安倍政権の言論感覚

「特定秘密保護法」と子規の『小日本』

「東京新聞」の「平和の俳句」と子規の『小日本』

ピケティ氏の『21世紀の資本』と正岡子規の貧富論

近著『新聞への思い――正岡子規と「坂の上の雲」』(人文書館)について

講座 「新聞記者・正岡子規と夏目漱石――『坂の上の雲』をとおして」

「特定秘密保護法」と自由民権運動――『坂の上の雲』と新聞記者・正岡子規

年表6、正岡子規・夏目漱石関連簡易年表(1857~1910)

司馬作品から学んだことⅣ――内務官僚と正岡子規の退寮問題

 

(2015年12月14日。リンク先を追加)

 自著『新聞への思い――正岡子規と「坂の上の雲」』の紹介文を転載

正岡子規の「比較」という方法と『坂の上の雲』

「学徒兵・木村久夫の悲劇と映画《白痴》」を「主な研究」に掲載

 

強い関心を持っていた加古陽治著の『真実の「わだつみ」――学徒兵 木村久夫の二通の遺書』(東京新聞)が刊行されましたので、「戦犯」として処刑された学徒兵・木村久夫と、映画《白痴》の亀田欽司の人物像をとおして「植民地」と「戦争」との関連を新たな資料に基づいて考察しました。

拙著『黒澤明と小林秀雄』でも小林の歴史観に関連して触れましたが、『真実の「わだつみ」』を読みながら改めて強く感じたのは、「内務省のもつ行政警察力を中心として官の絶対的威権を確立」しようとしたプロシア的な国家観から脱却しようとしたドイツと異なり、日本では未だに戦前の問題が残されているということです。

ヒトラーはフランスを破ってドイツ帝国を誕生させた普仏戦争(1870~1871)の勝利を「全国民を感激させる事件の奇蹟によって、金色に縁どられて輝いていた」と情緒的な用語を用いて強調し、ドイツ民族の「自尊心」に訴えつつ、「復讐」への「新たな戦争」へと突き進みました。私が危惧するのは、「日露戦争」での勝利を強調する政治家たちが日本を同じような道を歩ませようとしていることです。

復員兵の視点から戦後の日本を描いた黒澤映画《白痴》が提起している問題をきちんと考えなければならない時代にさしかかっていると思えます。

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脱稿後に黒澤映画《醜聞(スキャンダル)》(1950)で主演した女優の山口淑子氏が亡くなくなられました。

黒澤明監督がなぜ彼女を選んでいたのかが気になっていたのですが、中国名・李香蘭で多くの映画に出演していたために祖国を裏切ったという罪で銃殺になるはずだった山口氏が、日本人であることが証明されて無罪となり、戦後は「贖罪」として平和活動をされていたことを報道特集で知りました。

論文では追記として記しましたが、「贖罪」という言葉は重く、映画《白痴》の亀田(ムィシキン)像を考える上でも重要だと思いますので、いつか機会を見て改めて考察したいと考えています。

リンク→学徒兵・木村久夫の悲劇と映画《白痴

リンク→「映画《醜聞(スキャンダル)》から映画《白痴》へ」を「映画・演劇評」に掲載

安倍政権による「言論弾圧」の予兆

「征韓論」に沸騰した時期から西南戦争までを描いた長編小説『翔ぶが如く』で司馬遼太郎氏は、「この時期、歴史はあたかも坂の上から巨岩をころがしたようにはげしく動こうとしている」と描いていました(太字引用者、『翔ぶが如く』、第3巻「分裂」)。

この記述に言及した昨年11月13日の記事では「世界を震撼させた福島第一原子力発電所の大事故から「特定秘密保護法案」の提出に至る流れを見ていると、現在の日本もまさにこのような状態にあるのではないかと感じます」と記しました。

リンク→「特定秘密保護法案」と明治八年の「新聞紙条例」(讒謗律)

その時は、大げさだと感じられた方も少なくないと思われますが、それから、2週間も経ない11月26日には、「与党が採決を強行」し「特定秘密保護法」が衆議院を通過したとの記事が各新聞から号外で報じられました。

そのことに触れたブログ記事「司馬作品から学んだことⅡ――新聞紙条例(讒謗律)と内務省」では、〈安倍首相は「この法案は40時間以上の審議がなされている。他の法案と比べてはるかに慎重な熟議がなされている」と答弁したとのことですが、首相の「言語感覚」だけでなく、「時間感覚」にも首をかしげざるをえません。〉と記しました。

さらに、11月28日のブログ記事「政府与党の「報道への圧力」とNHK問題」では、「自民党が衆院解散の前日、選挙期間中の報道の公平性を確保し、出演者やテーマなど内容にも配慮するよう求める文書を、在京テレビ各局に渡していたこと」の問題についても言及しました。

選挙戦も終盤になった現在、「もっとも自由な言論が保障されなければならない大学にも、安倍自民党は露骨な“言論弾圧”をかけている」ことが明らかになったと「日刊ゲンダイ」が報じていますので、「前滋賀知事を牽制 大学までも言論弾圧する安倍自民の暴挙」と題された記事の全文を下に引用しておきます。

安倍首相の「お友達」で共著『日本よ、世界の真ん中で咲き誇れ』を出版している百田尚樹・NHK経営委員が、自分の気に入らない人物に対してはツイッターで、「憎悪宣伝」とも思われるような表現で罵倒することに対しては傍観する一方で、「言論の自由」や「国民の生命」を守ろうとする言論は弾圧しようとする現在の自民党には強い危機感を覚えます。

百田氏の『永遠の0(ゼロ)』を安倍首相は絶賛していますが、著者がその第7章で登場人物の谷川に語らせているような戦前の「道徳」を、安倍自民党の閣僚の多くが目指しているからです。

リンク→「オレオレ詐欺」の手法と『永遠の0(ゼロ)』(1)

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前滋賀知事を牽制 大学までも言論弾圧する安倍自民の暴挙

「日刊ゲンダイ」(ネット版)2014年12月13日

「公平中立な報道」という言葉を錦の御旗に、政権批判を封じ込めようとしている安倍自民党だが、“ドーカツ”をかけている対象は大メディアだけではなかった。もっとも自由な言論が保障されなければならない大学にも、安倍自民党は露骨な“言論弾圧”をかけている。こんな暴挙を許していいのか。

問題となっているのは自民党滋賀県連の佐野高典幹事長が今月8日付で大阪成蹊学園の石井茂理事長に送った文書だ。佐野自民県連幹事長は大阪成蹊学園所属の「びわこ成蹊スポーツ大学」の学長である嘉田由紀子前滋賀県知事が民主党の公認候補の街頭演説に参加するなど、活発に支援していることを問題視。私学といえども私学振興という税金が交付されていることに言及したうえで、こんな文章を大学に送りつけたのである。

<国政選挙中、一般有権者を前にして、特定の政党、特定の候補を、大々的に応援されるということは、教育の「政治的中立性」を大きく損なう行為であり、当県連と致しましては、誠に遺憾であります。本来、公平中立であるべき大学の学長のとるべき姿とはとても考えられません。本件につきましては、自民党本部、および日本私立大学協会とも、協議を重ねており、しかるべき対応を取らざるを得ない場合も生じるかと存じます。東京オリンピックや滋賀県の2巡目国体を控え、スポーツ振興が進められる中、政権与党自民党としても、本事態に対しましては、大きな危惧を抱かざるを得ません。貴職におかれましては、嘉田学長に対しまして、節度ある行動を喚起いただきますよう切にお願い申し上げます>

■近大理事長だった世耕官房副長官

「なんだ、これは!」という文書ではないか。自民党の論法であれば、教育に関わるものは一切、政治活動ができなくなってしまう。

断っておくが、安倍首相のお友達である世耕弘成官房副長官(参院議員)は近畿大の理事長だった時期がある。大学関係者だからといって、政治活動をしなかったのか。嘉田学長の応援がダメなら、大学の理事長などは国会議員になれないことになる。  安倍自民党は東大教授を筆頭に多くの学者をブレーンにして、アベノミクスを喧伝しているくせに、まったく、よくやる。要するに、嘉田学長の政治活動が「ケシカラン」のではなく、安倍自民党を批判するのが許せないということだ。

しかも、この文書は東京五輪や滋賀での国体を引き合いに出している。野党を応援するなら、協力しないぞ、という脅しである。こんな破廉恥な文書は見たことないが、果たして、嘉田前知事も怒り心頭に発している。

「教育基本法14条では『学校での政治活動』については『中立』と書いてありますが、学外や時間外での教育関係者の(政治的)行動を禁止していません。無理やり、教育基本法を拡大解釈したのです。憲法19条には個人の思想信条の自由が定められているので、たとえ大学の学長であっても、個人的な思想信条の自由に基づく(政治的)行動は制限されません。自民党内には教育関係者を兼務していた国会議員がいるのに、私の応援は許さないというのはダブルスタンダードです。今回の自民党からの文書は“圧力”“恫喝”としか思えません。こうした体質こそ、今回の総選挙で国民に信を問わねばなりません」

実は、今度の選挙中、ある大学では自民党に批判的な孫崎享氏(元外交官)の講演が急に中止になることがあった。選挙中ということで、大学側が自主規制したとみられている。

「1941年2月、情報局は中央公論など総合雑誌に対して、リストを提示し、矢内原忠雄(東大総長)、横田喜三郎(最高裁長官)らの執筆停止を求めた。戦前の悪夢がもうすぐそこまで来ているような気がします」(孫崎享氏)