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税金

国民の安全と経済の活性化のためにも、原発を過去のエネルギーに。

本日(2月3日)の「東京新聞」の朝刊は「廃炉費用 いつのまにか高くつく」と題した社説で「クリーンで安全で安い」と自公政権が宣伝してきた原発の問題を鋭く指摘しています。

それゆえ、ここではこれまでツイッターに書いてきた私の見解と、映画をとおして原水爆や原発の危険性を指摘していた「黒澤明監督本多猪四郎監督の核エネルギー観」へのリンク先を示した後で、「東京新聞」社説を全文転載します。

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〔大手電力会社の広告宣伝は42年間で2兆4000億円にも及び、政府広報予算も含めれば数倍にも膨れあがる(本間龍『原発プロパガンダ』)。国民の安全と経済の活性化だけでなく、国際社会のためにも原発は過去のエネルギーとすべきだろう。〕

→ https://twitter.com/stakaha5/status/770972800915939328

〔アメリカの科学誌『原子力科学者会報』は、日本国憲法が発布された1947年には世界終末時計を発表して、その時刻がすでに終末の七分前であることに注意を促していた。しかし、2015年にはその時刻がテロや原発事故の危険性から1949年と同じ「残り三分」に戻ったと発表した。(図版は「ウィキペディア」より)〕。

リンク→ https://twitter.com/stakaha5/status/807404018741821440

〔ドイツでは、「事故が起きると、ほかのどんなエネルギー源よりも危険である。次の世代に廃棄物処理などを残すのは倫理的問題がある。原子力より安全なエネルギー源がある」との理由で脱原発に既に踏み切っている。〕

→ https://twitter.com/stakaha5/status/803603174812577793

〔地震国でありながら国民の生命と安全とを危険にさらす原発の稼働を進め、原発の輸出を「成長戦略」の柱とする安倍政権の「異常性」については、「原発プロパガンダ」に負けないためにも、新聞などだけではなく一人一人が粘り強く指摘し続けていく必要があります。〕

→ https://twitter.com/stakaha5/status/801263299857764352

〔台湾の政府も「脱原発」に踏み切った。原発の危険性と直面している県とその周辺だけでなく、大阪や東京など大都市の住民も、原爆や経済の問題を隠蔽している安倍政権の実態にそろそろ目覚めるべき時だろう。〕

→ https://twitter.com/stakaha5/status/790341230563434496

国民の安全と経済の活性化のために脱原発を――黒澤明監督と本多猪四郎監督の核エネルギー観

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「廃炉費用 いつのまにか高くつく」(「東京新聞」社説)

福島第一原発の天文学的事故処理費用、「過去に原発の恩恵を受けてきたから」と、結局は国民に広くツケ回し。過去に支払い済みの料金を値上げして、差額を徴収するなんて。そんなの、ありか。

東京電力福島第一原発の事故処理費。二十一兆五千億円。東京都の予算の三倍以上、とんでもない数字である。二〇一三年の暮れまでは十一兆円と見積もられていたが、二倍近くに増えた。

溶け落ちた核燃料(デブリ)の取り出しだけでプラス六兆円という。

何しろ放射能の壁の中、人が直接触れられない、近づくことも不可能な別世界。とてつもなく困難な作業ということである。

東電は今月、2号機直下にロボットを投入し、溶け落ちた燃料の在りかを探る。事故から六年になろうとする今も、“敵”の居場所さえ、はっきりとはつかめていない。長い時間と巨額の費用をかけて、牛歩を続けていくしかない。この先いくらかかるか分からない、天井知らずということだ。

その費用は、誰が払うのか。

東電が賄うならば、電気代、政府が肩代わりするなら税金-。結局は、消費者、国民に、ツケが回るということだ。

賠償費用も約八兆円。経済産業省の考えるツケ回しの手法は、あまりにも理不尽だ。

託送料金。すなわち、電力自由化後も既存大手の独占状態にある送電線の利用料を引き上げて、原発の電気を買わない新電力の利用者からも、「過去分」として、広く、浅く、取り立てようというのである。「新電力の利用者も、過去に原発の恩恵にあずかったから-」と、よく分からない理由をつけて、東電救済にひた走る。しかもそれが、われわれの知らないところで決められる。

政府は避難指示を徐々に解除し、賠償を順次打ち切る方針だ。

被害者の救済には原因企業の存続が不可欠と言いながら、事故原因の究明、被害の実態把握はそこそこに、補償費の抑制をひたすら急ぐ-。水俣事件とそっくりだ。

安全対策に限りはない。欧米や台湾で原発の新設が行き詰まるのは、福島に学んだからだ。“安全代”の急騰が、東芝という巨大企業の屋台骨さえ、揺るがしているではないか。

もちろん、被害者の補償を含め、事故の後始末には十分な予算をつぎ込むべきである。しかし、だからこそ、「原発の電気は安い」などとは言わせない。

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安倍政権の「民意無視」の暴挙と「民主主義の新たな胎動」

今回の国会審議で多数を占めた与党からは「法的安定性は関係ない」と発言した礒崎陽輔首相補佐官や、シールズを批判して利己的個人主義がここまでまん延したのは戦後教育のせいだろうが、非常に残念だ」と記した自民党の武藤貴也衆院議員の常識外れの発言が目立った程度で、最期まで灰色の二つの大きな物言わぬ集団という印象しか受けませんでした。

一方、質問などに立った野党議員は一人一人が個人として屹立し凜々しく見えました。日本の将来を真剣に憂慮して考え抜いた野党議員たちの渾身の発言は、今後も憲政史上長く語り継がれるものと思われます。それは単に私個人の印象にとどまるものではなく、多くの人が共有する思いでしょう。

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9月15日のブログで私は「権力」を乱用する安倍晋三氏と江戸時代の藩主を比較して次のように書きました。

「江戸時代には民衆のことを考えない政治をする暴君に対しては、厳しい処罰を覚悟してでもそれを諫める家老がいましたが、現在の自民党には『独裁的な傾向』を強めている安倍首相を諫める勇気ある議員がほとんどいないということです。与党の公明党にも、安倍首相の『国会』を冒涜した発言に苦言を呈する議員がほとんどいないということも明らかになりました」。

しかし、国民からは巨額の税金を取る一方で、国民には秘密裏にTPP交渉を進め、アメリカが始めた「大義なき戦争」に、かつての「傭兵」のように自衛隊を「憲法」に違反してまでも差し出そうとしている安倍晋三氏を藩主に喩えるのは褒めすぎでしょう。

安倍晋三氏にはこのような評価は不本意でしょうが彼が行おうとしていることは、ドイツの作家シラーなどが戯曲『ウィリアム・テル』(ヴィルヘルム・テル)で描いたオーストリアから派遣された14世紀の悪代官ヘルマン・ゲスラーがスイス人に対して行った暴政に似ているのです。

東京新聞:これからどうなる安保法 (1)米要望通り法制化:政治(TOKYO Web)

http://www.tokyo-np.co.jp/article/politics/news/CK2015092202000210.html …

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15日のブログでは「『暴君』を代えるまでにはもう少し時間がかかるかもしれませんが、昨日のデモからは今回の運動が確実に政治を変えていくだろうという思いを強くしました」と続けていました。

なぜならば、その思いは単なる願望ではなく日本では明治時代に自由民権運動の高まりをとおして薩長藩閥政府を追い詰めて、明治14年(1881)には1889年には国会を開設するという約束を獲得したという歴史を持っているからです。

注目したいのは、その2年後の明治16年(1883)に、『坂の上の雲』の主人公の一人で新聞記者となる若き正岡子規が中学校の生徒の時に、「国会」と音の同じ「黒塊」をかけて、立憲制の急務を説いた「天将(まさ)ニ黒塊ヲ現ハサントス」という演説を行っていたことです。

俳人となった正岡子規は分かりやすい日本語で一人一人が自分の思いを語れるように俳句の改革を行いました。

「民主主義ってなんだ」と問いかけるSEALDs(Students Emergency Action for Liberty and Democracy–s、自由と民主主義のための学生緊急行動)がツイッターの冒頭に掲げている「作られた言葉ではなく、刷り込まれた意味でもなく、他人の声ではない私の意思を、私の言葉で、私の声で主張することにこそ、意味があると思っています」という文章からも、「憲法」と「国会」の獲得に燃えていた明治の若者たちと同じような若々しい思いと高い志が感じられるのです。

最期に、参院特別委員会での強行採決が「無効」であると強く訴えた福山哲郎議員の参議院本会議での反対討論のまとめの部分を引用しておきます。

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残念ながらこの闘い、今は負けるかもしれない。しかし、私は試合に負けても勝負には勝ったと思います。私の政治経験の中で、国会の中と外でこんなに繋がったことはない。ずっと声を上げ続けてきたシールズや、若いお母さん、その他のみなさん。3.11でいきなり人生の不条理と向き合ってきた世代がシールズだ。彼らの感性に可能性を感じています。

どうか国民の皆さん、あきらめないで欲しい。闘いはここから再度スタートします。立憲主義と平和主義と民主主義を取り戻す戦いはここからスタートします。選挙の多数はなど一過性のものです。

お怒りの気持ちを持ち続けて頂いて、どうか戦いをもう一度始めてください。私たちもみなさんお気持ちを受け止め戦います! 国民のみなさん、諦めないでください。

私たちも安倍政権をなんとしても打倒していくために頑張ることをお誓い申し上げて、私の反対討論とさせて頂きます。

(2015年9月23日。「東京新聞」の記事へのリンク先を追加)