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核武装

『「諸君!」「正論」の研究』を読む(3)――清水幾太郎の核武装論と「日本会議」

上丸洋一(図版はアマゾンより)

三、清水幾太郎の核武装論と「日本会議」

「日本核武装論――清水幾多郎と西村真悟の間」と題された第三章では、1960年には「日米安保条約改定反対運動をリードした」社会学者・清水幾多郎が、1980年に『諸君!』7月号に載せた論文「核の選択」とそれについての反響が紹介されている。

その第一部「日本よ国家たれ」で「国家の本質は軍事力である」と書いた清水は、「世界はすでに核兵器という平面にのぼってしまっている」とし、「被爆国」の「日本こそが真先に核兵器を製造し所有する特権を有している」と記したのである(85~86)。

さらに「自衛隊の元最高幹部といっしょに組織」していた「軍事科学研究会」の名で書かれていた第二部では、「ソ連の脅威が強調され」、「航空・海上・陸上各方面の大幅な軍事増強」を提案していた。

興味深いのはこの論文が『諸君!』に掲載される経緯を清水自身が10月号で書いており、自費で3000部出版した「核の選択」を防衛庁長官と同庁幹部に送っただけでなく、右派団体の日本青年協議会にも2000部を送っていたと明らかにしていたことである(87)。

なぜならば、菅野完が『日本会議の研究』で明らかにしたように、学生運動で左翼と激しく戦った右翼の学生組織を母体とした「日本青年協議会」は現在、安倍政権を支える「日本会議」の「中核」となっており(同書、87頁)、かつては「日本の核武装をも検討すべき」と主張していた稲田朋美氏が防衛相に任命されているからである。

1960年には「反戦・平和の旗を掲げていた」清水の変貌に対しては「猪木正道、野坂昭如などさまざまな立場の知識人が反論」を書き、作家の山口瞳も清水の言説を「デマゴギー」と批判し、その頃はまだ「日本の核武装について総じて否定的な姿勢をとってきた」雑誌『正論』も、翌年には清水には「思想的主体」がないと批判した松本健一の論文などを集めた特集を組んでいた(91~92頁)。

軍事に関しては素人なので専門的な考察はできないが、広島や長崎での「被爆」だけでなく、広島型原爆の1000倍もの威力を持つ水爆ブラボーの実験で被爆した「第五福竜丸」事件だけでなく、前年の1979年にはアメリカでスリーマイル島原発事故が起きていた。

拙著『ゴジラの哀しみ――映画《ゴジラ》から映画《永遠の0(ゼロ)》へ』の第一部では映画《ゴジラ》や《生きものの記録》などポピュラー文化との関連に注意を払いながら、「日本人の核意識の変化」について考察したが、水爆実験や原発事故なども踏まえて総合的に判断するならば、清水的な政策は19世紀には有効でありえたかもしれないが、核の時代にはむしろきわめて危険な思想に見える。

地殻変動によって国土が形成されて今も地震や火山の噴火が続いている日本においては、核兵器ばかりでなく、核エネルギーの危険性に対する認識の深まりと世界に反核の流れを作り出すことこそが、日本人の本当の意味での「安全保障」につがると思える。

一方、清水はすでに1963年に『中央公論』に論文を発表して、時代の変化に応じた「新しい歴史観」の必要性を唱えていたが(90)、「核武装の必要性」が声高に論じられて戦争の危機が煽られたことで、日本が行った「大東亜戦争」の評価などにも強い影響を及ぼしたようだ。

「空想と歴史認識」と名付けられた第9章で詳しく論じられているように、徐々に復古的な思想が強まる中で、文藝春秋の社長・池島信平が高く評価していた気骨のある歴史学者・林健太郎(1913~2004)は、1994年には雑誌『正論』誌上で「大東亜戦争は解放戦争だった」と主張する「日本会議」の小田村四郎や小堀桂一郎に「侵略戦争だった」との反論を行い、さらに「解放戦争」論者の中村粲(あきら)とも論争していた(380~388)

しかし、「新しい歴史教科書をつくる会」が活動を始めた1996、97年ごろから『諸君!』『正論』両誌の論文では、「反日」という言葉やレッテルをはりつけることが目立つようになったと指摘した著者は、1997年3月に「『自虐史観』を超えて」というテーマで開かれた「自由主義史観」を唱える「新しい歴史教科書をつくる会」の設立記念シンポジウムの模様を「完全収録」した『正論』は、その後は「つくる会の機関誌の様相」を呈するようになったと記している(389頁)。

本書の第2章では、「事実」を「報道」する新聞社でありながら、「産経新聞社には社史がない」ばかりでなく、「縮刷版もない」ことが指摘されていた。1962年の社説で「古い価値体系はくずれさり」と書いていたこの新聞の変質の一因は、「歴史」の軽視によるものであると思える。

1999年に「日本の核武装を国会で議論すべきだ」という発言を行った西村真悟が防衛政務次官を更迭されると産経新聞と『正論』はさらに復古的な論調を強めることとなった。

すなわち、西村真悟の発言に対しては自民党首脳だけでなく、朝日、毎日、読売の各紙も厳しい批判をしたが、産経新聞は「引責責任はやむを得ない」としながらも「憂国の思い」への理解を示した。西村を擁護した『諸君!』と『正論』の両誌は、「さらに熱心に西村を誌上に登場」させたのである(99~100)。

著者は2002年の「阿南大使、腹を切れ! 今こそ興起せよ、大和魂」など「『諸君!』に掲載された一連の対談の過激な題名を挙げているが、2008年に日本の国防を担う航空自衛隊制服組のトップにいた元航空幕僚長・田母神俊雄が「日本は侵略国家であったか」と題する論文で、「日本軍の軍紀が他国に比較して」も「厳正であった」などと書いたことが原因で更迭される波紋は『諸君!』『正論』両誌の論調にも及んだ。

著者によれば、この問題に対する「姿勢は対照的」であり、「「『諸君!』が田母神の主張を相対化してとらえ」、「田母神から距離をおいた」のに対し、『正論』は「田母神を全面的に擁護」していた(370)。

たとえば、2009年4月号の『諸君!』は、ニーチェの専門家でもある「新しい歴史教科書をつくる会」の西尾幹二が「彼の論文には一種の文学的な説得力もある。細かいことはどうでもいいんでね」と弁護したことに対して、対談者の現代史家・秦郁彦が「やはり、そうはいかんのですよ。田母神さんは私の著書からも引用しているが、趣旨をまったく逆に取り違えている」と厳しい批判をしていたことももきちんと掲載していた。

一方、『正論』は問題となった田母神の受賞論文をそのまま載せるとともに「朝日新聞の恐るべきダブルスタンダード」と題した論文で、「『思想』そのものを問題とし罷免にまで追い込むことになれば、これは明らかに、『思想信条の自由』の侵害であり、憲法違反である」と記した日本会議の常任理事で憲法学者・百地章の論文を載せていた(370)。

しかし、その批判は権力を振りかざして「電波停止」発言をして、「報道の自由」を脅かした高市総務相にこそ当てはまると思える。『正論』の読者投稿欄でデビューした稲田朋美・防衛相も、2005年の演説では「売国奴」という「憎悪表現」を用いて朝日新聞社を壇上から非難したが(第8章「朝日新聞批判の構造」)、その翌年に小説『永遠の0(ゼロ)』でデビューした百田尚樹も小説において新聞記者の高山をあからさまに貶し、後に安倍首相との共著『日本よ、世界の真ん中で咲き誇れ』(ワック、2013年)に収められた対談ではそれが朝日新聞の記者であると明かしていた。

拙著『ゴジラの哀しみ』では、『永遠の0(ゼロ)』の思想的骨格には「自由主義史観」からの影響が強く見られることを具体的に示したが、その百田は田母神俊雄が2014年都知事選に出馬すると、NHK経営委員という立場でありながら複数回にわたって応援演説を行い、「この人は男だ」、「本当にすばらしい歴史観、国家観をおもちです」などと大絶賛したのである。

「カリスマの残影」と題された第7章「岸信介と安倍晋三を結ぶもの」では、『諸君!』や『正論』と安倍首相との関わりだけでなく岸元首相の「大東亜戦争観」が分析されており、『永遠の0(ゼロ)』で描かれている義理の祖父・大石と孫・健太郎との関係に注目しながら、この小説を読み解いていた私にとってことに興味深かった。

結語

以上、司馬遼太郎の研究者の視点から本書を読み解いてみた。できれば『諸君!』『正論』両誌における原発問題についての論文にもふれてもらいたかったが、政治史にはうとかった私にとっては両誌の論調の変遷をたどる過程で「新しい歴史教科書をつくる会」や「日本会議」との関係にもふれられている本書からは多くのことを知ることができた。

本書の第4章では「靖国神社と東京裁判」が、第5章では「A級戦犯合祀」などの重たい問題が考察された後で、第6章「永遠の敵を求めて」では論争のパターンが分析されている。それらは「国家神道」の問題とも深く関わるので機会を改めて考察したい。

 

岸・安倍両政権と「核政策」関連の記事一覧

北朝鮮の「水爆実験」に関して先ほど書いた記事で、これまでに書いた「核武装論」関連の記事一覧も掲載しました。

調べ直したところ、安倍政権が強行採決した「戦争法」の危険性との関連で、それ以外にもかなり書いていたことが分かりましたので、改めて〈岸・安倍両政権と「核政策」関連の記事一覧〉と題して掲載します。

また、文芸評論家・小林秀雄の原爆・原発観も岸・安倍政権の「核政策」に深く関わっていると思われますので、その関連記事一覧のリンク先も示しておきます。

 

岸・安倍両政権と「核政策」関連の記事一覧 

北朝鮮の「水爆実験」と日本の核武装論者

麻生財務相の箝口令と「秘められた核武装論者」の人数

武藤貴也議員の核武装論と安倍首相の核認識――「広島原爆の日」の前夜に

武藤貴也議員の発言と『永遠の0(ゼロ)』の歴史認識・「道徳」観

原子力艦の避難判断基準の見直しと日本の「原子力の平和利用」政策

安倍首相の「核兵器のない世界」の強調と安倍チルドレンの核武装論

安倍晋三首相の公約とトルーマン大統領の孫・ダニエル氏の活動――「長崎原爆の日」に(2) 

原子雲を見た英国軍人の「良心の苦悩」と岸信介首相の核兵器観――「長崎原爆の日」に(1) 

「安全保障関連法案」の危険性(2)――岸・安倍政権の「核政策」

 

リンク→「小林秀雄の良心観と『ヒロシマわが罪と罰』」関連の記事一覧

 

北朝鮮の「水爆実験」と日本の核武装論者

昨日、北朝鮮が「水爆実験を行った」と発表したことで、「国際社会」が厳しい対応を検討し始め、日本のマスコミもこの問題を大きく取り上げています。

たしかに、「ラッセル・アインシュタイン宣言」で、世界を破滅させる危険性が指摘されている水爆実験を21世紀に入っても行う政治感覚は、厳しく批判されなければならないでしょう。

リンク→ラッセル・アインシュタイン宣言-日本パグウォッシュ会議

その一方で注目したいのは、核の危険性を指摘している宗教学者の島薗進氏がきむらとも氏の下記のツイートを紹介していることです。

「自衛隊も日本分析センターも、政府の要請でキセノンなど空気中の放射性物質測定開始した」とNHKが報じているが、311直後こんな報道は即座にあったか。「国産」の放射能汚染は安全だから騒ぐ必要ないが、「北朝鮮産」の放射能汚染だから危険と言うわけか。ならば、素晴らしきWスタンダードだ。」

実際、福島第一原子力発電所の大事故による放射能汚染については、最近、EUの調査機関などによりその汚染の実態は日本の政府が発表しているものよりはるかに大きい可能性が指摘され始めているのです。

リンク→欧州:日本の国土の約15%が「徹底的な放射能監視地域」に …

spotlight-media.jp/article/233058112628169725

*   *   *

さらに以前のブログ記事でも言及したように自民党の中には、昨年、復古的な「歴史観」と「道徳観」を披露して批判された武藤貴也衆議院議員など北朝鮮と同じように「核武装」しようとすることを公言している議員がかなりいます。

「核武装論」関連の記事一覧

麻生財務相の箝口令と「秘められた核武装論者」の人数

武藤貴也議員の核武装論と安倍首相の核認識――「広島原爆の日」の前夜に

武藤貴也議員の発言と『永遠の0(ゼロ)』の歴史認識・「道徳」観

 

つまり、かつては自分でも核武装論を唱えていたばかりでなく、党内に多くの核武装論者を抱え、さらに「違憲」の疑いが強い危険な「安全保障関連法」を強行採決して、原発だけでなく武器の輸出も積極的に始めようとしている安倍政権には、北朝鮮を非難する資格はないと思われます。

日本が国際的にも信頼される国家となり、世界の平和に貢献するためには、他国の問題点は厳しく非難する一方で、政権に不利な情報は新聞やテレビなどの情報機関に強い圧力をかけることで隠蔽している安倍政権に代わる政権を、一日も早くに樹立することが必要でしょう。

リンク→NHK新会長の発言と報道の危機――司馬遼太郎氏の報道観をとおして

元NHK経営委員・百田尚樹氏の新聞観

日本の骨格を戦前へと覆してしまうような「戦争法案」の審議が厳しさを増す中で、強い危機感を覚えたと思える安倍晋三氏の周辺からは驚くような発言が次々となされています。

今日も〈麻生財務相の箝口令と「秘められた核武装論者」の人数〉という記事を書き終えた後で、〈百田氏:「言論弾圧でも何でもない」 沖縄の新聞発言で〉という見出しの記事が目に飛び込んできました。

毎日新聞デジタル版によれば、7日に東京都内で記者会見を行った百田氏は、自民党若手議員の勉強会「文化芸術懇話会」で「沖縄の二つの新聞はつぶさないといけない」などと自分が発言したことに関して、「一民間人がどこで何を言おうと言論弾圧でも何でもない」と述べたとのことです(太字は引用者)。

しかし、安倍首相との共著『日本よ、世界の真ん中で咲き誇れ』があり、さらには元NHK経営委員を務めた百田氏を「一民間人」とみなすことはできないでしょう。

実際、当初は百田氏を擁護していた安倍首相が3日の「衆院特別委員会」で「心からおわび」との発言をしたのに続き、菅官房長官も翁長知事との4日夜の会談で、沖縄をめぐる発言について「ご迷惑を掛けて申し訳ない」と陳謝していたのです。

*   *

「全新聞が(自身の発言を)許さんと怒って、集団的自衛権の行使や、と思った」とも話した百田氏が、「あらためて沖縄の二つの新聞はクズやな、と思った」と発言したことも伝えられています。

ここで思い出して起きたいのは、『永遠の0(ゼロ)』で「一部上場企業の社長まで務めた」元海軍中尉の武田貴則に、「私はあの戦争を引き起こしたのは、新聞社だと思っている」と決めつけさせた百田氏が、「反戦を主張したのは德富蘇峰の国民新聞くらいだった。その国民新聞もまた焼き討ちされた」とも語らせていたことです。

しかし、以前にも指摘したことですが、「戦時中の言論統一と予」と題した節で德富蘇峰は、「予の行動は、今詳しく語るわけには行かぬ」としながらも、戦時中には戦争を遂行していた桂内閣の後援をして「全国の新聞、雑誌に対し」、内閣の政策の正しさを宣伝することに努めていたと書いていました(『蘇峰自伝』中央公論社、1935年)。

つまり、德富蘇峰の『国民新聞』が「焼き討ち」されたのは彼が「反戦を主張した」からではなく、最初は戦争を煽りつつ、戦争の厳しい状況を知った後ではその状況を隠して「講和」を支持し、「内閣の政策の正しさを宣伝」したからであり、その「御用新聞」的な性格に対して民衆が怒りの矛先を向けたからだったのです(拙著『ゴジラの哀しみ』、110~111頁)。

「あらためて沖縄の二つの新聞はクズやな、と思った」と発言した百田氏の発言からも、『国民新聞』の徳富蘇峰やNHKの籾井会長と同じように「事実」ではなく、「権力者」が伝えたいと願っていることを報道するのが、新聞や報道機関の義務であると考えている可能性が高いと思われます。

*   *

「東京新聞」の今日の夕刊によれば、「戦後七十年談話」を14日に閣議決定するために首相と7日夜に会談した公明党代表の山口那津男氏は、談話に先の大戦に関する謝罪の表現を盛り込むよう求めたとのことです。

その発言からは急速に高まっている公明党に対する批判を避けようとする意図が感じられますが、そのような目くらましのような要求ではなく、「核武装」を公言した武藤議員の辞職だけでなく、元NHKの経営委員でありながら安倍内閣の意向を反映して「言論弾圧」とも思えるような発言を繰り返している百田氏を選んだNHKの籾井会長の辞任をも求めることが与党の公明党には求められていると思えます。

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『ゴジラの哀しみ――映画《ゴジラ》から映画《永遠の0(ゼロ)》へ』(のべる出版企画、2016)

(2017年3月29日、書影とリンク先を追加)

麻生財務相の箝口令と「秘められた核武装論者」の人数

武藤貴也衆院議員(36才)がツイッターで記した戦前の日本を彷彿とさせるような記述は非常に問題ですが、より大きな問題を孕んでいると思われるのは、「朝日新聞」のデジタル版によれば、麻生太郎財務相が8月6日の自民党麻生派の会合で、ツイッターでの記述などを念頭に「自分の気持ちは法案が通ってから言ってくれ。それで十分間に合う」と語ったことです(太字は引用者)。

麻生氏のこの発言は、さまざまな問題が指摘され、実質的には「戦争法案」の疑いがますます濃くなってきている「安全保障関連法案」の実態を隠そうとしているばかりでなく、「自由と民主主義のための学生緊急行動(SEALDs=シールズ)」の言動を「極端な利己的考えに基づく。利己的個人主義がここまでまん延したのは戦後教育のせいだろう」と決めつけるような歴史認識と道徳観を、この法案が通った暁には党として積極的に国民に押しつけることを明言しているとも思われるからです。

*   *   *

それとともにとても奇異に感じられるのは、「日本は自力で国を守れるように自主核武装を急ぐべきなのです」と主張し、その理由を「核武装のコストについては様々な試算がありますが、私は安上がりな兵器だと考えています」と記していた麻生派所属の武藤議員に対する何らの批判も行われていないことです。

そのことからは安倍首相や麻生氏が勢力を持つ現在の自民党では、「日本の核武装反対論は、論理ではなく感情的なもの」と考えて、「日本の核武装」を当然視する議員が少なからずいるのではないかと感じられます。

各新聞社は「国民の生命」だけでなく、近隣諸国の国民の生命をも脅かすような「戦争法案」の審議が行われている現在、早急にアンケートを行って武藤貴也氏のように「日本の核武装」を当然視する自民党員が何人いるかを明らかにすべきでしょう。

さらに与党としてこの法案を積極的に進めている公明党にもこの問題を明らかにする責任があると思われます。

*   *   *

核兵器だけでなく劣化ウラン弾の危険性や人道的な問題点については明らかなので記しませんが、「報復の権利」の危険性が全く考慮されていないことをここで指摘するにとどめておきます。

つまり、武藤議員が「安上がりな兵器だ」と考えている核兵器による攻撃は、かつての広島や長崎へ投下された原爆と同じように、一瞬にして「敵の軍隊」だけでなく、その周囲の市民を抹殺することができ、敵の戦意をくじいて一時的には戦争を勝利にみちびくことはできるでしょう。

しかし、人間の心理をも考慮に入れるならば、「兵器(安倍政権の用語によれば「弾薬」)」の威力による勝利は一時的なもので、使用されたことで敗北した民族や国家には暗い憎しみが生まれ、生き残った者の子や孫による「報復の戦争」が起きる危険性はきわめて高いのです。

卑近な例としては、「報復の権利」の行使としてブッシュ政権によって行われた「イラク戦争」こそが、アメリカに対する「報復」を主張してテロ行為を繰り返すISという国家の生みの親だった可能性が高いのです。この危険性を「戦争と文学 ――自己と他者の認識に向けて」と題した論考で示唆していましたが、文学作品にも言及したことで難しい展開となっていました。

「戦争法案」が可決される危険性がある現在の事態に対処するために、稿を改めて現在の状況をふまえつつもう少し分かりやすく、「正義の戦争」と「報復の権利」の危険性を説明したいと思います。

安倍首相の「核兵器のない世界」の強調と安倍チルドレンの核武装論

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(広島と長崎に投下された原子爆弾のキノコ雲、1945年8月、図版は「ウィキペディア」より)

 

安倍首相が広島市で行われた平和記念式典のあいさつで、核兵器を「持たず、作らず、持ち込ませず」とする非核三原則に言及しなかったことが波紋を呼んでいます。

以下、新聞などの記事によって簡単に紹介した後で、安倍首相が本気で「核兵器のない世界」を願うならば、「わが国は核武装するしかない」という論文を月刊『日本』(2014年4月22日号)に投稿していた武藤貴也議員を参院特別委員会に呼んでその見解を質し、今も同じ考えならば議員辞職を強く求めるべき理由を記したいと思います。

*   *   *

平和記念式典の後で行われた被爆者団体代表との面会では、安倍首相は「唯一の戦争被爆国として非核三原則を堅持しつつ、世界恒久平和の実現に向けた努力をリードすることを誓う」と述べ、これに関し菅官房長官も同日午前の記者会見で「非核三原則は当然のことで、考えにまったく揺るぎはない」と説明したとのことです。

しかし、これらの「誓い」や「説明」の誠実さに疑問が残るのは、すでに多くの新聞や報道機関が指摘しているように、その前日に行われた参院特別委員会で中谷元・防衛相が、戦争中の他国軍への後方支援をめぐり、核兵器を搭載した戦闘機や原子力潜水艦などへの補給は「法律上除外する規定はない」として、法律上は可能との認識を示す一方で、「非核三原則があり提供はありえない」とも述べていたからです。

枝野幸男・民主党幹事長が批判をしているように、武器輸出三原則などの大幅な緩和をしたばかりでなく、「弾薬は武器ではない、その武器ではないもののなかに、ミサイルも入る(と言う)。それに核弾頭が載っていてもそれが(輸送可能な弾薬の範囲に)入る」と説明した安倍内閣の閣僚が、「非核三原則があります、(だから輸送しない)と言っても、ほとんど説得力をもたない」でしょう。

さらに、被爆者団体代表との面会で安全保障関連法案が、「憲法違反であることは明白。被爆者の願いに背く法案だ」として撤回を強く求められた安倍首相は、「平和国家としての歩みは決して変わることはない。戦争を未然に防ぐもので、必要不可欠だ」と答えたようですが、すでに武器輸出三原則などの大幅な緩和をしている安倍首相が、「平和国家としての歩みは決して変わることはない」と主張することは事実に反しているでしょう。

*   *   *

今回の安倍氏の「あいさつ」で最も重要と思われるのは、秋の国連総会で新たな核兵器廃絶決議案を提出する方針の安倍首相が、「核兵器のない世界の実現に向けて、一層の努力を積み重ねていく決意」を表明し、来年のG7(主要七カ国)外相会合が広島で開かれることを踏まえて「被爆地からわれわれの思いを国際社会に力強く発信する」とも述べていたことです。

このこと自体はすばらしいと思いますが、国際社会に向けたパフォーマンスをする前に安倍首相にはまずすべきことがあると思われます。

それは安倍氏が本気で「核兵器のない世界」を願うならば、「わが国は核武装するしかない」という論文を月刊『日本』(2014年4月22日号)に投稿していた武藤議員を参院特別委員会に呼んでその見解を質し、今も同じ考えならば議員辞職を強く求めるべきことです。

参院特別委員会でも「安全保障関連法案」には多くの深刻な問題があることが次々と明らかになっているにも関わらず、「強制採決」に向けて粛々と審議が行われているように見えます。

しかし、国際社会にむけて未来志向の「美しい言葉」をいくら語っても、武藤議員の発言を厳しく問いただすことをしなければ、「日本を、取り戻す。」を選挙公約にした安倍政権の本当の狙いは、戦前の「日本人的価値観」と軍事大国の復活にあるのではないかという疑いを晴らすことはできないでしょう。

 

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武藤貴也議員の核武装論と安倍首相の核認識――「広島原爆の日」の前夜に

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(広島に投下されたウラン型原子爆弾「リトルボーイ」によるキノコ雲。画像は「ウィキペディア」)

 

このブログでは1962年に発行された『ヒロシマわが罪と罰――原爆パイロットの苦悩の手紙』(筑摩書房)を分析することにより、「地獄火に焼かれる広島の人々の幻影に苦しみつづけ、〈狂人〉と目された〈ヒロシマのパイロット〉」と文芸評論家・小林秀雄の良心観を比較することで、「原爆」の問題と「道義心」の問題を5回にわたって考察してきました。

明日はまた「広島原爆の日」が訪れますが、日本における「原子力エネルギー」の危険性の認識は深まりを見せていないどころか、岸政権以降、徐々に風化が進んで安倍政権下での「安全保障関連法案」にまで至ってしまったように思えます。

このことを痛感したのは、〈武藤貴也議員の発言と『永遠の0(ゼロ)』の歴史認識・「道徳」観〉と題したブログ記事を書くために、武藤貴也議員(36才)のことを調べている中で、彼が「わが国は核武装するしかない」という論文を月刊『日本』の2014年4月22日号に投稿していたことが分かったからです。

今回は武藤氏の論文の内容を批判的な視点からごく簡単に紹介した後で、「安全保障関連法案」を衆議院で強行採決した安倍首相の核認識との関わりを分析することにします。

*   *

武藤 日本は自力で国を守れるように自主核武装を急ぐべきなのです。日本の核武装反対論は、論理ではなく感情的なものです。かつて広島、長崎に原爆を落とされた国として核兵器を許さないという心情的レベルで反核運動が展開されてきたのです。しかし、中国の台頭、アメリカの衰退という国際情勢の変化に対応して、いまこそ日本の核武装について、政治家が冷静な議論を開始する必要があると思っています。

核武装のコストについては様々な試算がありますが、私は安上がりな兵器だと考えています。何より、核の抑止力によって戦争を抑止することができます。核武装国家同士は戦争できないからです。」

ここでは二つの問題点を指摘しておきます。まず、第一点は「日本の核武装反対論は、論理ではなく感情的なものです」と記されていますが、1948年の時点で小林秀雄が明確に「原子力エネルギー」の危険性をきわめて論理的に、しかも「道義心」の面からも明らかにしていたことです。

次に、日本の核武装の理由として「核武装国家同士は戦争できないからです」と断言していますが、おそらく武藤氏は「キューバ危機」の際には核戦争の寸前までなっていたが、アメリカとソ連首脳の決断であやうく回避できたという歴史的な事実を軽視しているように思われます。もし、「きわめて情念的な」安倍首相があのときアメリカの大統領だったならば、核戦争は避けられなかった可能性が高いと思われるのです。

では、なぜ若い武藤議員が「日本の核武装」を唱えるようになったのでしょうか。 「小渕内閣時代の1999年10月に防衛政務次官に就任した西村眞悟氏は『核武装の是非について、国会で議論しよう』と述べて、辞任に追い込まれました。中川昭一氏も非核三原則見直し論議や核武装論議を提起しましたが、誰も彼に同調しようとしませんでした」という武藤氏の文章はその理由を明快に説明しているでしょう。

つまり、戦争の時代をよく知っている議員が力を持っていた小渕内閣の頃には、「日本の核武装」論は自民党内でもタブーだったのです。

このような党内の雰囲気が変わり始めたのは、安倍晋三氏が官房副長官になったころからのようです。ブログに掲載されている情報では、2002年2月に早稲田大学で行った講演会における田原総一朗との質疑応答では、「小型であれば原子爆弾の保有や使用も問題ない」と発言したと『サンデー毎日』 (2002年6月2日号)が報じて物議を醸していたのです(太字は引用者)。

この際に安倍氏は国会で「使用という言葉は使っていない」と記事内容を否定し、政府の“政策”としては非核三原則により核保有はあり得ないとしながらも、岸内閣の国会答弁によりながら憲法第九条第二項は、国が自衛のため戦力として核兵器を保持すること自体は禁じていないとの憲法解釈を示していたのです。

安倍氏が首相のときに選挙で当選した武藤氏は、安倍氏に気に入られようとしたこともあり、「日本の核武装」論を安倍氏の主張にそった形でより強く主張していたのだと思われるのです。

*   *   *

今日(5日)の参院平和安全法制特別委員会では、中谷元・防衛相は安全保障関連法案に基づく他国軍への後方支援をめぐり、核兵器の運搬も「法文上は排除していない」と答弁したとの仰天するようなニュースも飛び込んで来ました。このニュースについては詳しい続報が出たあとで考察するにします。