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グローバリゼーション

「新しい戦争」と「グローバリゼーション」(『この国のあしたーー司馬遼太郎の戦争観』の「はじめに」)を掲載

二〇〇一年は国際連合により「文明間の対話」年とされ、二一世紀は新しい希望へと向かうかに見えた。しかし、その年にニューヨークで「同時多発テロ」が起きた。むろん、市民をも巻き込むテロは厳しく裁かれなければならないし、それを行った組織は徹底的に追及されなければならないことは言うまでもない。ただ、問題はこれに対してアメリカのブッシュ政権が「報復の権利」の行使をうたって「文明」による「野蛮」の征伐を正当化して激しい空爆を行い、「野蛮」なタリバン政権をあっけないほど簡単に崩壊させた後には、イラクや北朝鮮だけでなく、タリバンへの空爆の際には協力を求めたイランをも「悪の枢軸国」と名付けて攻撃をも示唆したことである。このようなアメリカの論理にのっとってイスラエルのシャロン首相は、「自爆テロ」への「報復の権利」を正当化し、パレスチナ自治区への激しい武力侵攻を行い、お互いの「報復の応酬」によって中東情勢は混沌の色を濃くしたのである。

この意味で注目したいのは、なせ第一次世界大戦の敗戦後にヒトラーが政権を握りえたかを分析した社会学者の作田啓一が、「個人の自尊心」と「国家の自尊心」とは深いところで密接に結びついているとし、「個人主義」だけでなく「個人主義の双生児であるナショナリズムも、自尊心によって動かされて」きたと指摘したことである*1。このことは強い「グローバリゼーション」の流れの中でナショナリズムが燃え上がるようになったかをよく物語っている。すなわち、このような民族主義・国家主義の傾向は、イスラエルに限ったことではなく、インドとパキスタンが互いに核実験を行って世界から顰蹙(ひんしゅく)を買ったのはまだ記憶に新しいが、ヨーロッパでもオーストリアでハイダー党首率いる民族主義政党が躍進して政権を担うに至り、最近ではフランスでヒトラー的な反ユダヤ主義を標榜するルペン党首が率いる極右政党「国民戦線」への支持が急激に増えるなど、世界大戦前のような民族主義の台頭が世界的に見られるのである。このような理由について作田は社会学の視点から「大衆デモクラシーのもとでは、有権者の票の獲得にあたって、理性に訴える説得よりも、感情に訴える操縦のほうが有効であると言われるようになり、また事実、その傾向が強く」なったと説明している*2。

日本でも強い「グローバリゼーション」に対応するために低学年からの学習など英語教育の徹底する一方で、青少年における凶悪犯罪やモラルの低下が「自由と平等」を原則としたアメリカ的な原理に基づく戦後教育が原因だとして、愛国心や伝統の重要性が強調されるようになり、かつての強い「明治国家」を目指す「復古」的な主張や戦争を賛美するような言動も目だつようになってきている。しかも、このような過程でそれまでも高い評価を得ていた司馬遼太郎(一九二三~一九九六)の歴史小説が、司馬の死後には「国民的一大ブームといってよいほど」にもてはやされ、「神話化」され、「権威化」された「司馬史観」を背景にして、「公」としての「国家」を重んじることが、アジアで最初の「国民国家」である「明治国家」を讃えた司馬の遺志に適うかのような雰囲気が急速にかもしだされたのである*3。

しかし、はたして司馬遼太郎は「明治国家」や日露戦争の全面的な賛美者だったのだろうか。この意味で興味深いのは比較文明学的な視野から見るとき、「同時多発テロ」の発生以降、「同盟国」である超大国アメリカの「新しい戦争」を助けることが「常識」とされて、「グローバリゼーション」の圧力のもとに国会での議論もあまり行われないままに一連の「テロ関連法案」が通過し、さらに「有事法案」や「メディア規制法案」などにより「国権」の強化がはかられている「平成国家」日本の現状が、やはり「文明開化」という名の「欧化」の圧力のもとに、強い「国民国家」をめざして讒謗律、新聞紙条例、保安条例などの一連の法律を制定して国内の安定を保つとともに大国イギリスと同盟することで「日露戦争」へと突き進んだ「明治国家」の姿とも重なるように見えることである。

司馬遼太郎は日露戦争を主題として描いた『坂の上の雲』の前半では、すでに憲法を持っていた「国民国家」としての「明治国家」と専制政治下の「ロシア帝国」との戦いを「文明」と「野蛮」の戦いととらえていた。しかし、厖大な死傷者を出した近代戦争としての日露戦争の現実を「冷厳な事実」を直視して詳しく調べていくなかで司馬は、西欧列強に対抗するために日露両国が行った近代化の類似性に気付いて「国民国家」が行う戦争に対する疑問を強く持ち始め、一九三一年に起きた「満州事変」を「閉塞状態を、戦争によって、あるいは侵略によって解決しようとした」と鋭く批判するようになるのである(「何が魔法にかけたのか」『「昭和」という国家』ーー以下、『国家』と略す)。

つまり、『坂の上の雲』を書き上げた時、司馬は第一次世界大戦が生みだした戦争の惨禍を反省して大著『歴史の研究』を書き、西欧文明を唯一の文明として絶対的な価値を与えてきたそれまでの西欧の歴史観を「自己中心の迷妄」と断じて、近代の「国民国家」史観の克服をめざし、比較文明学の基礎を打ち立てたたイギリスの研究者トインビーに近い地点にいたのである。実際、ナポレオン戦争以降、「強国」は互いに自国を「文明」として強調しながら、「復讐の権利」を主張し合い、武器の増産と技術的な革新を競い合う中で戦争は拡大し、第二次世界大戦では原子爆弾が使用されて五千万以上ともいわれる死者を出すにいたったのである。

しかもトインビーは、古代ユダヤにおいてもローマ文明を「普遍的な世界文明として」認める考えと「ローマ化」を「文明の自己喪失として有害」とする「国粋」的な考えの鋭い対立があったことを記していたが*4、このような「周辺文明論」をさらに深めた山本新や吉澤五郎が指摘しているように、日本に先んじて「文明開化」を行っていたロシアでも「欧化と国粋」という現象は、顕著に見られたのである*5。

たとえば、ソ連崩壊後に「グローバリゼーション」の波に襲われたロシアではヒトラーの『わが闘争』のロシア語訳がいくつもの本屋で販売され、さらに過激な民族主義者ジリノフスキーの率いるロシアの自由民主党が選挙で躍進するなどの傾向が見られたが、このような現象は、クリミア戦争敗戦後の混乱の時期にも強く見られた。この意味で注目したいのは、激しい「欧化と国粋」の対立の中で、「血の復讐」を批判して「和解」の必要性を説く「大地主義」を唱えていたドストエフスキーが、「非凡人の理論」を生みだして「自己を絶対化」し、「悪人」と規定した「他者」の殺害を行った若者の悲劇を長編小説『罪と罰』(一八六六)において描き出していたことである。こうしてドストエフスキーは近代西欧社会に強く見られる「弱肉強食」の思想や「報復の権利」の行使が、際限のない「報復」の連鎖となり、ついには「階級闘争」や「国家間の戦争」となり「人類滅亡」にも至る危険性があることを明らかにしたのである*6。

比較文明学者の神川正彦は西欧の「一九世紀〈近代〉パラダイム」を根本的に問い直すには、「欧化」の問題を「〈中心ー周辺〉の基本枠組においてはっきりと位置づけ」ることや、「〈土着〉という軸を本当に民衆レベルにまで掘り下げる」ことの重要性を指摘した*7。方法論的にはそれほど体系化はされていないにせよ司馬遼太郎も、明治維新や日露戦争などの分析と考察を通して同じ様な問題意識にたどり着き、「辺境」に位置する沖縄の歴史の考察を行った『沖縄・先島への道』(一九七四)を経て、ナポレオンと同じ年に淡路島で生まれた高田屋嘉兵衛の生涯を描いた『菜の花の沖』(一九七九~八二)では、近代ロシアの知識人たちの人間理解の深さや比較文明学的な視野の広さに注意を払いつつ、日露の「文明の衝突」の危険性を防いだ主人公を生みだした「江戸文明」の独自性とその意味を明らかにしたのである。

こうして司馬遼太郎は戦後に出来た新しい憲法のほうが「昔なりの日本の慣習」に「なじんでいる感じ」であると語り、さらに、「ぼくらは戦後に『ああ、いい国になったわい』と思ったところから出発しているんですから」、「せっかくの理想の旗をもう少しくっきりさせましょう」と語り、「日本が特殊の国なら、他の国にもそれも及ぼせばいいのではないかと思います」と主張するようになるのである(「日本人の器量を問う」『国家・宗教・日本人』)。

この時の対談者であった作家の井上ひさしは、「憲法」という用語が「日常語」ではなかったために「なかなか私たちのふだんの生活の中に入って」こなかったが、司馬が『この国のかたち』において「統帥権」などの「法制度」や「倫理」の問題を通して「憲法」の重要性を分かりやすい言葉で考察していることを指摘している*8。

こうして「新しい戦争」が視野に入ってきている現在、敗戦による「傷ついた自尊心」から日本人としてのアイデンティティを求めて小説家となり、幕末の激動の時期を描いた『竜馬がゆく』以降の作品では急速な「欧化」への対抗としておこったナショナリズムの問題をも直視することにより「戦争」だけでなく、近代化における「法制度」や「教育」の意味についても鋭い考察を行った司馬遼太郎の歩みをきちんと考察することは焦眉の課題といえよう。なぜならば、トルストイが『戦争と平和』において明らかにしたように、戦争という異常な事態は突然に生じるのではなく、日常的な営みや教育の中で次第にその危険性が育まれるからである。

司馬遼太郎は大坂外国語学校での学生時代に「史記列伝」だけでなく「ロシア文学」にも傾倒していた*9。以下、本書では日本の「文明開化」において大きな役割を演じた福沢諭吉の教育観や歴史観と比較しながら、ロシア文学研究者の視点から司馬遼太郎の作風の変化に注意を払いつつ、『竜馬がゆく』、『坂の上の雲』、『菜の花の沖』の三つの長編小説における彼の戦争観の深化を考察したい。

この作業をとおして私たちは「欧化と国粋」の対立の危険性を痛切に実感しつつ、日本のよき伝統や文化を踏まえたうえで、「日本人」の価値だけでなく新しい世紀にふさわしい「普遍的」な価値を求め、文明間の共存を可能にしうるような新しい文明観を示した司馬遼太郎の意義を明らかにすることができるだろう。

(2016年8月13日『この国のあした――司馬遼太郎の戦争観』より一部訂正の上、再掲。註は省略した)

 

国際比較文明学会での発表論文(英文)を「主な研究」に掲載

前回の記事では、サンクト・ペテルブルクで行われた国際比較文明学会で発表した拙論の要旨を記すとともに、科学アカデミーの学術センター会議室で行われた「サンクト・ペテルブルク――文明間の対話の都市」、「東西の諸文明と諸文化の交流におけるロシア」、「グローバリゼーションと文明の未来」の3つの部会の模様と、「北西ロシア――ロシア文明の源とその絶頂」と題して行われた学術旅行の簡単な紹介をしました。

 リンク→サンクト・ペテルブルクでの国際比較文明学会の報告

今回は国際比較文明学会での発表論文”The Acceptance of Dostoevsky in Japan — the theme of St.Petersburg and dialogue as the means”を「主な研究」に掲載します。

 リンク→The Acceptance of Dostoevsky in Japan

『文明の未来 いま、あらためて比較文明学の視点から』が東海大学出版部より発行

お知らせが遅くなりましたが、東海大学出版部から今年の5月に『文明の未来 いま、あらためて比較文明学の視点から』が下記のような内容で出版されました。

『文明の未来』honto(書影は「honto」より)

「比較文明学会創立三〇周年を記念して刊行された論文集。自然と文明の関係性の再確立、西欧近代の知の超克、グローバリズムの問い直しなど、現代の比較文明学共通の課題と関心に収斂した問題が記述されている。」

編集:比較文明学会30周年記念出版編集委員会
出版社: 東海大学出版部
発売日: 2014/5/15
単行本: 318ページ
価格: 3000円+税
ISBN-10: 4486019830
ISBN-13: 978-4486019831

私も標記の題名で論文を寄稿しましたので、そのレジュメを「主な研究」に掲載しました。

リンク→司馬遼太郎の文明観―-古代から未来への視野(レジュメ)

(11月8日、改題)

 

〈「グローバリゼーション」と「欧化と国粋」の対立〉を「主な研究」に掲載

拙著『欧化と国粋――日露の「文明開化」とドストエフスキー』(刀水書房)の序章の一部を、「著書・共著」のページで紹介していましたが、そのページ内ではかえって見つけにくいので、「主な研究」のページに移動するとともに改題しました。

日本がアメリカなど欧米の強い圧力で「開国」や「文明開化」を迫られていた時期に起きていた露土戦争は、イギリスやフランスなどがトルコ側に参戦したためにクリミアで激しい戦争が行われました。

クリミア戦争やその敗北後の「大改革」の時代をドストエフスキーの作品をとおして考察することは、「集団的自衛権」という名前で「軍事同盟」の必要性が再び唱えられるようになった日本の未来を考える上でも重要だと思われます(8月29日改訂)。

リンク先→「グローバリゼーション」と「欧化と国粋」の対立

『欧化と国粋――日露の「文明開化」とドストエフスキー』(刀水書房、2002年)を「著書・共著」に掲載しました

今日のブログに書いた「ドストエフスキーとトルストイⅠ――『虐げられた人々』とその時代」という記事では、トルストイの『幼年時代』などとの関連で「大改革」の時代と「大地主義」――雑誌『時代』と『虐げられた人々』について言及した拙著から引用しました。

それゆえ、クリミア戦争後の「大改革」の時代における『虐げられた人々』、『死の家の記録』、さらに『冬に記す夏の印象』などのドストエフスキーの作品とその特徴を詳しく考察した拙著『欧化と国粋――日露の「文明開化」とドストエフスキー』(刀水書房、2002年)の、「目次」と「序章」の抜粋を「著書・共著」に掲載しました。

その際に、「欧化と国粋」という用語がまだあまり知られていないので、日本に先駆けて上からの「近代化」による「富国強兵」策が取られたロシアの問題を考察した「序章」から多めに引用することで、日露の「文明開化」の類似性を明らかにするとともに、19世紀の「文明開化」と現代の「グローバリゼーション」の類似性も分かりやすく説明しました。

ロシアと日本における「欧化と国粋」の問題については、稿を改めて考察したいと考えています。

 

 

リチャード・ピース 著、池田和彦訳、高橋誠一郎編『ドストエフスキイ「地下室の手記」を読む』(のべる出版企画、2006年)を、「著書・共著」に掲載しました

標記の著書や著者のピース氏については、「研究(活動)」のページに「『地下室の手記』の現代性――後書きにかえて」と題した文章でふれていましたが、今回、「著書・共著」のページに「日本の読者の皆様へ」という著者からのメッセージの抜粋と、「目次」を掲載しました。

最初はこの著書を紹介した後で、ピース・ブリストル大学教授との面識を得るきっかけとなった1989年のリュブリャーナでの国際ドストエフスキー・シンポジウムの報告を、「研究(活動)」のページに載せる予定でした。

しかし、汚染水の状況が本当に危険な事態となっているようなので国際学会の報告記事は次回に回すことにしますが、ここでは日本ではあまり重視されていないドストエフスキー作品の哲学的な面に注意を促したピース氏が、『地下室の手記』の主人公を単なる「逆説家」ではなく、近代西欧思想の「功利主義」や19世紀の「グローバリゼーション」のきわめて鋭い批判者であったと記していることを指摘しておきます。

つまり、『地下室の手記』という作品は福島第一原子力発電所の事故も収束し得ない状態で、危険な原発を外国にも輸出しようとしている安倍政権の近代西欧的な思考法とオプチミズムの危険性をも暴露しているといえるでしょう。

 

「著書・共著」に『この国のあした――司馬遼太郎の戦争観』(のべる出版企画、2002年)を掲載しました

昨日のブログに書いた、〈「大地主義」と地球環境〉という題名の記事で、

司馬遼太郎氏の文明観にふれましたので、

「第五章 「公」としての地球――司馬遼太郎の文明観」で、この問題を論じている

『この国のあした――司馬遼太郎の戦争観』の「目次」と「あとがき」を

「著書・共著」のページに掲載しました。