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ロシア文学

ロシア帝国の教育制度と日本――『ロシアの近代化と若きドストエフスキー』から『「罪と罰」の受容と「立憲主義」の危機』へ

59l「罪と罰」の受容と「立憲主義」の危機 高橋 誠一郎(著/文) - 成文社 

ニコライ一世治下の帝政ロシアでは、ロシアの貴族にも影響力をもち始めていた「自由・平等・友愛」という理念に対抗するために、「正教・専制・国民性」の「三位一体」を「ロシアの理念」として国民に徹底しようとした「ウヴァーロフの通達」が1833年に出されていました。

このような時代に青春を過ごした若きドストエフスキーは初期作品で、権力者の横暴を抑えるための「憲法」の意義や言論や出版の自由の必要性、さらには金持ちのみを優遇する「格差社会」の危険性などを、「イソップの言葉」で説いていました。

『貧しき人々』に始まるこれらの作品を分析することにより、日本における「憲法」や「教育」の問題を考察しようとした拙著『ロシアの近代化と若きドストエフスキー 「祖国戦争」からクリミア戦争へ』(成文社、2007年)の終章では、検閲の問題と芥川龍之介の自殺との関連にも注意を払いながら、『白夜』からの引用がある堀田善衞の『若き日の詩人たちの肖像』に注目することで、昭和初期の日本の状況とクリミア戦争直前の帝政ロシアの状況との類似性を明らかにしました。

たとえば、昭和一二年に文部省から発行された『国体の本義』では、大正デモクラシーを想定しながら、その後も「欧米文化輸入の勢いは依然として盛んで」、「今日我等の当面する如き思想上・社会上の混乱を惹起」したとして、これらの混乱を収めるべき原則として『教育勅語』の意義が強調されたのです。

さらに『国体の本義解説叢書』の一冊として文部省教学局が発行した『我が風土・国民性と文学』と題する小冊子では、「ロシアの理念を強調した「ウヴァーロフの通達」と同じように、「日本の国体」においては、「敬神・忠君・愛国の三精神が一になっている」ことを強調していました。

 それゆえ、『ロシアの近代化と若きドストエフスキー』を書き上げた後では、芥川龍之介の自殺の問題も描かれている堀田善衞の『若き日の詩人たちの肖像』を詳しく考察することで、昭和初期に書いた「『罪と罰』についてⅠ」などの評論や『我が闘争』の書評で当時の若者や知識人に強い影響を与えていた小林秀雄のドストエフスキー論の問題点を明らかにしたいと考えました。

しかし、幕末だけでなく昭和初期に再び強い勢力を持つようになっていた平田篤胤の「復古神道」について理解が乏しかったために、その構想は先延ばししなければなりませんでした。

ようやく前著『「罪と罰」の受容と「立憲主義」の危機――北村透谷から島崎藤村へ』で、明治の文学者たちの視点で差別や法制度の問題、「弱肉強食の思想」と「超人思想」などの危険性を描いていた『罪と罰』の現代性に迫りました。さらに、『罪と罰』の人物体系や内容を詳しく研究することで長編小説『破戒』を書いただけでなく、『夜明け前』では平田篤胤没後の門人となって古代復帰を夢見た主人公の破滅にいたる過程を描いた島崎藤村の作品を分析することにより、明治政府の宗教政策や昭和初期の「復古神道」の問題をも考察することができました。

こうして、芥川龍之介の自殺と堀田善衞の『若き日の詩人たちの肖像』との関連を論じることのできる地点までようやく来ましたので、次の著書『堀田善衞と小林秀雄――「若き日の詩人たちの肖像」を読み解く』(仮題)ではこの問題を正面から論じることにします。

そのためにも、徳富蘇峰の「教育改革」論の後で生じた事態を、芥川龍之介の自殺と堀田善衞の『若き日の詩人たちの肖像』との関連をとおして考察した箇所を、拙著『ロシアの近代化と若きドストエフスキー 「祖国戦争」からクリミア戦争へ』から、「主な研究」に転載することにより確認することにします。(引用に際してはわかりやすいように、一部改訂を行いました。)

芥川龍之介の自殺と『若き日の詩人たちの肖像』――『ロシアの近代化と若きドストエフスキー』終章より

混迷の時代と新しい価値観の模索―『罪と罰』の再考察

 もうすぐ「ロシア文学研究」の授業が始まります。

昨年度の講義では国際シンポジウムのテーマともなった『白痴』を中心的に考察しました。西欧文学からの影響も強く見られる作品なので難しいかと思われましたが、思いがけず好評でした。

残念ながら、日本では『白痴』の主人公の一人であるナスターシヤを「この作者が好んで描く言はば自意識上のサディストでありマゾヒストである」と規定した文芸評論家・小林秀雄の『白痴』解釈がいまだに強い影響力を保っています。

しかし、ロシアもまたキリスト教国であり、西欧の文学から強い影響を受けたドストエフスキーはこの作品でも『ドン・キホーテ』や『椿姫』などに言及しています。それらの作品や『レ・ミゼラブル』との関連をとおしてこの作品を分析するとき、浮かび上がってくるのはパワハラや「噂」などで苦しめられた女性の姿なのです。

それゆえ講義では。黒澤映画《白痴》なども紹介することで、小林秀雄が「悪魔に魂を売り渡して了つた」と批判した主人公のムィシキンは、「殺すなかれ」というイエスの理念を伝えようとしていた若者だったことを明らかにしました。

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それゆえ、今年も同じく『白痴』を扱おうかとも考えましたが、結局、『白痴』をも視野に入れながら『罪と罰』を中心に考察することにしました。1866年に「憲法」のないロシア帝国で発表された『罪と罰』で描かれている個人や社会の状況は、現代の日本を先取りするように鋭く深いものがあるからです。

たとえば、ドストエフスキーは1862年に訪れたロンドンでは、ロシアの農奴よりもひどいと思われる労働者の生活や発生していた環境汚染を目撃していました。それらの状況は『罪と罰』における大都市サンクトペテルブルグの描写にも反映されているのです。

合法的に行われていた高利貸しの問題が殺人の原因になっていることはよく知られていますが、この長編小説では悪徳弁護士のルージンが述べる現在のトリクルダウン理論に近い考えも、登場人物の議論をとおして厳しく批判されています。

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そして、ドストエフスキーは『罪と罰』の主人公にナポレオン三世が記したのと同じような「非凡人の理論」を語らせていますが、社会ダーウィニズムを理論的な根拠にした「弱肉強食の思想」と「超人思想」などはすでに当時の西欧社会を席巻しており、後にヒトラーはこの考えを拡大して「非凡民族の理論」を唱えることになるのです。

こうして、19世紀に書かれた『罪と罰』は、時代を先取りし、現代につながるような思想的な問題をも都市の描写や主人公と他者との対話、さらに主人公の夢などをとおして描き出していたのです。

→ モスクワの演劇――ドストエフスキー劇を中心に

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私が『罪と罰』と出会った当時はベトナム戦争が続いて価値が混迷し、日本では反戦を訴えていた過激派が互いに激しい内ゲバを繰り返して死者も出るようになっていました。その一方で激しい言論弾圧も行われていた隣国の韓国では、朝鮮戦争時の日本と同じように、ベトナム戦争による戦争特需が生まれていたのです。

残念ながら最初に『罪と罰』と出会った頃の現在の日本は軍事政権下の韓国の状況に似て来たように見えます。地球の温暖化や乱立する原発などが状況をより難しくしています。

しかし、ドストエフスキーはロシア帝国だけでなく、おおくの西欧初校も抱えていた多くの矛盾を長編小説という方法で考察し、その矛盾に満ちた世界を改善しようとしていました。

→ 三浦春馬が“正義”のために殺人を犯す青年を熱演!
舞台「罪と罰 …プレビュー 2:44

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また、プーシキンやトルストイの作品などを学ぶことはロシアの歴史や社会を知ることになります。一方、ロシア文学の受容を考察することは、日本の歴史や社会をより深く知ることにもつながります。

ここでは初めての邦訳者・内田魯庵や批評家・北村透谷、そして『罪と罰』を深く研究することで長編小説『破戒』を書き上げた島崎藤村など明治の文学者たちの視点で『罪と罰』を読み解くことにより、差別や法制度の問題にも迫ります。

そして、「平民主義者」から「帝国主義者」へと変貌した徳富蘇峰の「教育勅語」観や「英雄史観」にも注目しながら、「立憲主義」が崩壊する一年前に小林秀雄が書いた『罪と罰』の特徴を分析することで、現代にも通じるその危険性を明らかにすることができるでしょう。

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講義概要

この講義では近代日本文学の成立に大きな役割を果たしたロシア文学をドストエフスキーの『罪と罰』を中心に、ロシア文学の父と呼ばれるプーシキンの作品やトルストイの『戦争と平和』などを世界文学も視野に入れながら映像資料も用いて考察する。

  具体的には比較文学的な手法によりシェイクスピアの戯曲やゲーテの『若きヴェルテルの悩み』、ディケンズの『クリスマス・キャロル』、そしてユゴーの『レ・ミゼラブル』と『罪と罰』との深い関わりを明らかにする。そのうえで『罪と罰』の筋や人物体系の研究の上に成立している島崎藤村の長編小説『破戒』などを具体的に分析することで、近代日本文学の成立とロシア文学との深い関わりを示す。

 さらに、ドストエフスキーとほぼ同時代を生きた福沢諭吉の「桃太郎盗人論」や芥川龍之介の短編「桃太郎」と『罪と罰』の主人公の「非凡人の理論」を比較し、手塚治虫や黒澤明、さらに宮崎駿の作品とのかかわりを考察することで、『罪と罰』の現代的な意義を明らかにする。 (ロシア語の知識は必要としない)。

「ロシア文学研究」のページ構成と授業概要

「罪と罰」の受容と「立憲主義」の危機 高橋 誠一郎(著/文) - 成文社 

 

 

「世界文学会」2017年度第4回研究会(発表者:大木昭男氏・高橋誠一郎)のご案内

夏目漱石生誕150年によせて「夏目漱石と世界文学」をテーマとした2017年度第4回研究会の案内が「世界文学会」のホームページに掲載されましたので、発表者の紹介も加えた形で転載します。

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日時:2017年7月22日(土)午後3時~5時45分

場所:中央大学駿河台記念会館 (千代田区神田駿河台3-11-5 TEL 03-3292-3111)

発表者:大木昭男氏(桜美林大学名誉教授)

題目:「ロシア文学と漱石」

発表者:高橋誠一郎(元東海大学教授)

題目:「夏目漱石と正岡子規の交友と作品の深まり」

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発表者紹介:大木昭男氏

1943年生まれ。早稲田大学大学院(露文学専攻)修了。世界文学会、日本比較文学会、国際啄木学会会員。1969年~2013年、桜美林大学にロシア語・ロシア文学担当教員として在職し、現在は桜美林大学名誉教授。主要著作:『現代ロシアの文学と社会』(中央大学出版部)、『漱石と「露西亜の小説」』(東洋書店)、『ロシア最後の農村派詩人─ワレンチン・ラスプーチンの文学』(群像社)他。

発表者紹介:高橋誠一郎

1949年生まれ。東海大学大学院文学研究科(文明研究専攻)修士課程修了。東海大学教授を経て、現在は桜美林大学非常勤講師。世界文学会、日本比較文学会、日本ロシア文学会などの会員。主要著作『新聞への思い――正岡子規と「坂の上の雲」』(人文書館)、『黒澤明と小林秀雄――「罪と罰」をめぐる静かなる決闘』(成文社)、『ロシアの近代化と若きドストエフスキー ――「祖国戦争」からクリミア戦争へ』(成文社)他。

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発表要旨「ロシア文学と漱石」

漱石は二年間の英国留学中(1900年10月~1902年12月)に西洋の書物を沢山購入して、幅広く文学研究に従事しておりました。本来は英文学者なので、蔵書目録を見ると英米文学の書物が大半ですが、ロシア文学(英訳本のほか、若干の独訳本と仏訳本)もかなり含まれております。ここでは、大正五年(1916年)の漱石の日記断片に記されている謎めいた言葉─「○Life 露西亜の小説を読んで自分と同じ事が書いてあるのに驚く。さうして只クリチカルの瞬間にうまく逃れたと逃れないとの相違である、といふ筋」という文言にある「露西亜の小説」とは一体何であったのかに焦点を当てて、漱石晩年の未完の大作『明暗』とトルストイの長編『アンナ・カレーニナ』とを比較考量してみたいと思います。

発表要旨「夏目漱石と正岡子規の交友と作品の深まり」

子規の短編「飯待つ間」と漱石の『吾輩は猫である』との比較を中心に、二人の交友と作品の深まりを次の順序で考察する。 1,子規の退寮事件と「不敬事件」 2,『三四郎』に記された憲法の発布と森文部大臣暗殺  3,子規の新聞『日本』入社と夏目漱石   4,子規の日清戦争従軍と反戦的新体詩  5,新聞『小日本』に掲載された北村透谷の追悼文と子規と島崎藤村の会見   6,ロンドンから漱石が知らせたトルストイ破門の記事と英国の新聞論   7、『吾輩は猫である』における苦沙弥先生の新体詩と日本版『イワンの馬鹿』   8、新聞『日本』への内田魯庵訳『復活』訳の連載  9、藤村が『破戒』で描いた学校行事での「教育勅語」朗読の場面   結語 「教育勅語」問題の現代性と子規と漱石の文学

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会場(中央大学駿河台記念会館)への案内図

案内図

JR中央・総武線/御茶ノ水駅下車、徒歩3分

東京メトロ丸ノ内線/御茶ノ水駅下車、徒歩6分

東京メトロ千代田線/新御茶ノ水駅下車(B1出口)、徒歩3分

〈「不思議の国」ロシア〉のページを開設

 

現在、ホームページの改訂作業を行っています。

今回の大きな目的は講義の予習や復習にも役立つように、〈「不思議の国」ロシア〉のページを開設したことです。

 〈「不思議の国」ロシア〉へのリンク先→ 0、このページの題名と構成

それに関連していくつかのページの合併などを行いました。改訂作業が終わるのは3月末になるものと思われます。