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「東京新聞」

(2)ベルリン・オリンピックとの「際立つ類似点」

前回の記事〈「共謀罪」法案の強行採決と東京オリンピック開催消滅の可能性(1)――1940年との類似性(加筆版)〉では、安倍首相が「共謀罪 成立なしで五輪開けない」と語ったことの問題点を考察するとともに、国際連盟が派遣したリットン調査団の報告の後で日本が国際連盟から脱退していたことについてもふれた。

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今日の「こちら特報部」(「東京新聞」)は、ベルリン五輪(1936年)を徹底して「政治利用」し、「景気浮揚、治安の強化、再軍備」など「国威発揚」の場としたナチスドイツと、「改憲」や「共謀罪」法案でオリンピックを政治利用し、「復興を演出」している安倍政権の手法との「際立つ類似点」を見事に示している。

すなわち、「平和愛好家を自称していた」ヒトラーは「五輪の期間中だけ国内でユダヤ人排斥の看板」を取り外すなどの対策をとることで、「ユダヤ人迫害などはうそだ」と「世界に向けて宣伝」していた。

ヒトラー、オリンピック

ベルリンオリンピックの開会式でオリンピック旗に敬礼するアドルフ・ヒトラー。1936年8月1日、ドイツ。出典はサイト「ホロコースト百科事典」より)

そのために「五輪憲章は大会の政治利用を禁じている」が「その原則に触れかねない事態」がおきたのが、「昨年八月、リオ五輪の閉会式で安倍政権が人気キャラクター「マリオ」にふんして登場した一幕」だったのである。

安倍マリオ、東京経済(出典は「東洋経済.net」)

この件については「日刊ゲンダイ」が昨年年8月22日の記事ですでに次のように批判していた。

「ちょうど80年前、ナチス政権下のドイツで開かれたベルリン大会で、ヒトラーは国威発揚のため自ら開会宣言を行った。オリンピックの政治利用の最悪のケースとして歴史に刻まれています。安倍首相もセレモニーに登場することで“東京五輪まで首相を続けるぞ”とアピールしたのです。再来年9月までの自民党総裁任期を延ばそうという動きと連動した姑息な延命PRです」(自民党事情通)/ ヒトラーといい安倍首相といい、独裁者がやることはソックリだ。」

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(マリオの中から出てきたのは…(C)真野慎也。出典は「日刊ゲンダイ」)

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安倍首相の政治利用の「代表格が改憲だ」とし、首相が三日に「夏季のオリンピックが開催される二〇二〇年を日本が新しく生まれ変わる大きなきっかけ」とすると語ったことを指摘した今日の「こちら特報部」はさらに、こう続けている。

「そもそも五輪招致段階のIOC総会で『汚染水は完全にコントロールされている』と事実に反するアピールをし、現在も続く被災者たちの苦悩も「復興五輪」の名目によって、打ち消そうとしている」安倍首相は、「自らの責任も問われている福島原発事故も、五輪を機に『過去』のものにしたいようだ」。

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開催地の新聞であるにもかかわらず「東京新聞」がこのような記事を載せるのは勇気のある決断であり、五輪に向けたこれまでの努力を無駄にしないためには、「五輪憲章」に違反して開催権を取り上げられる危険性のある安倍政権に代わる次の政権を一刻も早くに打ち立てることが必要だろう。

 

「共謀罪」はテロの危険性を軽減せず、むしろ増大させる悪法――国連特別報告者の批判を踏まえて

前回の記事で記したように、プライバシーの権利に関するケナタッチ国連特別報告者は18日付の安倍晋三首相宛て書簡で、〈法案にある「計画」や「準備行為」の定義があいまいで、恣意(しい)的に適用される可能性があると指摘。いかなる行為が処罰の対象となるかも明記されておらず問題がある〉との強い懸念を示していた。

これに対して日本政府はジュネーブ日本政府代表部の職員を介して抗議の文書を渡し、さらに菅官房長官が記者会見で政府の見解を明らかにしたが、国連特別報告者は電子メールでの「東京新聞」の取材に答えて、日本政府の抗議の内容は本質的な反論になっておらず「プライバシーや他の欠陥など、私が多々挙げた懸念に一つも言及がなかった」と指摘した。

そして、日本政府が国際組織犯罪防止条約の締結に法案が必要だと述べた点については、「プライバシーを守る適当な措置を取らないまま、法案を通過させる説明にはならない」と強く批判し、次のように訴えた。

「日本政府はいったん立ち止まって熟考し、必要な保護措置を導入することで、世界に名だたる民主主義国家として行動する時だ」。

「東京新聞」の記事は国連特別報告者・ケナタッチ氏の指摘と日本政府の反論を分かり易く図示することで「共謀罪」の問題点を浮かび上がらせているので、以下に転載する。

共謀罪、東京新聞3

革命に至った帝政ロシアの研究者の視点から見ても「言論の自由」を奪う危険性の高い「共謀罪」に対する国連特別報告者の指摘は説得力がある。

なぜならば、農奴制の廃止や裁判の改革、そして言論の自由などを主張したことで捕らえられ、偽りの「死刑宣告」を受けた後でシベリアに流刑となっていたドストエフスキーが『罪と罰』においてラスコーリニコフの行動をとおして明らかにしたように、政府を批判する「言論や報道の自由」を厳しく制限することは、絶望した若者をかえってテロなどに走らせることになる危険性が高いからである。

さらに、帝政ロシアやソ連邦の歴史が示しているように、権力者に対する批判が許されない社会では公平な裁判も行われずに腐敗が進んでついには崩壊に至っていたが、同じことが「治安維持法」を公布した後の大日本帝国でも起きていた。

戦前の価値観の復活を目指す「日本会議」に牛耳られた安倍政権が続けば、日本はかつて国際連盟から脱退したように、国際連合からも脱退せざるをえなくと思える。悲劇を繰りかえさないようにするためにも、安倍政権には国連特別報告者の指摘を率直に受け止めさせて、「共謀罪」法案を廃案とさせることが必要だろう。

「共謀罪」法案の強行採決と東京オリンピック開催消滅の可能性(1)――1940年との類似性(加筆版)

オリンピックを招致する時点では、「世界有数の安全な都市」と断言していた安倍首相が「共謀罪 成立なしで五輪開けない」と語ったことを報じた「東京新聞」の記事を読んだ際には、むしろ、安倍政権が「東京五輪のテロ対策」を名目に「共謀罪」を強行採決するような場合は、「オリンピック憲章」に反する法律として国際社会に訴えれば、「開催権」が剥奪されるのではないかとの感想をツイッターに記した。

なぜならば、高市総務大臣「電波停止」発言など、政権による報道への圧力の問題を調査した国連の「報道の自由」特別報告者デビット・ケイ氏は、度重なる会見の要求を高市氏に拒まれた後で外国人記者クラブで記者会見を行い、秘密保護法やパスポート強制返納などについても安倍政権を強く批判していたからである。

しかも、ヒトラーはベルリン・オリンピックの間に戦争への準備を行っていたが、麻生副総理は憲法改正論に関してナチス政権の「手口」を学んだらどうかと発言しており、「電波停止」発言をした高市氏も1994年には『ヒトラー選挙戦略現代選挙必勝のバイブル』に推薦文を寄せていた。

衆院法務委員会で自民・公明・維新の三党により強行採決された「共謀罪」法案についても、プライバシーの権利に関するケナタッチ国連特別報告者が18日付の安倍晋三首相宛て書簡で、〈法案にある「計画」や「準備行為」の定義があいまいで、恣意(しい)的に適用される可能性があると指摘。いかなる行為が処罰の対象となるかも明記されておらず問題がある〉との強い懸念を示していたことが明らかになった。

19日の「毎日新聞」デジタル版に載ったこの記事を受けて早速、「恥ずかしい首相だ」との感想がツイッターに載ったが、国連特別報告者が「共謀罪」法案について強い懸念を示す書簡を送っていたにもかかわらず、「共謀罪」を強行採決した安倍政権は、早晩、国際社会から「開催権」が剥奪される可能性がむしろ高くなったと思われる。

「東京新聞」も20日の一面で国連特別報告者ケナタッチ氏が「共謀罪」法案に対し、18日付けの書簡で首相に対して、「法案で対象となる犯罪が幅広くテロリズムや組織犯罪と無関係のものを含んでいると指摘」していたことを大きく取り上げている。

共謀罪、東京新聞共謀罪、東京新聞2

(図版は「東京新聞政治部」、5月20日と21日のツイッター記事より)

残念ながら、日本ではいまだに国際社会から批判されている「日本会議」に支持された安倍政権が強行採決した「共謀罪」法案を賛美している新聞や、いわゆるネトウヨの影響力が強い。

しかし、「東京新聞」は今日の「こちら特報部」で、トランプ氏から名指しで「口撃」されたNYタイムズやCNNなどが、軒並みに大幅に購読者数を伸ばしていることを指摘し、アメリカでは「偽ニュース」が増えたことから、その対策として事実を正しく伝えようとすることで「権力の暴走を防ぐ良質な報道の重要性が再認識された結果だと思う」というニューヨーク在住のジャーナリストの言葉を紹介している。

「これだけの重要法案の採決にもかかわらず、NHKの生中継」がなかったことを伝えた「日刊ゲンダイ」は、「首相出席による締めくくり質疑を行わないまま、異例の採決となった理由は明白である」として、「安倍は加計学園疑惑の追及から逃げたのだ」と記している。

安倍首相の「加計学園」問題にも目をつぶって批判もできないように見える自民党と「古代復帰」を目指す維新ばかりでなく、かつては「平和の党」を自称していた公明党も、「安倍政権」が委員会で強行採決した「共謀罪」に対する国際社会の強い懸念から目を背けているように見える。

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一方、「ウィキペディア」の記述によれば、1940年に日本の首都・東京でオリンピックを開催することは、1936年(昭和11年)の国際オリンピック委員会(IOC)で決定し、それ以降は開催に向けた準備が進められていた。しかし、翌年の7月に勃発した盧溝橋事件から「日中戦争」に拡大すると陸軍が選手選出に異論を唱えるようになった。

さらに、1938年(昭和13年)3月にエジプトのカイロで開催されたIOC総会前には、イギリスやオーストラリアだけでなく、フィンランドからも中止を求める声が上がっており、中華民国からの開催都市変更の要望も出ていたばかりでなく、アメリカ人のIOC委員は東京大会のボイコットを示唆して委員を辞任した。

このような状況を踏まえて日本政府はその年の7月に実施の中止を決定したのだが、国際社会からの厳しい批判の背景には1931年の満州事変の翌年に国際連盟が派遣したリットン調査団の報告書(対日勧告案)が提出され、ジュネーブで開かれた1933年の国際連盟特別総会で、満州における日本の利権が認められなかったとして日本首席全権の松岡洋右が会議場から立ち去り、その年に日本は脱退を表明していたことがあると思われる。

しかも、国際連盟の会議場から決然と立ち去ったことにより日本を国際社会から孤立化させた松岡洋右は、国内では称賛を浴びて「国民精神作興、昭和維新」を唱え、近衛内閣で外相に任命されるとナチスドイツとの同盟を結んで日本を悲劇に追い込むことになるのである。

東京オリンピック1940松岡洋右

(幻に終わった1940年の東京オリンピックのポスター、ドイツ総統官邸でヒトラーとの会談に臨む松岡。図版は「ウィキペディア」より)

「共謀罪」法案の強行採決と東京オリンピック開催消滅の可能性関連記事

「共謀罪」はテロの危険性を軽減せず、むしろ増大させる悪法――国連特別報告者の批判を踏まえて

(2)ベルリン・オリンピックとの「際立つ類似点」

(3)G7サミットでの安倍発言と政府の対応をめぐって 

4)安倍首相の「国連特別報道者」非難発言と日本の孤立化

「特定秘密保護法」案の強行採決と日本の孤立化関連記事

「特定秘密保護法」の強行採決と日本の孤立化

「特定秘密保護法案」の強行採決と日本の孤立化Ⅱ

(2017年5月22日、23日、26日、一部訂正加筆し副題を追加。6月15日、リンク先を追加)

安倍首相の「嘘」と「事実」の報道――無責任体質の復活(8)

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このブログでは衆議院選挙を前にした昨年の12月に書いた一連の記事で、「景気回復、この道しかない」としてアベノミクスを前面に出した安倍政権と戦前・戦時中の軍事政権の手法の類似性を示すことで、「言葉」や「約束」を大切にしない「安倍政権」の危険性を指摘してきました。

内閣の支持率などを見ると今もこの手法やスローガンに騙されている「国民」は少なくないようですが、今日の「東京新聞」朝刊は「首相『支持受けた』というが… 安保法案は公約271番目」という見出しの記事で、安倍首相の「嘘」を明確に指摘しています。

「事実」を書くという新聞の基本的な役割を果たした重要な記事だと思いますので、以下にその全文を引用しておきます(太字は引用者)。

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安全保障関連法案をめぐり、安倍晋三首相が「法整備を選挙で明確に公約として掲げ、国民から支持を頂いた」と繰り返している。法案内容に国民の反対が根強いことへの反論の一環だ。しかし、昨年衆院選の自民党公約では、安保法案の説明はごくわずかしかない。解散時は経済政策を前面に押し出し、安保法案は公約の全二百九十六項目の中で、二百七十一番目の一項目にすぎない。 (皆川剛)

参院の審議が始まってからも、野党は各種の世論調査を挙げ「ほとんどの国民が法案内容の説明が十分でないと答えている。国民の過半数が法案に憲法違反の疑いがあると認識している」(維新の小野次郎氏)などと批判を続けている。

これに対し、首相は「さきの衆院選では昨年七月の閣議決定に基づき、法制を速やかに整備することを明確に公約として掲げ、国民から支持を頂いた」と、安保法案は選挙で公約済みと強調する。

しかし昨年の自民党公約では、安保法制への言及は二百七十一番目だっただけでなく、「集団的自衛権の行使容認」は見出しにも、具体的な文言にもない。歴代政権が違憲としてきた集団的自衛権の行使を認めるという、国のあり方を根本から変える政策なのに目立たない位置付けだった。

二〇一二年衆院選の公約に入っていた「集団的自衛権の行使を可能とする」という文言は一三年の参院選から消え、「法整備を進める」という表現になった。

昨年十一月の衆院解散直後の会見では、安倍首相は「アベノミクスを前に進めるのか、それとも止めてしまうのか。それを問う選挙であります」と明言し、自主的な発言は経済政策と地方創生に終始。記者から「集団的自衛権行使容認の閣議決定は争点に位置づけるか」と問われて初めて、「そうしたすべてにおいて国民に訴えていきたい」とだけ答えた。

共同通信社の八月中旬の調査では、安保法案が「憲法に違反していると思う」は55・1%に上り、「違反していると思わない」の30・4%を大きく上回る。法案の今国会成立にも62・4%が反対している。

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今日の「東京新聞」朝刊には「SEALDs呼び掛け 全国60カ所でデモ」という見出しで、日本の各地で行われた「全国若者一斉行動」の模様がカラー写真と共に詳しく掲載されていました。

「日本新聞博物館」の常設展には、治安維持法の成立から戦時統制下を経て敗戦に至る時期の新聞の状況が示されたコーナーもありますが、現代の日本でも権力者にすりよるために「御用新聞」と化して「事実」を伝えようとしない新聞もあるなかで、「平和の俳句」を掲げる「東京新聞」は、「孤高の新聞」と呼ばれた新聞『日本』の陸羯南や正岡子規などの思いを受け継いでいると感じます。

リンク→新聞『日本』の報道姿勢と安倍政権の言論感覚

これまでもがんばりを見せてきた地方紙に続いて、「毎日新聞」や「朝日新聞」などの大新聞にも「事実」を見つめた気骨のある記事が連日掲載されることを期待しています。

 

安倍政権の無責任体質・関連の記事一覧

アベノミクスと武藤貴也議員の詐欺疑惑――無責任体質の復活(7)

原子力規制委・田中委員長の発言と安倍政権――無責任体質の復活(6)

「新国立」の責任者は誰か(2)――「無責任体質」の復活(5)

デマと中傷を広めたのは誰か――「無責任体質」の復活(4)

原発事故の「責任者」は誰か――「無責任体質」の復活(3)

TPP交渉と安倍内閣――「無責任体質」の復活(2)

「戦前の無責任体系」の復活と小林秀雄氏の『罪と罰』の解釈

大義」を放棄した安倍内閣(2)――「公約」の軽視

「大義」を放棄した安倍内閣

 

安倍晋三首相の公約とトルーマン大統領の孫・ダニエル氏の活動――「長崎原爆の日」に(2) 

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(長崎市に投下されたプルトニウム型原爆「ファットマン」によるキノコ雲。画像は「ウィキペディア」)。

 

長崎も9日、米軍が原爆を投下してから70年を迎えました。ここでは「東京新聞」の記事によりながら、長崎市の平和公園で行われた平和祈念式典で語られた市長や被爆者の言葉をまず確認します。

その後で、原爆投下を命令したトルーマン大統領の孫ダニエル氏の場合と比較することにより岸信介首相の孫である安倍首相の公約の意味を考察することにします(太字は引用者)。

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田上富久市長は平和宣言で安全保障関連法案について「70年前に心に刻んだ誓いが、日本国憲法の平和の理念が、今揺らいでいるのではないかという不安と懸念が広がっている」と指摘しました。

注目したいのは、安倍晋三首相が今年から来年にかけて長崎や広島で主要7カ国(G7)外相会議など国際会議を開くことに触れて、「被爆地から我々の思いを国際社会に力強く発信」していくと述べつつも、被爆地の市長が求めた「安全保障関連法案」の「慎重で真摯(しんし)な審議」にはまったく触れなかったことです。

被爆者代表の谷口稜曄さん(86)は平和への誓いで「今政府が進めようとしている戦争につながる安保法案は、被爆者をはじめ平和を願う多くの人が積み上げてきた核兵器廃絶の運動、思いを根底から覆すもので、許すことはできない」と安倍首相と与党を厳しく批判していました。

実際、核兵器の使用も公言しているばかりでなく、「イラク戦争」に際しては多量の「劣化ウラン弾」を使用していたアメリカ軍の「後方支援」に当たることを可能とするこの法案を強引に成立させることは、「国際社会の核軍縮の取り組みを主導していく」という首相自身の言葉を裏切ることになるでしょう。

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この意味で注目したいのは、「核兵器は残虐で人道に反する兵器です」と語った被爆者代表の谷口氏が、「廃絶すべきだということが、世界の圧倒的な声になっています」と続けていたことです。

実際、8月6日放送された「報道ステーション」によれば、トルーマン大統領の孫で幼い頃から「原爆は正義」と教わってきたダニエル氏も、原爆で白血病になり12歳でなくなった佐々木禎子さんの物語『禎子と千羽鶴』を読んだことから、トルーマン大統領の孫としてできることはこの悲惨な状況を多くのアメリカ人に伝えることだと気づいたのです(トルーマンの孫としていま-」、テレビ朝日「報道ステーション」)。

アメリカだけではなく、過去最多の75カ国から大使らが出席したこの「平和式典」で、岸信介首相の孫である安倍首相が「『核兵器のない世界』の実現に向けて、国際社会の核軍縮の取り組みを主導していく」と約束したことは非常に意義深いことです。

世界への「公約」を誠実に実行するためには、「核武装」を公言している武藤貴也議員を処分するとともに、「安全保障関連法案」の問題点の「慎重で真摯な審議」をすることが不可欠と思われます。

 

リンク→原子雲を見た英国軍人の「良心の苦悩」と岸信介首相の核兵器観――「長崎原爆の日」に(1) 

リンク→「安全保障関連法案」の危険性(2)――岸・安倍政権の「核政策」

 

 

安倍首相の吉田松陰観と井伊直弼の手法

「週刊誌を読む」という「東京新聞」の本日付の連載コラムには、「女性誌も巻頭で政権批判」という見出しで、「安保法案」への批判が日ごとに強まっている状況が詳しく分析されています。

現在、公共放送のNHKでは吉田松陰の妹を主人公とした大河ドラマ《花燃ゆ》が放映されていることもあり、私が強い関心を持って読んだのは、安倍首相が「吉田松陰が好んだ孟子の一節「自ら反(かえり)みて縮(なお)くんば千万人といえども吾(われ)往かん」を頻繁に口にしていることを指摘したフライデー』(8月7日号)の記事でした。

このことを指摘した月刊『創』編集長でもある筆者の篠田博之氏は次のようにこのコラムを締めくくっています。「主権者たる国民の意思を無視することを政治家の信念と勘違いしているとすれば、こればもう倒錯というべきだろう。」

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弁護士の澤藤統一郎氏も「孟子にあっては、天子の天子たる所以は、民意に基づくところにある。天命とは、実は人民の意志にほかならない。政権は民意に背いてはならない」と説いていたとして、安倍氏の解釈の間違いを指摘しています(サイト「澤藤統一郎の憲法日記」7月22日)。

実際、独裁的な権力を行使した幕末の政治家・井伊直弼により安政の大獄で処刑されることになる思想家・吉田松陰の言葉を権力者である首相が信念としているならば、安倍首相は吉田松陰とではなく、国民の意思に逆らってアメリカと日米修好通商条約に調印した大老・井伊直弼と同じような感覚の独裁者に近いと言わねばならないでしょう。

リンク→TPPと幕末・明治初期の不平等条約

リンク→菅原文太氏の遺志を未来へ

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以下に、これまでに書いた大河ドラマ《花燃ゆ》関連の記事のリンク先も記します。

リンク→大河ドラマ《龍馬伝》と「武器輸出三原則」の見直し

リンク→大河ドラマ《龍馬伝》の再放送とナショナリズムの危険性 

リンク→総選挙を終えて――若者よ、『竜馬がゆく』を読もう

 

メルケル首相の苦言と安倍政権

福島第一原子力発電所での大事故の後では、この事故の大きさに衝撃を受けたドイツやイタリアなどでは脱原発という大きな決断がなされました。

しかし、火山の噴火が続いているだけでなく、近い将来に大地震が起こることが予測されている日本で、安倍政権は国民レベルでの議論や国会での討議もないままに、原発の再稼働を強引に進めて、原発の輸出さえも決めました。

しかも、安倍首相は「汚染水はアンダーコントロール」と国際社会に公言しましたが、先月の24日には「東京電力が、福島第一原発の排水溝から高濃度の放射性物質を含む水が外洋に漏れ続けるのを放置していたこと」が判明しました。東京電力は「外洋への継続的な漏出を昨年四月に把握しながら公表せず、排水溝を専用港内に付け替えるなどの対策も取っていなかった」のです(「東京新聞」2月25日)。

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福島第一原子力発電所の大事故から4年目を迎えた3.11の直前に来日したドイツのメルケル首相は、国際社会を困惑させていると思われる安倍政権の二つの政策について、オブラートにつつんだ形ではありましたが明確に指摘していました。

第一点はドイツが第二次大戦後「過去ときちんと向き合った」ことで、国際社会に受け入れられたとの考えを示して、安倍政権の「歴史認識」の問題点を指摘したことです。

さらに、目先の利益に囚われて「国民の生命」だけでなく世界の安全を危険にさらしているとも思われる安倍政権の原発政策についても、「日本という高い技術水準の国でも予期しない事故が起こりうると分かったからこそ、自国での『脱原発』を決めた」と発言して、政策の転換を暗に求めていたのです(「東京新聞」、3月9日)。

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籾井会長のもとで安倍政権の「御用放送」と化した観のあるNHKのニュースからでは伝わらなくなっていますが、私は日本の孤立化が深まっているのではないかという危惧の念を強めています。

外国の要人からの指摘や「国民」の考えを無視して強引に自分の考えを推し進める安倍政権の政策については、戦前の日本と同じような悲劇の再現とならないようにこれからも注視していかなければならないでしょう。

「特定秘密保護法」と子規の『小日本』

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(図版は正岡子規編集・執筆『小日本』〈全2巻、大空社、1994年〉、大空社のHPより)

 

「特定秘密保護法」が国会での十分な議論も行われる前に強行採決された際には、次のように語っていた半藤一利氏の記事「転換点 いま大事なとき」をこのブログに掲載しました。

歴史的にみると、昭和の一ケタで、国定教科書の内容が変わって教育の国家統制が始まり、さらに情報統制が強まりました。体制固めがされたあの時代に、いまは似ています。」

そして半藤氏は「この国の転換点として、いまが一番大事なときだと思います」と結んでいました(太字は引用者)。

リンク→「特定秘密保護法」と「昭和初期の別国」――半藤一利氏の「転換点」を読んで

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しかし、テロリストによる人質殺害事件があったことで、重要な「情報」はさらに隠されるようになっただけでなく、大新聞やテレビなどのマスコミでは政権の対応を批判することすらも自粛するような傾向さえ強くなってきているようです。

掲載が遅くなりましたが、9日には「翼賛体制の構築に抗する言論人、報道人、表現者の声明」が発表されていましたので、それを伝える「東京新聞」の2月10日付けの記事を転載しておきます。

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〈人質事件後「あしき流れ」 政権批判自粛にノー〉

過激派「イスラム国」による日本人人質事件が起きてから、政権批判を自粛する雰囲気がマスコミなどに広がっているとして、ジャーナリストや作家らが九日、「あしき流れをせき止め、批判すべきことは書く」との声明を発表した。

ジャーナリストの今井一さんらがまとめ、表現に携わる約千二百人、一般の約千五百人が賛同した。音楽家の坂本龍一さん、作家の平野啓一郎さん、馳星周さんら著名人も多い。今井さんは、国会で政府の事件対応を野党が追及したニュースの放映時間が一部を除き極めて短かったと述べた。

声明は、人質事件で「政権批判を自粛する空気が国会議員、マスメディアから日本社会まで支配しつつある」と指摘。「非常時に政権批判を自粛すべきだという理屈を認めれば、あらゆる非常時に批判できなくなる。結果的に翼賛体制の構築に寄与することになる」と警鐘を鳴らしている。

九日は中心メンバーの七人が会見。慶応大の小林節名誉教授(憲法学)は「今回の事件で安倍晋三首相を批判するとヒステリックな反応が出る。病的で心配している」と語った。元経済産業官僚の古賀茂明さんは「自粛が広がると、国民に正しい情報が行き渡らなくなる。その先は、選挙による独裁政権の誕生になる」と危機感をあらわにした。

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このような現在の日本のジャーナリズムの現状を見ると、明治の新聞記者であった陸羯南や正岡子規のジャーナリストとしての気概を改めて感じます。

今回は明治27年4月29日に子規が編集主任を務めていた新聞『小日本』が第一面に掲載された「政府党の常語」という記事を紹介します。

この記事は「感情といふ熟語が近頃外政上如何にに政府党の慣用せらるゝを見よ、」という文章で始まる「第1 感情」、「第2 譲歩」、「第3 文明」、「第4 秘密」の4節からなっています。

ことに「藩閥政府」の問題点を鋭く衝いた「第4 秘密」は、原発事故のその後の状況や、国民の健康や生命に深く関わるTPPの問題など多くが隠されている現代の「政府党の常語」を批判していると思えるほどの新鮮さと大胆さを持っているように思えます。その全文を一部を太字で引用しておきます。

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「秘密秘密何でも秘密、殊には『外交秘密』とやらが当局無二の好物なり、如何にも外交政策に於ては時に秘密を要せざるに非ず、去れどそは攻守同盟とか、和戦談判とかいふ場合に於て必要のみ、普通一般の通商条約、其条約の改正などに何の秘密かこれあらん、斯かる条項は成るべく予め国民一般に知らしめて世論の在る所を傾聴し、国家に民人に及ぼす利害得喪を深察するこそ当然なれ、去るに是れをも外交秘密てふ言葉の裏に推込(おしこ)めて国民の耳目に触れしめず、斯かる手段こそ当局の尊崇する文明の本国欧米にては専制的野蛮政策とは申すなれ、去れど此一事だけは終始(しじう)一貫して中々厳重に把持せらるゝ当局の心中きたなし卑し。

(2015年12月14日。図版とリンク先を追加)

 

新聞記者・正岡子規関連の記事一覧(追加版)

自著『新聞への思い――正岡子規と「坂の上の雲」』の紹介文を転載

正岡子規の「比較」という方法と『坂の上の雲』

川内原発の再稼働と新聞『小日本』の巻頭文「悪(に)くき者」

『新聞への思い――正岡子規と「坂の上の雲」』(人文書館)の目次を「著書・共著」に掲載

新聞『日本』の報道姿勢と安倍政権の言論感覚

「特定秘密保護法」と子規の『小日本』

「東京新聞」の「平和の俳句」と子規の『小日本』

ピケティ氏の『21世紀の資本』と正岡子規の貧富論

近著『新聞への思い――正岡子規と「坂の上の雲」』(人文書館)について

講座 「新聞記者・正岡子規と夏目漱石――『坂の上の雲』をとおして」

「特定秘密保護法」と自由民権運動――『坂の上の雲』と新聞記者・正岡子規

年表6、正岡子規・夏目漱石関連簡易年表(1857~1910)

司馬作品から学んだことⅣ――内務官僚と正岡子規の退寮問題

 

 

「東京新聞」の「平和の俳句」と子規の『小日本』

 

昨年はさいたまの70代の方の〈梅雨空に「九条守れ」の女性デモ〉という俳句を、さいたま市の公民館が月報への掲載を拒否するという事件が起きました。

その後も原発の推進や辺野古の基地問題では、周辺住民や沖縄などの「国民」の声を無視する「安倍政権」による言論への締め付けは強まっているように見えます。政権によるNHKや報道機関への厳しい締め付けからは、明治初期の「藩閥独裁政権」による「新聞紙条例」や「讒謗律」さえも連想されます。

明治初期や昭和初期の日本ではこのような強権的な「権力」に対して、きちんと異議を唱えなかったために、次第に発言することが難しくなり戦争へと突入することになりました。

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注目したいのは、「東京新聞」が俳壇の長老・金子兜太氏と作家のいとうせいこう氏の2人が選考する「平和の俳句」を今年の1月から毎日掲載していることです。

今日も1面だけでなく13面の全頁に特集記事が載っていました。最近の句もネットでもみることができますので転載しておきます。

*私も知らぬ戦争を我が子にさせられぬ(2月11日)

*しわしわの手からもみじの手へ九条(2月10日)

*歌いましょう war is over レノン忌に(2月8日)

* 平和とは地球を走るランナーだ(2月7日)

* 九条で夏の球児の輝けり(2月6日)

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私にとって興味深いのは、陸羯南の主宰する新聞『日本』が「政府のたび重なる発行停止処分」にあったために、その「別働隊として」発刊された新聞『小日本』の編集主任を任された正岡子規が、その創刊号で「小説を寄稿する者は選択の上相当の報酬を以て之を申受くへし」、「和歌俳句を寄稿する者は選択の上之を誌上に掲くへし」として文学の振興をはかろうとしていたことです。

ことに俳句募集では毎回「題」と期限を設定し、「寄稿は一人に付五句を超ゆへからず」、「懸賞俳句は選抜の上首位より三人の者に一ヶ月間無料にて本紙を呈すへし」とした新企画も発表していました。ここからは自分が「平民的な文学」と考えていた俳句を広めようとした子規の強い意志が感じられます。

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(図版は正岡子規編集・執筆『小日本』〈全2巻、大空社、1994年〉、大空社のHPより)

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「東京新聞」の「平和の俳句」が続くことを願っています。

「ワイマール憲法」から「日本の平和憲法」へ――『永遠の0(ゼロ)』を超えて(2)

 

『永遠の0(ゼロ)』において次に注目したいのは、「もちろん戦争は悪だ。最大の悪だろう」と語った長谷川が、「だが誰も戦争をなくせない」と続けていたことです。

この言葉からは絶望した者の苛立ちがことに強く感じられます。たしかに、これまでの人類の歴史には戦争が絶えることはありませんでした。

しかし、このような長谷川の認識には大きな落とし穴があります。それは広島・長崎に原爆が投下されたあとでは、世界の大国が一斉に核兵器の開発に乗り出していたことです。多くの科学者が「国益」の名のもとにその開発に従事するようになり、さらに強力な水爆や「原子力潜水艦」が製造され、1962年のキューバ危機では地球が破滅するような核戦争が勃発する危機の寸前にまでいたっていたのです。

つまり、「核兵器」を持つようになって以降においては、いかに「核兵器」の廃絶を行うかに地球の未来はかかっているのです。しかし問題はこのような深刻な事態にたいして、被爆国の政府である自民党政権が「放射能の危険性」と「核兵器の非人道性」を世界に訴えることなく、むしろその「隠蔽」に力を貸していたことです。

さらに、1957年5月には満州の政策に深く関わり、開戦時には重要閣僚だったために、A級戦犯被疑者となっていたが復権した岸信介氏首相が「『自衛』のためなら核兵器を否定し得ない」とさえ国会で答弁していたのです。

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このような状況の下で、57年の9月には「日米が原爆図上演習」を行っていたことが判明したことを「東京新聞」は1月18日の朝刊でアメリカの「解禁公文章」から明らかにしています。

「七十年前、広島、長崎への原爆投下で核時代の扉を開いた米国は当時、ソ連との冷戦下で他の弾薬並みに核を使う政策をとった。五四年の水爆実験で第五福竜丸が被ばくしたビキニ事件で、反核世論が高まった被爆国日本は非核国家の道を歩んだが、国民に伏せたまま制服組が核共有を構想した戦後史の裏面が明るみに出た。 文書は共同通信と黒崎輝(あきら)福島大准教授(国際政治学)の同調査で、ワシントン郊外の米国立公文書館で見つかった。 五八年二月十七日付の米統合参謀本部文書によると、五七年九月二十四~二十八日、自衛隊と米軍は核使用を想定した共同図上演習「フジ」を実施した。場所は記されていないが、防衛省防衛研究所の日本側資料によると、キャンプ・ドレイク(東京都と埼玉県にまたがる当時の米軍基地)内とみられる。」

「核兵器」や「放射能」の危険性をきちん認識し得なかったという点で、岸信介元首相は、世界各国が「自衛」のために核兵器を持ちたがるようになった冷戦後の国際平和の面でも大きな「道徳的責任」があると言えるでしょう。

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「核兵器」を用いても勝利すればよいとするこのような戦争観とは正反対の見方を示したのが、作家の司馬遼太郎氏でした。『坂の上の雲』を書き終えた後で司馬氏は、「日本というこの自然地理的環境をもった国は、たとえば戦争というものをやろうとしてもできっこないのだという平凡な認識を冷静に国民常識としてひろめてゆく」ことが、「大事なように思える」と書いていたのです(「大正生れの『故老』」『歴史と視点』、1972年)。

注目したのは、日本には原発が54基もあるという宮崎駿監督の指摘を受けて、作家の半藤一利氏が「そのうちのどこかに1発か2発攻撃されるだけで放射能でおしまいなんです、この国は。いまだって武力による国防なんてどだい無理なんです」と語っていることです。(『腰ぬけ愛国談義』文春ジブリ文庫)(68頁)。

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この意味で注目したいのは、湾岸戦争後に「改憲」のムードが高まってくると、日本では敗戦後の「平和憲法」と第一次世界大戦の敗戦後のドイツの「ワイマール憲法」を比較して、揶揄することが流行ったことです。

リンク→麻生副総理の歴史認識と司馬遼太郎氏のヒトラー観

すでに引用したように、百田氏もツイッターで「すごくいいことを思いついた!もし他国が日本に攻めてきたら、9条教の信者を前線に送り出す」と記していました。互いに殺しあいを行う戦場では何を語っても無意味であり、声を上げる前に射殺されるだろうことは確実なので、「そこで戦争は終わる」ことはありえません。しかし、「もし、9条の威力が本物なら、…中略…世界は奇跡を目の当たりにして、人類の歴史は変わる」と書いていることの一端は真実を突いているでしょう。

イスラム教の国に十字軍を派遣したことがなく、アフガンや中東において医療チームなどが平和的な活動を続けてきた日本はそれなりに信頼される国になっており、交渉役としての重要な役を担えるようになっていたのです(安倍政権によって、これまでに積み上げられた信頼は一気にブルドーザーのような力で崩されていますが…)。

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一方、『坂の上の雲』を書き終えた後で司馬氏は、ヒトラーについて次のように書いていました。

「われわれはヒトラーやムッソリーニを欧米人なみにののしっているが、そのヒットラーやムッソリーニすら持たずにおなじことをやった昭和前期の日本というもののおろかしさを考えたことがあるだろうか。…中略…政治家も高級軍人もマスコミも国民も神話化された日露戦争の神話性を信じきっていた」(「『坂の上の雲』を書き終えて」)。

実際、「人種の価値に優劣の差異があることを認め(中略)、永遠の意志にしたがって、優者、強者の勝利を推進し、劣者や弱者の従属を要求するのが義務である」と主張して、「復讐」の戦争へと自国民を駆り立てた『わが闘争』においてヒトラーは、第一次世界大戦の敗戦の責任をユダヤ人に押しつけるとともに、敗戦後にドイツが創った「ワイマール憲法」下の平和を軟弱なものとして否定しました。

さらにヒトラーはフランスを破ってドイツ帝国を誕生させた普仏戦争(1870~1871)の勝利を「全国民を感激させる事件の奇蹟によって、金色に縁どられて輝いていた」と情緒的な用語を用いて強調し、ドイツ民族の「自尊心」に訴えつつ、「復讐」への新たな、しかし破滅への戦争へと突き進んだのです。

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これまで見てきたことから明らかなように、第1次世界大戦後の「ワイマール憲法」と「核兵器」が使用された第2次世界大戦後に成立した日本の「平和憲法」では、根本的にその働きは異なっており、「核兵器」や「原発」の危険性をもきちんと視野に入れるとき「日本の平和憲法」が果たすべき役割は大きいと思われます。

私たちは「戦争」が紛争解決の手段だとする19世紀的な古く危険な歴史観から脱却し、「核の時代」では戦争が地球を滅ぼすという「平凡な事実」をきちんと認識すべき時期にきているのです。